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ラッグのおかあちゃんの巣はな、沼地に生えた背ぇの高い草が、ぐちゃっと折れ重なって、外から見たら、どこに巣があるんか、さっぱり分からん。
まあ、言うたら――ええ隠れ家や。
おかあちゃんはラッグに、「おふとん」をふわっとかけて、いつもの調子で、低い声で言う。
「ええか。何があってもな、 体ぁ低うして、じっと黙っときや」
ラッグはな、くるまっとったけど、寝てへん。目ぇだけは、ぎらっと開けて、真上にある、ちっちゃい緑の世界を見つめとった。
動かへん。まばたきも、せえへん。
アオカケスとアカリス――悪名高い二匹の盗っ人がな、ギャアギャア言い合いながら盗みの取り合いして、ラッグの巣の茂みが、ど真ん中の修羅場になった時もや。
キイロアメリカムシクイが、鼻先十五センチほどのとこで、青い蝶をパクッと捕まえた時も。
緋色に黒い点のてんとう虫が、触角をゆら〜っと動かしながら葉っぱを渡ってきて、とうとう巣を横切って、ラッグの顔の上に、ちょこんと乗った時でさえもや。
……ラッグは、動かへん。
しばらくしてからや。ラッグは、近くの茂みで、「……ん?」っちゅう、変な音に気ぃついた。
擦るみたいな、低い音や。止まらへん。あっち行ったり、こっち来たり。しかも、だんだん近うなってくる。
せやのに――足音や、ない。
ラッグは生まれてから三週間、ずーっとこの沼で暮らしとった。こんな音、聞いたことあらへん。
そらもうな、好奇心が、むくーっと膨らむ。
おかあちゃんは言うとった。「じっとしとき」
けどラッグは思てしもた。「あれは、ほんまに危ない時の話やろ」って。足音もせえへん音が、命取りなわけ、ないやろ――ってな。
音は、すぐそこや。右。戻る。また、遠ざかる。
ラッグは、思う。
「もう赤ちゃんちゃう。 あれが何か…… 自分で見なあかん」
ラッグは、そろーっと体を持ち上げて、巣の草の上に、丸い頭を出した。
……その瞬間。
音が、止んだ。
何も見えへん。せやから、もう一歩――前へ。
――出た、その瞬間や。
目ぇの前に、どん、と。
巨大な黒蛇。
「おかあちゃーーーん!!」
声が、裏返る。
ラッグは、全身の力を使うて逃げようとする。けど、遅い。
蛇は一瞬で、耳ぇに噛みつき、鞭みたいに体を巻きつける。
ぎゅう。
夕飯を手に入れた顔で、小さな赤ちゃんウサギを、見下ろす。
「おかあちゃん! おかあちゃん!!」
締めつけは、ゆっくり、確実に、強うなる。
「……おか……あ……ちゃ……」
声が、細うなる。
――その時や。
森の奥から、びゅんっ、と。
矢みたいに、母ウサギが飛んできた。
この瞬間のモリーは、臆病でも、か弱くも、あらへん。
母親や。
モリーは、蛇を飛び越えざま、後脚の爪で、思い切り叩きつける。
ガッ!
蛇は身をよじり、シューッ、と怒りの音を立てる。
「……おかあ……ちゃん……」
モリーは止まらへん。跳ねて、叩いて、また跳ねて、叩く。
蛇は耳を離し、今度はモリーに噛みつこうとする。
けどな、噛めるんは毛ぇだけや。
その間にも、モリーの一撃が、鱗を裂く。裂け目は、長う、赤う、広がっていく。
……もう、蛇はあかん。
次の攻撃に備えて身構えた、その一瞬。締めつけが、緩んだ。
ラッグは、その隙を逃さん。ぐるぐる巻きの体から、藪へ――転げ落ちる。
息は、今にも止まりそうや。体は、震えとる。
せやけど――生きとる。
ただし、左の耳だけは、蛇の歯に裂かれた傷が、残ってしもた。
もう、モリーは戦わへん。守るもんは、守れた。
モリーは、木立の中へ走る。雪みたいに白うて、きらきら光る尻尾。
小さなラッグが、必死で追いかける。
そうして二匹は、沼地の中の、安全な場所へ――すうっと、消えていったんや。




