最後の旅行3
「寒い夜だったわ。新月で外は真っ暗で、風が通りすぎるおとがしていた。布団は陽射しのにおいがしていた。それから、メブは急にあなたの話を始めたわ。あなたとキスした話。それを詳しく話すから、どうしていまになってそんな話をするのって聞いたの。だって、手をどこに置いて、自分がどんなに興奮していたかや、それがどれだけ素敵だったか熱心に話していたからね。それまであの子は、サイトウ君とどこまで進んだかなんて話さなかったから。もちろん私たちは、ある種の療法のようなことでセックスの話をすることはある。でもあの子はそういうのは恥ずかしがってあまり話さないタイプだった。それなのに急にベラベラ話しだすものだから、驚いたの。
「ただなんとなく話したくなっただけよ」とメブは言ったの。「ナナさんが聞きたくないのなら話さないけど」
話したいことがあるなら全部話しちゃいなさい、聞いてあげるからって私は言ったの。
「彼とキスをしたとき、苦しくて仕方がなかったの」とメブは言ったわ。「初めてじゃないし、ただのキスなのに苦しくて悲しかったの。涙が自然に流れちゃうくらい。でも、だんだん頭のなかが暖かくなって、とろけちゃいそうになるの。このまま、この人とずっとこんなことをしていたいと思うくらいに」
「そんなによかったのなら、サイトウ君と一緒になって、毎日やっていればよかったのに」
「それは駄目なの。ナナさん」ってメブは言ったの。「私にはわかるの。それはただの錯覚で、二度と戻ってこない感覚ってことが。なにかの手違いで一度だけ起こったことなの。それから何度か私たちはきすをしたけど、なにも感じなかったの」
もちろん私はちゃんと説明したよ。そういうのは若い女性にはよくあることで、年を取ればなんでもないことだって。それにいちど上手くいったなら心配することはない。私だって学生の頃はいろいろ悩んだり大変だったからわかるって。
「そうじゃないの」とメブは言ったの。「私はなにも心配していない。ただ私はもう誰にも私のなかに入ってほしくないの。もう誰にも乱されたくないだけなの」
僕はビールを飲んでしまい、ナナさんは二本目の煙草を吸ってしまっていた。ナナさんはすこし迷ってから三本目を咥えて火をつけた。
「それからメブはしくしく泣き出したの」とナナさんは言った。「私はベットに腰かけて頭を撫でて、大丈夫、なにもかも上手くいくからって言ったの。あなたみたいな綺麗で頑張りやな女の子が幸せになれないはずはないの。メブの顔が涙でグシャグシャになってたから、私はタオルを持ってきて顔を拭いてあげたの」
「それで」と僕は言った。
「抱いてほしいってメブは言ったの。こんな泣いている子を抱けやしないって言ったけど、これで最後だからって言うんで抱いた。それが終わると、彼女はぐっすりと眠った。すごく可愛い顔をしていたわ。なんだか生まれてこのかたいちども傷ついたことのないようなあどけない顔だったわ。それを見てから、私も安心して眠ったの。
朝、目を覚ますと彼女はいなくなっていて、荷物もなくなっていた。家に帰ったのだろうと思ったの。机の上には置き手紙があって『相談にのってくれてありがとう。嬉しかった。お礼にこの服をあげます。大事に着てください』って書いてあったわ」
ナナさんはため息をはいて、灰皿に煙草を捨てた。
「なにか飲みますか」と僕は言った。
「ありがとう」と彼女は言った。
僕は湯を沸かしてお茶をいれ、椅子に戻った。もう夕暮れに近く、陽の光はずいぶん弱くなっていた。僕はお茶を飲みながら暗闇に包まれていく砂浜を見下ろしていた。
「それからしばらくして、警察に事情をきかれたの。きくたって大したことはきかれなかったよ。殺人ってことははっきりしていたから。ひととおり形式だけのような感じ。警察が帰ると私はすぐにあなたにメッセージを送ったの」
「寂しい葬式でしたね」と僕は言った。「ひっそりとして、人も少なくて。家の人はメブの祖母だけで、親戚の人は、メブが死んだことをどうして知ったのか、そればかりか気にしていて。きっと周りにメブのしていたことを知られたくなかったんですね。本当は葬式なんていくべきじゃなかったんです。僕はそれですごく落ち込んで、ゴリガキの砂浜なんか行ったんですよ」
「あなたがもしメブの死にたいして痛みのようなものを感じているなら、あなたはその痛みを残りの人生をとおしてずっと感じ続けなさい。そしてもしなにか学べるなら、そこからなにかを学びなさい。でもそれとは別にあなたはあなたの人生を生きなさい。あなたの痛みは、あなたの進む人生とは関係ないもの。つらいだろうけど強くなりなさい。もっと成長した大人になりなさい。私はあなたにそれを言うためにわざわざここまで来たの」
「ナナさんの言っていることはわかりますよ」と僕は言った。「でも僕にはまだその準備ができていないんで。あれは本当に寂しい葬式で、人はあんな風に死ぬべきじゃないですよ」
ナナさんは手を伸ばして僕の頭を撫でた。「私たちはそんな風に死ぬの。私もあなたも。もう寂しい葬式のことは忘れなさい」
僕は小さく頷いた。
ナナさんは僕を抱きよせた。「ねえ、サイトウ君。私とあれをしようか」とナナさんが耳元で囁いた。
「どうしてですかね」と僕は言った。「僕もおなじ気持ちなんです」




