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祭りの日




 神社の境内にある青いベンチにすわっていた。遠くから盆踊りの太鼓の音がきこえてくる。神社は小高い丘のうえにあって、そこからでは櫓と出店、カラフルな提灯がみえた。それでも、境内は人がすくなかった。二、三のカップルがちらほらいるだけであった。


 というのも、夜の境内には迷信がいくつかあった。神隠しにあったり、知らない子供が立っていたり、どこからかたくさんの声がきこえてきたりする。そんな迷信のせいか、祭りの夜となっても人が近寄らなかった。この境内で祭りがおこなわれたことはいちどもなかったし、明るい日でも人のすくない寂しい場所であった。


 ちかくでカップルがヒソヒソ話す声がきこえる。太鼓の音が徐々にとおくなってくる。


 目を開けると、境内では着物をすがたの人たちが円をつくって焚火をしていた。だれしもが赤黒い顔をしてひどく痩せている。ボロボロの着物は、テレビでみるようなものではなく絵巻物を連想させた。僕はわけもわからずにただその場に立ちすくんでいた。


 彼らはそんな僕には無関心に、焚き火にむかって祈るように手をあわせていた。そして、口元でなにやら呟いている。手を合わせている女と小さな男の子がいた。親子なのか、その母親らしき人は手を合わせたまま動かなかった。子供はその母親の着物をそっと握って、あたりを怪しげに見渡していた。その子供と僕の視線がぴったりとあった。すると僕は金縛りにあったかのようにうごけなくなった。なんだか僕はきゅうに恐くなって、この知らない場所に縛りつけられるような不安をおぼえた。変な汗が顔からでてきた。僕は恐怖のあまりに目をとじた。それから、必死に身体をうごかそうともがいた。


 目を覚ますと、僕の顔をメブが覗きこんでいた。彼女の手が僕の肩のうえに置かれてあった。


「すごくうなされていたから」と彼女は心配そうに言った。


「変な夢をみたんだ」


 メブはキャップを被っていた。顔に影ができて表情が見えづらかった。


「いやな夢だったの?」


「不思議な夢だよ。たいしたことじゃない」


「そう」と彼女は言ってから「じゃあ、行こうか」と立ちあがった。

 僕は彼女につられるようにして境内からでていった。


 太鼓の音がずいぶんちかづいていた。空にはカラフルな提灯が吊られていてその淡い光とちがって、出店のオレンジの電球は眩しいほどだった。メブは綿飴をなめながら、僕の横をあるいていた。


「ひどい女だとおもっているでしょ」


「おもってないよ」と僕は答えた。


「あんなことする女は嫌い?」


「わからない、耐性がないんだ」


「きっと嫌いになるわ。でももうやめる。ずいぶんお金も溜まったし。ねえ、私のこと汚いとおもう?」


 僕は首を横にふった。彼女は僕のからだに触れる距離であるいていた。


「綺麗な人間なんていないんだ。僕たちは綺麗なままでは生きていけない」


「K君は許してくれるとおもう?」


 僕はK兄さんの顔を思い浮かべた。そこの彼は、優しく微笑んでいた。

「きっと許してくれる。K兄さんはだれも責めたりしない。彼ほど人の痛みに敏感な人間はいない」


 メブは微笑むと、僕の肩に寄りかかってきた。我々は出店の通りをすぎていた。


 僕たちがゴリガキにむかう森のなかへはいっても、太鼓の音は微かにきこえてきた。夜の森のなかは不気味で怖かったから、太鼓の音がきこえるだけで気分がかるくなった。慣れた道でも、ひとつ間違うと迷ってしまいそうなくらい暗かった。


 戦没者記念碑が見えると、すこしほっとした。我々は記念碑の前でお辞儀をして「この場所に立ち入ることを許してください」と手をあわせてねがった。


 森をでると大きな満月がでていた。海面には光が反射して、光の道ができている。星々は黒い絨毯のうえにいくつも散らばっているようであった。我々は砂浜に腰をおろして、無言でその空を見上げていた。

 静かな時間がすぎていった。すると、くらい海から魚の跳ねる音がした。


「K君と初めてクリニックで会ったとき、彼は私の顔をじっとみたの。そこには大人ばかりで、子供は珍しかったから」


「K兄さんはよく幻聴に悩まされていた」


「そう、でも彼はそんな素振りを私たちにはみせない。きこえてくる幻聴の内容を面白おかしく私たちに聞かせたりした。すごいよね」


「家にいると、壁から知らない人の声がして僕を脅してくる。まったく、トイレでウンチをしているときもだから参っちゃうよ。とか言ってた」


「ほんとうはすごく怖いくせに」


「おそらくK兄さんは、ずっと生きていたかったんじゃないかな」


 満月が雲におおわれて、あたりが暗くなった。彼女の表情が見えなくなった。さざ波の音がきこえてくる。


「私も死ぬのかな」


「君だって生きていたいはずだ」


「ときどきわからなくなるの。意識が身体から離れて、言うことをきかなくなる。心ではどんなにいやがっても、身体から言うことをきかない。離れているうちはまだいいの。でも、身体と意識がもとの場所に戻るとき、それぞれの記憶がごちゃまぜになって、感情が波のようにおしよせて、どうにもならなくなるの」


「辛いなら、僕がちかくにいる」


「みせられないわ、あんなすがた」


「ナナさんもいる。君を誰よりも大切におもっている。すくなくとも僕たちは、君と長く生きていたいとおもっている」


 彼女が僕の肩に寄りかかったとき、雲がはれて月の光が我々を照らした。僕はその綺麗な月を眺めていた。隣で彼女はすすり泣いていた。僕は彼女の華奢な肩に手をまわして、優しく抱き寄せた。また静かな時間が流れはじめた。



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