22
あれからターゲットが潜伏している建物へ突入した6人のオペレーター達と合流して、駐屯施設にミッション成功の連絡を入れて帰還のためのヘリコプターを手配してもらうよう無線で連絡を入れた。
迎えのヘリコプターは、てっきりミッション開始の際に搭乗してきたUH-60ブラックホーク多目的ヘリコプター1機のみと思っていたのだが、飛来してきたのは3機のUH-60ブラックホーク多目的ヘリコプターで、我々7人とのランデブーポイントに着陸したUH-60ブラックホーク多目的ヘリコプターのうち2機からは、完全武装に身を固めた連中が次々とUH-60ブラックホーク多目的ヘリコプターから降りると先程まで我々が襲撃を行っていた建物へ向けて走って行く。
その様子を横目に見ながら、我々7人のオペレーターを帰還させるために用意されたUH-60ブラックホーク多目的ヘリコプターへ搭乗してから、機長に対して別の2機から降りた兵士達が、ターゲットの潜伏先となっていた建物へ向かう理由を尋ねてみると
「ヘリから降りて建物に向かったなかに軍医も居て、君達が射殺したターゲットが間違いなく本人なのかを簡易的だが確認した上で、その死体を回収せよとの命令が出ているんだ。死体回収が完了した時点でアラビア海峡の洋上に展開している空母セオドア・ルーズベルトから数機の戦闘機が発進して、ターゲットが潜伏していた建物を完全に破壊するために空爆を実施するそうだ。下手に襲撃現場やターゲットの遺体を残してしまうと聖地化して反米感情を煽りイラク国内において大量破壊兵器開発の機運を盛り上げてしまう結果となるかもしれないので、それを完全に叩き潰すそうだ」
それを聞いた俺は、頷いて納得する。
俺達、軍人にとって大事なのは与えられたミッションを無事に成功することであって、CIAの戦略分析官や政府高官でもない俺達には政治的な内容に意見する必要がないし、第一関心もない。
俺達7人のオペレーターの搭乗が完了したUH-60ブラックホーク多目的ヘリコプターは、直ぐに飛び立って駐屯施設へ帰投する為にフライトする。
駐屯施設へ帰投した俺達7人のオペレーターは、各々が洗面所へ向かい顔中に塗りたくっていた黒いフェイスペイントを洗い落して、さっぱりするとそれぞれのベッドへ赴き自分の生命を懸けた緊張感から解放されて眠りに落ちる。しかし、夜が明けて眠りから目覚めた俺達オペレーターには以外な事態が待ち受けていた。
ベッドから起き上がり洗面所で歯磨きと洗面を終えた後に、駐屯施設の食堂で朝食を摂っていると、午前9時に駐屯施設の司令官室へ参集するように伝えられ、7人のオペレーターが各々司令官室へ参集すると40代前半くらいの白人司令官マッケイン中佐が、椅子に腰掛けてデスクに両肘を乗せ両手の指を組ませながら
「昨夜は、全員ご苦労であった。しかし、全員には残念な知らせがある。昨夜、君達が遂行したミッションで射殺した人間だが、昨夜のうちに遺体を検査したところ本人ではなく別人の替え玉であることが判明した」
それを聞いた1人が
「しかし、現場では全員を取り逃がすことなく射殺しているので、回収した遺体を取り違えたのはありませんか?」
と司令官に尋ねる。
確かに俺達7人のオペレーターは、本国のCIAから送られてきたターゲットの潜伏情報に基づいて襲撃作戦を実行したのだから、ミッションの遂行時に我々オペレーターの落ち度で別人を暗殺したわけではないので、我々7人が責められる謂れはない。
もっともな質問を受けたマッケイン中佐は
「現場から回収した遺体を取り違えたという事はないし、ましてや諸君が作戦実行時に何らかの落ち度があって別人を襲撃したとも考えていない。要は、CIAがフェイク情報を掴まされ、その情報によって不必要な作戦を立案実行していまい。イラク現体制に踊らされたという事だ」
マッケイン中佐は苦々しい表情で答えると
「なので諸君達に何らの落ち度はないのだが、昨夜実行された作戦は表向きに『国際犯罪者逮捕作戦』という名称で情報発信する予定であったが、回収した遺体分析の結果が別人となったことで、マスコミ等への情報発信は中止されているが、もしイラク政府から昨夜の襲撃が世界的に情報発信され、しかも殺害された筈の国家元首が映像として姿を現すような事態となれば、イラク国内では英雄復活等となってしまい事態が一層混迷する。そこで、焦ったCIAは中東に展開させている要員を全て動員して昨日の深夜から必死になってターゲットの捕捉情報を捉えようとしている。そこで君達には悪いが暫くの間、この駐屯施設に待機してもらい、CIAがターゲットを捕捉した場合に立案される新たなミッションに対応できるようにしてもらう」
マッケイン中佐が自嘲気味な苦笑いを浮かべて俺達7人のオペレーターに命令してきた。元々、俺達7人はイラク国家元首の殺害作戦を実行するために集められているのだから、中佐の命令に異議を唱える事はなく素直に中佐に敬礼して司令官室を後にした。
司令官室を退出した後、俺達7人のオペレーターは、それぞれランニングを始める者、駐屯施設のトレーニングルームで筋力トレーニングに励む者、或いは野外射撃場で射撃訓練を行う者等、各自有意義に時間を使う事になった。
俺も、駐屯施設の備品係へ赴き銃器のクリーニングキットを借り受けて、SR25M110SASSセミオートライフル銃が収納されている専用ケースを提げてワークショップルームへ向かい、SR25M110SASSセミオートライフル銃のメンテナンスを始める事にした。
ワークショップルームの机にSR25M110SASSセミオートライフル銃の専用ケースを置いて蓋を開けて分離されているSR25M110SASSセミオートライフル銃のアッパー部分を取り出す。
取り出したアッパー部分の後方からチャージングハンドとボルトを引出して、ブロンズブラシを使って発砲によって付着した煤等を払い落とす、チャージングハンドやボルトの外側に付着した煤等を払い落とした後は、ボルト前端部のボルトフェイスをチェックする。特に注意しなければならないのは発砲後に空薬莢を保持する部品であるエキストラクターの爪部分に欠けている所がないかとか、ある程度タイトな寸法で作られているチャンバーであっても発砲後に空薬莢を排出すために僅かなクリアランスがあるので、その僅かなクリアランスがあるチャンバー内に装填された弾薬がグラつく事のないようにボルト内部に収められてスプリングの力で保持するプランジャーが的確に動くのか、更にはボルトフェイスに円を描いたような焼損痕が付いていないかを目視等で確認する。
ボルトフェイスの焼損痕は、チャンバーに装填された弾薬のプライマー(雷管)が正しい状態でプライマーホールに装着されていないと弾薬の詰められているパウダー(装薬)が発砲による燃焼で発生した際の発射ガスが後方へ向かって噴き出した時に、正しい状態でプライマーが取付けられていればケース(薬莢)内部の発射ガスは弾丸が跳び出して開放されている前方へ向かって噴き出すのだが、プライマーが正しい状態で取付けられていない場合には後方へ向かって噴き出してきた発射ガスの一部がプライマーとプライマーホールの隙間から漏れ出て、パウダーが燃焼した直後の最も高温高圧な状態の発射ガスがボルトフェイスへ当たって、ボルトフェイスの表面がリング状に火傷したようになる事を意味する。特に、リング状の焼損痕の内側には発砲機能の要となるファイアリングピン(撃針)とファイアリング・ピンが突き出すためのファイアリング・ピン・ホールがある。それらがプライマーとプライマーホールから発射ガス漏れが度重なって吹き付けてくれば焼損痕部分の脆弱化が進行して脆くなり、時間の経過に伴って破損して発射機能に支障を来たす事になる。
弾薬メーカーから軍に納入される各種の弾薬は、その数からしても機械生産であることから発生確率は低いものの納品された弾薬にもプライマーが正しい状態で取付けられていない物も存在する。焼損痕の発生を抑えたければ手作業でリローディングすれば良いのだが、如何に軍の銃器整備担当部署があったにしても軍で消費する弾薬全てをリローディングするのは不可能と言える。また、焼損痕が進行しているような状態ならばボルトその物を交換する以外に方法がない。その為には、与えられた銃器をメンテナンスのために分解した際に目視点検を行って状態を把握しておくしかない。
次いで、ボルトが収まっているアッパー部分の内側にブレイク・フリーを吹き付け汚れを浮かせてからペーパータオルで拭き取る。それから、プラスチック製のクリーニング・ロッドをバレル内に通す際にライフリングを痛めないようにするためのボア・ガイドをチャンバー側から差し込む。ボア・ガイドの装着ができたなら、クリーニング・ロッドの先端にジャグという部品を取り付ける。そして、コットン製のパッチという小さな布に弾丸の表面を覆っているカッパー等を溶かすバレル洗浄用のソルベント溶液を含ませて、そのパッチの中心辺りをジャグの先端が尖っている部分で突き刺してボア・ガイドの孔からバレル内を銃口方向へ通す。ソルベント溶液が浸されたパッチをバレル内に通す際には、必ず一方向にのみ動かすようにして間違っても途中で往復させるような事はしない。
バレル内にソルベント溶液が塗布されたならば、クリーニング・ロッドにブロンズブラシを取り付けて、ボア・ガイドの孔からバレル内に通してブロンズブラシを往復させバレル内にソルベント溶液を行き渡らせ、同時にライフルリングに付着した弾丸の表面にコーティングされて、発砲により弾丸がライフリングを通過する際に剥がれ落ちたカッパーを掻き出す。
ブロンズブラシによる汚れの掻き出しを終えたならば、クリーニング・ロッドからブロンズブラシを外して、そのブロンズブラシをワークショップ内の流しへ持って行き、ブロンズブラシを水洗いしておく。ソルベント溶液はバレル内に付着したカッパーを溶解して除去するので、使用したブロンズブラシも付着したソルベント溶液を洗い落しておかなければブロンズブラシの毛先がソルベント溶液によって溶かされて使い物にならなくなってしまうのだ。
ブロンズブラシからソルベント溶液を流し終えたら、クリーニング・ロッドに再びジャグを取り付けて、その先端に乾いたパッチを取り付けてボア・ガイドの孔からバレル内を通してソルベント溶液によって溶け出している汚れを拭き取っていく、何度か汚れたパッチを取り換えて拭き取っていくとパッチに汚れが付着しなくなるので、乾いたパッチにブレイク・フリーを吹き付けてからバレル内を通してライフリング内に薄く油分の被膜を作ってバレル内部を保護しておく。
バレル内のメンテナンスを終えた時点で、ペーパータオルにブレイク・フリーの溶液を含ませて消音器を取り付けた事で黒く煤だらけになったバレルの外側を拭いていく。バレルに煤が付着して黒くなっていたバレルから本来のフラット・ダーク・アースカラーが見えてきた頃には、黒く汚れたペーパータオルがゴミ箱に山積みとなっていた。




