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デルタのスナイパー  作者: 二条路恭平


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薄っぺらいナイロン製のナップザックに500ミリリットルのペットボトルとたいして大きくもない栄養補助食品のパッケージを入れただけでクッション性等微塵もない枕に頭を載せた状態で目を覚ますと周囲は未だ暗闇に包まれており、東の地平線を見やっても微かな明かりさえも見えず、天空には星が瞬いている。

昨晩に起こした焚き火は、その殆どが白っぽい灰となって僅かに熾火が残っているだけだが、熾火から発せられる幾分かの温かさによって、明け方に近付く冷えた空気のなかに居ても然程には寒さを感じない。

クッション性が微塵も感じられないナップザックを枕替りにしていたせいで、首の後ろ側が多少強張っているが、これから500ミリリットル入りペットボトルのスポーツドリンクとクッキータイプの栄養補助食品で朝食を摂っている間、自分の手で揉んでやれば幾らかは癒えてくる筈だ。

消えかかった熾火を前にして、頭が未だボンヤリとはしているが体育座りの姿勢で朝食を摂る。寝床としたオーバーハングから多少離れ、大き目の葉を数枚千切った束を右手に 持って足元が安定しそうな場所を探して排便を済ませ、右手に持った数枚の葉を使って尻を拭き終えた頃には、日の出が近付き始めて空が幾らか白んで周囲の状況が可成り鮮明に見えるようになってきた。

迷彩柄のパンツを託し上げてベルトを締め直し、軽くなった腹の状態でオーバーハングに戻った俺は、ナップザックを背負いM24SWSライフル銃が収納されているソフトケースを右肩に担ぐと、ターゲットの屋敷を目指して下り斜面を降り始める。

下り斜面が終わって、生い茂る藪の中を慎重に歩いていると交尾期に近付きつつある多くの雌シカがいるハーレムを求めて若い牡シカが走って行く音を耳にした俺は、敵が襲来してきたのではないかと思い一瞬焦る。

それから暫く林野の中を歩いていると最低でも500メートルは離れた10時の方向から聞こえてくるイノシシが発したような鳴き声を耳にした。おそらくは、採餌に夢中な状態となっているところで何等かのトラップにでも掛かってしまったのかもしれない、少なくともイノシシが発したと思われる鳴き声の前に銃器等の発砲音は聞こえてこなかったので、括り罠か或いはボーガンを使ったトラップの可能性がある。

この事実は、俺がターゲットの屋敷へ接近してターゲットが雇っているボディガード達が警戒するエリアに入り込んだことを意味しており、一層の注意を払って接近を試みなければならい。

そんな事を考えながら気を引き締めていた矢先に、爆発音が聞こえた方角から微かにバイクのエンジン音が聞こえてきた。俺は、一瞬身を固くして周囲を見渡すと近くに見えた藪が固まっている箇所を見付けて、その藪の中に飛び込み身を隠す。

藪の中で暫く様子を伺っていると、比較的大きな発砲音が2発連続で聞こえてきた。俺の脳裏には、CIAの特殊要員がターゲットのボディガード達に見付かって銃撃戦が展開されたのかと思ったが、その後に応射したような発砲音が続くことなく山林の中には静けさが戻ってきた。もしかしたら、CIAが送り込んだ特殊要員がターゲットのボディガードによって射殺された可能性もある。そうなれば、俺は是が非でもターゲットの狙撃を成し遂げなければならない。

そんな事を考えている最中に、暫くしてバイクの排気音が微かに聞こえてきたかと思うと、その排気音が徐々に大きくなってきた。これは、射殺されたCIAの特殊要員の確認に来たターゲットのボディガードなのだろうか?だが、仮にCIAの特殊要員が射殺されたのであれば、射殺したボディーガードが何等かの合図をすれば済む事で警備体制を崩してまで人員を送る必要がないとも思える。或いは、CIAの特殊要員がターゲットのボディガードと接触して発見された為に、ボディーガードを射殺した可能性も棄てきれない。

俺のなかでは、その状況を確認する為に近くへ移動したい衝動に駆られたのだが、現状としてはミッション遂行とは直接関係がない事に関わって余計な戦闘に巻き込まれるよりも、今は少しでもターゲットを狙撃できそうなポイントへ移動して、来るべきターゲットを確実に射殺できる瞬間に備えておくことが第一だと言い聞かせて先に進むこととした。

晴天に輝く太陽の位置は、ほぼ真上と言っても良い状況に気が付き左手首に着けているデジタル腕時計を見ると11時55分を示していた。つい先程の出来事に関心を払っていたので、予定していた程の距離を稼げていない。だが、今朝は日の出前に食事を摂ったためか空腹感を自覚して腹が鳴いている。そこで、背負いっていたナップザックを降ろして中からスポーツドリンクの入ったペットボトルとクッキータイプの栄養補助食品を取り出し、クッキータイプの栄養補助食品を齧りながら何気無く3メートルくらい先の樹木を眺めたのだが、その樹木には明確な理由を言えないが違和感を覚えた。最初のうちは、何が俺に違和感を抱かせたのかが分からなかったが、暫く樹木を仔細に眺めていると高さ2メートルくらいの位置にある枝の根元に小さいが不自然な人工物が取付けられている事に気が付いた。

栄養補助食品を頬張りながら、慎重に少しだけ近寄ってみると枝の根元にあるのは箱型をしたセンサーのように感じた。そして、そのセンサーらしき物体からは細いコード線が伸びており、こちらから見て死角となるように幹へ沿わしている。俺は、その樹木の根元周りへ視線を巡らせてみると比較的背の低い叢の中に何か人工物の陰を捉える事ができた。

それを発見した俺は、不用意に今居る場所から少しでも近寄ると、枝の根元に設置されたセンサーが反応して仕掛けられたトラップ装置から、ボーガンの矢であるとか場合によってはクレイモア地雷等が起爆する可能性を感じてゆっくりと後退りする。

俺は、敵が仕掛けたトラップエリアに踏み込んだ事を意識すると同時に、ターゲットを狙撃するのに適した距離までアプローチできた事を自覚した。しかし、それは一層厳重な警戒態勢が敷かれて一瞬でも気を抜くような事をすれば、立所に自らを危険な状態へ誘う事も承知しておかなければならない。

その為、ターゲットの屋敷に接近するための前進速度は極端に鈍くなってしまった。何と言っても木々が生い茂る森の中では、数メートルくらい先しか視界を確保できないのに加えて、その視界に入ってくる全てについて細心の注意力でチェックしていかなければならないので、どうしても時間が掛かるし目の疲れも半端ない。

そんな風に遅々として前進が思うに任せない状態のなか、俺の耳には微かに数台のバイクが周囲を走り回っている排気音を耳にした。しかし、その排気音は周囲を探し回っているような常時走行しているのではなく、数台がある程度の距離を走行しては音が止んで、暫くすると再び音が聞こえてくる断続的な感じがして移動しながら何かの作業をしているような感じである。最初のうちは、俺の存在が相手側に察知されてバイクを使って探し回っているのかとも考えたが、トラップを仕掛けている森の中を人の極力よりは高速の移動が可能なバイクとは言え、敢えてトラップだらけのエリアに進入してくるのは明らかに不自然であるし、そもそもトラップを仕掛けたエリアに侵入者があったとしても、その侵入者がトラップの餌食となるのを待っている方が遥かに合理的である。

それでは、このバイクの排気音は何を意味しているだろう?俺として、考えられるのは、更にトラップエリアを広げるために仕掛けの設置作業をしているくらいしか思いつかない。仮にそうだとしても、今の俺にとってターゲットの屋敷近くで狙撃可能な場所を確保することであって、選択肢には後退する事は含まれてはいないので現状での影響は少ないと言える。最も、CIAの特殊要員が狙撃に成功したにしても失敗したにしても、そのCIA特殊要員のバックアップが終了して任務完了となり現場を撤収する際には厄介な事にはなるのだが・・・。


暫く聞こえていたバイクの排気音もいつの間にか聞こえなくなり、周囲には静寂が戻ってきた頃、遥か後方から爆発音が聞こえてきた。それまでのトラップによる地雷が起爆したような音ではなく、どちらかと言えば採石場でダイナマイトを起爆させたように感じる爆発音で、爆発音の後からガサガサという木々に何かが衝突したような音が続いてくると、その後に地震とは違う地鳴りがしたかと思うとバキバキと樹木が薙倒されるような音が聞こえてきた。その音からは距離がありそうだったので焦ることはなかったが、これは明らかに其れまでの侵入者がトラップに引っ掛かるのを待つような守りの姿勢ではなく、ターゲットの方から侵入者を殲滅するための攻めの防御に方向転換してきた事を意味しているのかもしれず、先程まで聞こえていたバイクの排気音は周囲に点在している岩場にリモコン操作で起爆させるダイナマイトのような爆発物を仕掛ける作業を行っていたのかもしれない。

先程のバイクの排気音は、比較的広範囲から聞こえてきたので相当の範囲に仕掛けたのは間違いなく、こちらとしては正確なところまで知る術はないが、相手側にこちらの位置が凡そでも判明すれば、立ち所に近くに仕掛けた爆発物を起動させて落石攻撃を仕掛けてくるかもしれない。厄介なのは、落石が発生した場合に最初の爆発地点が離れているからと言って油断していると、岩が落石してくる途中で樹木やちょっとした窪みに岩が接触する事で、想像もしていない方向へ軌道修正して落下してくるようになれば避けようがない。実際には落石してきた岩の大きさにもよるだろうが、想像以上に大きな岩が落石してきた場合には人間が少しばかり走って避難したところで被害エリアから脱出できるとは到底思えない。

ただ、逆に落石作戦を実行したとしても相手が此処の地形を詳細に把握していたところで爆発物の設置場所や落石してくる岩の形状や重量等の要因によっては想定通りのルートで落石してくるまでは計算できないだろうから、必ずしも俺が居る場所を特定できても確実に落石攻撃を被るとまでは言えないだろう。更に、落石攻撃を実施している間は相手の方でも人員を此方へ投入してくるのは仲間を危険に晒すことにもなりかねないので安易に戦闘員を送り込んでこない筈だ。加えて、落石によって折角仕掛けたトラップも落ちてくる岩等に反応して作動してしまえば、その箇所のトラップは使い物にならない。故に、この作戦にもメリットとデメリットが混在していると言えるので、必ずしも俺が取り組んでいるミッション遂行の危険度が極端に上がってしまったという訳でもない。

そうしているうちに、気が付くと俺は森の中を抜けて背の低い雑草が生い茂っている場所に来ていた。周囲を見渡すと所々に岩場が見えるので、条件さえ良ければ狙撃ポイントとして使用できる。それに、俺が今いる所にしても目測ではあるが、ターゲットの屋敷まで直線距離で1,000メートルもない筈だ。仮に、見える範囲で一番遠方に位置する最もターゲットの屋敷に近い所で7~800メートルくらいではないかと思われる。

俺は、迷わずに最も遠方にある岩場を目指して雑草が生い茂る中を分け入って行くが、その途中で徐々に近付いてくるターゲットの屋敷を見て舌打ちをした。目に映るターゲットの屋敷は、一面芝生に覆われており庭木のような類の樹木が1本も植えられていない。これでは、ターゲットを狙ってライフル銃を発砲するにしても風向や風速を推測するための手段がなく、ターゲットに確実な命中弾を送り込むのは相当に難易度が増した事になる。


陸軍での長距離スナイパー養成訓練では、確かに「ワンショット・ワンキル」は達成すべき目標とされているが、現実的な長距離射撃ではライフルスコープのレティクルセンターをターゲットに合わせてトリガーを引けば、確実にターゲットに命中弾を送り込める程、簡単なものじゃない。特に、発砲されて飛翔する弾丸の軌道は放物線を描いており、長距離射撃の場合には弾丸がターゲットに命中するのは放物線の下降線となって、発砲によって弾丸に与えられた飛翔の為のエネルギーが徐々に弱まっている状態で命中する事になるので風による影響が大きくなる。

例えば、大きさは違うが硬式野球のボールは約150グラム弱、ゴルフボールで45グラム程度であるが、メジャーリーグや日本のプロ野球のホームランバッターでさえホームラン性の打球を放っても風の影響によってファールになったり、或いは外野フライでアウトになる事もあり、150グラムの重量がある物でも風が影響して軌道が変化するのである。ましてや、俺が使用する7.62×51ミリメートルNATO弾薬の弾丸重量は147グレイン(約10グラム)と硬式野球のボールやゴルフボールと比べても軽量なので、放物線を描く弾道が降下状態となった際の射程では風の影響は大きく場合によっては、スコープのレティクルセンターで狙った狙点から1メートル以上も逸れる事は決して珍しい事ではない。

そのため、初弾命中等というのは相当に条件が奇跡的に揃いでもしない限り、望みようもない事であり奇跡的と言っても間違いではない。事実、カナダの特殊部隊の人間が2,000メートル以上の射程距離でターゲットを射殺した記録が残されているが、その際にターゲットへ向けて発砲したのは3発で、初弾と2発目の着弾状態を修正して3発目に命中しているので、映画やドラマ、或いはマンガ等でスコープのレティクルセンターにターゲットを捉えて初弾命中等というシーンはフィクションにしても余りにも荒唐無稽で現実離れをしている。

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