16
目星を付けた岩場に辿り着いた俺は、ソフトケースからM24SWSライフル銃を取り出してから、比較的平らで大き目の岩に登り腹這いになると、M24SWSライフル銃に取り付けられているバイポットを起し、更にスコープの対物と接眼レンズを保護しているキャップを跳ね上げる。
M24SWSライフル銃の準備ができたところで、岩の上にM24SWSライフル銃を安定するように置いて、スコープの倍率が3.5倍になっている事を確認してから接眼レンズを覗いてターゲットの屋敷を見てみる。スコープの倍率が3.5倍程度だと7~800メートルの距離がある対象物は、例え大きな屋敷であっても小さくしか見えない。ただし、そのお陰でスコープの接眼レンズに映し出される風景の視界は広く、対象物を探し当てるには苦労しない。
スコープにしても双眼鏡であっても、光学機器を使い慣れていない場合に往々にして、訳もなく最初から高倍率にして対象物を眺めようとするが、確かに倍率を上げてやれば対象物が拡大されて良く見えるのは間違いないのだが、対象物の位置を把握した上で倍率を上げなければ、接眼レンズを覗いた時に自分は一体何処を見ているのか認知できなくなり、度々光学機器から目を離して対象物の位置を確認しては覗き直す事を繰り返すようになるが予め倍率を下げた状態で、周囲まで見渡せるようにしてから徐々に見たい部分へフォーカスするように倍率を上げた方が可成り合理的に対象物を拡大して見ることが可能となる。
スコープの倍率を3.5倍にしてターゲットの屋敷と敷地内を覗いてみた俺は、改めて舌打ちをしながら悪態を吐くことになった。それは、ターゲットの屋敷が建っている敷地内は一面芝生が植えられているのは良いのだが、庭木が1本も生えておらず建物と正面ゲートから玄関までを結ぶ舗装路以外は全て芝生で覆われているのだ。
では何故に庭木がない事が問題になるのかと言えば、実際にターゲットを狙う際には風向や風速を参考して狙点の修正を行いたいのだが、その手掛かりとなる情報はターゲット近くにある樹木等の枝や葉の揺れ方を参考にするのだが、その参考情報が得られないのだ。唯一の手掛かりは、自分が今居る場所の風向や風速を感じたうえで、その情報を参考にして狙撃を実行する事になるが、自分が居る地点とターゲットが居る地点では距離が離れていることで諸条件が当然に違う事になり、そうなれば余程の偶然でもない限り自分が判断した修正量が的確に合致している可能性は低く、結果として多くの弾薬を消費しなければターゲットを捉える事が困難となる。一方で、ターゲットの方も余程ののんびりとした性格でもなければ、自分の近くに銃弾と思える物が着弾してくれば身の危険を感じて隠れようとするか、或いはその場を離れる筈であり結果として折角の狙撃チャンスを逃すだけではなく、ターゲットは何人かのボディガードを雇っているのだから、そのボディガード達から逆襲を受ける事態となり、場合によっては手持ちの弾薬を全て消費させられる結果を招くことになる。
そんな事を考えながら、仔細にターゲットの敷地内を見渡してみたが狙撃を行う際に手掛かりとなりそうな物を発見するには至らなかった。
こうなれば、これまでのスナイパーとして数多くを経験してきた感覚を信じて、ターゲットを捉えるしか方法がないと判断した。どちらにせよ、今回も監的手が居るわけではないので、数発を射撃しながら着弾修正をしていく以外に方法がない。
改めてスコープを覗き、屋敷の窓を見ていくと2階の窓に男性が外を眺めているのを見付けた。
M24SWSライフル銃を動かさぬよう気を付けてスコープの倍率を上げて見ると、窓から外を眺めている人物は指令書に記されていたターゲットのように感じる。結構な距離からスコープ越しで、目の前に居る人物を見ている訳ではないから、確証を得ているわけではないが風貌や身に着けている服装等を観察してみるとボディガードとは思えないし、仮に使用人が居たとしても使用人が着用する服装にも見えない。消去法による人物特定となってしまうが俺としては可成り高い確率でターゲットと確信した。
少なくとも俺が、今居る岩場に辿り着くまでの間にCIAの特殊要員が狙撃を実行した形跡がなさそうだが、バックアップとして控えている俺としては事前に着弾状況を確認する意味でも7.62×51ミリメートルNATO弾薬を発砲してみる事にした。
都合の良い事に、俺に支給されたM24SWSライフル銃には専用の消音器も渡されており、今の時点で消音器もM24SWSライフル銃に装着しているので発砲した際に無音というわけにはいかないが、消音器無しでライフル銃を発砲した時よりも相当に発砲音は小さいので恐らく簡単には発射地点が判明する事はないだろう。
M24SWSライフル銃のボルトハンドに右手を掛けて、ボルトハンドを一旦持ち上げてから後方へ引き、M24SWSライフル銃のエジェクションポートからマガジンの最上段に装填されている7.62×51ミリメートルNATO弾薬が見えたところで右手が握っているボルトハンドを前進させると、ボルトの前端部がマガジン最上段にある7.62×51ミリメートルNATO弾薬の後端となるヘッド部分を押し出して、マガジンからチャンバーへ7.62×51ミリメートルNATO弾薬を誘導していく。7.62×51ミリメートルNATO弾薬がチャンバーに収まってボルトによって完全に見えなくなった所で、右手で握っているボルトハンドを引き下げてボルトをロックして、チャンバーを完全に閉鎖する。
M24SWSライフル銃を構えてスコープを覗くが左手の人差し指は、未だトリガーに掛けていない。身体に感じる風は、後方の丘から微風程度の強さでターゲットの屋敷方向へ流れている。所謂、6時から12時の方向へ追い風が吹いている状態なので風による弾道への影響はないと判断しても良さそうな好条件の部類になる。
左手の人差し指をトリガーに掛けて、慎重にトリガーを引いていくと、まるで部屋の中でアクション物のドラマか映画を見ている際に発砲シーンで聞こえる程度の音量でバンッといった発砲音が聞こえ弾丸発射に伴う反動が左肩から全身に伝わってくる。もしも、この初弾がターゲットの頭部に命中するような事があれば正にラッキーパンチが当たったようなもので、それはそれで結果オーライと言えるだろう。
反動によってM24SWSライフル銃が動いた影響で、狙点から外れてしまったスコープを再び戻してみると、ターゲットは依然として窓の前に立っていた。予め予想していた事なので、ターゲットを外した事には大して驚きもしないし落胆もしているわけではないが、着弾した箇所を確認する意味でもスコープで周辺を眺めるとターゲットが立っている位置から右に30センチメートル、下方向に40センチメートルの4時方向へ建物外壁の色が半径10センチメートルくらいの不規則な円形で抉れて消失しているのを発見した。残念ながら抉れた深さまでは分からないが、2~3発の7.62×51ミリメートルNATO弾薬をスコープで見ている箇所へ命中させれば外壁に穴が開きそうな手応えを感じる。
しかし、それ以上に俺にとって重要なのは右方向へのズレであった。上下方向については後方からの微風と推測したのと、当初予定していたターゲットまでの距離より離れた場所からの狙撃だったので思っていた以上に弾道がドロップしたのだろうから、まるっきり想定外とまでは思わないが、左右のズレに関しては俺が発砲した地点とターゲットの屋敷がある地点では微妙に風向や風速が違うのかもしれない。
だが、この発砲によって次弾を発砲できれば、風等の自然条件が今とは微妙に違うにしても2発続け様に発砲さえできれば、恐らく2発目をターゲットへ確実に命中させる自信が持てた。俺は、次の発砲に備えてスコープの上下方向を調整するエレベーションダイヤルを2クリック分だけ上方へ移動させるべく廻しておいた。これで、恐らく上下方向の修正は間違いないのだが、左右を調整するビンテージダイヤルをこの時点で弄ってしまっても発砲のタイミグで風向が変化するのは分かり切っているから大して意味がないので、狙点修正で対応することとしてビンテージダイヤルを弄るのは止めておいた。
外してしまったとは言え、俺の発砲によってターゲットが居る屋敷の状況を確認しようとスコープを覗こうと接眼レンズに顔を近付けた瞬間、後方の丘から爆発音が聞こえてきた。恐らく弾丸が外れたとは言え俺の発砲を受けてターゲット側が対抗措置として、爆薬を起爆させて落石によって狙撃者への報復を狙ったものだろう。
スコープから目を離して、上半身だけ振り返り丘の方へ視線を向けてみると俺が居る場所から距離はあるが、結構な大きさの岩が滑落して樹木が折れる音が響いてくる。一応、俺は滑落してくる岩が途中で方向が変わり、俺が居る場所に向けて突進してくる場合に備えて、周囲を見渡して逃げ込めそうな場所に当たりを付けておく。しかし、幸いにも丘の下り斜面の途中で滑落が止まって丘の裾野までは落ちてこない。
それを見た俺は、落石が丘の裾野まで落ちてこなかった事で、再度の落石を誘発させるための起爆が起こるものと身構えていたが、何ら音沙汰がないところをみると先程の脅し程度で充分だと判断しているのかもしれない。俺も再びスコープを覗いて2階の窓から離れていないターゲットの頭部を狙って発砲してみる事にした。どのみち、既に初弾を発砲した時点で自然環境条件が大きく変化しないうちに次弾を発砲してみて、このエリアにおける地形等に起因する特有の癖を把握して命中確率を上げておかなければならない。CIA特殊要員のバックアップが主な任務であったとしても、自分の役割を確実に遂行するのに必要な事を行うのに、一度も面識のない相手に気兼ね等していられない。
俺は、スコープのレティクルセンターをガラス窓の前に立っているターゲットの右肩ギリギリに合わせから、左手人差し指をトリガーに掛けて己の呼吸を整えながら、ゆっくりとトリガーを絞っていく。あと少しでトリガーを引き切り発砲という瞬間、再び後方から爆発音が響いてきた。
初弾と同様に、比較的小さな音量を発して消音器の先端部から7.62×51ミリメートルNATO弾が飛び出している筈だが、偶然にも後方からの爆発音と発砲音が被ってM24SWSライフル銃を間違いなく発砲したのか一瞬分からなくなる錯覚に陥るがM24SWSライフル銃本体は後方へ鋭く後退して、俺の左肩から全身に発射反動が伝わってくる事で間違いなく2発目を発砲したのを自覚する。
2発目の発砲によってM24SWSライフル銃から発せられる反動が収まったあたりで、俺の耳には微かながらもゴンッという鈍い金属音が鳴っているのを聞いた。
俺は、発射反動によって狙点から外れてしまったスコープを覗きながら狙点へスコープの対物レンズを戻して、右手をボルトハンドに掛けると掴んだボルトハンドを引き上げてから後方へ引き、2発目の空薬莢をエジェクションポートから排出して3発目をチャンバーに装填して次の発砲に備えながらスコープを覗く。すると、窓枠周辺の壁には弾痕が見当たらず、ましてガラス窓にも着弾したような蜘蛛の巣状のひび割れさえ発見できなかった。しかし、ターゲットの表情を見るとターゲットの視線は、ある一点を見詰めているように感じ、その視線の先となる辺りをスコープの倍率を上げて観察してみると、窓に取り付けられている防犯用の黒い格子の一部の塗装が剥げて変形しているのが確認できた。
格子の塗装が剥げた位置が2発目の弾痕だとしたら、仮に格子が無ければ窓ガラスに蜘蛛の巣状のひび割れを作って確実にターゲットの顔へ7.62×51ミリメートルNATO弾が命中した事になる。これで、この後にCIAの特殊要員が行うであろう狙撃が失敗したとしても、俺がバクアップとしてターゲットを確実に射殺する確信を持つ事ができた。
俺としては、一応の安堵をしていたいところだが2発目の発砲と同時に起こった爆発による落石が気になり、スコープから視線を外すと上半身だけを振り返させて後方の斜面に視線を送ってみると、普通自動車くらいの大きさと思える岩が落石しているのが見えた。落ちてくる岩の周囲は土色の煙を纏って落下しているが、その方向は余程の偶然でも起こらない限りは俺の方へ押し寄せてくるルート上にあるとは思えない。
しかし、自分の方へ岩が落下して来ないだろうと安易に油断していれば、仮に小さな確率でも岩の落下するルートが、ほんの些細な事で落下するルートが変わって自分の方へ落ちて来ることになれば、一瞬にして岩の下敷きとなって圧死することになり目も当てられない。
暫く岩の落下するのを眺めていたが、丘の裾野まで辿り着いた岩が動きを止めるまで自分の方に来ることはなかった。
2度目の発砲によってターゲットを確実に捉える自信が持てた事と、岩の落下が自分に実害を与えなかった2つの事実が俺に安堵感を与えてくれたので、落ち着いた気持ちで俺は改めてスコープを覗いてターゲットの様子を確認した。
黒いサングラスを掛けているターゲットの表情を的確に捉えているわけではないが、ターゲットは口の端に不敵な笑みを称えたように緩んだかと思うと踵を返して部屋の奥へ向かって窓の前から離れようとしていた。
此方の方へ背を向けて狙撃を行うのに絶好のチャンスとなったが、CIAの特殊要員が発砲する気配がないので、俺はCIAの特殊要員はターゲットが雇っているボディガードに発見されて殺害されている可能性を感じて3発目の発砲を決断した。
今度は、窓ガラスを狙ったとしても再び窓に設置されている防犯用の格子に命中してターゲットに命中弾を送り込めなくなるかもしれないので、窓ガラス下側の外壁に数発を命中させて、外壁を貫いてターゲットを射殺することにした。
完全に背を向けているターゲットの背中の真ん中にレティクルのセンターを合わせて左手の人差し指を可能な限り真っ直ぐ後方へ引く。発射反動を全身で受け流しながら、右手でボトルハンドを操作して3発目の空薬莢を排出して4発目をチャンバーへ装填して続け様に発砲できるように備え、スコープの対物レンズを3発目の狙点へ戻すと、接眼レンズに映る12時方向の下側ギリギリに外壁が不規則な円形状に塗装が剥げているのが確認できた。
俺は、出来る限り3発目と同じ狙点にスコープのレティクルセンターを合わせて左手の人差し指をトリガー掛けて後方へ引き始める。トリガーに添えた左手の人差し指先端部には最初に軽い抵抗を感じながらも後方へ引いていくと、数ミリ後方にトリガーが移動してから最初に感じたよりも少し大きな抵抗を感じる。この抵抗を示しているトリガーを引き切れば、ストライカー(撃針)の前進を妨げていたシアが外れてストライカーは勢い良く前進して7.62×51ミリメートルNATO弾薬のプライマー(雷管)に打撃を加え、その打撃によってプライマーが発火となり、その火花が薬莢内の装薬に引火して発砲となるのでが、最後のトリガーに感じる抵抗を引き切ろうとした矢先に、俺から見て10時の方向から比較大きな発砲音が響いてきた。




