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アメリカ空軍が保有し運用している主力長距離輸送機C-17グローブマスター1機は、ベルギーのアクロティリ空軍基地を目指して飛行している機内の貨物室には60トン近い自走砲が搭載可能なスペースを有しているにも関わらず、空の状態と言っても良いくらいに目立った積載物は何一つ見当たらず貨物室の両サイドに備えられた簡易式座席に4人の男達だけが存在している。
その4人のうち2人は、座席の下に個人の荷物であるバックパックを置いて機体側面の壁に背を凭れかけて座面に腰掛けて両腕を組んで両目を閉じている。一方、別の2人はバックパックを枕替わりにして6人分の座面を倒し簡易ベッドの如く身体を横にして仮眠を取っている。
当然のように4人の男達がいる貨物室は民間旅客機とは違い、兵員を輸送するにしてもエアコン等が備えられておらず、加えて主翼に備わる4発のジェットエンジンが発する稼働音を遮るような防音材が内壁に施されているわけもなく決して快適な空の旅とは言い難い状態となっている。
それにも関わらず、貨物室内に響き渡るジェットエンジンの稼働音を物ともせずに鼾をかいて眠れているのは、彼等が余程この様な輸送機の貨物室での移動に慣れているからに他ならない。
両腕を組んで簡易座席に腰かけている側の1人は、日焼けした皮膚の白人でスティーブ軍曹と言い4年前に過酷なスナイパー養成訓練を修了してスナイパー要員となってからデルタ・フォースへ転属となったばかりで陸軍レンジャーとしての経験が豊富ながらもデルタ・フォース内では比較的年齢を重ねた新人となっている。
そのスティーブ軍曹の隣で腕組みをして目を閉じているのは日焼けだけとは思えぬくらいに褐色の肌をしたプエルトリコ系のセルジオ軍曹でスティーブがデルタ・フォースに転属されてからスポッター(監的手)役としてコンビを組んでいるが、デルタ・フォースに配属された年数はスティーブよりも長くスティーブ軍曹の教育係のような立場でスティーブ軍曹をフォローしている。
一方、貨物室の反対側で簡易座席をベッド替わりにして仮眠を取っているのはアフリカ系黒人のマイケル伍長で3年前にスティーブ軍曹と同様にスナイパー養成訓練を修了直後にデルタ・フォースへスナイパー要員として転属したばかりで特殊部隊での実績を残そうとする野心がかなり強い若者である。そのマイケルの隣で同じく仮眠中なのはメキシコ系のガルシア軍曹でセルジオ軍曹と同様にマイケル伍長のスポッターとしてコンビを組んでいるが、若さ溢れる年齢のために勝ち気に逸るマイケル伍長のブレーキ役も兼ねて指導に当たっているのが実情である。
着陸体勢に入ったC-17グローブマスターが徐々に高度を下げて目的地であるアクロティリ空軍基地の滑走路に近付いているがマイケルとガルシアの2人は依然として鼾をかいており一向に起きる気配がない。
眠ったままの2人と反対側の席で両腕を組んで目を瞑っていたスティーブが、目を開いて眠ったまま起きる気配のない2人を目にすると
「そろそろ向こうで眠っている2人を起さなくても良いか?」
隣の簡易座席で以前として目を瞑ったままのセルジオに聞こえるくらいの小声で尋ねると
「あの2人、今日の1時近くまでミッションに従事していて一睡もしてないそうだから、変に気を使わずに放っておけ。どうせ、この輸送機が滑走路にタッチダウンしたなら結構なショックがあるんだから、放っておいても下から突き上げるような揺れで目を覚ます」
セルジオは目を閉じたまま口の端に苦笑いを浮かべて、静かな声でスティーブに答える。
貨物室にある小さな窓からはアクロティリ空軍基地の施設が少しずつ見えてくるので、あと1分もしないうちにC-17グローブマスターが滑走路にタッチダウンするに違いない。
その直後、貨物室にはドンッという比較的大きな衝撃音と共にC-17グローブマスターの機体から出されているタイヤが滑走路のアスファルトに接地すると、同時に民間の旅客機よりも強烈なショックが下方から加わりシートベルトをしっかりと締めて身体を固定している筈のスティーブとセルジオの身体が小さいが小刻みに上方へ跳ね上がる。
当然、その反対側で簡易座席をベッド替りにして仮眠を取っているマイケルとガルシアはC-17グローブマスターのタイヤが滑走路にタッチダウンしたショックでベッド替りの簡易座席から転げ落ちそうになりながらも、すんでのところで目を覚まして体勢を崩して金属が剥き出しとなっている貨物室の床に叩き付けられるのを防ぐのに成功したが、2人の顔付きは睡眠時間の不足によるものか寝起き直後の状態で未だ正気を取り戻したとは言えない。
本来なら眠気を晴らす意味で頭を何度か振るのだろうが、C-17グローブマスターが着陸した際に主翼のスポイラーを跳ね上げたエアブレーキと車輪の油圧ブレーキ、更にはジェットエンジンの逆噴射という3種類の制動装置が一斉に起動した事により、シートベルトを締めていないマイケルとガルシアの上半身は前方へ振られて枕替りのバックパックへ飛び込むような状態となった。
勢い良く前方へ投げ出され、枕替りにしているとは言えバックパックに頭部を打ち付けたマイケルとガルシアは、バックパックから上半身を起こすと手の甲で両目を擦って目を覚まそうとしているが、未だにシートベルトを締めていないため、決して平坦とは言えない路面を滑走しているCー17グローブマスターの機体がガタガタと揺れる振動でマイケルとガルシアの身体は小刻みに上下方向へ撥ねている。
充分に速度が落ちたC-17グローブマスターが、メイン滑走路から離れて誘導路へ移動して所定の停止場所へ向かいアクロティリ空軍基地の地上要員による案内通りに機体を停止させる。
貨物室に油圧装置が稼働する音が聞こえると後部ハッチが徐々に下がり始め、薄暗い貨物室にも外光が差し込んで機内が明るくなってくると、スティーブとセルジオは締めていたシートベルトを外して簡易座席の座面を跳ね上げて、座面の下に置いていたバックパックを手にすると完全にオープンとなった後部ハッチへ向かって歩き出す。
未だ完全に眠気が去っていないマイケルとガルシアの2人は、枕替りにしていたバックパックを背負ってからベッド替りとするために、それぞれが倒した6人分の座面を全て跳ね上げて大きな欠伸をして背伸びをすると後部ハッチへ向かって移動する。
先にC-17グローブマスターの外へ降りていたスティーブとセルジオは、手にしていたバックパックを背負いってマイケルとガルシアが貨物室から降りてくるのを待っている。
マイケルとガルシアが後部ハッチを歩いてくるのを見たセルジオは、近くにいるアクロティリ空軍基地の地上要員に声を掛けると基地の司令官室までの経路を尋ねている。
眠気の去らないマイケルとガルシアの頼りない足取りながら、セルジオとスティーブの元に近付いてくると苦笑いを浮かべたセルジオが
「おい、マイケル。お前、口の端から涎が垂れるぞ」
マイケルの顔を見ながら言うと、セルジオから言われたマイケルは慌てて右手の甲で口の端を拭う。
「これからアクロティリ空軍基地の司令官室へ行って到着の挨拶をするって時に、司令官の前で無様な姿を見せるなよ」
そうセルジオが言うと、先頭を切ってアクロティリ空軍基地の司令官室へ向かって歩き出すとスティーブ、マイケル、ガルシアの3人も後に続いていく。
セルジオが敢えて徒歩で移動したのかは定かではないが、C-17グローブマスターが駐機している場所から基地司令官室まで歩いたことでマイケルとガルシアの眠気は完全に醒めて、C-17グローブマスターから降りた直後よりも幾分かは真面になってきた。
アクロティリ空軍基地の司令官室で、基地司令の前に立っている4人のうち最も年長者となっているセルジオが
「セルジオ軍曹、以下3名は只今アクロティリ空軍基地に到着いたしました」
直立不動の姿勢で、基地司令官に敬礼をしながら到着の報告を行う。
デスクの皮張りの椅子に腰を下ろしたままでセルジオの報告を受けた基地司令官が
「ご苦労、到着したばかりだが早速4人は備品管理係のカウンターへ赴いて用意された装備品を受領してから、総務係のカウンターで部屋の割り当てを受けて荷物を置いたなら、支給した銃器のゼロインを当基地の屋外射撃レンジで行うように。そこには、既に諸君等とチームを組むことになるチームリーダーのマイク曹長とジョウジ曹長が射撃訓練を行っている筈だから、合流して射撃訓練を実施するように」
そう4人に命令する。
基地司令官が、4人に命令を伝えた後に4人からの質問を聞くことがなかったのは、4人へ与えられているミッションは軍需産業への巨額な投資を行っているマンスールの逮捕作戦である以上、4人が行うべきはチームのリーダーであるマイクと合流してミッション遂行のために必要な行動を取ることであり、基地司令官が伝えたのは正に4人が取るべき行動を指示したのに過ぎないので、敢えて指示した内容に対する質疑を行う必要がない。
基地司令官からの命令を受けて司令官室から退出した4人は、そのまま備品管理係のカウンターへ赴き装備品の支給を受けに行く。
受領した装備品には逮捕作戦で使用する咽頭マイク付きの無線機、防弾ヘルメット、4個のM26破片手榴弾とメインアームである7.62×51ミリメートルNATO弾薬を使用するSCAR-Hアサルトライフル銃がセルジオとガルシアに、スティーブには8.58×70ミリメートルのリムレスボトルネック型センターファイヤ式ライフル弾薬を使用するジョージア州にあるライフル製造メーカーであるDRDタクティカル社のKIVAARIライフル銃、マイケルにはハンガリー軍研究所で開発され12.7×99ミリメートルNATO弾薬である50BMG弾薬を使用するゲパードGM6リンクスライフル銃が支給されている。
なお、SCAR-Hアサルトライフル銃にはロングレンジでの射撃には不向きなショートスコープが装着され、KIVAARIライフル銃とゲパードGM6リンクスライフル銃には50倍までの倍率が可能となり長距離狙撃にも適しているリューポルド社のMark4M3タイプのスコープが装着されている。
今回のミッションでは、SCAR-Hアサルトライフル銃で近中距離の射程を担わせ、KIVAARIライフル銃とゲパードGM6リンクスライフル銃で本命のマンスールを狙わせるつもりなのは、それぞれのライフル銃に装着されているスコープで容易に判断できる。
何せKIVAARIライフル銃とゲパードGM6リンクスライフル銃のようなアンチマテリアルライフル銃は銃器自体が大きいことに加えて重量があるのに1キログラム近い重さの高倍率スコープを装着しているのでは、最初から取り回しは良くない。




