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地元ギャングからの情報収集が不調に終わって1週間後の深夜2時頃、俺は相棒と共にUH-60ブラックホーク多目的ヘリコプターの後部に乗り込んで目的地へ向かって暗闇のなかで冷たい風を頬に受けて飛行している。
UH-60ブラックホーク多目的ヘリコプターは、米国ニューヨーク州ロングアイランドに本拠があるヘリコプター製造メーカーの製品となっている。米国陸軍では元々、UH-1イロコイ通称ヒューイというヘリコプターを正式採用しておりベトナム戦争等では軽輸送、観測、救難救助等で多目的に運用していたが、1959年採用であるため機種としての旧式化は否めず1979年から後継機種としてUH-60ブラックホーク多目的ヘリコプターへ順次置き換えが行われている。
結局、CIA(米国中央情報局)が把握している情報を基に、中東戦争において対戦相手である民族同胞開放戦線の実質ナンバー2となっている男の殺害を実行する作戦を決行することになった。
民族同胞開放戦線は、対戦国の正式軍というわけではなく反米思想に賛同しているという理由だけで民間人が集団を形成しているが、米国との戦う目的が祖国防衛というよりも自分達が暮らす地域一帯から米国の干渉を排除したいというのが主たる目的となっている。
そのため、国家としての正式な軍隊ではないため明確な軍基地が存在しているわけではなく、使用する武器類もロシアや北朝鮮等を主流に闇ルートで調達しているため雑多な状態で戦闘形態もゲリラ戦を主に展開している。そうなると、米軍としても主力戦闘機による空爆やアラビア海に展開している軍艦船から巡航ミサイル等を投入しても目覚ましい戦果を得られないばかりか、ある意味で消耗戦を展開しなければならず、このままでは長期戦が避けられないばかりか国際的にも大儀なき戦争として非難を受ける事が避けられず、同じ様な戦闘を継続していてもメリットが見出せない。
そこで米国政府と米軍上層部は、正規軍ではない民族同胞開放戦線ではあっても数人の指導者を頂点とした命令系統がある事で規律のとれた戦術を展開している事に注目して、指導者達を殺害することによって民族同胞開放戦線の指揮命令系統にダメージを与えて、民族同胞開放戦線内を小さな集団に分断する事で、その小集団が独善的に行う身勝手な戦闘行為に対して国際社会がテログループと断罪させ易くする事で、米国が参戦するための大義名分を得ようという戦術に舵を切ったところであった。
最も米軍としても、小さな戦闘集団を相手として米軍が絶対的に負けない状況を背景として、米国内で開発される各種の新型兵器等を現実の戦場でテストできるメリットがあるだけではなく、米国政府としても軍需産業での雇用が創出できるだけではなく、小規模な戦闘が断続的に展開される事で軍需メーカーが生産する兵器が消費される事で軍需メーカーの業績が好転し新規の雇用が創出され、軍需メーカーを中心とした株価も高騰する事で国内景気を好転させられると言った背景もあるのだが・・・。
俺と相棒が乗っているUH-60ブラックホーク多目的ヘリコプターは暗闇の中を目的地へ向けて徐々に高度を下げ始めると、ブラックホーク多目的ヘリコプターの機長である准尉が
「そろそろ目的地に到着するので、荷物を持って直ぐにヘリから降りられるように準備しておけ」
ヘッドセットタイプのインカムを付けたまま大声で命令してくる。
前回のケースとは違って迷彩柄のコンバットパンツにコンバットジャケット、更には防弾機能があるプレートキャリアにアサルトベルトやチェストリグ等を着用している。加えて、その装備の上から20キログラム近くの荷物が詰め込まれているバックパックを背負い、俺の方は強化樹脂製のハードケースに収納させているアンチマテリアルライフル銃を引き寄せ、相棒は俺が使用するアンチマテリアルライフル銃用の予備弾倉5個が収納されているバックを左手で掴んでいる。
相棒が手荷物とする予備弾倉5個というと少なく軽量に思われるが、今回使用するアンチマテリアルライフル銃の使用弾薬は12.7×99ミリメートルである50BMG弾で、弾薬の長さだけでも10センチメートル以上あり、弾薬の重量自体も1発当たり100グラム以上となりマガジンには5発しか装填できないものの、マガジン自体の大きさは弁当箱くらいの大きさとなり、5発の50BMG弾を装填したマガジン重量は1キログラムくらいになる。故に5個のマガジンでは5キログラム以上の荷物となるだけはなく、相棒は更にベルギーの銃器メーカーFNハースタル社がSOCOM(アメリカ特殊作戦軍)向けに開発したバトルライフルで7.62×51ミリメートル弾を使用するSCAR-H(SOCOMではMK17として採用)を右手に持つ事になり、そのMK17バトルライフル銃でさえ光学照準器等のアクセサリー類を装着しているので4キログラム以上の重量となっている。
因みに俺が携行するアンチマテリアルライフルは、高精度のライフル製造で知られている米国のマクミラン・ブラザース・ライフル・カンパニーが開発したTAC-50Cライフル銃というモデルで、ストック部分が折り畳めるために幾分かは短くなって専用ケースに収納されている。ただし、TAC-50Cライフル銃にはライフルスコープやバイポットが装着されているほか、5発の50BMG弾が装填されたマガジン1個も収められており重量は15キログラム以上となっている。
俺も、任務等がない時にネットサーフィンをする事があり、その際に日本人が作成したと思われるイラスト等を目にする機会があるが、そのなかにはスマートな体形の美少女がアンチマテリアルライフル銃をスタンディングで構えて微笑んでいる姿を見るに及んで、実銃を手にする機会が少ない日本人が描いてしまうと結果として随分無茶なイラストを作るものだと呆れてしまう事がある。
実際のアンチマテリアルライフル銃は、その殆どが例外なく銃本体の重量だけで10キログラムを超えるだけでなく、その重量が銃のグリップ部よりも前方に集中するフロントヘビーな状態なので、常に訓練している俺でさえアンチマテリアルライフル銃をスタンディングで保持したままで精密な射撃が行えるような代物ではない。
UH-60ブラックホーク多目的ヘリコプターが目的ポイントに到着して、着地したがメインローターは回転したままで停止させないので、着地した周辺の小石や砂埃を巻き上げている状態で、俺と相棒は重量のある荷物を携行する前に闇夜であるにも関わらずレイバンのサングラスを掛けてUH-60ブラックホーク多目的ヘリコプターから降りる。
俺達2人がUH-60ブラックホーク多目的ヘリコプターから降りて、機体から少し離れると合図もなしにUH-60ブラックホークヘリコプターは上昇を開始した。機体から降りた時よりもメインローターの回転が増したために、周囲には暴風が吹き荒れると俺達も暴風の餌食となって小石や砂埃が身体中に命中してくる。UH-60ブラックホークヘリコプターが一定の高さまで上昇する僅かの時間なので一時的に息を止めていれば良いのだが、周辺に敵がいて襲撃してくる可能性がある状況では、流石に目を閉じているわけにもいかないので闇夜でもサングラスを着用していた。
ある程度の高さまでUH-60ブラックホーク多目的ヘリコプターが上昇した後、出発した基地へ向かって飛び去っていく頃には、周囲に吹き荒れた暴風も収まってきたので、俺と相棒は手にした荷物を地面に降ろすとサングラスを外した。
相棒が、左手首に巻いているデジタル腕時計の画面をコンパス機能の画面に切り替えて方角を確認して
「こっちの方だ」
と指差し、地面に降ろしていた手荷物を再び持つと黙って目的地へ向かってグランドキャニオンのように地肌が剥き出しの岩山が点在する渓谷のような砂地を歩き出した。
俺達が歩き始めて1時間もすると身体が温まって汗を搔き始める。中東と言えば砂漠地帯で暑いと思われるが、それは太陽の光が降り注ぐ日中のことで夜ともなれば太陽によって熱せられた砂の熱は空へ向かって放出され、代わってアラビア海から湿って冷えた風が吹き込んでくるので朝方近くになる頃は、想像以上に気温が低くなる。
そのためなのか相棒が俺に向かって
「割と順調に目的地へ進めているし、作戦実行までの時間にも余裕があるから一休みしないか?」
と聞いてきた。俺も正直なところ汗が冷えた空気で蒸発することで体温が奪われて寒さを感じ始めていたので
「ああ、そうしようか」
相棒の提案に同意すると、互いに歩を止めた途端に手荷物を地面に降ろすと、背負っていたバックパックも降ろして中からライトウエイトのコンバットジャケットを取り出して羽織る。ライトウエイトジャケットなので、決して中綿等が仕込まれているわけではないから、このジャケットを着用したからと言って温かいというわかではないが、それなりに生地に厚みがあるジャケット1枚を羽織ることで保温効果は期待できるので着用前と比べれば肌寒さに耐えられるくらいにはなった。俺達は、地面に降ろした荷物をそれぞれ携行すると再び目的地へ向かって歩き出す。
時間にして日の出間際に近付き周囲が僅かに明るくなり始めると、先程よりも更に寒さが厳しくなった頃に目的地としていた岩山まで辿り着いた。高さとしては、岩山と言うよりも地肌が露出している丘と言っても良いのだが、人一人がやっと通れそうな道のようなところを転げ落ちないようにして山頂へ目指して登り始める。
中腹まで登ってきた辺りで、前を歩いている相棒が足を止めると俺の方に振り返って
「俺のバックパックからクレイモアを取り出してもらえるか?」
と言って、相棒が背負っているバックパックを俺の方へ向けてきた。俺は黙って、相棒のバックパックの中に手を突っ込むとクレイモア地雷1個を取り出して、右肩に掌を出している相棒の右手にクレイモア地雷を渡してやる。
クレイモア地雷を受け取った相棒は
「こいつの近くに人感センサーユニットがあるから、それも出してもらえるか?」
と言うので、俺は再び相棒のバックパップに手を突っ込んでビニール袋に包まれた人感センサーユニットも取り出して相棒に渡す。
クレイモア地雷M18は、米軍が使用する指向性対人地雷の1つとなっている。形状は、歪曲した箱状となっており片側の表面に鉄球700個が配置され、起爆させると鉄球が配置された前面へ向かって飛び散り、広範囲に殺傷力を発揮する仕掛けになっている。
クレイモア地雷と人感センサーユニットを手にした相棒は、その場でしゃがみ込むとクレイモア地雷の頂部にある信管挿入口に1本ずつ信管を差し込むと、クレイモア地雷の前面を外向きにしながら簡単に転げ落ちないように傾斜に設置する。次に、人感センサーから伸びているコードを信管に巻き付けると
「お前が、こいつの前を通る時に人感センサーのスイッチをオンにしてくれ」
相棒が人感センサーのスイッチを指差しながら言ってくる。俺は、相棒の示すスイッチを見詰めながら黙って頷いてみせた。
これから、この砂山の頂上で極長距離の狙撃を行っていると周囲への警戒が散漫になる可能性が高まり、敵の襲撃が接近してくるのを察知するのが遅れる事は俺達にとって命取りとなるので、このようなトラップを仕掛ければ敵が接近してクレイモア地雷が起爆すると敵にダメージを与えてくれるだけでなく爆発音と同時に悲鳴が聞こえることとなり、俺達には敵の接近を知らせてくれるセンサーの役目も果たしてくれる。
俺は、相棒が仕掛けたクレイモア地雷を通り過ぎると人感センサーのスイッチをオンにする。すると人感センサーが起動した事を知らせる赤色ダイオードが点灯するが、センサーの感受部分は赤色ダイオードの裏面なのでセンサー部分をひっくり返しておく事も忘れずに行う。
クレイモア地雷のトラップを仕掛け終えてから30分後には頂上部に辿り着く事ができた。最も、頂上部と言っても地肌が剥き出しの砂地で広さにしてテニスコート1面くらいはありそうである。
頂上部に辿り着いた俺達は、手荷物を地面に降ろすと背負っていたバックパックも降ろす。相棒は、再びデジタル腕時計の画面をコンパス機能に切り替えて方角を確認すると
「ターゲットは、この方角から来るな」
南側を指差して教えてくれる。それを見た俺は、アンチマテリアルライフル銃が収納されている樹脂製ハードケースを持って頂上部の南側へ行くと、ハードケースを降ろして2箇所の留め具を外してケースの蓋を開ける。
ケースの中には、保護用のウレタン素材に包まれたTAC-50Cライフル銃がストック部分を折り畳んだ状態で収納されている。ただし、ケースに収納されている状態ではマガジンは装填されていない。
俺は、TAC-50Cライフル銃をケースから取り出して折り畳まれていたストックを起すと、TAC-50Cライフル銃の全長は1.5メートルくらいの長さになった。次いで、折り畳まれているバイポットの2本の脚を1本ずつ起こすと一旦、TAC-50Cライフル銃を地面に置いた。
俺は、プローンという伏せ撃ちの姿勢をしてTAC-50Cライフル銃を構えてバイポットの脚の長さを調整し、安定した射撃姿勢が確保できるようにする。安定した射撃姿勢が確保できた時点で相棒に
「ターゲットは、どの辺から現れる?何か目印があるか?」
と相棒に尋ねると相棒は軍用の双眼鏡をバックパックから取り出して、暫く双眼鏡で覗いた後に
「ここから、12時の方向に細くて背の低い木が2本交錯しているように見える箇所があるが、その辺りにターゲットを乗せた装甲車が現れるはずだ。2本の木が交錯している地点までは凡そ1,000メートル」
と言ってくる。そこで、俺はスコープの倍率を10倍くらいにして相棒から言われた辺りを覗いてみる。TAC-50Cライフル銃にセットしているスコープは30倍まであるが、最初から30倍にしたのでは目標地点が良く見えない。光学照準器に関しては倍率を上げると光量が必要となり、薄暗い状態で倍率を上げても暗くしか見えずにターゲットを確実に把握できないばかりか、仮に見えたとしても対象エリアが大きく見える事になるので何処を見ているのかが分からなくなる。故に、最初の段階では倍率を落として周囲の状況を確認しながら見たい部分へ徐々に倍率を上げながらフォーカスしていく必要がある。
10倍にしたスコープを覗くと、日の出直前の時間であることから光量が不足気味で対象エリアがよく見えない。しかも、レティクル(照準を合わせるための線)が黒いままなので風景の暗い部分に同化してしまい判別がつかない。
俺は、スコープのイルミスイッチを回してレティクルを赤く点灯させてから再びスコープを覗く、先程よりはスコープに映る景色が判別し易くなったものの光量が不足しており鮮明には見えない。
ただし、スコープを向ける方向だけは認識できたので、TAC-50Cライフル銃をこのままにして太陽が昇って光量が増えてくるのを待つことにした。