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モリーにはな、ラッグ以外に子どもがおらへんかった。

せやから、モリーの情も時間も、全部まるごとラッグ一匹に注がれとった。

遠慮も手加減もなしや。


その分、ラッグはやったら速うて、頭も切れて、体も強かった。生まれ持ったもんもあったし、与えられた機会も桁違いやった。

まあ一言で言うたら、出来すぎや。

ラッグは、ぐんぐん育った。


モリーは、生きとる時間のほとんど全部を使うて、自分がここまで生き延びてきた理由を、ひとつ残らずラッグに叩き込んだ。

何を食うたらええか、何を飲んだらあかんか、どこ触ったら死ぬか。

それを季節が巡る毎日毎日、ちょっとずつ、けど確実に、ラッグの頭と体に刻み込んでいったんや。


自分が小さい頃に教わったこと、長いこと生きて身につけた何百もの工夫、生き抜くために必要な知恵 ―― モリーはそれを惜しげもなく、全部渡した。


クローバーの広場でも、藪の中でも、ラッグはいつもモリーの横におった。

モリーが座って鼻をひくひく動かし、匂いを嗅ぎ分けとったら、同じように真似をする。

口にしとる草を引っぱり出して確かめ、唇を舐めて、「ああ、同じもん食うとるな」と確認する。


耳を爪で梳き、毛並みを整え、ベストや靴下から毛玉を噛み取る。

そういう細かい身支度も、全部見て盗んだ。


それからラッグは、水についても教わった。

一回でも地面に触れた水は、もうあかん。

飲んでええのは、イバラについた露の雫だけ。


こうしてラッグは、あらゆる学問の中でいちばん古いもん ―― 「森の知恵」を、少しずつ身につけていった。


ラッグが一人で外を動けるようになると、モリーは次の段階に入った。

合図の体系、通信の決まりごとや。


ウサギはな、後ろ脚で地面を打って話す。

地面の音いうのは、えらい遠うまで伝わるんや。

地上180センチやと18メートルで聞こえにくなるけど、地面すれすれやったら、90メートルはいく。

耳のええウサギやったら、条件次第で180メートル先まで届く。

要するに、オリファント沼の端から端まで届くいうことや。


「トン」一回は「注意」か「フリーズ」。

ゆっくり「トン……トン……」は「来い」。

速う「トン!トン!」は「危険」。

ほんで「トン!トン!トン!」三連発は―― 「命がけで走れ!」や。


ある天気のええ日、新しい稽古が始まった。

敵の気配もなく、アオカケスが仲間内で喧嘩しとるだけの日や。


モリーは耳を伏せて、ラッグも伏せさせた。

それから、遠くの茂みに走っていって、「来い」の合図を打った。


ラッグは合図のあった場所まで走ったけど、モリーはおらへん。

自分でも合図を打ったが、返事はなし。


ラッグは周りを慎重に見回して、鼻を地面に近づけた。

モリーの足跡の匂いが、ちゃんと残っとる。 この道しるべのことは、人間はさっぱり分からんけど、けものなら誰でも知っとる。


ラッグはその匂いを追って、モリーの隠れ場所を突き止めた。

これが、追跡の最初の稽古や。

このかくれんぼは、後々、命を分ける場面で何度も役に立つことになる。


最初の季節が終わる頃には、ラッグはウサギが生き抜くための基本を、全部身につけとった。

疑いようもない。

こいつは天才やった。


ラッグは、「tree(木に化ける)」「dodge(横に跳ねて敵の攻撃を躱す)」「squat(伏せ)」にすっかり慣れとったし、「wind(臭いを嗅ぎつかせないようにする)」を使うた「log-lump(木の瘤に化ける)」、「back-track(自分の足跡を辿って逆戻りする)」を使うた「baulk(敵の裏をかく術)」もできた。 ほかの技は、正直いらんくらいや。


まだ実際には試してへんかったけど、「有刺鉄線」の高度な技も知っとったし、「sand(焼けた砂で匂いを消す)」、 「change-off(身代わりを使って敵を騙す)」「fence(垣根を使って逃げる)」「double(足跡を逆に辿って戻る)」「hole-up(穴潜り)」にも精通しとった。


せやけどラッグは忘れへん。

どの技よりも大事なんは、「身体を低く伏せる」こと。

ほんで、どんな時でも最後に頼れるんは、「イバラの茂み」や。


ラッグは、敵を見分ける痕跡とその防ぎ方を教え込まれた。

オオカミ、フクロウ、キツネ、猟犬、野良犬、ミンク、イタチ、ネコ、スカンク、アライグマ―― そして、人間。


それぞれ癖が違う。

せやから、対処も全部違う。


敵の気配を知るには、まず自分と母親を信じる。 それから次に頼るんが、アオカケスや。


「アオカケスの警告は無視したらあかん」 モリーはそう言うた。 「確かにあいつらは、いたずら者で、おせっかいで、泥棒や。でもな、あいつらの目から逃げ切れる生きもんはおらへん。イバラのおかげで私らに害は出されへんし、あいつらの敵は私らの敵や。悪い知らせの時は、信じた方がええ」


有刺鉄線の技には、強い脚と、腹の据わった度胸が要る。 ラッグがそれを試すんは、まだ先の話やったが、力の最高潮では、これが一番のお気に入りになった。


「これができるウサギはな、並やないで」 モリーは言う。

「犬をまっすぐ追わせて、頭に血をのぼらせて、最後の一跳ねで胸の高さの有刺鉄線をくぐるんや。犬もキツネも、ようそれで動けんようになった。

でもな……同時に、ようさんのウサギが、それで死んだのも見た」


ラッグは、普通のウサギが学ばんことも早うから知った。

たとえば、「hole-up(穴潜り)」は思うほど賢い策やない、いうことや。

賢いウサギなら使いどころを選べるが、アホなウサギには、ただの死に場所になる。


沼には穴が二つしかなかった。 ひとつはサニー・バンクの南端の乾いた穴。

もうひとつは、クローバー畑横の、湿ったシダの穴。


どっちも最後の手段や。

せやから、綿尾ウサギらは、できるだけ近づかへん。

道ができたら、命取りやからな。


――こうしてラッグは、ただ速いだけのウサギやのうて、生き延びることを知っとるウサギになっていったんや。

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