みじかい小説 / 021 / ダンサーを夢見て
壁一面に大きな姿見が埋め込まれたスタジオの隅で、カナはひとり振付の同じ個所を練習をしていた。
スタジオでは、今流行りの『漫画インク』という曲が流れている。
今日は1時間も早く来たので、カナの他には誰もいない。
東北の片田舎にあって、ダンスを習うことが出来るのはこの地域にこの教室しかなく、カナは小学生の頃から親の勧めで通っていた。
そのせいか、カナは誰よりダンスがうまかった。
母はいつかプロのダンサーになってよ、などと言う。
まんざらでもないカナは、「えー、なれるかなぁ。競争、すごいんだよ」と返すのだった。
高校卒業とともに、カナは上京した。
経済的な理由から大学へは行かず、東京でアルバイトをしながらプロのダンサーを目指すことにしたのだ。
しかし、カナはすぐに壁にぶちあたった。
地方では一番実力のあるカナだったが、東京ではカナ以上にダンスのうまい子たちが沢山いたのだ。
自分は井の中の蛙だったのだと、身をもって知った。
ちょうどその頃、同じダンススタジオの講師と恋に落ちた。
デートの回数が増え、練習の回数は減っていった。
それから一年後、カナはその相手と結婚した。
同時に、カナには子供ができた。
カナはバイトをやめて家庭に入ることにした。
夫は、「いいよな、女は仕事やめれて」と冗談交じりに笑って言った。
この時、カナは夫に違和感を抱いた。
結局、5年後、その違和感が膨らむ形で二人は離婚した。
カナは、今、都内のジムでトレーナーとして働いている。
息子を育てながらなので、忙しいうえに生活は苦しい。
ひとりになると、ふいに涙が流れてくる。
多分、そろそろ子どもの父親となるような男性が必要なのだ。
いや、子供は言い訳だ。
何より、カナ自身のために必要なのだ。
マッチングアプリをなぞりながら、カナは電車の中でひとり泣いた。
イヤフォンからは、かつての流行歌である『漫画インク』がエンドレスで流れていた。
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