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デルタのスナイパー  作者: 二条路恭平


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スッカリと陽が沈んで森の中だけでなく周囲も暗くなり、帰宅ラッシュの時刻を過ぎた頃になって俺は、佐世保海軍基地の正面ゲートを通過して基地内に戻ることができた。

とにかく、俺は真っ直ぐに割り当てられた居住施設へ向かい、玄関のドアを開錠すると洗面所へ直行して顔中に塗りたくった迷彩ペイントを洗い流してサッパリになると、そのまま徒歩で基地内の食堂へ向かい昼食兼用の夕食を摂った。

流石に、昼食抜きで他人に見つかる事がないよう静かに過ごしていても結構腹が減っているので、何時もの夕食で食べる1.5倍くらい多い量の食事を食べていると周りに居る連中は口々に「一体、どうしたんだ」と声を掛けていくる。

空きっ腹な胃袋に充分な食事を詰め込んだ俺は、満腹感に浸りながら徒歩で司令官室が所在している建物へ向かい、1階の受付で司令官への面会を要望すると、司令官の方も俺が来るのを待ち受けていたようで直ぐに司令官室へ通される事になった。

「今日は作戦成功ご苦労だった。まぁ、その影響で基地の内外は一日中騒がしい事態となってしまったが、本当の事を知らない者にとっては理解できないにしても、君は与えられた作戦を忠実に実行して成果を上げたのだから、我が国としても大いなる国益を得たことになる」

俺の狙撃によって2人の人間が射殺されたのだから、佐世保海軍基地での最高責任者である司令官も相当忙しい思いをした割には、司令官の表情は明るかった。

「ありがとうございます」

俺は司令官に礼を述べた後に、戦闘服の右ポケットから2発の7.62×33ミリメートル弾の空薬莢を取り出して司令官に差し出す。

それを見た司令官が

「ちょっと待ってくれ」

と言って腰掛けていたソファーから立ち上がり、デスクの引出しから1枚の長3サイズの紙封筒を持ってソファーに戻ると、俺から空薬莢を受け取って紙封筒へ入れると長3サイズの紙封筒を二つ折りにしてデスクの上に置いた。

それから、司令官は俺の方へ顔を向けると

「君に関しては、今夜まで当基地の居住施設で過ごしてもらい。明日の午前9時に当基地に配備されているCH―53Eスーパースタリオンに搭乗して、京丹後市の在日米軍施設である経ヶ岬通信所へ行ってもらう。そこの中隊長であるフランクリン中尉から君に対する新たな指令を受領し、その任務にあたってもらう」

司令官には予め詳細な連絡が入っていたようで淀みなく俺へ命令してくる。

明日から新たな任務を聞かされた俺は

「了解であります。明朝9時に用意してもらったCH―53Eへ搭乗して経ヶ岬通信所へ向かいます」

座っていたソファーから立ち上がり、司令官へ敬礼しながら俺は復唱する。

「うむ、それでは下がってよろしい」

司令官も座っていたソファーから立ち上がって、俺に声を掛けるとデスクの方へ踵を返す。

俺は、佐世保海軍基地の司令官室を退出してから徒歩で居住施設へ戻った。

司令官室へ赴く前に、昼食兼夕食を済ませていた俺は割り当てられている居住施設に辿り着くと、寝室へ直行して着ていた戦闘服を脱いで安っぽいソファーに投げ出して、Tシャツとボクサーパンツだけの姿になってベッドへ倒れ込むと微睡む暇もなく眠りの国へ落ちていった。


経ヶ岬通信所は、近畿地方の最北端にある経ヶ岬の近くに所在する航空自衛隊経ヶ岬分屯基地に隣接している米軍の専用施設としては近畿地方唯一の在日米軍施設であり、軍人や軍属が最大で160人が勤務しており、米陸軍第94防空ミサイル防衛コマンド第38防空砲兵旅団第14ミサイル防衛中隊が配置されている。

通信所の設備としては、マイクロ波を利用したミサイル防衛用早期警戒レーダーが配備されており、この通信所と同様のレーダーが日本国内で配備されているのは、青森県つるが市の航空自衛隊車力分屯基地に隣接している車力通信所に次ぎ2例目の施設となっている。


翌朝7時過ぎに目が覚めた俺は、比較的ゆっくりと洗顔と髭剃りを終えるとソファーに投げ出していた陸軍の戦闘服を着用して基地内の食堂へ向かい朝食を摂ってから、再び居住施設へ引き返して歯磨き、排便を済ませてると戦闘服と同じようにソファーへ投げ出していた私服を丁寧に折り畳み、脱いでいたチャカブーツと共にバックパックへ収納する。

自分の荷物を纏め終えた俺がバックパックを背負って、玄関から出ると徒歩で司令官室がある3階建ての施設へ赴き、そこの1階にある総務セクションで居住施設の退去届と施設の鍵を提出してから、佐世保海軍基地に配備されているヘリコプター格納倉庫があるエリアへ向かう。

CH―53Eスーパースタリオンは、既に格納倉庫から出されておりアイドリングのために主翼ローターを回転させていた。

俺は、主翼ローターの回転によって風の影響が比較的少ない所で、背負っていたバックパックをアスファルト舗装の上に降ろしてから、右手に提げてCH―53Eスーパースタリオンの機体へ近付いていく。

CH―53Eスーパースタリオンの操縦席ドアが開いて、機長と思われる白人男性が機体チェックをしている背後へ近寄った俺が大声で

「陸軍第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊所属のジョウジ・カツラギ曹長であります。今回は、お世話になります」

と敬礼をしながら挨拶をする。

機体チェックをしていた男性が俺の声に気付くと

「いやぁ、CH―53Eの機長をしているマクニール准尉です。よろしく」

マクニール准尉は、掛けていた黒いサングラスを外して笑顔を見せながら大声で答えると右手を差し出してきた。俺は、マクニール准尉の右手を握り締めて握手をしながら

「お世話になります」

と言うと、握手を解いたマクニール准尉が

「私は未だ機体のチェックが終わっていませんが、貴方は機体の左側から乗り込んでいてください。機体のチェックが終わって、基地の管制官から離陸オーケーの連絡が入り次第、直ぐに出発します」

と大声で説明してから再び機体チェックを始める。

俺はマクニール准尉の説明を頷きながら聞いてから、上半身を屈めてCH―53Eの機体側面へ移動して、搭乗ドアの取っ手を掴んで後方に引いて、搭乗口を開けてから右手に提げたバックパックを積み込み、その後に俺自身がCH―53Eに乗り込んで後部座席に腰掛けシートベルトを締め付ける。

空からの移動では、殆どが輸送用航空機やヘリコプターとなるので搭乗場所は必然的に貨物室となるので、今回のように操縦席の後ろとなる後部座席ならば主翼ローターが発する回転音が気にはなるものの、短い移動時間であるならば充分快適に過ごせるだろう。そんな事を考えながら目の前にあるマイク付きヘッドセットを装着する。

暫くすると、機体チェックを終えたマクニール准尉が操縦席へ戻ってマイク付きヘッドセットを装着すると

「曹長の方は準備オーケーですか?」

サングラスを掛けたマクニール准尉が俺の方へ顔を向けてマイク越しに尋ねてくるので、俺は頷きながら右手をサムアップして答えると

「オーケー、それじゃ基地の管制官に離陸許可を求めす」

機体の前方へ姿勢を整えたマクニール准尉が、基地の管制官に離陸許可を求めた。俺のヘッドセットのイヤフォンにも管制官とのやり取りが聞こえていたのだが、管制官から離陸許可が出されるとマクニール准尉はマイク越しに

「それじゃ出発します」

と言ってくると主翼ローターの回転速度が速まり、CH―53Eスーパースタリオンの機体がフワリと地上から離れ、青々とした快晴の青空へ向けて上昇し始める。


CH―53Eスーパースタリオンは、米国のヘリコプター製造メーカーであるシコルスキー・エアクラフト・ディビジョン社が米国海兵隊からの要望に従って開発された重輸送を目的としたヘリコプターで、1971年に開発が始まり1981年から部隊配備が開始されている。積載能力は13,610キログラムで、吊り下げ能力も16,330キログラムと過去に運用していた輸送用ヘリコプターよりも大幅に増加しており、海兵隊が運用している水陸両用歩兵戦車であるLAV-25の吊り下げ輸送でさえ可能としている。


3基のエンジンを有し、更に各エンジンの主力向上も図られているCH―53Eスーパースタリオンの巡航速度は、輸送用の割に高速なので予想以上に早く目的地である経ヶ岬通信所の上空に辿り着いた。

CH―53Eスーパースタリオンの着陸は、日本の航空自衛隊経ヶ岬分屯基地に隣接していることもあって、経ヶ岬分屯基地のヘリポートに着陸するようである。機長のマクニール准尉は航空自衛隊経ヶ岬分屯基地の管制官との交信を行い、経ヶ岬分屯基地の上空で着陸許可が出されるまでの間、上空で待機させられている。

経ヶ岬分屯基地周辺の上空を何度か旋回した後に、経ヶ岬分屯基地の管制官から着陸の許可が出されて分屯基地の端にあるヘリポートへCH―53Eスーパースタリオンが向かって降下を始める。徐々に高度を下げているCH―53Eスーパースタリオンから地上を見ると、ヘリポートの近くに経ヶ岬通信所からの迎えと思しきジープが停車しており、ジープに乗り込んでいた2人の陸軍隊員が車外に出て降下しているCH―53Eスーパースタリオンを見上げている。

ヘリポートの周辺に暴風のような風を叩き付けるようにしてCH―53Eスーパースタリオンが着陸すると地面の砂粒や小石が結構なスピードで巻き上げられており、迎えに来ていたジープの2人も、サングラスを掛けているものの無数の砂粒や小石が顔に当たるためなのか、CH―53Eスーパースタリオンから顔を逸らしているのが見える。

徐々に主翼ローターの回転速度が緩くなってきた頃、マクニール准尉がマイク越しに

「そろそろヘリから降りても大丈夫ですよ」

と言ってきた。

俺は、装着していたヘッドセットを外してから操縦席のマクニール准尉の左肩をポンポンと軽く叩き、振り向いたマクニール准尉の耳元近くに口を寄せて

「ありがとう」

と礼を伝え、左側面の搭乗スライドドアを開ける。右手にバックパックを提げて、CH―53Eスーパースタリオンの機体から外へ飛び降り、上半身を屈めながら停車しているジープへ向かって歩き出す。

ジープの両サイドに居る2人に近付いた俺は

「陸軍第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊所属のジョウジ・カツラギ曹長であります」

と自らの所属と階級、それに氏名を大声で名乗って敬礼する。

それを聞いた2人は敬礼しながら大声で

「自分は、第14ミサイル防衛中隊所属のライト上等兵であります」

「同じく、自分はサミュエル軍曹であります」

と答えてくる。着陸したCH―53Eスーパースタリオンの機体からは多少離れているとは言え、主翼ローターの回転が完全に停止しない状態ではCH―53Eスーパースタリオンのエンジン音が大きく響いて、大声で話さなければ相手に伝わらない。

サミュエル軍曹は再び大きな声で

「お迎えにあがりましたので、どうぞ荷物を積み込んで乗車してください」

と言ってくるので、俺は右手に提げたバックパックを荷台へ積み込んでから、そまま荷台へ乗り込む。

サミュエル軍曹が不思議そうに

「ジョウジ曹長は荷台でも大丈夫なのでありますか?」

と尋ねてくるので、俺は頷きながらサムアップをしてみせる。

それを見て頷いたサミュエル軍曹は

「それじゃライト上等兵、出発だ」

ライト上等兵に声を掛けながら、サミュエル軍曹は助手席に乗り込み。

「はっ、了解しました」

ライト上等兵が敬礼しながら返事をした後に運転席へ乗り込む。

ライト上等兵がジープのエンジンを始動させて動き出すと、俺はCH―53Eスーパースタリオンの操縦席にいるマクニール准尉へサムアップを送ると、サングラスを掛けたままのマクニール准尉は笑顔になりながらサムアップを返してくる。

俺を乗せたジープが、CH―53Eスーパースタリオンから相当離れると主翼ローターの回転速度を上げたCH―53Eスーパースタリオンが地上から離れて上昇を開始した。

佐世保からの距離が比較的短いこともあり、CH―53Eスーパースタリオンは無給油で折り返して飛行しても問題がないのだろう。


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