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スカイダイビング中にパラシュートが開かない

作者: 後谷戸隆

 スカイダイビングなのに一向にパラシュートが開かないので死を覚悟した。


 これはもう仕方がない、家に電話して「最後のお別れ」をしようかなとスマホを操作すると、飼い犬の「ポチ」が電話に出てきて「わんわん」と鳴いた。


「ポチ、ちょっとお母さんに代わってくんない?」と言うと、


「お母さんは編み物で手が離せないのでポチが聞きますよ」とポチ。


 それで仕方ないから今わたしが陥っている状況と、それから通帳はタンスの裏に貼り付けてあるから今後はそれを使って食いつないでくれというような話をポチに伝えていると、


「お父さん、もしかして今、死にかけてます?」とこわごわ聞いてくるポチ。


「うん、実はそうなんだ。スカイダイビング中にパラシュートが開かなくなって」


「えーっそんな……」と声を震わせるポチ。


 しまった。犬だからわかんないだろうと思って自由に喋ってしまったのが裏目に出たのだ。


「お父さんとはもう会えないんですか?」


「うん、残念ながら、その可能性が高いよ」


「なんたること……」と絶句するポチ。


 ああポチを悲しませてしまった。詳細は伏せたままにしておけばよかったなと後悔していると、電話口の向こうでポチがぶるぶるっと頭を振ったような音がしたかと思うと、


「お父さん、ご安心ください。今からポチが助けに参りますので!」と言ってくれるポチ。わたしはポチの心遣いに心がほっこりして、


「ありがとう。その気持だけでうれしいよ」とお礼を言うと、わたしの発言をお世辞だと思ったのか、


「いえ、助けに行きます。絶対に絶対に助けに行きます」とスマホを咥えて駆け出したらしいポチ。


「ポチ、ちょっとあんたどこ行くの」とお母さんの声が後ろでしたけれども、それをものすごい勢いで振り切ってポチは表へ飛び出していったらしかった。


「ポチ、あの、うれしいけど、お母さんがいるんだったらお母さんとお話したかったんだけど……」


「それは家に帰ってからにしてください。ポチがいま助けに向かっています!」


 ポチは一目散にわたしの落下予想地点まで走ってきているらしい。ポチがわたしを助けようと粉骨砕身してくれるのは本当にうれしいのだけれども、


「一体どうやって助けるつもりなんだい?」と肝心要のところを尋ねると、


「よくぞ聞いてくださいました」と誇らしげに言うポチ。これはなんか「策」があるぞという口ぶりである。


「よろしいですか。高速で落下してくる物体のスピードを殺すのに、なにかをぶつけて軌道を変えると、その結果地面にぶつかる衝撃が少なくなる、という物理があるのですよ」とポチ。


「なので、ポチがお父さんの落下ポイントに先回りし、お父さんに体当たりを食らわすことで、地面に激突するのを防ごうという作戦なのです!」


 ポチは勇ましくもとんでもないことを言うのだった。わたしは慌てながら、


「よしんば、よしんばだよ、ポチがわたしの落下ポイントに間に合ったとして、そううまく体当たりができるものかな?」と首をひねっていると、


「お父さん、ちっちっち」


 ポチは含み笑いをしながら言った。


「ポチは「飼い犬フリスビーキャッチ大会」の三連覇犬、という事実をお忘れではありませんか?」


「あっ、そうだった」


 そうなのだ。ポチは自分で言うくらい、フリスビーをキャッチするのがうまいのだった。


 にわかに期待が高まってくる。これはもしかするぞ、と思っていると、


「ご納得いただいたところで間に合いました。今、お父さんの落下ポイントにランデブーしたところです」


 地面を見た。たしかにそこにはポチがいて、落ちてくるわたしに向かって「はっはっは」と尻尾を振っているではないか。


「えっ、速い、本当に間に合ってる!」と興奮するわたし。


「犬ですからね! さあお父さん! これからポチがお父さんに体当りを敢行いたします!」とポチ。わたしはちょっと不安になって、


「体当たりって、どのくらいの速度だい?」とおそるおそる尋ねると、


「お父さんの体重を仮に80キロ、落下速度を秒速55メートルと見積もりますと、ポチがお父さんに向かって秒速36メートル程度の速度で体当りすれば、お父さんの致命傷は避けられる寸法ですね!」


「賢い犬だなあ」


 でも秒速36メートルといえばなかなかの勢いである。ぶつかった衝撃であばら骨とかが折れないか心配だと思ったけれども、地面に激突して全身の骨がジグソーパズルみたいになってしまうよりはましだろう、と思って覚悟を決めて、


「よし、よろしく頼むよ、ポチ!」とポチに向かって叫んだ。


 ポチは、「お任せわん!」と一声微笑んだかと思うと、そのまま地面を蹴っ飛ばして、わたしに向かって飛び上がってきたのだった。


 シャーペンの芯みたいに骨は折れたが一命は取り留めた。


 わたしはポチの呼んでくれた救急車で運ばれて入院して、それからしばらく経って元の生活に戻ることができたのだった。


 今日はポチと散歩をした。わたしの前をおしりを振りながら歩いているポチを見ていると、生きてまた散歩ができるのが不思議だなあという思いがむくむくと湧いてくるのだけれども、いやいや、と思い直した。これもみんなポチのおかげなのだから、まったく不思議なことではないのだ。


 わたしがここでこうしていられるのも、ポチが秒速36メートルでわたしに体当たりをしてくれたからだし、フリスビーのキャッチがものすごくうまいおかげだったし、わたしを助けようと必死に走ってきてくれたからなのだ。


 奇跡だとか、偶然だとか、そんな言葉で片付けてしまってはポチに申し訳なかった。みんなみんな、ポチが頑張ってくれたおかげなのだった。


 その思いに胸をいっぱいにしながら立ち止まってポチを眺めていると、不思議そうにポチが、「どうかしましたか、お父さん」と、さっさと歩いてほしいという雰囲気を出しながら尋ねてきた。


 朝焼けの光と風がポチの背中を風に揺れる稲穂のように輝かせていた。


 その光を見つめながらわたしは「なんでもないよ。ありがとう」と言ってポチを撫で回すことにする。


 これからも、たぶん、ずっと、そうすることだろう。

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