娘が埼玉県を破きました 〜最後にゾッとする怖い話〜
娘が埼玉県を破きました。
完全に私の不注意でした。娘が寝ている傍に、チラシを置いていたみたいでして。
まさか写真や絵だけでなく、地図まで対象だなんて、この時は思いもしていなかったんですよ。
話が見えて来ない?
すみません、説明不足でしたね。……そうですね。
私の娘は破いたものを消滅させてしまうのです。
疑われてしまうのも仕方ありません、信じられない話ですよね。
しかも厄介なことに、娘が破いたものはこの世から跡形もなく消えてしまうのです。
存在していた、という痕跡そのものまで。
先程、私が『娘が埼玉県を破いた』と言いましたが、そもそも埼玉県を覚えていないかと思います。
日本の歴史が変わってしまったんです。
埼玉県が妹の手によって消滅し、大きな湖になりました。
日本で最も大きな湖は琵琶湖だったのですが、現在では埼玉の形をした湖がその座を奪いましてね。
不謹慎な話ですが、湖を見た私は、お祭りでよくある型どりのようだな……と、少し面白おかしくなってしまいました。
あの湖が最も大きな湖であることを、何を当然なことを言っているんだ、と言いたげな顔ですね。
歴史を変えると言うのは、人々の記憶をも変えてしまうということなんですよ。埼玉県という記憶は、あなた方の頭から抜けています。娘の母親である私を除いて。
他に娘が破いたものですか……
私が警察署に出向いた理由を話す上で必要なこともありますので、順を追って話しますね。
娘が初めて破き、消滅させたものは『たい焼き』です。
たい焼きというのは、餡子を小麦粉の生地で挟み焼いた、日本の和菓子です。鯛をかたどった焼き型で作ることから、そう呼ばれていました。
地元の広告のチラシに、たい焼きの有名店が出店されると大々的に取り上げられていたのですが、そう、その広告チラシを娘が破いてしまったという訳です。
責任は主に私にあります。
いえ、たい焼きに限らず全ては私に責任があるのですがね。
……その日は夫が出張で夕ご飯はいらないと言うものですから、娘と二人、内緒で豪華なものを食べようと考えていたのです。
なぜ夫抜きで食事をするか、それは夫が隠れて女を作っていたから。
子を養うには夫の収入は必要不可欠。注意するもやめないその行動に、私は黙って見過ごすことにしていました。
回らない寿司でも食べに行きましょうかと財布を確認したところ、札が足りない。
確かに三万円六千円は入っていた。しかし千円札が三枚抜けている。
たったの三枚。しかし金を盗むという行為に、私は今までの鬱憤が弾けました。
破きなさい。
気が動転していた私は、夫の写真を娘に渡していました。
いや、いや、と拒む娘を、私はそのか細い腕を強引に掴み、そして、ビリっと、無理やり破かせました。
人を明確な殺意を持って殺した。消滅させた。それでも私は清々しい気持ちでした。
何年もの間締め付けられるような痛みを心臓に感じていた私は、軽くなるその胸に両手を添えました。
そして私は気付いたのです。
先程まで強く握りしめていた腕を、私は握っていなかった。
夫はもう居ない。
私と娘だけで幸せに暮らせる、その未来が待っていたのに。
だから、どうかお願いです。
娘の名前だけでも思い出させてください。
娘がいたという記憶そのものが無くなる、その前に。




