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デルタのスナイパー  作者: 二条路恭平


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大統領のベルギー公式訪問2日目、初日に発生した通り魔殺人がブリュッセル市内を騒然とさせて以降は、嘘のような平静さを取り戻し大統領の予定は恙無く消化され12階建てビルの屋上で監視任務に従事している俺達の目にも挙動不審な人物を発見することがなかった。

そう言った意味では、半日近くは手持無沙汰で暇を持て余しているような状況となったが、本音からすれば大統領をターゲットとしたテロ攻撃が発生して急遽カウンター狙撃を行うような事態に陥ることなく、このまま平穏に大統領のベルギー公式訪問が終了して欲しいところではある。

隣で双眼鏡を手に監視をしているマイクにしても、昼食を摂り終えた後は何度となく欠伸を嚙み殺すような仕草をしながら、晴天によって心地よい温かさが誘ってくる微睡みのような睡魔と格闘するかのように頻りに手の甲で目を擦っている。

しかし、俺とマイクも含めた監視任務に従事していた全ての人間が気付かぬうちに、ドローンによるテロ攻撃対策として配備されたジャミング電波による影響範囲を超えた上空70メートルを飛来する飛行タイプのドローンの存在に気付くことはなかった。

今回の大統領警護のために用いられているジャミング電波は、設置された器機から半径30メートルの範囲にしか作用しないように出力を制限して大統領が通行する予定ルート上の各所に配置されている。

如何に、重要な要人たるアメリカ大統領の警護のためとは言えジャミング電波の出力を単純に高出力とした場合、周辺で日常生活を営んでいるアメリカ大統領をターゲットにしたテロ攻撃とは無関係の一般市民に妨害電波という形で悪影響を与えかねない。

最もアメリカ大統領をターゲットとしたテロ攻撃でドローンを使用したとしても大統領から30メートル以内に爆発物等を近寄らせなければ、起爆する前段階で回避行動を取るだけの充分な時間が確保できるだけでなく、少なくとも爆心地から30メートル以上もの距離で影響を受ける可能性があるとすれば、軍用兵器である巡航ミサイル等の使用することになりミサイルくらいの物体であるならば、ベルギー軍やベルギー駐留米軍基地に配備されているレーダーで捕捉可能となる。

仮に大統領暗殺のためにミサイル等が使用される事態にでもなれば、大統領が乗車している「ザ・ビースト」を含めた車列の走行予定ルート近くで監視任務に従事している俺達も徒では済まないことになるが・・・。


大統領ベルギー公式訪問の3日間とも晴天に恵まれており、特に最終日の今朝は正に雲一つない晴天となって青々とした空に輝く朝日が眩しい。

寝床としているビジネスホテルで朝食を済ませて、必要物資を詰め込んでいるバックパックを背負い監視任務のためにビジネスホテルから出発する際には、俺とマイクは偏光グラスのシューティング・グラスを掛けて12階建てビルへ向かう。

NATO首脳会議から引き続いている約1週間は、飛行タイプのドローンや通り魔殺人の目撃を除けば任務遂行に際して自らに直接危険が迫ってくるようなことはなく時間の大半は総じて暇だったと言え、これまでに経験したミッションと比べても身に迫る危険が少ないので緊張感が薄れているのは否定できない。

12階建てのビルの屋上に到着して、備え付けられているトライポッドにSCAR-H TPRライフル銃を固定した後で、7.62×51ミリメートルNATO弾薬が装填されているマガジンをSCAR-H TPRライフル銃に装着し、右手の人差し指と中指をチャージング・ハンドの取っ手部分に掛けて後方へ引くと昨日と同じように「カチャッ」という音を発しながらエジェクションポート・カバーが開く、シャーという静かで滑らかな音を奏でながらチャージング・ハンドを一杯にまで引くと、薄暗いながらもボルトが後退したことでエジェクションポートからマガジンに装填した7.62×51ミリメートルNATO弾薬の1発目が視認できる。

右手の人差し指と中指を掛けていたチャージング・ハンドの取っ手部分から離すと圧縮されていたリコイル・スプリングが元に戻ろうとする力でボルトが前進し、ガシャーンという音と共にボルト前端がマガジンの最上部にある7.62×51ミリメートルNATO弾薬をマガジンから押し出してチャンバーへ導きチャンバーを完全閉鎖する。

チャージング・ハンドを引いてボルトを後退させた際に、同時にレシーバー内のハンマーをボルトが起こしているのでトリガーを引けば確実に発砲となるが、現時点で発砲の必要性はないのでトリガーの上部にあるセレクターレバーを動かして「SEFE」の位置へ小さな「カチッ」というクリック音が聞こえるまで移動させる。

トライポッドへの固定は、充分にSCAR-H TPRライフル銃がグラつくことのないよう固定用のネジを意識して締め付けてはいるものの、何かの拍子にトライポッドのアタッチメントからSCAR-H TPRライフル銃が外れて落下した際には、ストック後端のバットプレートからコンクリートに衝突するので仮にセクターレバーを「SEFE」の位置へ移動させて機械的な安全装置をオンの状態にしておかなければ落下による衝撃で、トリガーが引かれたような状態となるのでハンマーが倒れてファイヤリング・ピンを殴打して、チャンバーに送り込まれた7.62×51ミリメートルNATO弾薬が暴発する事態を招いてしまう。

SCAR-H TPRライフル銃がコンクリートに落下した瞬間に暴発となれば、銃口は上空に向いているので、暴発によって放たれた弾丸は人のいない空へ飛んでいくことになり比較的危険性が低いかもしれないが、バットプレートから落下したSCAR-H TPRライフル銃が横倒しとなる過程で暴発現象が発生すれば、銃口から放たれた弾丸は上空ではなく横方向へ飛び出すことになり、7.62×51ミリメートルNATO弾薬の有効射程距離は800メートルと言われているので、800メートル以内の距離に居る人物を死傷させる危険性を孕んでいることになる。ただし、800メートルというのは有効射程距離であって最大射程距離を意味するものではない。

有効射程距離とは、発砲された弾丸がターゲットとした物体に対して目的とした影響(ペーパーターゲットに穴を開けるだけなのか、或いは人物を死傷させるのか)を充分に発揮できる実用的な距離を意味し、一方の最大射程距離は理論上で最も弾丸が遠方まで飛翔して地面へ落下するまでの限界距離を意味しており、狙って命中させるのは不可能とされている。

当然、距離的には有効射程距離よりも最大射程距離が遠いことを意味するが、仮に有効射程距離を超えた位置であったとしても命中箇所によっては危害が及ぶ可能性はあるので、有効射程距離を超えているからと言って無傷であるとは限らない。


バックパックから双眼鏡を取り出して監視活動を開始するが、あと30分もすれば大統領を乗せた「ザ・ビースト」を含めた車列が目の前の道路を右方向から左方向へ走り去るはずである。

暫くすると、右手の方から青いフラッシュ・ライトを点滅させた車列を先導するバイクが見え、その後に青と赤のフラッシュ・ライトを点滅させた後続車両が続いて徐々に俺達の方へ接近してくるのが分かる。

「ザ・ビースト」を含めた車列を先導する2台のバイクが、俺達が立っているビルから20メートルほど手前を走行している時、距離にして5メートルくらい離れた位置の上空から陸上のリレーで使用するバトンのような形状をした物体が次々と落下してくるのが見えた。

その状況を咽頭マイク越しに現地警護対策本部へ無線連絡をすると担当者から

「それは危険物か?」

と聴いてくるが、屋上の端から5メートルくらいは離れた距離を落下してくる物体を掴む訳にもいかず、大きさもバトンくらいと比較的小さいので肉眼では詳細が把握できないし、双眼鏡では近過ぎてピントを合わせられず視認できない。

「落下物の詳細は、把握できないが大統領の車列が接近してくる状況で路上に落下しそうなので、明らかに大統領をターゲットにしたテロ攻撃と判断する」

そう現地警護対策本部に連絡するのが精一杯で、目の前を落下していくバトンは車列を先導している2台のバイクが俺達の足元を通過した直後に、次々と路上へ落下して「パンッ、パンッ」と想像したよりも比較的小さな破裂音を発しながら、白色の煙を拡散し始める。

足元からは歩道にいた多数の見物人から悲鳴等が発せられ騒然とした状況を呈しているが、拡散された白色の煙が周囲に広がって濃霧のような状態となっているので屋上からは足元の状況がまったく把握できない。

暫くすると、前方が見えないことで車列がストップしたのか濃霧のような状態の煙に薄っすらとではあるが青や赤のフラッシュ・ライトが点滅しているのが微かに視認できる。

それらの状況を無線を介して現地警護対策本部へ連絡するが、現地警護対策本部でも情報が錯綜して混乱しているのか

「爆発物が車列に投げ込まれたのか?」

「大統領は無事なのか?」

「警護にシークレット・サービスはどうしている?」

と言った質問を矢継ぎ早にしてくるので

「破裂音は聞こえたが、少なくとも爆発物ではない」

意識して冷静に答えてやる。

「それで、現地の状況はどうなっている?」

と再び現地警護対策本部の担当者がヒステリックな声で聴いてくるが、何せ停車したと思われる車列の一帯は、拡散した白煙が濃霧のように立ち込めているので足元の状況を確認したくても確認しようがない。

しかし、それまで無言であったマイクが

「恐らく、襲撃者は催涙グレネードを使用したと思われる」

と双眼鏡を覗きながら言い出した。

そのマイクの言葉を聞いた俺は、足元の方へ耳を傾けてみると微かにではあるが悲鳴に混じって多くの人間が咳き込んでいるような音を聞き取ることができた。

足元で濃霧のように立ち込めている白煙の正体が催涙ガスと分かった瞬間

「大統領が乗車している車内に催涙ガスが侵入して、大統領が咳と目の痛みを訴えているので、車列の後方に待機しているバックパップ用の大統領専用車に乗り換える」

現地警護対策本部の担当者から連絡を受けるのと同時に、催涙ガスが充満しているエリアから離れた場所で停車していた控えの「ザ・ビースト」が路上で停車している車列を避けるようにして催涙ガスのなかへ突入していくのが見える。

その辺りから徐々に立ち込めていた催涙ガスが霧が晴れるように薄まり始め、屋上の俺達にも少しずつ足元の状況が判別できるようになってくる。

バックアップの「ザ・ビースト」が、大統領を乗せている「ザ・ビースト」の後方に停車すると周囲に停車している車両から口元にハンカチ等で押さえたシークレット・サービスのエージェント達が駆け足で大統領のいる「ザ・ビースト」の後部ドアへ集まってくる。

大統領が乗車している「ザ・ビースト」の後部ドアに集まったエージェントの何人かが、ハンカチを持っていない方の手でバックアップの「ザ・ビースト」に対して大統領を乗り換えさせる準備が完了しているのかジェスチャーを交えて確認すると、大統領が乗っている方の「ザ・ビースト」の後部ドアが開かれ大統領が車外に姿を現した瞬間、俺達が居るビルの足元から「パ、パ、パ、パンッ」と連続した発砲音が聞こえてきた。

「ザ・ビースト」から降車した大統領を守るために数人のエージェントは発砲音がする方向へ盾となるように立ちはだかる者がいる一方で、大統領を取り囲んでいるエージェント数名は大統領の頭部を隠すように手を翳しながら、大統領を引き摺るようにしてバックアップ用の「ザ・ビースト」の後部ドアへ連れて行こうとしている。

その状況を見た俺は、トライポッドに固定しているSCAR-H TPRライフル銃をアタッチメントから取り外すために固定用のネジを緩め始める。このままでは、足元で大統領に対して襲撃仕掛けているテロリストを狙撃するには、トライポッドにSCAR-H TPRライフル銃を固定した状態では的確な照準ができない。

トライポッドから取り外したSCAR-H TPRライフル銃を構えながら、片膝を突いてニーリングの射撃姿勢を取りながらスコープを覗くと、大統領へ向けて発砲しているのは3人の男で、全員が所持しているのは形状から判断してサブマシンガンであることまでは確認できる。

マシンガンを掃射している3人ともフルオートで発砲しているので、30発は装填できそうな細長いマガジンは直ぐに空となって、その度に発砲が中止され利き腕ではない方の手を背中側の腰に用意していると思われる予備マガジンを抜き出して、空になったマガジンと交換してサブマシンガンの掃射を再開している。

足元でサブマシンガンを掃射している3人が、どの程度の実戦経験や所持しているサブマシンガンの知識を有しているのか判断できないが、30発の弾薬を装填しているマガジンの全弾を撃ち尽くすのは10秒も掛からないはずで、そのため近年に開発されたサブマシンガンにはセミオートでも発砲できる機能を追加している。

恐らく、フルオートで発砲して幸運に1発でも大統領が被弾すればという思いと、数多くの弾幕を張ることで1人でも多く大統領を警護しているシークレット・サービスのエージェントを排除しようとしているのだろうが、俺から見ればセミオートで確実に弾丸を相手の急所へ被弾させたほうが理に叶っていると思えて仕方ない。

事実、数人のシークレット・サービスのエージェントが被弾して路上に転がっているが、その全員がアーマーベストに被弾しており、近距離からの被弾による影響で苦しんで路上に倒れているだけで死傷しているわけではなさそうに見える。

俺の位置から3人のテロ襲撃者を狙撃するのは撃ち下ろしの状態となっているが、角度的には弾道の低伸等を気にするような状況ではないので、背中側を見せている襲撃者の1人目の襲撃者は腰の辺りにレティクル・センターを合わせて発砲する。

このスコープは、射撃レンジで25メートルの距離でゼロインを行っており監視任務に就いてからエレベーション・ダイヤルを弄っていないので、発射された弾丸は狙った腰の辺りではなく肩甲骨近くに被弾する筈である。

ビルの谷間と言っても良い場所で轟くように鳴り渡る発砲音と共に、左腕の付け根に下から突き上げるような反動が襲い掛かり、エジェクションポートから派出された空薬莢は弧を描きながらビルの階下へ落下していく。

脇で状況を確認しているマイクが

「初弾命中、肩甲骨の下辺りに被弾して貫通したみたいだ」

と結果を伝えてくれる。

ほぼ予想通りの位置に着弾しているので、2人目も同じ箇所を狙って狙撃しようとしたが、隣でサブマシンガンを発砲していた筈の仲間が狙撃されたのを知った2人目は俺の方へ振り返ると慌てて路上に転がっているサークレット・サービスのエージェント目掛けて走り出すので、レティクル・センターを2人目の肩甲骨辺りに急いで合わせてトリガーを絞る。

再び落雷でもしたかのような轟音が鳴り渡ると同時に下方から突き上げる反動を受けつつ、エジェクションポートから排出された空薬莢はビルの階下へ弾き飛ばされていく。

隣にいるマイクが

「2人目命中、腹部付近に被弾して貫通している」

と伝えてきた。

1人目は、マイクからの報告で肝臓辺りを貫通しているだろうから止めを刺さなくても大丈夫だと判断したが、2人目は腹部に命中したとすれば腸を破壊した程度となるので、被弾した相手が苦し紛れにサブマシンガンを発砲するのは決して不可能な事ではなく、周囲に被弾して多くの死傷者を生んでしまうので2人目に止めを刺すべきか一瞬迷っていると、「パンッ、パンッ」と何れも違う方角から拳銃の発砲音が聞こえてきた。

「シークレット・サービスの連中が2人目に向けて発砲した、2人目の男は止めを刺されているので反撃してくる心配はない」

マイクの状況報告を受けて安心した気持ちで3人目へスコープを移すと、2人の仲間が連続して射殺されたのを視認した男は、人質を確保するつもりなのか催涙ガスとサブマシンガンの発砲音を受けてパニック状態となって歩道に屯している一般市民の方へ向けて走り出す。

身体の正面を俺の方へ向けて走り出している男の胸辺りにレティクル・センターが合っている状態で迷わずトリガーを引くと、ビルの谷間に発砲の轟音を響かせて3発目の弾丸が発射され、エジェクションポートから吐き出された空薬莢は2発目までと同様にビルの階下へ落下していく。

「3人目、完全にバイタルゾーンを撃ち抜いている。こりゃ、間違いなく即死だ」

幾分、お気楽そうな調子で状況を伝えるマイクの声に止めが必要ではないことを悟ると、

その頃になってバックアップの「ザ・ビースト」は襲撃現場を離れて大統領を脱出するのに成功して、数台の警護車両が慌てて大統領が乗り換えた「ザ・ビースト」の後を追って走り出していく。

「大統領警護にあたっていたシークレット・サービスのエージェントは、カウンター発砲しなかったのか?」

と現地警護対策本部の担当者が聴いてくるが、催涙ガスが蔓延している状況下ではエージェント全員が涙目となって視覚が充分ではないので下手に拳銃を発砲すれば、襲撃者に命中しないばかりか後方に居る一般のベルギー市民に向かって誤射しかねず、2人目の襲撃者への止めにしても、よく外すことなく致命弾を送り込めたと関心するくらいである。

最も、俺にしても襲撃者を貫通した7.62ミリメートル弾がアスファルトに命中した際に跳弾となって周囲に被害を与えなかったのも不幸中の幸いと言えなくもない。

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