天使族エレナ。
時は少し遡る・・・
ポツン。ポツン。
シンは、いつもの岩の上に座り、頭を抱えて過去を思い返した。
我は、あの者をなぜ。
完全に、失敗だった。
何故、我にしつこく絡むのか。
あれは、数百年前。
「なんと不憫な!!」
あの者は、素行は良くないが間違ってはいない。
いや、むしろ賞賛に値する。
不憫だ。不憫にも程がある!
「今日、我は、転生魔術師に復帰する!」
ある悲しい出来事の後、シンは数十年の間、ふさぎ込んでいたが、何故か無性に、今日。また転生魔術師としての血がざわついた。
久しぶりに目を閉じて、転生させるべき物を探した。
その時、シンが目星を付けたのが、エレナだ。
なんと救われない者だ。
エレナの転生前。
それは、様々な世界線の中、
神々の選択の中で、人間族が知恵を与えられ、生き物の頂点に君臨する世界線だった。
我は、久しぶりの転生だったのもあり、エレナの事は良く覚えている。
エレナの前世の名は、マリーだった。
素行が悪く、成績も良くない。
一匹狼という言葉が当てはまる、
ヤンキーという種族だった。
「おーぃ、お前!生意気なんだよ!」
「や、やめてください。私、何もしてませんよね?」
薄暗い路地の奥。
大人しそうな、小柄な女が大柄な男に絡まれている。
「はぁ?俺様の誘いを断ったよな?」
ドスッ。
こ、これが俗に言う、壁ドンと言う奴だな!
だが、こんなのであの者はドキドキするのだろうか?
シンは、初壁ドンを目の当たりにしたが、理解ができずにいた。
「や、やめてください。」
「じゃぁ、ちょっとは相手をしてくれよ〜なぁ?」
「い、嫌。」
男の顔がどんどん女の顔に近づいていく。
「やだー!助けてー!」
女は顔をそらして、助けを求めて叫んだ。
「ヒャハッハッハ!誰も来やしねーよ!こっち向け!」
男は女の顎を掴み、顔を自分に向ける。
おぉ!こ!これが俗に言う、あごクイ!
・・・さっきから、壁ドンにあごクイ。
こんな物で乙女はドキドキする物なのか?
「いやぁー。」
男は、目を閉じて、女に顔を近づける。
「いや、嫌!いやぁー!」
「黙れ!シラケるだろうが!」
男は叫ぶと、再び目を閉じた。
女は静かになった。
これは、観念と言う奴だな。
明らかに恋とは違う。
壁ドンとあごクイは、恐怖させる事しか出来ていない様に思うが。
シンは、納得の行かない表情で考え込む。
だが、シンは転生さえできるものの、干渉はできない。
娘に同情はしたものの、転生させる迄には及ばないと判断した。
違う世界線を探そう。
シンはそう思い始めていた。
男の唇が女の唇に今にも触れそうな距離に近づいた時。
「あひーーー!」
男が叫び声をあげる。
その刹那、男は股間の辺りを押さえながら地面に倒れ、のたうち回っている。
おぉ!なんと!
これがザマァ!と言う奴だな!
スッキリした!
天晴だ!
「あはははっ!ばっかみてだな!この変態野郎!」
背後から忍び寄り、男の股間を蹴り上げた女が、高らかに笑っている。
この女こそがマリーだ。
「ばーか!ばーか!ばーか!
へんたーい!」
マリーは、のたうち回っている男を見て、満足気に手を腰に当てて仁王立ちしている。
「お、お前!ふざけんなよ!」
男は威勢は良いが、立ち上がる気配は無い。
「いくよ!あはははっ!」
マリーは、小柄な女の腕を掴むと、走って路地の出口へ向かう。
「待て!」
路地の出口には、治安を取り締まる者。
この世界線では警察、とやらが、道を塞ぐ。
「な、何よ!?」
「悪いが、一緒に来てもらおうか。」
「うっ。警察じゃない?に、逃げろ。」
マリーは、首元に打撃を受け、意識が遠のく中、小柄な女の手を離した。
小柄な女は、マリーを気にしながらも、全速力で走り去った。
「警察だよ。だが、坊っちゃんには逆らえないんだ。許してね〜。それにしてもさっきの子、薄情だね〜。浮かばれないよ、この子。」
マリーが、もうろうとする意識の中、
目をゆっくりと開けると、椅子に座らされている様だ。
「うっ。」
首元が痛むのと、手足が動かない。
どうやら縛られている様だ。
「ようやくお目覚めかー!ヒャハハハ!」
マリーが声の方を見ると、先程、股間を押さえてのたうち回っていた男が、ニヤニヤしながらマリーを見ている。
「わ、私をどうする気よ!この縄解けよ!」
マリーはイゴイゴと抵抗している。
「お前が悪いんだよ。ヒャハハハ!
お前には、逃げた女の変わりに俺の相手をしてもらうんだよ〜。」
「ふざけんな!気持ち悪いんだよ!」
うむ、見てられんな。
この娘、不憫だ。
シンは、マリーを同情の念で見守っている。
「気持ち悪い?俺の親は政治家だぞ?
そんな俺に抱かれるお前は幸せだろうがー!」
男は瞳孔が開き、頭が少しおかしくなっている様に見える。
「お前、薬でもやってんのかよ!
マジ気持ち悪いー!
あー!あー!ムリー!」
マリーはバタバタと縄を解こうと抵抗する。
「うるせぇー!」
パシン!
男は!マリーの頬を平手打ちする。
「いてー・・・・マジ・・・殺した方が世のためだなこいつ。」
マリーは決意に満ちた様に呟いた。
「なんだよ。意気がってた割には諦めるのが早いな。まぁ、いいや〜!
お楽しみといきますか〜!」
男は、マリーの顎を持ち、顔を上げさせると、唇を重ねた。
「ん〜!さいっこーー!!」
「・・・・・。」
マリーは黙って受け入れますと言わんばかりに男を潤んだ瞳で見つめる。
男は、また、マリーに唇を重ね、マリーの口の中に舌をねじ込む。
「・・・ぎぃやぁー!!!」
マリーの唇元には、血がベッタリとついている。
「ぺっ。まっず。」
マリーが吐き出した物は、床に転がる。
「あ、で?お、で、のちた。」
男の口からは、血がダラダラと流れ出している。
「あはははっ!肉を切らせて骨を断つ!さくせ〜ん!成功!!」
おぉ!なんと天晴な娘!!
ザマァだ!ザマァ!
娘よ!頑張れ!
あー!我が娘の縄をほどいてやれたなら。
「お、ま、えー!」
男は気が狂った様な顔をして、刃物を手にした。
「ちね。ちーでーーー!」
「うっ。」
男はマリーの首元に刃物を突き刺した。
マリーは静かに目を閉じた。
私らしい最後だ。
ゼーゼー。
喉がやられたのかな。
息、できない。
次に生まれ変わるなら、お姫様にでもなりたいな。
あーーー!!!なんと、なんと不憫な!!
助けてやる!
今、助けてやるぞー!
シンは、聖剣を掲げ叫ぶ。
「レエンカルナシオン!!」
聖剣を下ろしながら、シンは呟く。
「マリーとやら、転生先を私が決める事は出来ないが、幸せになる事を祈っておるぞ。」
男は、人払いしていたのが仇となった様だ。
助けを呼ぶこともできず、しばらく苦しんだ後、絶命した。
転生せず死んだ物の魂は、無に帰る。
何もない、真暗な空間。
あるのは意識だけ。
善も悪も関係ない。
善に生き、幸せな生活を過ごした者は、
その記憶を、悪に生きた者はその記憶を。
思い返す。
永遠に。
ただ、不老不死と違うのは、そこに感情がない事。
全ての不憫な物を救う事はできないが、
ただ、それだけは救い。
なのだろう。
だからこそ。
不憫な者への慈悲として、シンは転生魔術師として日々励むのだ。
ただ、不憫な者を減らしたいがために。
・・・レナ様。エレナ様!
エレナ?誰だ?
マリーが目を開けると、見知らぬ綺麗な顔立ちの女が覗き込んでいた。
「ここは?」
「エレナ様!大丈夫ですか?うなされていましたよー?」
女は、そう言うとマリーの頭を優しく撫でた。
「バー、ビー。」
私はマリー、エレナじゃない。
そう言おうとしたが、思うように話せない。
な!なに?話せない。
待って!手が、小さい?
私の体じゃない?
マリーは悟った。
転生した、と。
「エレナ様、そろそろオムツを変えましょうね〜。」
や、やめろバカ!
恥ずかしいだろ!
「オギャーオギャー!」
マリーは叫んだ。
言葉にならない声は、メイドらしき女には泣き声にしか聞こえていないのだろう。
マリーは諦めた。
しばらくは、赤子として生きていくしかないのだ。
そう悟った。
こうして、マリーは、エレナ姫となったのだった。
おぉ、まさか、転生先は我と同じ、この世界線か!
またいつか、会ってみたいものだ。
シンは目を開けた。
「などと、思ってしまった我が悪いのかも知れないな。運命とは不思議な物だ。」




