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56式自動歩槍の習熟射撃を屋内射場で終えた俺は、マガジンを外した56式自動歩槍を左手に、そして7.62×33ミリメートル弾50発が納められている弾薬ケース2箱を右手に持って居住施設へ帰る道程で、数人の海軍戦闘服を着用した隊員がアンチドローン兵器であるドローンガンを携行しているのを目にした。
ドローンガンと言っても、見た目がアサルトライフル銃のように見えるだけで飛翔しているドローンに対して弾丸を発射して撃ち落とすわけではく、銃身のように見える部分には指向性アンテナが備わっており、飛翔しているドローンへ向けて妨害電波を照射することで、ドローンを操縦するためのリモートコントロールの電波を妨害したり、或いはGPS機能を利用して飛行している場合でも衛星との交信電波の送受信をできなくする事でドローンを飛行不能な状態にしてしまう兵器なのだが、加えてドローンに爆弾等を搭載して自爆機能を有している場合であっても、爆弾等の信管を起動させる命令電波の受信さえも妨害する事で、その間に信管を爆弾等から取り外したり、爆破命令の電波を受信する回路を破壊したりして飛翔していたドローンを無害化させるのだ。
俺が、割り当てられている居住施設に56式自動歩槍と7.62×33ミリメートル弾の弾薬ケース2箱を置いて基地内の食堂へ向かおうと玄関の鍵を施錠する。秋の夕暮れが迫り徐々に薄暗くなっていく基地内のアスファルトの上で疲労感を癒す意味で目頭を右手で揉みマッサージをしながら歩く。
長時間に渡って固定サイトを使い長距離の射撃をすると、人にもよるが目は最初にターゲットに対してフォーカスしてから、次いでフロントサイトをフォーカスして、更にリアサイトを見ることになり、場合によっては更にターゲットをフォーカスしている。言葉にすれば、「フォーカス」という簡単な表現となるが実際には目の筋肉が瞬時に収縮緩和を繰り返して視点を合わせるので、想像以上に目の筋肉が使われる事になる。更に、56式自動歩槍やAK-47はリアサイトがエジェクションポートの先端部くらいの位置に固定されており、西側諸国で数多く使用されているM4アサルトライフル銃タイプの物よりも相当前寄りにあるので照準が難しい。
普段の俺は、狙撃に当たってライフルスコープを使用するので、効き目である左目とスコープの接眼部分との距離であるアイレリーフは概ね10センチメートル程離れた状態で覗くことにしているが、ただしターゲットを更によく見ようとしてアイレリーフを短くし過ぎるとライフル銃を発砲した瞬間に反動によってライフル銃本体が後退してきた際に、ライフルスコープも後方へ動いてくるので効き目がぶつかる事態になり最悪のケースでは、眼窩壁を骨折する等の負傷をしてしまう。それ故に、ライフルスコープを覗く場合には概ね10センチメートル程の距離を取っているのだが、56式自動歩槍やAK-47の固定リアサイトのアイレリーフは10センチメートル以上も離れた状態となるので、何時もの感覚との違いが顕著となり慣れるのには相当苦労する。
疲れた目をマッサージしながら食堂に到着した俺は、提供された夕食をゆっくりと食べ終えて早目に就寝しようと食堂から外へ出てみると、少し離れた所から数名の男性の声で何事かを叫んでいる声が聞こえてきた。俺は何気に、その声が聞こえた方へ顔を向けてみると、ドローンガンを構えた数名が上空へ向けているのが見えた。
ドローンガンの銃身部分が向けられている上空へ視線を向けるが、夜空となって暗い事もあり、高さ20~30メートル辺りに何か浮遊してのが微かに見える程度だ。しかし、その浮遊している物体も徐々に高度を下げて地上に落ちてきたが、ドローンガンを構えている隊員は落下した物体へもドローンガンの銃身部分を向けている。
そこへ、分厚い防護服を着用した爆発物処理班と思われる隊員2人が落下した物体に近寄って、物体の前に跪くと何やら作業を始めている。恐らくは、落下したドローンに装着されている爆発物の信管を除去しているのか、或いはドローンの受信回路を解体しているのだろう。
暫くドローンの前で作業していた隊員が安堵したように右手を上げると、ドローンガンを構えていた隊員達にも安堵したかのように緊張感が和らぎ、構えていたドローンガンの銃身部分を落下した物体から逸らせて、それぞれが定位置へ戻って引き続き上空の警戒任務へ就いていく、爆発物処理班の2人は解体した物体を抱えて車両の荷台へ運び始めている。
その様子を暫く眺めていた俺の背後から
「ここに、いらっしゃったんですね。ジョウジ曹長、司令官がお呼びですのでジープにお乗りください」
と佐世保海軍基地に到着した俺に、基地内を案内してくれた白人の新兵が声を掛けてきた。その声がする方へ振り向いた俺は
「分かった」
と返事をして、新兵が運転席に居るジープへ小走りに近寄り助手席へ乗り込みシートベルトを掛けると、新兵が運転するジープは司令官室がある建物へ向かって動き出した。
司令官室の来客用ソファーに腰掛けている俺の前にいる司令官が
「君が気付いているかは分からんが、先程当基地に対して再びドローンによる攻撃を受けた。ただし、配備が完了していたドローンガンによって当基地に飛来してきたドローンを落下させ、搭載していた爆発物の解体まで終了したので、被害を被ることなく事なきを得たが」
俺は司令官の説明に対して
「その事でしたら、比較的近い場所で目撃しておりましたよ」
落ち着いた調子で答えると
「攻撃に失敗した事で、次の攻撃を仕掛けてくる可能性が懸念されるところだが、何れにしても、攻撃してきた工作員が何らかのアクションを取ってくるのは間違いないだろうから、君には明日の早朝5時から指令書に記載されている内容を実行してもらいたい」
司令官が落ち着いた表情で、作戦実行の命令をしてきた。俺としては、屋外での56式自動歩槍の習熟射撃訓練が出来ていない状態なので、確実性に対する一抹の不安がないではなかったが、俺が所属する第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊の上官からの命令を代理している司令官からの命令に異議を唱えるわけにはいかないので
「了解しました、明日の早朝5時から作戦を実行します」
と敬礼しながら司令官の命令を復唱して、司令官室を退出した。司令官室を退出した俺は、新兵が運転するジープに乗せられて居住施設へ戻る。居住施設に戻った俺は、直ぐに戦闘服を脱いでベッドへ潜り込んで就寝する事にした。予定していた屋外での習熟射撃が実行できなかったには多少の悔いが残るものの、実際に作戦実行のゴーサインが出された以上は、少しでも休息を取って体調をベストな状態にしてミッションに挑むしかないと自分に言い聞かせ、多少の不安を抱きながらも、いつの間にか眠りの国へ落ちていた。
不思議なもので、早朝の5時からミッションを実行する事が頭の中にあるためか4時少し前には目が覚めていた。普段の俺ならば、絶対に目が覚めるような時刻ではないのだが、だかと言って目覚めた気分は悪くはなく、気のせいかもしれないが目の疲れも幾分和らいだように感じる。
ベッドから飛び起きた俺は、昨夜に脱ぎ捨てた戦闘服を身に纏ってから、バックパックの底の方に突っ込んでいた戦闘時の非常食となっているビスケットタイプの包みを取り出す。
1時間後には、指令書に記載されている地点へ移動を完了しなければならないので、優雅に基地の食堂で朝食を摂っている暇がない。手にしている非常食についても3年前にバックパックに入れた物だが、密封されているので消費期限を過ぎていないのだから食べられぬわけではない。それに、これが戦場ならば例え消費期限を過ぎていたとしても空腹のままでいるよりは遥かに良いので、賞味期限とか消費期限等に拘っていられない。
密閉包装されている非常食の封を切って、ビスケットタイプの非常食を口に放り込むが口の中の水分が奪われて飲み込めないので、キッチンへ向かった俺はコップに水を注ぎ、そのコップの水で非常食を胃に送り込んでやる。
それから俺は、バックパックから迷彩フェイスペイントを取り出して顔中に塗り付け、居住施設に置いてあったキャンバス地の大き目なバックに56式自動歩槍と5発の7.62ミリメートル弾を装填したマガジンを収納するとバックを右肩に担いで外出した。
日の出となっていない薄暗い空の下を、徒歩で基地の正面ゲートへ向かって歩いていくと、正面ゲートの10メートル手前で俺の存在に気付いた門衛が迷彩ペイントを施した俺の顔を見て、一瞬ギョとした表情を見せるが、事前に連絡を受けているようで陸軍の戦闘服である事が分かると、門衛の1人がゲートの外側へ小走りで出て行くと基地の前を走っている日本の道路に車両が居ないのを確認して、俺に手招きで急いで来るように合図をしてくる。
その合図を見た俺は、走ってゲートの外に居る門衛の傍まで行くと自らの目でも道路の左右を見渡して、車両や歩行者等がいない事を確認してから道路の反対側にある木立が生い茂る叢に走っていく。
俺が入り込んだ叢の左隣には、佐世保海軍基地の前を通っている道路と交差する舗装路で、佐世保海軍基地から見ると緩い登り坂となっており50メートルほど直進すると左手にカーブして、その先には民間のホテルが建っている。位置的には、佐世保海軍基地よりホテルの方が高い位置にあるのだが、建物の高さ制限があるらしくホテルの部屋から佐世保基地の全体を見渡すことはできない。
飛び込んだ叢の斜面を可能な限り遠巻きにして登り、指令書に記載されているポイントに辿り着くと右肩に担いでいたキャンバス地のバックから56式自動歩槍とマガジンを取り出して、マガジンを56式自動歩槍に装填する。
俺が佐世保海軍基地の司令官から渡された指令書には、今回のミッションにゴーサインが出た時は、俺が今いる場所に待機して目の前ある道路沿いにあるホテルから「外91」と記載された外交官車両が出てきた際に、その外交官車両には別の工作員が車両に時速40キロメートルを超過すると起爆する爆弾をセットしてブレーキとステアリングが効かないようにしているので、その外交官車両に乗車している人間を射殺する事である。ただし、CIA所属の特殊工作員にも同様の射殺命令が出されており基本的にはCIAの特殊工作員が狙撃する事になるのだが、その工作員が狙撃に失敗した場合のバックアップとしての役目を俺が果たすことになる。そして俺が狙撃した場合には、使用した56式自動歩槍から排出された空薬莢は確実に回収して佐世保海軍基地の司令官へ提出するよう命令されている。
待ち伏せポイントに暫く待機していると東から上り始めた太陽の光で、周囲はかなりハッキリと見えるようになってきた。気が付くと俺が潜んでいる地点から基地方向へ30メートル程先の叢に誰か隠れていることを察知した。たぶん、そこに隠れているのがCIAの特殊工作員なのだろう。確かに、CIAの特殊工作員が隠れている場所ならば、走行している車両はカーブを曲がり終えて直進状態となった状態なので、ターゲットを補足してからの射撃ポイントとしては絶好の場所と言える。
叢で待機していた俺が、左の手首に装着している腕時計を見ると時刻が8時を少し過ぎていた。それから、ホテルの正面出入口へ視線を向けると右折のランプを点滅させた車両が出てくるのが見えた。一般道に合流した車両のナンバープレートを見ると「外91」となっているのが確認できる。間違いなくターゲットとなる人物が乗車しているのだろうと、車内を見ると運転席と助手席に東洋人の顔をした男性が居るのが見て取れた。
俺の方へ向かってくる外交官車両が、カーブの手前で一旦ブレーキを掛けてから俺の目の前を通過していく最中に、車両のボンネットの中からボンッという爆発音が聞こえてきた。外交官車両からは、小さな部品が落下しており声は聞こえてこないが、今は俺から車両の後方しか見えないのだが明らかに動揺している風に映る。
操作が自由にならない外交官車両は、徐々に速度を上げて下り坂を降りていくがCIAの特殊工作員は一向に狙撃を行っていない。俺は、やむを得ず56式自動歩槍のチャージングハンドを後方へ引いて、7.62×33ミリメートル弾をチャンバーへ装填して狙撃準備に入った。
自由がまったく効かない外交官車両は、時速50キロメートル程度のスピードで佐世保海軍基地の正面ゲートへ向けて疾走していく。その車両に気が付いた基地の門衛達がM4カービン銃を構えて、車両の状況を注視している。
ブレーキが効かない外交官車両は、50キロメートル以上の速度で佐世保海軍基地の前の三叉路へ突進していく。幸いにも、朝の通勤時間帯にも関わらず他に通行していた車両がなかったので、交通事故を起こすことなく佐世保海軍基地の正面ゲートへ突っ込んで行った。
その瞬間、M4カービン銃を構えている門衛達が大声で「ストップ」と叫んでいるのが見える。俺は、叢で片膝立ちのニーリングという姿勢を取って56式自動歩槍を構えて発砲のタイミングを伺っていた。
外交官車両は、佐世保海軍基地の正面ゲートに設置されている車止めに衝突すると、その弾みで車体が横転して右側面を下にした状態で基地内のアスファルト舗装路を滑走していった。
ガガガッという大きな音を立てて滑走した外交官車両が止まると、運転席と助手席に乗っていた2人はフロントガラスを蹴り外して、横転した車両の外に出てくると血だらけの顔をして両手を上げて降参する意思を示しながら立ち上がる。
それを見ていた俺は、両手を上げている2人の動きが止まった瞬間、それぞれの胸の辺りを狙って56式自動歩槍のトリガーを2度引いた。
射程距離が比較的近いことと、撃ち下ろしの状態だったためか7.62×33ミリメートル弾は狙った所よりも上方の2人の額付近へ着弾し、一瞬赤い霧状の血煙が広がったかと思うと原型を留めないくらいに2人の顔が破裂したように吹き飛んだ。
不法侵入となった外交官車両に乗っていた2人の顔が消失して、仰向けに倒れる様を至近距離で目撃した門衛達が口々に「シット」と叫んでいるのが聞こえ、俺より前方の位置で叢に隠れているCIAの特殊工作員が俺の方へ視線を向けてくるのが分かったので、俺は少しだけ叢の奥へ移動してから56式自動歩槍の右側面にあるセレクターレバーを操作して安全装置を掛け、次いで30発の7.62×33ミリメートル弾が装填できるバナナ型のマガジンを外してキャンバス地のバックに、56式自動歩槍と一緒に仕舞う。
それから、四つん這いになって56式自動歩槍から排出された空薬莢を探し回って、見付けた2発の空薬莢は戦闘服の胸ポケットへ入れる。指令書に記載されている内容を一通りやり遂げた俺は、その場を静かに去るが正面ゲートでの騒ぎが収まる夕方までは佐世保海軍基地へは戻れないだろうと判断して、木立の中で大人しく時間が過ぎるのを待った。




