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司令室ドアの前に立った俺は、右手でドアをノックすると
「入ってよろしい」
威厳のある司令官の声が聞こえたので、背負っていたバックパックを廊下に降ろすと直立不動の姿勢を取ってから敬礼して
「ジョウジ・カツラギ曹長、入ります」
俺は比較的大きな声で告げてから司令官室のドアを右手で開け、再び敬礼をしてから廊下に降ろした荷物を持って司令官室へ入室し、両手に持った荷物を再度司令官室の床に降ろすと後ろ手でドアを閉め、両手を身体の後に組んで立っていると、司令官は俺に視線を向けながら
「そこのソファーに掛けたまえ」
と言って来客用のソファーを指し示している。
俺は、床に置いた荷物を持ってソファーへ視線を向けると、俺から見て反対側のソファーにスーツ姿の見知らぬ日本人が座っており、チラッと鋭い視線を俺へ向けながら黙って腰掛けていた。
その男の存在を多少なりとも気に掛けながら、俺は3人掛け用ソファーの脇に手にした荷物を置いてソファーの左側に腰掛けると、司令官はデスクの引出しからプラスチック製で50発の弾薬を収納できる弾薬ケース2個を取り出して左手に持ち、右手にはA4版サイズのペーパー1枚を持って俺の向かい側となるソファーへ腰掛ける。
司令官は、応接セットのテーブルに両手で持った弾薬ケースと1枚のペーパーを俺の前に置いて
「中東でのミッションは大変ご苦労だったな」
と慰労の言葉を掛けてくれた後に、隣に座っている日本人へ視線を向けながら
「こちらに居るのは、日本の防衛省のミスター山辺だ。今回、君が従事してもらうミッションは日本の防衛省とも協力して遂行する事になるので同席してもらっている」
隣で寡黙に座っている日本人の紹介をしてくれるが、ミスター山辺という男は表情一つ変える事もなく、俺に顔を向けると軽く会釈をしてくるだけで握手をしようともしない。
仕方がないので俺も、ミスター山辺に顔を向けて会釈だけをしてから再び司令官に視線を戻すと司令官は俺の顔を正面から見ながら
「それでは、君は本日より3日間は、当基地内に滞在して中東でのミッションの疲れを癒してもらうが、ところで今度のミッションで使用するライフル銃は受領したのか?」
と尋ねてくるので
「はっ、このギターケース内に収納されております」
俺が即答すると
「よろしい。それで3日間の休息をしている合間に、ここにある青いテープが貼られている弾薬ケースに収納されている弾薬を使って、受領したライフル銃のゼロイン(ライフルスコープの照準修正)を行ってから、残りの弾薬で試射をしながらライフル銃の特性に習熟してもらいたい。なお、隣にある赤いテープが貼られている弾薬ケースには開発中の新型弾薬が10発分収納されているので、試射の最終日に5発だけを当基地の試射場で使用して着弾傾向を把握して、必要であればライフルスコープの修正をしておくように。残りの5発については、今回のミッションで実践テストも兼ねるので、ミッション遂行時には必ず持参して行くように。以上だが、何か質問は?」
司令官からの説明を聞いた俺は
「一つだけ質問がありますが、よろしいでしょうか?」
と司令官に告げると
「何だね?」
司令官から質問内容を喋る許可が出たので
「青いテープが貼られている弾薬ケースには、308ウィンチェスター弾薬が入っているように見受けましたが、こちらの赤いテープが貼られている弾薬ケースにある弾薬の口径は、同じ308(7.8ミリメートル)なのでありますか?」
と司令官に尋ねると
「開発された新弾薬も308ウィンチェスターと同じ口径となっているので、先程貸与したライフル銃でも心配なく使える。他に質問があるか?」
司令官は再質問等を俺に促してくるが
「いえ、別にありません」
俺の答えを聞いた司令官は
「それでは、この弾薬ケースと作戦指令書を持って総務課へ赴き、居住エリアへの入居手続を行いたまえ、以上下がってよろしい」
そう言われた俺は、ソファーから立ち上がり司令官へ敬礼すると、テーブルの上にある弾薬ケース2個と作戦指令書、それにソファーの脇に置いた手荷物を持って司令官室から退室した。
廊下に出た俺は、司令官から渡された指令書を折り畳んでズボンのポケットに仕舞う、どうせ3日後のミッション遂行からの内容が詳細に記載されているのだから、この場で急いで目を通す必要もない。
それから、俺は司令官に言われたからでもなく総務課のオフィスへ向かった。流石に多くの手荷物を抱えて基地内をウロウロしているわけにはいかないので、先ずは荷物を置いておける場所を確保しなければならない。
総務課オフィスのカウンターで、必要書類を作成すると居住する施設の番号が告げられ、鍵が1個渡される。
俺は、担当官から基地内の案内図で割り当てられた施設までの道程を教えられるが、基地内の移動用に車が必要かについても聞かれたが広大な基地内の移動に車があれば便利ではあるが、運動不足の解消のためにも車は必要ないと答えてから徒歩で居住施設へ向う事にした。
教えられたルートを30分も歩けば、割り当てられた居住施設の前に辿り着く。平屋で一戸建ての建物が割り当てられた居住施設だが、日本人の感覚ならば少し小さな借家と言ったところだろうけど、米国人の感覚では小屋と表現した方が良さそうな外観だ。渡された鍵で玄関の施錠を解いて建物の中に入ると必要最低限の家具等が配置されているが、人が生活していたような空気感を一向に感じない。恐らく、俺のような極秘ミッションに従事する人間だけがホテル替りに利用させられているだけで長期間に渡って使われる事がないのだろう。
最も、極秘ミッションに従事するオペレーターを日本国内の民間ホテルへ宿泊させたとしても、不特定多数の人間が出入り自由なホテルでは部屋から外出している間に、敵側の人間に入り込まれてミッションに係る重要な情報が漏えいする可能性が高く、その様な事態になれば色々な意味で大問題となる。それならば、最初から基地内の居住施設を利用させる事で、情報漏えいのリスクが皆無とまでは言えないにしても危険性が低くなる事は間違いない。
俺は、手荷物をリビングルームと思われる部屋の隅に纏めて置いて、身軽になったところで基地内にある食堂エリアへ向かって昼食を摂る事にした。食堂では、ハンバーガーに野菜サラダと果物をオーダーする。
ハンバーガーと言っても、日本に住んでいた頃にハンバーガーショップで購入したハンバーガーよりも遥かにサイズが大きく1個も喰えば充分なボリュームになっているが、それこに新鮮な野菜サラダや果物を口に出来るのは、戦場等では望みようもない贅沢な食糧で不足しがちなビタミン類を補給できるのはありがたい。
昼食を終えた俺は、腹ごなしも兼ねて再び徒歩で割り当てられた居住施設へ向かい建物内へ入ると、リビングルール内に置かれているテーブルの上にライフル銃が収納されたギターケースを置いて蓋を開けてみる。
受領の際には中身を詳細に見てはいなかったが、改めて見ると収納されているのはドイツのTEC・ターゲット・シュナイダー社が開発したエクシード・ライフル銃の様であった。エクシード・ライフル銃の様なと俺が感じたのは、一般に公開されているエクシード・ライフル銃の銃身先端に装着されているフラッシュハイダーとは形状が異質なように感じたためだ。そのライフル銃には既に等倍から4倍までの可変倍率となって使用できるショートスコープと専用のバイポットが装着されており、更には消音器が別に収納されている。フラッシュハイダーの形状に俺が違和感に思ったのは、この消音器を取り付けるのを容易にするために市販されているのとは違うタイプの物と交換したのだろうと理解した。しかし、エクシード・ライフル銃は形状がブルパップタイプと言って、機関部や弾倉を装填する部分がグリップより後方に配置されているので、ライフル銃として必要な銃身の長さがある割には全長が短くなっている。
因みに、エクシード・ライフル銃は銃身が26インチ(660ミリメートル)となっているが、全長は1,080ミリメートルで、同じような銃身の長さがある通常のボルトアクション・ライフル銃になると全長が1,200ミリメートルくらいにもなるので200ミリメートルも短い事になり、戦場等での取り回しが容易になる。そこに取り付けられる消音器の長さが凡そ200ミリメートルくらいの物が準備されているので、消音器を装着したとしても通常のライフル銃と同じ全長と言う事になる。しかも、フラッシュハイダーの根元付近には直径3ミリメートルくらいの半球状の凹みが複数あって、消音器の銃身挿入口には半球状の凹みと合うようにボールベアリングが凹みと同じ数だけ配置されているので、捻じ込み式の装着方法よりも簡便に脱着できる。捻じ込み式の消音器の場合、銃器へ装着する為には銃身先端部に加工されているネジ山との位置関係を正確にしていないと消音器が斜めの状態で締め込む事になり、その様な状態で実際に発砲すればバッフルストライクと言って弾丸が消音器内の隔壁に接触して弾道が逸れるだけではなく、最悪のケースでは弾丸が消音器内の隔壁と衝突して消音器と銃身が破壊される事になり大変深刻な事故となる。
俺は、消音器の根元にあるリングを廻してフラッシュハイダーの挿入口を僅かに広げてからエクシード・ライフル銃のフラッシュハイダーに被せ、消音器内のボールベアリングとフラッシュハイダーの凹み部分を合わせてから消音器の根元にあるリングを最初とは逆の方へ廻して締め付ける事で消音器を確実に固定する。これで銃身と消音器はストレートな関係となるので、実際に発砲してもバッフルストライクが発生する心配がない。また、消音器の孔を見てみると直径が8ミリメートルくらいなので飛翔する弾丸との関係も相当にタイトであるのが分かり、実際に発砲した際の消音効果に期待がもてる。
消音器を装着してから実際にエクシード・ライフル銃を構えて気が付いたが、市販されているエクシード・ライフル銃は右利きの射手を想定しているためにグリップには右手の親指を乗せられるようにレストと言われる出っ張りが付いているのだが、左利きの俺を想定していたのかレスト部分が削り落とされているのでグリップを握っても違和感がない。
それらを確認した俺は、装着した消音器を一旦外してエクシード・ライフル銃と消音器をギターケースへ仕舞い、そのギターケースと司令官から渡されたゼロインと練習用の308ウィンチェスター弾薬50発が入っている弾薬ケースを持って基地内の屋内射撃場へ向かった。
どうせ居住施設の部屋に居たとしても何もする事がないし、テレビを点けても見たい番組があるわけでもないので、ただボーッとしているよりも貸与されたライフル銃のゼロインを今日中に済ませておいた方が時間の無駄にならずに済むと判断した。
基地内の屋内射撃場に着いた俺は、入口の担当官からペーパーターゲットの用紙を3枚貰った他に、ライフル銃に使用する弾薬の薬莢のような形のボトルネックになっているボアサイタ-という照準調整のためのレーザーポインターも借り受けてから指定された区画へ向かい、渡されたペーパーターゲットをセットしてから区画の左横にあるスイッチを押すと、モーターが駆動する音と共にペーパーターゲットが電動で離れていく。俺との距離が25メートルとなった辺りでスイッチから手を離して、区画の後方へ置いていたギターケースからエクシード・ライフル銃と消音器を取り出して銃身先端部のフラッシュハイダーに消音器を装着する。
今回のミッションでは、貸与されたエクシード・ライフル銃に消音器を装着して発砲するので、ゼロインにあたっても消音器を装着した状態で行わなければ意味がない。
消音器を装着しない状態でゼロインを行った場合、現場で消音器を装着して発砲すれば銃身の先端部分に消音器の重量が加わる事によって着弾位置に偏移が生じる。その偏移量が1~2センチメートルならば実用上では大きな問題とはならないが、多くの場合は4~5インチ(101.6~127ミリメートル)程度のズレが発生する。
ライフル銃での狙撃であれば、100ミリメートル以上の差が発生したのでは確実性を保てないので、消音器を銃器に装着して使用するのが予め分かっているのであればゼロインを行う場合も消音器を装着して行うのが賢明と言える。
エクシード・ライフル銃に消音器を装着した俺は、ライフル銃とボアサイタ-を持って射座に着いてエクシード・ライフル銃のボルトハンドを操作し、チャンバーへスイッチを入れたボアサイタ-を装填してボルトを閉鎖する。消音器の先端からはボアサイタ-が発する赤いレーザー光線が真っ直ぐに伸びているのが分かるので、光線をペーパーターゲットのセンターへ合わせてから、スコープを覗くとレティクルのセンターが明らかに逸れているのが分かる。
俺はスコープのエレベーションダイヤルとビンテージダイヤルを動かしてレティクルのセンター、レーザーのポイントする光点、ターゲットのセンターが一致するように調整する。これで概ねの照準合わせが完了した事になるが、この後は実弾を発砲して最終的な微調整を施しておかなければ現場で信頼できる結果が望めない。