109
事務室内は、エアコンが効いているせいか3体の死体が転がっているにしては血の匂いが酷くない。
何と言っても頭部を撃ち抜いたことで死体からは肉体の一部が壁にへばり付いている状態に加えて、遺体の中の血液が凝固しないせいで出血が止まらずに流れ出ている。
流石に、これまでのミッションで多くの相手を射殺してきたので漏れ出た血や飛び散った肉片を見るのには慣れており特段の感情が沸くこともないが、通常ならば相手を射殺したようなケースなら一刻も早く現場を離脱しているので、長い時間を遺体から流出している血の匂いを嗅いでいるのは初めての経験で、事務室のエアコンによって多少は匂いが外へ排出されているとは言え、これ以上室内に匂いが充満してくれば気分が悪くなってきそうだ。
それは俺だけに限ったことではなく、マイク、セルジオ、スティーブの3人も締め切った部屋の外へ意識を集中しているようだが、その顔の表情は明らかに渋く、少しでも早く10分が経過して一刻も早く外気に接したいという感情が溢れ出ている。
そんな感情を持ちながらも、廊下に人が出てくる気配を感じると事務室に靴音が近付いてこないか固唾を飲みながら聞き耳を立て、神経を擦り減らしながらデジタル腕時計に視線を落としているマイクの様子にも時折、視線を送って時間の経過を確認する。
いつもならば10分間という時間は、大して長い時間とは感じることもなく直ぐに経過してしまうという感覚であったが、この時ばかりは10分という時間が何時までも終わることなく永遠に続いているような錯覚を覚えてしまう。
事務室のドアの近くで、右の手首に巻いているデジタル腕時計に視線を送っていたマイクが、USBメモリーのような器具を取り付けたパソコンの傍へ移動すると俺を含めた3人の視線が一瞬ではあってもマイクに集中する。
それでもデジタル腕時計から視線を逸らさずに無言のままのマイクに多少とも落胆の感情が芽生えた瞬間、小さいながらもマイクの口から待望の「10分が経過した」という一言が発せられた。
マイクの一言を耳にした俺やセルジオ、スティーブからは安堵の溜息が思わず漏れ、マイクは急いでUSBメモリーのような器具をパソコンから取り外すと大事そうに左の胸ポケットへ仕舞う。
俺達に課せられたミッションである情報を入手した以上、この事務室に留まっている理由はないので、この麻薬密造工場から離脱するために事務室を物音を立てないよう慎重に出て裏口へ向かう。
幸運にも、裏口から建物の外へ出るまでの間に麻薬密造工場の人間と遭遇するようなことはなく比較的スムーズに外へ出ることに成功したが、この後に麻薬密造工場を離脱するための最良なプランまでは決めていない。
各自がメイン・アームを構えて周囲を警戒しながら
「これから、どうします?」
とスティーブが誰とはなしに問い掛ける。
「上官からは、コロンビア軍との直接交戦は控えるようにと注意されていたが、ミッションを遂行して離脱するためだから、上官からの注意を少々破っても仕方ないんじゃないかと思うので、これから入口検問所を征圧したうえで検問所の脇に停められているジープを強奪し、そのジープに乗って離脱しようかと思うがどうだ?」
早口でマイクが提案して、3人に同意を求める。
検問所を通過する際に、マイクが幌を捲り上げた隙間から車外を見ていたのを知っていたが、一体何を何を見ていたのか不思議に感じていたが、脱出に使えそうな情報を探していたのかもしれない。
マイクの提案に賛成する俺は
「マイクの提案に賛成するよ、それに検問所のコロンビア兵が所持している銃器はショットガンということも、襲撃する際の重要な情報かと思うので、この場で共有したい」
そう3人に伝えると
「ショットガン?本当か?」
セルジオが尋ねてくる。
「ああ、KEL‐TECのKS‐7だった。ブルパップ・スタイルの」
と答えてやるとマイクが
「間違いないな、それなら使用している弾薬は2‐3/4インチ装弾で間違っても3インチ(7.62センチメートル)マグナム装弾じゃないだろうから、襲撃する際は常に50ヤード以上の距離を確保しながら戦闘を行えば勝機は俺達の方にある。ただし、襲撃するとなれば短時間で一挙に決めてしまわないでダラダラとやっていてはコロンビア軍の援軍が来るだろうから、そうなれば戦局は一気に俺達が不利になる」
と言ってセルジオとスティーブに視線を向ける。
視線を向けられたセルジオとスティーブは、右手の親指を立てて賛成の意思を表した。
確かに、検問所を襲撃せずに麻薬密造工場敷地のフェンスを破ってジャングルを行軍する方法もあるが別にマイクが蛇嫌いだからという理由ではなく、仮にコロンビアへ密入国する際に上陸した海岸線まで辿り着こうと思ったら、ここから丸一日歩いたとしても海岸線には辿り着けないのは確実で、その間に正規軍が警護している施設が襲撃を受けたとなればコロンビア軍は、麻薬密造工場の周辺に展開して襲撃者を捉えようと人員を投入してくるなら、不案内なジャングル内をウロウロしていたら確実にコロンビア軍に包囲されて連行されるか或いは殺されることに違いない。
なので、セルジオやスティーブにしても他に選択できそうなプランが見当たらないという消去法から導き出した答えがマイクのプランに賛成ということになったに過ぎない。
また、マイクが使用しているショットシェルが3インチマグナム装弾ではないと言ったのは、KSー7ショットガンに使用可能な弾薬は、2ー3/4装弾と3インチマグナム装弾の2種類があるのだが、3インチマグナム装弾を使用する場合のショットガンはポンプアクションではなく、セミオートマチックで銃器本体の重量が重たい物を選択しているケースが多く。その理由としては、3インチマグナム装弾を発砲した場合に射撃に慣れている者が発砲しても相当強烈な反動があり、ポンプアクションで銃器本体の重量が軽い場合には連射を躊躇するくらいに激しい反動に襲われることになるからで、当然セミオートであれば、激しい反動の一部がボトルの後退エネルギーとして使われることで少しでも強烈な反動が和らぐ面があることもある。
建物の壁沿いを腰を屈めて正面玄関の方へ移動し、正面玄関から真っ直ぐに伸びている舗装路を眺めると、検問所までは凡そ200ヤード(182.88メートル)の距離がありそうで、舗装路の両脇には植栽と言っても大麻草のように見えるのが生い茂っているので、ここから目の前の植栽まで移動してから100ヤード(91.44メートル)地点と判断した場所から襲撃を行おうとマイクが立案したが、俺は50ヤード(45.72メートル)付近まで近寄れと意見する。
「有効射程距離は超えているから、大丈夫だと思うがちょっと近付き過ぎじゃないか?」
マイクは心配そうに俺に問い掛け、隣にいるセルジオとスティーブも頷いている。
「マイク、お前が最初に提案した時に短時間で決着させると言ってたが、それならば検問所にいる2人のコロンビア兵が詰め所に逃げ込んだとしたら、どうする?しかも、詰め所のガラス窓の下にある壁の内側に厚手の鉄板が備えられていたら、SCAR‐Lの5.56ミリメートル弾であろうがセルジオが支給されたP90の5.7ミリメートル弾であっても貫通させらないぞ。それなら、マイクが支給されたSCAR‐Lに装着している40ミリメートルグレネードで、詰め所の中へ催涙弾を撃ち込んでからであれば、詰め所に立て籠ることができなくなるから、正に短時間で終わらせられるぞ」
俺が早口で説明すると
「なるほど、確かにジョージの意見が正しいかもしれない。どうだセルジオとスティーブも接近する距離はジョージの修正案で良いか?」
マイクがセルジオとスティーブに同意を求め、2人は黙って頷き賛同してくれる。
セルジオとスティーブも俺の意見に賛同したことを確かめたマイクは、中腰になって近くの窓から建物内部を覗いて外に注意を向けている者がいないか、確認すると中腰の体勢で目の前の植栽まで一気に走り出す。
そのマイクに続いて俺達も中腰の姿勢を保ちながら、目の前の植栽まで一気に走って植栽の陰に身を隠す。
建物内にいる人間に見付かることなく植栽へ移動できたことに安堵していると、先行したマイクの表情が泣き出しそうに歪んでいるのが見え、身体が硬直したように先へ進もうとしていない。
不審に思ってマイクの声を掛けるとマイクは震えるような声で
「俺の目の前に蛇がいる」
と答えてくる。
良く見ないと分かり難いが、確かに枝葉にグリーンの体色をした毒蛇が若干首を挙げているので、突然目の前に現れたマイクに対して敵意を持って咬みついてくるかもしれない。
その様子を見たスティーブが腰のレザーシースからコンバットナイフを抜き出してマイクへ近寄り、マイクの目の前にいる蛇の首を目掛けてコンバットナイフを一閃させると刎ねられた蛇の首は2メートルくらい飛ばされ、枝葉に残された蛇の胴体は瞬間的にグリーン毛糸が丸く絡まるようになると地面へ落ちて、絡まりを解くように胴体が伸びきって動かなくなり切り口から血が吹き出している。
目の前にいた蛇を退治してもらったマイクは、額に滲んだ冷や汗を左の手の甲で拭い
「スティーブ、ありがとうな」
とスティーブに礼を言う。
礼を言われたスティーブは、半ば苦笑いを浮かべながら
「それよりマイクの方は大丈夫ですか?」
とマイクの事を心配している。
このチームで、いやデルタ・フォースの中でも大きな部類の体格で物怖じのしなそうにないマイクが蛇となると、まるで人が変わったように怖気付くのだから人を外見だけで判断しては駄目ということの典型的な事例かもしれない。
気を取り直したマイクが、一度武者震いをしてから先頭となって、生い茂る植栽の中を検問所へ向かって進み始める。




