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オリファントの爺さんは、その春までに、沼の東と南に広がっとった雑木林を、きれいさっぱり焼いてしもた。
古い有刺鉄線が絡まっとった豚小屋の残骸も、邪魔や言うて全部どけてしもた。
せやけどな、それはラッグとモリーにとっては、えらい仕打ちやった。
雑木林は目となり耳となる場所で、壊れた豚小屋は、雨も牙も防いでくれる、命の殻みたいなもんやったからや。
二匹は長いこと、この沼を家にしてきた。
オリファントの土地も納屋も、遠くの藪も、全部ひっくるめて「自分らの世界」やと思うて生きとった。
隣の庭に知らんウサギが一匹出てきただけで、腹が立つくらいや。
長いこと何事もなく使うとる土地は、もうそれだけで権利や。
国が国を名乗る理屈と、たいして変わらん。
一月、雪解けのころになると、大木が切られ、池のまわりも削られて、
沼は四方からじわじわと狭なっていった。
それでも二匹は離れへんかった。
ここが家やったからや。
知らん土地に出ていく勇気より、ここに踏ん張る覚悟を選んだんや。
脚の速さも、息の長さも、知恵も、まだ残っとった。
ミンクが小川を遡ってきたときも、うまいこと誘導して、鶏舎のほうへ追いやった。
せやけど完全に始末できたとは思えへん。
せやから、袋小路になる穴は捨てて、柵と藪にぴったり寄り添う暮らしになった。
最初の雪はほとんど消え、空は明るう穏やかやった。
モリーはリウマチの脚をかばいながら、低木の中でティーベリーを探しとった。
ラッグは東の土手で、弱い日差しを浴びとった。
煙突の煙が青う漂い、
納屋は、まるで金ぴかのノアの方舟みたいやった。
キャベツの匂いがして、ラッグの口は思わず潤んだ。
けど、昨夜もう裏庭には行っとる。
賢いウサギは、同じ場所に続けて行かへん。
「今日は我慢やな」
そう言うて、干し草を夕飯にした。
夜。
闇が、重たい雨戸みたいに空を覆い、
風が、悪さを思いついた子どもみたいに、冷たさを連れてきた。
「こら寒いなあ……」とラッグ。
「今夜は松の根の穴がええわ」とモリー。
「せやけど、ミンクの気配、まだ消えてへん」
二匹は南へ飛び、
非常のときは別々に逃げられるよう、鼻先を違う向きにして身を伏せた。
その夜、スプリングフィールドから来よった年寄りのキツネが、風上から入ってきよった。
このキツネ、力は衰えとるが、頭だけはまだ切れる。
風と闇と匂いを、道具みたいに使うやつや。
モリーは、足音を聞く前に、
「来とる」
と分かった。
ひげが触れて、二匹は同時に跳ねた。
モリーは闇へ飛び出し、
キツネは一跳び外したが、すぐに追いすがった。
ラッグは横へ逸れた。
モリーに残された道は一つだけやった。
風に逆らって、一直線。
池を越えるしかない。
引き返されへん。
曲がられへん。
パシャ、パシャ。
狐も飛び込んだが、
この夜の冷たさは、さすがの老獪にもきつすぎた。
狐は諦めた。
モリーは、ただ前だけを見て、
葦をかき分け、水に抱きつくみたいに進んだ。
波は冷たく、氷は絡み、
身体は、少しずつ言うことを聞かんようになった。
それでも、
「ラッグ……逃げや……」
声にならん声を、胸の奥でつぶやきながら、
耳を伏せて、進んだ。
やがて、
葦に触れたとき、岸の風は奇妙な、キツネを思わせる音を立てながらモリーを叩いたんや。
モリーは浮遊する氷塊が身体から離れるまで流され続けた。
そっからもう一回泳ごうとしたけど、脚はもう動かんかった。
「もう……ええわ……」
冷えた鼻先は震えを止め、
柔らかい茶色の瞳は、静かに閉じた。
狐はおらんかった。
老獪なやつは、水に入る危険より生き延びるほうを選んだんや。
そしてラッグは戻ってきた。
落ち着いて知恵を取り戻せたから、有刺鉄線まで狐を誘いだして、狐を傷つけ、
必死で母を探した。
けど、モリーは見つからんかった。
モリーは、氷という静かな腕の中で、
誰にも知られんまま、眠りについた。
かわいそうなモリー。
けど、立派やった。
英雄になるつもりなんか、これっぽっちもなく、
小さな世界で、できることを全部やって、生きて、死んだ。
でもな。
モリーの「死なんもん」は、ちゃんと残っとる。
それは肉体やない。
記憶でもない。
ラッグや。
警戒の仕方、
逃げる角度、
同じ場所に二度行かん知恵。
それ全部、モリーから受け取ったもんや。
オリファントの爺さんはその冬に死に、
沼はまた荒れて、
イバラと針金が、ウサギの城になった。
ラッグは今もそこにおる。
大きな雄になって、
妻と子がおって、
地面を叩く術を、ちゃんと教えとる。
晴れた夜、
もしその合図が聞こえたら、
それはきっと、
モリーが今もそこにおる、いう証や。




