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ヒューマンドラマ

聖女が救うもの、正論が助けるもの

作者: しぃ太郎
掲載日:2025/12/22

本作は、三人の聖女をそれぞれ異なる視点で描いた短編です。

誰かを救おうとする行為と、社会を守ろうとする正論は、必ずしも同じものを救うとは限りません。

これは、誰かが間違っている話ではなく、

それぞれが「何を救おうとしたのか」を見つめる物語です。



 ――リュミエール



「リュミエール嬢。最近はあなたへの苦情が多く寄せられています。少し、自重してください」


 王宮の廊下、私が騎士団の救護室へ向かう途中に呼び止められた。


「はい?苦情ですか?傷がきちんと治ってなかったのでしょうか!?」


 私は、彼に大股で近づいていった。


「そこです。……その態度が悪いのですよ。むやみに男性に近寄るものではありません。女生徒から、あなたの節操の無さを指摘されています」


 アルト様は、眼鏡をかけ直し、私から一歩距離を取った。


「ですが……。私の癒しの力は、触れなければ発動しません」

「――それ以外の行動です。親しげに話しかけたり、笑顔を見せたり。婚約者の女性の立場を考えてください」


 正論だろう。そう思う。

 しかし。


 怪我をした人を励ますのに理由が必要だろうか。治った姿を喜んでは駄目なのだろうか。リハビリを頑張る彼らの成果を、褒めてはいけないのだろうか。


「怪我人に、立場も何もありません」


 一瞬、目の前のアルト様が動きを止めた。

 そして、私から視線を逸らす。


「そういう話ではありません。……あなたは見境のない女性だと言われています」


 遠くから、剣戟の音が聞こえる。

 今日も私は救護室で治療をしなければならない。


「とにかく、今後、くだらない話で私を巻き込まないでください。迷惑です」


 拳を握る。くだらない話。

 怪我をするのが当然の騎士団だ。

 私に嫉妬する女性も、確かにいるのだろう。

 

 ゆっくりと息を吐く。

 私の戦場はここではない。


「お話はわかりました。失礼します」

「あ……!待ちなさい、まだ言いたいことが!」


 彼は手を伸ばして私の腕をつかもうとした。

 それを、手を振り上げて払いのけた。


「失礼します。どうぞ、アルト様はお怪我をなさいませんよう」



 


 ――慌ただしい人の流れ。


「早く、止血帯を!」


 騎士団の救護室では、今まさに運ばれてきた人がいた。

 訓練中の事故だった。


 一番ひどい傷口に手を伸ばし、力を使う。

 何故か後ろから付いてきていたアルト様の眼鏡に、血がかかる。

 彼は、それを拭いもせずに立っている。

 それが我慢できなくなり、私は苛立ちを彼にぶつけるように声を上げた。


「この場に来て、何もしないんですか!? 早く、そこの包帯を!ここを強く押さえてください!」


 小声で何か言っていたがそれどころではなかった。

 少しでも手を抜くと、後遺症が残ってしまうかもしれない。



 

 数日後。


「あ、あの……」

 

 またアルト様が話しかけてきた、王宮の廊下。

 

 視線を何度も彷徨うわせる彼に、息をついた。

 きっと先日の事だろう


「あの騎士様は無事に助かりましたよ。あなたにもお礼を伝えたいたいって言っています」

「……!!」


 彼は、その言葉に息をついた。


「驚きました?いきなり血だらけだし……」

「……ええ」

「でも、お礼を言われたら嬉しくなりませんか?」


 答えは、彼の今の姿を見ればわかる。

 しかし、少し聞いてみたくなった。


「……はい。その通りです」


 さらに意地悪な質問を重ねる。前に彼に言われた言葉だった。


「これは、はしたないでしょうか?」

「……」

 

 彼は目を伏せ、暫く黙ったままだった。


「いいえ……違います。ただ、人として接した結果、だと思います……」

「ですよね。それが私の行動の答えです」




 ――フィオナ




 しかし、やけにアルト様がリュミエールの後をついて回っている。仕事の邪魔だった。

 

 まぁ、前のように口を出さなくなり、協力する姿勢を見せているから放っておいている。


 そして、今日。

 

 厄介な人物に捕まってしまった。


『微笑みの貴公子』レオン様。


「最近、君たち聖女がね。ずいぶんと話題に上がるね。権限を与え過ぎだと警戒している人も多いようだよ」

「そうですか。あの、急いでいますので、これで――」


「ねぇ。助けてあげようか?」

「……はい?」


「一応、これでも地位だけは高いからね。黙らせることくらいは出来るよ」


「ありがとうございます。ですが必要ありません」

「なんで?迷惑かけるのが心配?気にしなくていいよ」

「いえ。……あなたが胡散臭いからです」


「僕?僕のどこが――」

「その笑顔ですよ」

「……」

「では、失礼します」


 社交界でも小侯爵として、人気が高いレオン様。


 あまりにも馴れ馴れしく接してくる。

 いい加減にうんざりした。


 誰にでも平等に優しいと評判だ。

 困った人を放っておけない性格らしい。

 

 それで、あの顔だ。

 人気が出るのも頷ける。が、どうにも信用ならない。


 ――彼の全てが作り物みたいなのよね。


 いつも通り、教会で治療を終えて帰宅する途中、街で騒ぎが起きていた。

 


 馬車の事故らしい。

 そして、その家紋は――レオン様の家のものだった。

 彼は、質素な服を着た少女を抱えていた。

 見るからに怪我をしている。


 考えるより先に、身体が動いた。


「どいてください。状態をみます」

「フィオナ嬢!――早く、聖女の力を!」

「少し黙って。今、傷口は塞いでいます。ですが、大きすぎる怪我は、完全には治りません」

「……そんな。早く助けないと……」


「そう思うなら、その子の傷口を押さえてください。出血しすぎています」

「あ、ああ」


「そして、なるべく頭を動かさないで。少し、顎を上げさせてください」

「わかった。……次は?」

「とにかく、血を止めるしかありません。――強く頭を打っていたり、内臓が傷ついていると、私にも治せないんです」


「君は聖女だろう!」

「ええ。そして、ただの人間です。この子が助かるように祈る事しか出来ない人間ですよ」


 そのまま、彼は私の指示通りに動いてくれた。


 応急処置を済ませ、治療院へ運ばせる。

 日が沈みかけていた。

 レオン様は、無表情でその黄昏に染まっていた。


「あの子は助かるだろうか……」

 

 私は、ゆっくりと首を振った。


「……そっか。何も出来なかったな」


「……精一杯やりました」


「なに、を。偉そうに言ってるのかな」


 彼は暫くの間、黙り込む。


「――残酷だから、僕は嫌いだ……。この世界は、助けられない事ばかりだ」


 私は、口ごもりながら話す彼を見ていた。

 私に伝えたい言葉ではないのだろう。


「……忘れない。それしか、人間には出来ません」


「なんだよ……そっちの方がよっぽど……」

 

 彼は袖元で目を隠した。




 ――エリシア




「ねぇ、二人とも。最近、アルト様とレオン様の様子がおかしくないかしら?」

「あぁ〜。あの眼鏡さんは、人助けに目覚めたようです」

 

 呑気なリュミエールの声が返ってくる。


「私は、レオン様に嫌われたみたいですよ。仕方ないです」


 フィオナはいつもよりも少し、声のトーンが落ちている気がする。


 ――そうかしら?そんな様子には見えなかったけれど……。




「ごきげんよう、カイアス殿下」


 王宮の廊下、人通りの多い時間帯だった。

 私は彼に挨拶をして、通り過ぎようとした。

 後ろから、リュミエールとフィオナがついてくる。


「エリシア。前に忠告しただろう。力を見せびらかすように使うな、と。市井では『聖女』様が大人気だ。君ならわかるだろう?この危険性が」


 私はギュッと拳を握りしめ、視線を足元へ落とした。

 心配そうに、リュミエールが私の半歩前に出て、フィオナはそっと背中に手を当てた。


「聖女に頼りすぎているのは危険だ。それは、人の思考を放棄させる。医療制度を整えた方がよっぽど助かる人間は多い。だから、これからは目立つ行動は慎んでほしい」


「でも、目の前で倒れている人を無視するなんて出来ません!」


 反射的にリュミエールが反論した。

 そして、フィオナも口を挟む。


「……聖女は万能ではありません。そして――」


 カイアス殿下は二人を一瞥しただけで、すぐに私を見た。

 

「だが、国としては協会側に力を付けられると、思うように政策が立てられない。君たちが少しだけ、力を抑えてくれるだけでいいんだ」


 彼の理想は正しい。

 全体図を見て物を語れる。


 ――けれど、それだけだった。


 一歩前に出て、カイアス殿下の視線を、逸らさずに受け止める。


「では、あなたは——

 今、この場で試される覚悟は、おありですか?」


 彼の瞳を真っ直ぐに見つめ、投げかける。


「……!」

 

 カイアスが黙って視線を外す。


 そう。彼はまだ、ただの王子だった。


「では、失礼します。……あなたからもう一度、その理想を聞けるのを楽しみに待っています」


 私たちは、そのまま別れを告げ、先に進んだ。


 後日。カイアス殿下が私たち三人の後をついて回ることが何回かあった。

 それは、教会だったり、騎士団の救護室だったり。

 私たちは敢えて、彼を無視していつも通りの仕事をした。

 

 ある日。


 カイアス殿下に王宮の廊下で引き止められた。

 あの時と全く同じ場所だった。

 

「あの時の、君の希望に応えよう」


 陽の光が差し込んでいるからか。

 彼の瞳が反射して少しだけ明るく見える。


「私は、社会の構造を変える。これは譲らない。

 しかし、目の前で人が倒れたら手を差し伸べるのが人間だった。どちらか一つを選ぶ必要はない」


 私は、その彼の言葉を聞きながら、ゆっくりと顔にかかる髪を払いのけ――。


「君だって、聖女が政治利用される可能性に気づいているだろう」

「……ええ」


 そこで静かに足を止めた。

 そして、彼の横を通り過ぎていった。



 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

三人の聖女と、彼女たちの前に立つ人々は、

それぞれ違う正しさを持っています。

目の前の命を救うこと。

未来のために仕組みを整えること。

どちらか一方を選ぶ物語ではなく、

「救われるものの違い」を描けていたなら幸いです。

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― 新着の感想 ―
三人それぞれの「正しさ」が全部きちんと立っていて、読んでいてずっと考えさせられる短編でした。 リュミエールの「怪我人に立場も何もありません」という一言がまず刺さりました。 現場で目の前の命を支える人間…
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