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NATO首脳会議の最終日を迎えたのだが、朝から初日に発生したブリュッセル市内での2度の爆発事件を報道するマスコミ等で市内には取材陣が点在して取材している状況で監視任務にも支障を来たすような状況となっている。
特に、リポーターが取材内容をカメラに向かって語る際にカメラマンがビデオカメラ等を構えるわけだが、肉眼で監視ポジションからその状況を見れば瞬間的に銃器を構えているように映るため、その度に双眼鏡で確認しなければならない。
取材をしているのが、1つのマスコミのみで行われるのであれば大して監視任務の重荷にはならないが、実際には各国から取材に訪れている複数のマスコミチームが思い思いの場所に点在してブリュッセル市内で取材を行っているので、それがマスコミ取材なのかテロリストによる銃器を使用した襲撃なのかを見分けるのは実に骨が折れる仕事になっている。
お陰で、右耳に挿入している無線を受信するイヤフォンは各監視ポジションからマスコミ取材陣を見掛ける度、テロ攻撃の可能性ありとの連絡が途切れることなく報告され、一向に収集が着かないだけはなく無線連絡がある度にブリュッセル市内の路上で警戒にあっているベルギー警察の制服警察官達が無線連絡のあったポイントへ急行する始末なので、そのなかで本当の不審者を発見するには実に困難を極める。
NATO首脳会議が始まる1時間前となり、会議に参加する要人達が会議会場へ移動を始める頃になっても、ブリュッセル市内での警護態勢が落ち着きを取り戻せていない状況が続いている。
そのような状況にあってNATO首脳会議の会場へ各国の要人が会議会場への移動が始まって直ぐに、拳銃弾が連続して発射された発砲音がブリュッセル市内に響き渡った。
俺とマイクが監視任務に就いている12階建てビル屋上のポジションからは、一部が建物の死角となって双眼鏡を駆使しても全景を視認することができないが、路上に配置されている制服警察官が着用しているブルーの防弾ベストに白文字で「POLISE」と書かれている背中側が確認でき、その警察官は拳銃ではなくサブマシンガンを構えて発砲しているよう姿勢をしているのが確認できる。
騒ぎの状況を確認したく現地警護対策本部へ無線連絡を取りたいのだが、朝からのマスコミ取材陣がテロリストの襲撃のように見えるという報告に加えて、発砲音が発生した近くで監視任務に従事している各ポジションからの問い合わせも重なり、現地警護対策本部との無線は混線状態となって殆ど機能できないくらいにパンク状態に陥っている。
俺とマイクは、仕方なしに現地警護対策本部へ無線連絡を入れるのを諦めて、混線状態となっているものの何とか聞き取れる断片的な内容をジグソウーパズルのように組み合わせて情報を収集するが、その間にも断続的な発砲音が聞こえてくるので内心では焦りの感情が湧いてくる。
俺とマイクがイヤフォンから聞き取った断片的な情報を組み合わせてみると、どうやら発砲音は武装テロリスト集団がベルギー警察官の制服を偽装して要人移動ルートで警護に従事している制服警察官達が手薄な場所に出現して、トルコ大統領が乗車していた車両に複数のサブマシンガンで襲撃を行ったようで、トルコ大統領が乗車している車両を警護していた車列のうち3台が盾代わりとなってトルコ大統領を乗せた車両と護衛車両4台は現場から無事に離脱したが、盾代わりとなった3台の護衛車両と複数のテロリストとは銃撃戦が現在も継続しているのを理解した。
確かに、路上で警護任務に従事している制服警察官がサブマシンガンを携行して発砲するというのはあり得ないことであり、背中が見える警察官らしき人物の服装も双眼鏡で仔細に観察すると防弾ベストの下に着用しているブルーの長袖は、本来ならニット製のセーターである筈がスエット生地のプルオーバーを着用しているように見える。
俺は、覗いていた双眼鏡を屋上の床に置くとSCAR-H TPRライフル銃に持ち替えて立射となるステンディングの姿勢でSCAR-H TPRライフル銃を構え、屋上の転落防止用の鉄柵に左右の腕を委託させて射撃姿勢を安定させる。
右脇にいるマイクは双眼鏡を覗いたままで
「ターゲットまでの距離は、凡そ200メートルで撃ち下ろしの角度は48度、ターゲットの周辺には風が吹いているが、恐らくビル風だろう風向きが常時変化していて安定していない。風速は秒速3メートル」
とスポッターとして射撃に必要な情報を教えてくれる。
俺は、マイクからの情報を基にしてスコープ中央上部にあるエレベーション・ダイヤルを回して距離の修正を行った後、同じくスコープ中央左側にあるノブを操作してレティクルのラインがオレンジ色に発光するようイルミネーテッドのスイッチを入れてから、スコープを覗いてターゲットを捉える。
ターゲットである偽装警察官がサブマシンガンを発砲しているのは、ビルが立ち並ぶ谷間となるので日陰状態で多少とも薄暗いので黒色のラインであるレティクルのままでは、接眼レンズに映し出されるターゲットの周辺に黒色のレティクル・ラインが同化してしまい確実な照準に支障がある。
特に、ターゲットの周辺にビル風が発生して風向が巻いているような状態ならば、俺の位置から見えるターゲットの後頭部を狙うだけであれば頭髪が金髪なのでレティクル・ラインが同化することはないが、ビル風によって変化する弾道を考慮すればレティクル・センターは金髪の後頭部から修正量を加味した空間へ合わせて発砲することになり、その修正加減はレティルの横ラインに記されている細かい目盛りを頼りにするので、レティクル・ラインがハッキリと視認できないようでは確実な照準ができない。
今回の場合は、市街地でサブマシンガンを発砲している人物への狙撃となるので確実にターゲットを殲滅する必要があり、狙点がターゲットの後頭部へヒットさせて射殺する必要がある。
ならば、スコープの横方向を調整するヴィンテージ・ダイヤルを移動させればターゲットの金髪をジャストで狙えるように思えるかもしれないが、マイクの情報ではビル風が巻いて吹いているということで風向きが一定ではないのならば、下手にヴィンテージ・ダイヤルを弄ってみても発砲の都度に、ヴィンテージ・ダイヤルを回す必要に迫れられるのでヴィンテージ・ダイヤルを調整する意味合いがない。それならば、ヴィンテージ・ダイヤルは現状の状態をホルードしたままにしてレティクル・ラインの目盛りを頼りに着弾修正を行ったほうが遥かに合理的である。
スコープのレティクル・センターを偽装制服警察官の右の頸動脈からレティクルの横ラインにある目盛り2つ分だけ離してから
「マイク、現在の風向は?」
と問い掛ける。
「今の風向きは、4時から10時の方向へ秒速2メートル」
マイクは、適格に情報を伝えてくれる。
そのマイクからの情報を聴いて、若干ながら修正量が足りないかもしれないと思いながら、トリガーの添えた左手の人差し指を真後ろへ引くように力を加えていく、軽い抵抗を感じながら数ミリメートル引くと更なる強い抵抗を感じて、現状で加えている力加減ではトリガーが動きそうもないので、左手の人差し指に更に力を加えてトリガーを引くと一挙に抵抗感が消失するのと同時に発砲音が響くのと同時に上半身が後方へ着き押されるような衝撃が襲ってくる。
その衝撃を全身で受け止めて足元へ逃すようにし、体勢を崩さぬようにしながらSCAR-H TPRライフル銃の右側にあるエジェクション・ポートから空薬莢が吐き出さるのを感じると
「ロスト、ターゲットの頭部2時くらいの方向に逸れたと思う」
マイクの声を聞いた俺が、スコープのレティクル・センターの位置を初弾よりも更に1つ分だけ右方向へ移動させて狙うと
「今なら、風向きと風速に変化がない」
マイクが続けて情報を伝えてくる。
すると俺が放った7.62ミリメートルの弾丸が逸れた事で弾丸からの衝撃波を感じ取ったのか、ターゲットとしている偽装制服警察官の男が上半身を捩じって俺の方へ顔を向けてきた。
偽装制服警察官の男が、完全に顔を向けてくる前にSCAR-H TPRライフル銃のトリガーを俺は引き切っていたので、偽装制服警察官の男が視線を俺の方へ向けてきた時には、2度目の発砲音が響くのと同時に銃口から7.62ミリメートルの弾丸が跳び出していた。
2度目の発砲による反動で、スコープが狙点から移動してしまうがターゲットの男の顔は接眼レンズの8時くらいの隅で捉えている。ターゲットの男はSCAR-H TPRライフル銃からの発砲音を聴くと両目を閉じて首を竦める動作をしたのをスコープの接眼レンズで捉えた瞬間、男の額中央付近から赤い霧のような血煙が噴き出したかと思うと偽装制服警察官が手にしていたスイスの銃器メーカーであるブリュッガー・アンド・トーメ社製のAPC9Kサブマシンガンを放り出して後方へ倒れ込み始める。
偽装制服警察官が倒れ込み始めて体勢を崩したところへ、路上で銃撃戦を展開していた警護任務に就いていた警察官が応射したと思われる弾丸が、偽装制服警察官の右耳付近に着弾すると右頬へ貫通するのが見えた後は、偽装制服警察官は完全に仰向け状態で路上に倒れ込みピクリとも動かず、偽装制服警察官が仰向けに倒れた頭部付近は徐々に男の後頭部と右耳付近から漏れ出た血液で血溜まりが広がってくる。
俺は狙撃で偽装制服警察官のヘッドショットを決めることに集中していたので気付かなかったが、俺がSCAR-H TPRライフル銃から2度目の発砲を行った辺りから警護用無線の混線状態が落ち着き出して、ビルの屋上で監視任務に従事しているスナイパー達に狙撃命令が出されていた。
俺が狙撃した偽装制服警察官が路上に仰向けで倒れ込んだ直後に、スナイパーが配置されているビルの屋上からライフル銃の発砲音が数回響き渡ると偽装制服警察官によって実行されたサブマシンガンを使ってのテロ攻撃が行われた現場には周囲に居た一般の民間人が発する悲鳴声が聞こえる以外に銃声は鳴り止む。
秩序を取り戻した無線から聞こえてくる情報では、この一連の銃撃戦でトルコ大統領を警護していた人間や路上で警戒していたベルギーの制服警察官には、銃撃戦によって打ち砕かれた車両のガラス片によって切り傷を負った者が数名と防弾ベストに近距離からテロリストが使用したAPC9Kサブマシンガンから放たれた9×19ミリメートル弾が被弾したことで打撲傷を負った人間がいた以外、周囲の一般民間人にも死者が発生する事態とはならなかったようである。
その後、現場検証を行ったベルギー警察からの連絡によるとテロ襲撃を行った偽装制服警察官は3名で、その何れもがAPC9Kサブマシンガンを携行しており30発入りの予備マガジンも各自が5本所持していたことから3人で450発近くの9×19ミリメートル弾を保有して、周囲に9ミリメートルの弾丸をばら撒くつもりだったのだろうし、3人の腹部には自決用の爆弾もあったということなので狙撃によって3人を即死させなければ、自決のために爆弾を起動されてサブマシンガンで弾丸がばら撒かれた以上に死傷者が発生したであろうことは明らかである。
因みに、1人目を狙撃した俺は額部分に命中させ、2人目はイギリスのSASから派遣されたスナイパーがテロリストの左側部を撃ち抜き、3人目はフランスのGIGNが派遣してきたスナイパーがテロリストの右側頭部に命中させて即死させているが、俺を含めて他の2人も初弾命中とはならず2発目で仕留めた格好になった。
何れも使用したのがセミオートマチックライフル銃でボルトアクションライフル銃でなかったことが幸いしたようで、セミオートマチックライフル銃であれば排莢装填は発砲により発生する発射ガスを利用して機械的に行われるので、手動によって排莢装填を行うボルトアクションライフル銃よりも短い時間でリカバリー・ショットを放つことが可能となり、偶然にも射程距離が比較的短いことでボルトアクションライフル銃を選択せずに近・中距離に対応して速射性能に優れたライフル銃を選択したことで、襲撃してきたテロリスト達が仲間を狙撃されたことを認識して自爆のスイッチを起動させる暇を与えぬうちに連射によって射殺することに成功したので、自爆テロによって多くの死傷者を発生させずに済んだわけである。
足元では、ベルギー警察による現場検証は依然として継続されているが、NATO首脳会議が最終日なので3日目の会議を終了した要人達は帰国のために空港へと向かうので、このルートを使用することはなく要人テロを実行するための舞台となることは恐らくない。
これで、3日間に渡るNATO首脳会議が終了するので要人警護のために派遣されていた各国の特殊部隊のスナイパーも俺達アメリカのスナイパーを除いて撤収となるのだろうが、アメリカ大統領は更に明日から3日間の予定でベルギーの公式訪問行事が控えているので、俺とマイクは気を緩めることはでない。
しかし、今回のNATO首脳会議での武装テロリスト集団が行ったテロ襲撃行為を考えれば、同規模での大統領暗殺を目的としたテロ攻撃が行われるであろうことは疑いの余地はなく、それらを踏まえて大統領警護を主導するシークレット・サービスでは、陸軍に対して特殊部隊の人間を増員する意向があるかまでは俺とマイクには知る術がない。




