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オールド・オリファント沼地――

ここはな、昔いっぺん伐られて、焼けて、それでもまた、しぶとく生え直した二次林と、イバラに覆われた、でこぼこした土地やった。


湿地には池があってな、その真ん中を、小川が一本、すーっと貫くように流れとる。


古い森の名残みたいな、ぼろぼろになった老木が、何本か、まだ立っとって、さらに古い幹はな、もう倒れてしもて、枯れ木みたいに下草の中に転がっとった。


池のまわりは、柳みたいにわさっと茂ったスゲで囲まれててな、

放牧の牛を除いたら、猫も馬も、本能で「ここはやめとこ」思う場所や。


池よりちょっと乾いた場所になると、イバラと若木がぎっしりや。

さらにその外側――やにでべたっとした、若い松の木が、ずらっと生えとる。


針みたいに空へ広がる松葉、地面に落ちて枯れた松葉の匂いがな、鼻の奥をすーっと通り抜けて、妙に爽やかや。


せやけどその匂いは、これから芽ぇを出すもんの息吹と、育ちきって、役目を終えたもんとが、せめぎ合う匂いでもあるんや。


その沼地を取り囲むんは、どこまでも続く平原や。


そこを横切る野生動物は――たった一匹。

ずる賢うて、始末の悪い狐だけやった。


ただな、その狐の巣は、思うてるより、ずっと近かった。


オールド・オリファント沼地の主は、モリーとラッグや。


一番近くに住むウサギは、はるか遠く。

一番近い親戚は――もう、とっくに死んどった。


この沼は、二匹の家や。


ここで、モリーとラッグは一緒に暮らし、ここでラッグは、生き抜くための、きっちりした訓練を受けた。


モリーはな、ええ母親やった。

教え方も、丁寧で、容赦がない。


ラッグが最初に叩き込まれた教えは、これや。


「低う伏せて、黙っとくこと」


蛇とのあの一件でな、ラッグは、この教えがどれだけ賢いもんか、骨身にしみて分かった。


ラッグは、この教えを、一生、忘れへん。


せやからそのあと、どんなレッスンでもな、言われたことは、きっちり守った。


すると不思議なもんで、ほかの教えも、前より、ぐっと身につくようになった。


二つ目のレッスンは――「フリーズ」や。


これはな、ラッグが走れるくらいに成長した頃、まず最初に教えられた。


「フリーズ」いうのは、一切の動きを止めて、石像みたいになることや。


よう訓練された綿尾ウサギやったらな、何をしてる最中でも、敵を見つけた、その瞬間に、その姿勢のまんま、完全に止まる。


森の生きもんはな、森にあるもんと、だいたい同じ色しとる。

せやから、相手が動いてへんかったら、目ぇに入らへん。


つまりや。

敵とばったり鉢合わせした時、先に気づいた側が「フリーズ」すれば、自分の姿を、相手から消せる。


ほんで、

攻めるか、逃げるか――考える時間が、手に入る。


森で生きるもんだけがな、この技の、ほんまの重さを知っとる。


すべての野生動物と、ハンターは、「フリーズ」を学ばなあかん。


みんな、必死で練習しとる。

けどな――誰一匹として、綿尾ウサギのモリーに、勝てたもんはおらへん。


ラッグのおかあちゃんは、それほどの技を、惜しみなくラッグに教えた。


いつも尻尾につけとる、白い綿みたいなクッションが、森の中を跳ねて、遠ざかっていく。


ラッグは、必死で、それを追いかける。


ほんで、モリーが、ぴたっと止まって、

「フリーズ」。


その瞬間、ラッグも、考えるより先に、

自然と、同じように――「フリーズ」する。


せやけどな。

ラッグが母親から学んだ中で、いっちゃん大事で、いっちゃん深い教えは、イバラの茂みが持っとる、最大の秘密やった。


これはな、今となっては、相当古い秘密や。


これを分かるには、まず、なんでイバラの茂みが、野獣たちと喧嘩することになったんか――そこから知らなあかん。


ずーっと昔、イバラはな、棘のない、ただの茂みやった。


せやから、リスやネズミは後脚で駆け抜け、

牛は角で叩き落とし、

フクロネズミは長い尾で引きずり、

鹿は鋭い蹄で、踏み倒した。


それでな、イバラは、自分のバラを守るために、棘で武装した。


木に登るもん、

角を持つもん、

蹄を持つもん、

長い尾を持つもん――

そいつら全員と、永遠に戦う、っちゅう宣言や。


その結果、イバラの茂みは、やっと平穏を手に入れた。


せやけどな。

綿尾ウサギのモリーは、木にも登られへん。

角も、蹄も、あらへん。

尻尾なんて、あるかどうか分からんほどや。


実際、綿尾ウサギは、イバラに危害を加えたりせえへんかった。


せやからバラはな、敵だらけのウサギを、特別な友情で、受け入れた。


ウサギに危機が迫ったら――答えはひとつや。


一番近い、イバラの茂みに、飛び込む。


するとどうなる。


百万本の、鋭うて、毒を持つ刃が、確実に、ウサギを守ってくれる。


ラッグが母親から教わった秘密。

それは――


「イバラの茂みは、

 あんたの親友や」


っちゅうことやった。


その季節のほとんどをな、ラッグは、今おる地域を覚えること、薮や野バラの迷路を学ぶことに使うた。


ラッグは、それをよう覚えた。

二通りの道順を使うて、あの親友のイバラから、五跳ね以上、離れへんまま、沼地を一周できるようになった。


綿尾ウサギの敵にとって、それがどんな悪夢か――気づくまで、時間はいらんかった。

人間がな、新しい種類のイバラを持ち込んで、沼地のあちこちに、長い列みたいに植えたんや。


そのイバラは、めちゃくちゃ強い。


どんな生きもんも、壊されへん。

丈夫な皮膚ですら、ずたずたに裂くほど、鋭い。


毎年、増える。

毎年、

野生動物には、もっと深刻な問題になる。


せやけどな。

綿尾ウサギのモリーは、それを怖がらへんかった。


伊達に、イバラの中で育ってへん。


犬も、キツネも、

牛も、羊も――

人間でさえ、

その棘で引き裂かれるかもしれへん。


モリーは、それを理解して、生き抜いてきた。


ほんでな。

それが広がれば広がるほど、綿尾ウサギにとっての、安全な土地も、広がる。


この、新しくて、恐ろしいイバラ――


それが、有刺鉄線やった。

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