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コロンビア軍が運用しているジープの運転席にマイクが座り、俺は助手席に座り後部座席にはセルジオとスティーブが乗り込むと、マイクはイグニッションに差し込まれたままの鍵を右手で握って捻る。
セルモーターが回転する音が聞こえると、その直後にエンジンが始動してアイドリング状態となる。
コロンビア軍が運用しているジープは、古いタイプの車両なのでエンジンを始動してから暫くエンジンが動いてからでないと、燃料計の針が正しく残量を示してくれない。
流石に、燃料タンクの残量が満タンになっているとは思わないが、せめて最寄りのコロンビア軍基地までを往復するくらいに要するガソリン量を積載していればと願う。
ジープのエンジンがアイドリングを始めて油温や水温が温まってくると燃料計の針が動き出して半分より満タン寄りの位置で針が止まる。
そうなると、燃料タンクには概ね70%くらいはガソリンが入っていることになるので、余程乱暴で燃費を稼ぐことができないような運転さえしなければ、結構な距離を走破することが可能となり運が良ければ此のジープで海外線まで辿り着けるかもしない。
マイクが、ジープのクラッチを切ってギアを1速に叩き揉んでサイドブレーキを外そうとレバーに手を掛けた時、先程まで俺達が潜入していた建物の正面玄関方向から男性の怒鳴り声が聞こえてくる。
ジープに乗っている全員が、声の聞こえる方へ視線を向けると戦闘服姿のコロンビア兵2人がKS‐7ショットガンを構えて俺達を威嚇している。ただ、コロンビア兵が怒鳴っている言葉は、当然ながらスペイン語なのでセルイオを除いた3人からすれば何を言っているのか全く理解できていない。
それを察したセルジオが直ぐ
「勝手にジープに乗り込んで何をしている。ジープから降りろと言ってます」
と訳してくれ、セルジオの通訳を聞いたマイクは
「冗談じゃねぇ、盗んだ車で逃げようとしている時に車から降りろと言われて降りる馬鹿は居ねぇよ。無視してジープを発進させるぞぉ」
大声で叫びサイドブレーキのレバーを倒そうとするので
「マイク、ちょっと待てよ。このまま逃げても、あのコロンビア兵が最寄りの基地にでも連絡されたら厄介なことになる。いずれはコロンビア軍に把握されるにしても少しでも連絡されるのを遅らせるためにも、この場で2人のコロンビア兵を射殺する。俺は右の奴を狙うから、スティーブは左の奴を狙え、出来るか?」
早口でマイクを制止して、スティーブに狙撃する自信があるかも確認する。
「この距離ならできます」
そうスティーブは言うとSCAR‐Lアサルトライフル銃を構えてショートスコープを覗く。
俺もSCAR‐Lアサルトライフル銃を構えて、装着しているショートスコープを覗き
「スティーブ、ジャングルだから周囲には樹木が密生して風の影響が少ないように見えるが、使用しているのは5.56×45ミリメートル弾薬の高速軽量弾であることを忘れるな、今スコープから見える樹木の揺れてる感じだと、レティクル・センターで狙った位置より僅かに3時方向へ流れるはずだ」
とスティーブへアドバイスを送ってやる。
その様子を見ていたマイクは、サイドブレーキのレバーを下げるが代わりにフットブレーキペダルを踏みつけて状況を見守っている。
その間、お粗末にも2人のコロンビア兵が構えているKS‐7ショットガンを発砲してくるが、どれだけKS‐7ショットガンを発砲したところで200ヤードくらいの射程距離では俺達に向かって発砲した散弾が届いて被弾するようなことはない。
敵が発砲しているにも関わらず、撃ち出された弾丸が届かないことが分かっているで、冷静にターゲットであるコロンビア兵の額中央から9時の方向へレティクル・センターを移して、俺から見て左側の蟀谷近くを狙ってトリガーを引き絞ると、タイミングを合わせたかのようにスティーブも殆ど同時に発砲する。
お陰で、消音器を装着しているとは言え2挺のSCAR‐Lアサルトライフル銃が殆ど同時に発砲したことで、消音器を装着していないボルトアクションのライフル銃1挺を発砲したくらいの音量となり、俺とスティーブの後方に座っていたマイクとセルジオは顰めた表情を見せている。
俺の放った弾丸は、想定通りにコロンビア兵の額のど真ん中に命中し、弾丸が容易く頭部を貫通したせいか射出孔ができたと思われる後頭部から噴き出た血液が被っているヘルメットに跳ね返ってヘルメットの縁を伝って滴ると、被弾したコロンビア兵はKS‐7ショットガンを地面に落として膝から崩れ落ちるように倒れる。
一方、スティーブが放った弾丸もコロンビア兵の額のど真ん中から9時の方向へ1インチ程逸れて着弾したが、確実にヘッドショットを決めたことには違いなく頭部を貫通した弾丸は、俺達から見て右耳の後方あたりに射出孔を開けたようで射出孔から噴き出た血飛沫と脳の一部と思える肉片が吹き飛ばされたのが、スコープを通して見て取れる。
俺とスティーブが狙撃に成功したのを確認したマイクが、スムーズかつ緩やかにジープを発進させて俺達は全員無事に麻薬密造工場から脱出する。
これから先に、何等かのアクシデント等が発生しない限り俺達を回収するために空母ジェラルド・フォードから送り出されるゴムボートとのランデブーポイントへ辿り着き、無事にゴムボートへ乗り込んで空母ジェラルド・フォードへ帰還すれば俺達は間違いなく生きて本国の土を踏むことができるのだが、問題はジープの燃料タンクに入っているガソリン量でランデブーポイントの海岸線まで確実に辿り着けるのかは確信が持てない。
そうなると重要なのは、無駄なガソリンを消費することのないよう省エネ運転が求められるのだが、ドライバーのマイクに省エネ運転を求めることが可能なのかは甚だ疑問がある。
マイクが運転する車に同乗した経験があるのだが、マイクは結構飛ばし屋であるだけでなく多少とも大胆なステアリング捌きをするところがあり、どう贔屓目に見ても省エネ運転とは縁が無さそうにしか思えない。
気分良さ気にドライブしているマイクに対して、何とか声を掛けて別の人間に運転を変わらせた方が間違いないと思うのだが、下手な声掛けをして気分良く運転しているマイクの機嫌を損ねたくはないので、どうしたものかと考えているとセルジオが突然
「マイク、このままジープで海岸線まで出るにしても途中でコロンビア軍の追っ手が迫ってきたら、アンタが使っているSCAR‐Lの40ミリメートルグレネードランチャーで撃退する必要があると思うが、ジープのステアリングを握ったままでは敵にグレネード弾を確実に送り込めないだろうから、何処か近くで一旦ジープを停めて、誰かと運転を交代したら良いんじゃないのか?」
とマイクに提案する。
それを聞いた俺はセルジオの言葉に関心してしまう。確かに、コロンビア軍が警護していた麻薬密造工場が襲撃された事が分かれば、軍の威信に掛けて必死になって襲撃者を捉えようと躍起になって追跡してくるはずで、そうなれば追っ手を撃退するのに5.56×45ミリメートル弾薬を使用するSCAR‐Lを発砲して軽量弾をばら蒔くよりも40ミリメートルグレネードランチャーを使用した方が遥かに理想的である。
そのグレネードランチャーを使用するために運転手を交代してはと提案されたら、マイクも気分を害することなく従うはずだろうし、自分自身も疲れないのだから拒否する理由が見当たらない。
セルジオの提案を聞いたマイクは
「それもそうだなぁ、それじゃ此の先で一旦ジープを停めてジョージにでも運転を変わってもらうか」
気楽な声で話すが、同乗しているメンバーが己の運転に心配していることに、気付くことなく素直にセルジオの提案を受け入れる。
麻薬密造工場の敷地を出てから1キロメートルくらいしか進んでいないので、未だ走行している道は未舗装で凹凸があるにも関わらず、マイクは一旦フットブレーキを踏んでジープを停めてギアをニュートラルへ移し、サイドブレーキのレバーを引き上げる。
運転席から立ち上がるマイクを見て、俺も助手席から離れて運転席へ移動すると、俺が座っていた助手席へマイクが座ろうとするのをセルジオが
「40ミリメートルグレネードランチャーを使用するのであれば、後部座席の方が良いだろうから、スティーブが助手席に移動してマイクは後部座席に来いよ」
マイクとスティーブに声を掛ける。
セルジオの言葉を聞いたスティーブが腰を上げて、一旦ジープから降りるとマイクは異論を口にすることなく素直に後部座席に乗り込む。
一旦ジープの外へ出ていたスティーブが助手席に腰掛けたところで、俺はギアを1速へ移動させてからサイドブレーキのレバーを倒し、ゆっくりとアクセルを開けて大人しくジープをスタートさせるが、少しでも早く海岸線へ辿り着きたい気持ちを抑えて省エネ運転に徹する。




