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東の空が、日の出と共に眩しいばかりの朱色に染まり、暫くすると頭上の空には雲一つなく晴天となって太陽の光が眩しい。お陰で、肉眼でも周囲の状況が一目で判別できるようになってきた。
そろそろ光量が充分にあると判断した俺は、再びスコープを覗いて見ると先程よりも鮮明に1,000メートル先の状況を把握することができた。そこで、俺は可能な限り照準するのに支障がない状態までスコープの倍率を上げて目標地点が更に拡大して映し出されるようにし、更に接眼レンズ近くにある小さなダイヤルのフォーカシングダイヤルを調整して画像の鮮明度合も上げておく事にした。
これから行う狙撃は、対象者が車両に乗車している車両自体を狙う事になるので、車両が時速50キロメートルぐらいで移動するのが止まらない状態ではスコープのダイヤルを微調整のために逐次回している時間的な余裕はなく、今の状態をホールドした状態で狙撃する時には自然条件に合わせて狙点を変えて照準するしかない。
映画等での狙撃シーンでは、レティクルの中心が対象者と重なっている状態で発砲して命中となっているが、現実的には余程の偶然が重なって好条件の元でなければ映画等で見られるシーンのような状態は望めない。
銃器に関する知識に疎い人間から見れば、発砲された銃弾の軌道は直線的に飛翔しているように思われがちだが、程度の差こそあれ発砲された銃弾の軌道は例外なく放物線を描いて飛翔している。なので、銃口から上昇するように放物線を描いてから銃口より若干上の位置から真っ直ぐに照準線を引くと、弾道の放物線と照準線は2箇所で交差する事になる。故に、最初に弾道の放物線と照準線が交差する距離でゼロイン(照準合わせ)をしておけば、弾道の放物線と照準線が2度目に交差する距離であれば照準器を調整する事なく発砲しても理論的には命中させる事が可能となる。
俺が今回使用するTAC-50Cライフル銃に取り付けているスコープは、予め100メートルの距離でゼロインをしているのでターゲットまでの距離が1,000メートルであれば、計算式でレティクルの上下を修正するエレベーションの修正量を求める事が可能となるが、多くの場合には計算結果が整数となるケースは稀で殆どは小数点が付いた計算結果となり、スコープのダイヤルを小数点以下にする事は実質的に不可能なので、小数点以下を切り上げるのか或いは切り捨てるのかは狙撃手の冷静な判断に委ねられる。
俺がスポッター(監的手)である相棒に、ターゲットまでのエレベーション修正量を尋ねると案の定、相棒からの計算結果には小数点以下の数値が付いていた。俺は、1時間もしないうちにターゲットの車両が現れた際に多少なりとも陽炎が発生して実体よりも上部にターゲットが見える可能性を考慮して、相棒から聞いた答えの小数点以下を切り捨てる事にしてエレベーションダイヤルを回すと樹脂製ハードケースから5発の50BMG弾薬が装填されているマガジンをTAC-50Cライフル銃に装着する。
スコープのエレベーションダイヤルを回し終えた頃に、遥か前方で砂煙が流れているのが見えた。砂煙は東方向から西方向へ向かって流れているように見え、明らかに横風が吹いているようである。
今回使用する50BMG弾薬の弾丸重量は、750グレイン(49グラム)で弾丸の重量としては非常に重い部類であり比較的横風の影響は受けにくいと言われているが、ターゲットまでの距離が1,000メートルとなれば弾薬に装填されている装薬の爆発エネルギーを受けて飛翔している弾丸は、その爆発エネルギーが徐々に低下して引力の影響で落下し始めている状態なので横風の影響を無視できるとは言い難い。
スナイパーの中には、事前にレティクルの横方向を調整するビンテージダイヤルを回しておく者もいるが、自然に吹く風は実験室でもない限り安定的に吹いているわけではないし、場合によっては発砲の瞬間に風向さえ変化する可能性さえ有り得る。よって、俺は予めビンテージダイヤルを動かす事はせずに狙点を変更させる方法を常に採用している。
遥か前方に見えていた砂煙が徐々に近付いてきたところで、俺は腹這いになりプローンという射撃姿勢となってスコープを覗いて見ると、スコープの接眼レンズに映し出されたのはロシアで開発された装甲兵員輸送車のBTR-80であった。8輪駆動のBTR-80は一般的な車両とは違ってフロントガラスがなく、運転手は目の前の装甲扉を跳ね上げるか、或いは頭上の装甲扉を開けて顔を出して運転する事になる。因みに、目の前のBTR-80の運転手は頭上の装甲扉を開けて頭を車外に露出した状態で運転しており、顔にはゴーグルを着用しバンダナのような布で鼻と口を覆っている。
それをスコープ越しに目視した俺は、TAC-50Cライフル銃のボルトハンドを右手で掴み、一旦ボルトハンドを上方へ持ち上げてから後方へ引く。50BMG弾を発砲するために一定の強度を確保する必要から銃本体が重いTAC-50Cライフル銃のボルトは想像以上に軽く滑らかに動いてくれる。しかし、次に引いたボルトを戻す時には大きくて重量のある50BMG弾薬を引っ掛けてチャンバーへ送り込む事になるので、多少の抵抗を感じながら前進させていく事になり、すっかりボルトを前進させ終えると右手で掴んでいるボルトハンドを押し下げて確実にロックする。
TAC-50Cライフル銃を発砲できる状態にしたところで、俺と相棒は着用しているコンバットジャケットの胸ポケットから迷彩柄のバンダナを取り出すと鼻と口を覆うようにして後頭部の辺りで結び付ける。
これからTAC-50Cライフル銃を発砲すると、発射に伴う衝撃波や銃口先端部のフラッシュハイダーから吹き出す発射炎によって周囲の砂埃が舞い上がり、その砂埃が俺達の全身を覆うことになるので、シューティンググラス替りのサングラスを掛けてはいるので目は保護しているものの鼻と口を保護していないと砂埃を吸い込む事になり咳が止まらなくなり呼吸器系を痛める事になる。
バンダナで鼻と口を覆った俺は、改めてスコープを覗き込み赤く点灯しているレティクルのセンターをBTR-80から顔を車外に出している運転手へ向けてから
「現在の風は、どうなってる?」
と相棒に尋ねる。相棒は軍用双眼鏡から目を離さずに
「毎秒2メートルの風が、8時から2時方向へ流れている」
と教えてくるので、俺は反射的にBTR-80の運転手の顔から11時方向の空間にレティクルのセンターを合わせるとTAC-50Cライフル銃のトリガーを引いた。
銃口先端のフラッシュハイダーからは大きなマズルフラッシュは見えないが、代わりに盛大な発砲音が聴覚を襲ってくると共に、発生する衝撃波によって周囲の砂埃が一斉に舞い上がり俺達2人を飲み込んでゆく。
俺は、砂煙に包まれながら身体全体に響き渡る反動によってスコープがターゲットから外れるが、気にすること無く右手でボルトハンドを掴むと上方へ引き上げてから勢いよく後方へ引くと、排出口であるエジェクションポートから長さ10センチメール近くの空薬莢が吐き出される。次いで、引いていたボルトを勢いよく前進させるとマガジンに装填されている次の50BMG弾薬をチャンバーへ送り込みボルトハンドを下げてボルトをロックしたところで
「外れ、ターゲットの1時方向10センチメートルくらい上方を飛翔していった」
相棒が双眼鏡から目を離さずに伝えてきた。想像以上に風の影響があるのか、或いはターゲットまでに弾丸が到達するのに2~3秒のタイムラグがあるので、相手の移動速度を低く見積もっていたかもしれない。BTR-80の走行速度は、整地状態では時速90キロメートルで不整地状態ならば時速60キロメートルと言われている。組織のナンバー2が乗車しているので、この不整地な荒野ならば時速50キロメートルに満たない速度だろうと想像していたのが間違いだったのだろうか。
俺は、急いでスコープをターゲット方向へ向けると狙点をBTR-80の助手席側にある装甲扉の中央にレティクルのセンターを合わせて、再びTAC-50Cライフル銃のトリガーを引いた。
初弾の時と同様に、周囲には砂埃が立ち込めるが俺は構わずに右手でボルトハンドを握って前後に動かして排莢と再装填を行って3射目に備えておく。
「命中、運転手の顔を吹っ飛ばした」
双眼鏡でターゲットを覗いている相棒が冷静な声で教えてくれる。
それを聞いた俺は、急いでスコープをターゲット方向へ向けて覗いて見ると、確かに運転席の天井にある装甲扉が開いて顔を出していたはずの運転手の顔が消失して、見ているのは太陽の光に照らされた赤っぽい色の肉とクリーム色をした背骨のような物が見えるだけである。
BTR-80が多少ふら付きながら走行を続けていたが、左側の車輪が大きな石にで乗り上げたのか、車体全体が左側に持ち上がったかと思ったら車体底部を上に向けて横転するとBTR-80の天井部を下にして盛大な砂煙を巻き上げながら10メートル程スリップしてからBTR-80は停車した。
それを見た俺は、BTR-80の燃料タンク付近へ着弾するように3発の50BMG弾を続け様に発砲する。暫くすると、燃料タンクが設置されている付近から小さな炎が見え隠れしていたが、その炎が徐々に勢いを増してくると黒い煙が昇り始め晴天の青空に狼煙でも上げたように西へ向かって流れていく。
BTR-80の車体が、徐々に炎に包まれて大きな音を発して爆発したかと思うとオレンジ色の中に所々黒煙の交じった火球が空へ向かって舞い上がっていく。その様子を眺めていると背後の下方向からドンッという爆発音と足元に僅かな揺れを感じた瞬間、足元の方から「うわぁ」という男達の悲鳴が聞こえてきた。
この岩山頂上へ登ってきた際に仕掛けておいたクレイモア地雷トラップの餌食となった敵の戦闘員というのが直ぐに判断出来る。
俺と相棒は、慌てることもなく互いのバックパックのサイドポケットから手榴弾を2個ずつ取り出して、この頂上に繋がっている登り道付近まで近寄るとお互いにタイミングをずらしながら手榴弾の安全ピンを抜いて下手投げで岩山の斜面へ投擲すると発火した手榴弾からはシューと言った不気味な音を発しながら岩山の斜面を転がり落ちていく。
暫くすると不規則ながらも連続してドンッという爆発音と共に「ウォッ」という男の声と、AK47アサルトライフル銃と思われる独特の発射音が連続して聞こえてきた。恐らく、近くで手榴弾が爆発した事で反射的に顔の辺りを覆い隠そうとした時に誤ってトリガーを引いてフルオートで発砲したのかもしれない。
俺の相棒は、2個の手榴弾を投擲するとMK17バトルライフル銃を手にして戻ってくると左手でMK17バトルライフル銃の左側面にあるチャージングハンドルを掴んで後方へ引くと、右側面にあるエジェクションカバーがパタンという音を立てて開く。
MK17バトルライフル銃のチャンバーに7.62×51ミリメートル弾薬を装填した相棒が、MK17バトルライフル銃を構えて登り道に一瞬だけ姿を見せると、手榴弾の餌食にならずに生き残っている敵の戦闘員がAK47アサルトライフル銃を連射してくるが、相棒は直ぐに身を隠しているので被弾することなく連射された弾丸は全て晴天の青空に吸い込まれていった。
相棒は、ハンドサインで下の方に2人の敵がいる事を知らせてきたので、俺は右手の親指を立てるサムアップで了解した旨を知らせ、左腰に装着しているホルスターからコンバットユニット・レイル1911拳銃を抜き出して右手でコンバットユニット・レイル1911拳銃のスライドを鷲掴みにすると、スライドを手前に引いてマガジンから45ACP弾薬をチャンバーへ装填する。
45ACP弾薬を装填したところで、相棒から2メートル以上離れた場所に立つとコンバットユニット・レイル1911拳銃の銃口を下へ向けながら斜面を覗き込んでみると、2人の戦闘服を着た男達がAK47アサルトライフル銃を構えて相棒が最初に顔を見せた地点を見詰めている。
すると、そのうちの1人が俺の存在に気付いてAK47アサルトライフル銃の銃口を向けてきたので、俺は迷うことなくコンバットユニット・レイル1911拳銃を男達の手前1メートルくらいに狙いを定めてトリプルタップ(3連射)をすると2発目が銃口を向けてきた男の右鎖骨に命中して、男の顔が命中した右の鎖骨へ向けながら被弾した辺りを左手で押さえようとした瞬間に、男の左蟀谷に3発目が被弾して男は仰向けになって斜面に倒れると、そのまま斜面を転げ落ちていった。
その様子を目の前で見ていた別の男は、恐怖に歪んだ表情をしながら俺に向かってAK47アサルトライフル銃を連射してくるが、実弾訓練が少ないためなのか発射された弾丸は何れも空に吸い込まれるだけで1発も俺の近くに着弾することがない。銃器は、打ち上げや撃ち下ろしになると弾道が低伸する傾向があるので、少し下目を狙わないとターゲットに命中させるのは難しい。
AK47アサルトライフル銃を乱射している男は、俺へ銃弾を命中させる事に夢中になっているので、俺の相棒がいる方には注意が散漫となっていた。そのため、相棒はニーリングの姿勢で慎重に狙いを定めてMK17バトルライフル銃をフルオートで4~5発発砲すると全弾が男の右胸から脇腹にかけて命中して7.62×51ミリメートル弾が被弾した男は、その場に崩れて絶命した。
その後、相棒はMK17バトルライフル銃をセミオートに切り替えると絶命して倒れている男の近くで横たわっている男達の頭部へ向けて7.62×51ミリメートル弾を撃ち込んでいく。
戦場での戦闘経験が無い者にとって、相棒の行為は残酷にしか見えないかもしれないが俺達が岩山を下山する時、その男達の傍を通る際に一人でも生存していて手榴弾等を使って自爆でもされれば、俺達2人も命を落とし兼ねない事態となる。この程度の事が躊躇なく実行できなければ戦場では生き残る事ができないのだ。