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直接、大統領が狙われたわけではないのだが、大統領が乗車している「ザ・ビースト」の車列が走行する予定のルート上で通り魔殺人が行われたという事実は些か気になるものの、現実の問題としては大統領の警護上で何かしらの関連が明確になっているわけはないこともあり、現地警護対策本部は通り魔殺人を捜査しているベルギー警察と事件に関する情報共有は発生時以外行ってはいない。
通り魔殺人の強行が発生した際には、現地警護対策本部も大統領が乗車している車列のルート上という事もあり一時的に騒然として緊張感が漂っていたが、その後に大統領の車列が通行する際も特段の不具合が発生することもなく、平時と同様に大統領の予定が熟されているので、いつしか通り魔殺人の情報に関して現地警護対策本部の関心は次第に薄れていった。
事実、通り魔殺人が発生した際に犯人と思われる長髪の白人男性を現場近くで見失って以降、俺とマイクも監視場所である12階建てビルの屋上から双眼鏡で監視を継続しているが、夜間を担当するベルギーの監視チームと交代するまで二度と長髪の白人男性を目にすることはなかった。
卓上ルーペを使っての繊細な作業が概ね完了して10本の38ミリメートル催涙グレネードが本来の形に戻すと、使用した工具類を几帳面にケースへ収納しているところに、突然ドアが勢い良く開けられアメリカ大統領襲撃チームのメンバーである長髪の白人男性が入室してきた。
一瞬、部外者がノックもせずに部屋に飛び込んできたのかと思って入室者への武力行使を行おうと身構えた男性は、入室してきたのがチームのメンバーである長髪の男性であることを視認すると「チッ」という舌打ちを発してテーブルへ視線を戻して作業を継続しながら
「一体、何処へ行ってた?」
入室してきた長髪の白人男性に冷静さを装って問い掛ける。
問い掛けられた白人男性は、部屋のドアに背を凭れ掛けた状態のままで恍惚とした表情を浮かべ、口の端からは涎を垂らしながら「はぁ、はぁ」と多少とも荒い息遣いをしたままで問い掛けに答える様子がない。
テーブルの上を片付けている手の動きを止めて、沸き上がってくる怒りを押さえつけてドアの方へ振り返り、ドアに凭れ掛かっている長髪の男性を見ながら
「一体、何処へ・・・」
幾らか声の調子を強くして言い掛け、目に入った長髪の男の姿は上着に乾燥した赤黒い血痕が散見され、履き古したジーンズの股間が大きく盛り上がているのを右手で押さえながら恍惚とした表情を浮かべて「はぁ、はぁ」と荒い息遣いで口から涎を垂らしているのが分かる。
それを見た男性は、質問に対する答えを得ないながらも何かを悟ったらしく、再びテーブルの方へ振り返って片付けたばかりで蓋を閉めたばかりの工具ケースを開いて、マイナスドライバーを右手に掴んでマイナスドライバーの先端を静かに見詰めている。
しかし、その右手は怒りによるものなのか微かに震えて、男性の蟀谷には青筋が浮かび上がり両方の顎は強く噛み締めているのかグリグリと膨れ上がっている。
マイナスドライバーの先端から視線を逸らして、ドアに凭れ掛かっている長髪男性の方へ向き直り、腰掛けていた椅子から立ち上がり比較的ゆっくりとした足取りで長髪男性に近寄った男性が
「一体、何をしてきた?」
怒りを抑えた様子で、長髪の男性に再び問い掛けると
「溜まんねぇなぁ」
長髪の男性が、今度は夢見心地のような表情を浮かべてニヤついた顔をしながら答えを口にした。
その表情を目にした瞬間、右手でマイナスドライバーを握っていた男性が無言のままで長髪男性の心臓付近に勢い良くマイナスドライバーを深く突き刺すと
「グェッ」
という声を漏らした長髪男性は、両手で突き刺された自らの胸にあるマイナスドライバーを握り、賢明に何か言葉を発しようとしているが口がパクパクとなるだけで声にならない。
その状態を見ている男性は、突き刺したマイナスドライバーを握っている右手に力を込めて捩じるようにしてドライバーの先端部分が刺さっている心臓を抉るようにしながら
「あれほど、余計な真似をしてドジを踏むなと言っていったのに己の性欲すら制御できない馬鹿がッ」
怒りを含んではいるが、恐ろしいくらいに静かな調子で長髪男性に言葉を投げ掛け
「5歳児でも、暫くの間は大人から言われたことは素直に守るのに残念だよ」
そう言ってマイナスドライバーを握っていた右手を離すと、胸にマイナスドライバーを突き刺された長髪男性は、凭れ掛かったドアを滑り堕ちるようにして床へ仰向けになって倒れるが、足元の床はタイル張りのように滑り易い素材ではないので後頭部はドアに凭れたままの状態となり、長髪男性の鼻から流れ落ちた血液が口にルージュでも塗り付けたように赤く染まっていく。
マイナスドライバーで長髪男性を刺し殺した男は、仰向け状態で転がっている死体には見向きもせずに、部屋の奥へ行くと右手に薄汚れた雑巾を持って死体の方へ歩み寄る。
刃物等で刺殺した場合、相手が失血性ショックによって死亡した直後に死体から刃物を抜くと心臓が完全に停止しているわけではないので、刃物を抜いた傷口から血液が周囲に飛び散ってしまう。ただし、死体の心臓が完全に停止してからは死体の筋肉が硬直し始めて強い力で刃物を締め付けるので、簡単に刃物は抜けなくなってしまう。
右手に持った雑巾を広げて、死体に突き刺さているマイナスドライバーを覆うようにして死体へ雑巾を掛けてから、マイナスドライバーの柄を雑巾越しに掴み、右脚を死体左の二の腕を踏むようにして力任せにマイナスドライバーの柄を引き上げる。
想像したよりも比較的簡単に死体からマイナスドライバーが抜けると、死亡してから間もない体内から血液が漏れて雑巾に染み込み、薄汚れた雑巾が赤黒く染まり始める。
赤黒く染まった雑巾とマイナスドライバーを持って洗面所へ向かい、蛇口を捻って水道水を出しっぱなしにして流水状態にしたところへ血液塗れのマイナスドライバーの刃先を突っ込んで洗い始める。
血液が凝固しておらず、未だ粘液状態なので蛇口から流水状態に晒してやるだけで、マイナスドライバーを擦らずとも水道水に混じって付着した血液が溶け落ちていく。
マイナスドライバーから付着した全ての血液が流れ落ちたところでマイナスドライバーを目の前に翳して見るが、ドライバーの刃先等に変形や欠け落ちたような形跡は見当たらない。
長髪男の心臓目掛けてマイナスドライバーを突き刺した際、運良くマイナスの刃先は肋骨等と衝突することなく隙間の柔らかい部分を貫いて心臓に達したようだ。
マイナスドライバーを洗う際に、両手を使っていないので血液で汚れてはいないが流水で両手を洗ってから、洗面所の脇に用意しておいたペーパータオルで両手の水分を拭き取って、マイナスドライバーの水分も新たなペーパータオルを使って丹念に拭い工具ケースへ収納する。
血液に染まって赤黒く重たくなった雑巾は、洗面所の排水口に栓をして水道水を溜めてから溜まった水道水に雑巾を浸しておく、血液を吸った雑巾から溜まった水道水に血液が溶け出して溜まっていた水道水が赤く染まり出すので、排水口の栓を一旦外してから再び排水口に栓を戻して水道水を溜める。
死体の血液を吸い込んだ雑巾を完全に綺麗にしようとは思っていないが、ある程度の血液を洗い落しておけば、この後に行う死体の処理を行うのに使用できる。
何度か、洗面所に溜めた水道水に晒して血液が水に溶け出して水道水が赤くならなくなった辺りで、固く雑巾を絞って水気のない場所へ広げて置く。
この雑巾に含まれた水分が渇く頃には、死体内の血液も殆ど凝固しているだろうから死体の始末をした際に周囲に血液が飛び散る心配がない。
洗面所を出た男は、ドアの前で仰向け状態となっている死体の両足首を掴んで引き摺りながらバスルームの手前に放置する。
完全に息絶えた死体は両目をカッと見開いたままとなっているが、死体となった物体が今更何かを見たとしても大した支障はなく、まして死体に対する弔いの気持ちもないので両方の瞼を閉じさせるようなことはしない。
部屋のドアの前から死体を移動させた後、男は一旦部屋から出て移動用の車両に向かい車に積載していた折り畳み式の鋸を持って部屋に戻ってくる。
もう暫くしてから死体を鋸等で解体して、テロ襲撃用に手配したドローンを収納していたナイロン製のバッグに収納して、バックに詰め込んだままブリュッセル市内を流れるゼンヌ川へ投棄すれば死体の始末は完了となる。
何れは投棄した死体が発見されるだろうが、例え死体が発見されても死体の身元が判明するのに相当の時間を要するのは間違いなく、ベルギー警察が死体損壊と殺人事件として捜査を開始した頃には、アメリカ大統領をターゲットとしたテロ襲撃も正否を別にして終了しているから、犯人である自分はベルギー国内から国外逃亡を完了している。
チームとして、顔を合わせた時から胡散臭いとは思っていたが人殺しを行うことで性的快感を得るような変態野郎と要人暗殺テロを行うのが抑々の間違いで、この武装テロリスト集団のリクルーターは何を考えて人員集めをしているのか分かったもんじゃない。
所詮、この武装テロリスト集団の信条等に共感しているわけじゃないので、このテロ襲撃が例え成功しようが失敗しようと当初に約束した報酬を受け取ったならば、こんな集団とは早々に縁を切ったほうがよさそうだ。
男は、自分の荷物を入れているバックからレザーのシースに収めているアメリカの老舗ナイフメーカーのBK7コンバットナイフとナイフの切れ味が悪くなった際にナイフの刃を研ぐためのダイヤモンドシャープナーを取り出すと、着ている服を全て脱ぎ出して全裸になりバスルームの脇へ移動させた死体を引き摺ってバスルーム内のバスタブへ死体を移すと、一度バスルームから出て移動用の車両から持って来た折り畳み式の鋸とBK7コンバットナイフにダイヤモンドシャープナー、それにドローンを収納していたナイロン製バックを持って、再びバスルームへ戻り死体の解体作業を始める。
これまでも人を殺して遺体を解体して投棄した経験があるので、目の前の遺体を切り刻むのに大して動揺することはなく、ナイロン製バックに要領良くナイロンバックに死体が収納できるよう、BK7コンバットナイフを使って死体を切り分け始めるが、骨の部分は都合良く関節部でなければコンバットナイフで切断しようとしても手元が血液で滑るし無理をするとナイフの刃が欠けてしまうかもしれないので、そこは折り畳み式の鋸を使って骨を切断して死体を幾つかのパーツに切り分けてナイロンバックに収納するが、流石に遺体の下腹部付近を切り分け始めた際に下腹部周りに遺体が生前時に放った精の痕跡を目にすると、遺体となった長髪男の人を殺すことで性的欲求を果たしている悍ましい性癖を想像すると吐き気を覚えてしまう。
1時間近くを掛けて死体の解体作業を終えて、切り分けた全てのパーツをナイロンバックに収納するとシャワーを使ってバスタブに溜まった血液を流し、次いで自らがバスタブに入るとボディーソープを使って汚れた身体を洗い始めた。男が、死体を解体する前に全裸になったのは特殊な性癖等というわけではなく、死体の解体作業中に注意しても付着する血液等を直ぐに洗い流すことを念頭にして全裸となって死体の解体作業を行ったのだが、自分が殺害した遺体を解体したバスタブを使って血に汚れた自らの身体が洗えるという感覚も端から見れば異様である。
身体からボディソープの泡をシャワーで全て洗い流し終えて、一度バスルームから出るとバスタオルで皮膚の表面にある雫を拭き取り、脱いでいた衣服を着用する。
衣服を身に着けた男は、洗面所の鏡の前に立ち乱れた頭髪をブラシを使って整えてから、手に手術用のゴム手袋を両手に嵌めると再度バスルームに戻って分割した死体を収納したナイロンバックのジッパーを引き上げて締めると、バックの取っ手を両手で掴んで持ち上げる。
死体を解体する際に、死体の体内に残っている血液や胃や腸の内容物も可能な限り洗い落しはしたが、成人男性の身体であるので結構な重量がありナイロン製の取っ手が取り付けられている縫い目から裂けてしまいそうなくらいになっている。
ここで、ナイロンバックが裂けてしまい分割した遺体が転がり出すと厄介なので、男は左手をナイロンバックの底を支えるようにして持ち移動用の車両へ向かう。
結構な重量となったナイロンバックを一度地面に置き、ハッチバックタイプ車両の後部ラゲッジルームのドアを開錠して、ドアを跳ね上げて地面に置いた遺体を収納したナイロンバックをラゲッジルームに積み込む。
跳ね上げていたハッチバックのドアを閉めて、左側の運転席に収まりエンジンを始動させ、深夜となって暗がりの道路をナイロンバックに収納した遺体を投棄するためにゼンヌ川へ向けて発進させる。




