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1.おにぎり-1

「今日のおにぎりは何だろうねぇ」


 夜21時。閑静な住宅地にある大学構内は未だちらほらと明かりが点いている。

 昼間であれば広々とした芝生エリアは生徒たちで賑わっているが、今はふたつの人影しかない。外灯が煌々と光るベンチの下で、アルミホイルに包まれたおにぎりが照らされた。


「おかか」

「なぜ先に言う。食べてからのお楽しみにしようと思っていたというのに」

「変に期待持たせるもんじゃねーと思ったからだよ」


 黒髪の男――安堂命あんどうみことが怠そうに答える。

 おにぎりを渡されたのは赤髪長髪の大男。岩のように大きいアルミホイルを丁寧に剥がす。すると、中から黒光りするおにぎりが頭を出し、目を輝かせた。


「これはなかなかそそられるビジュアルをしてるね。……では、いただきまーす」

「……ん」


 ミコトは自身が握ってきたおにぎりを美味しそうに頬張る男を横目に、手元のおにぎりを口に運ぶ。そしてぼんやりとこの赤髪の青年――ルジェドとの出会いを思い返した。


 訳あって21歳から夜間制の大学に入学したミコトは、放課後に自炊弁当を食べていたところをルジェドに声をかけられた。それまでのルジェドへの印象はたまに大学内で見かける西洋系の外国人といった程度だったが、なんとなくのイメージとして『世間知らずの坊ちゃん』という印象が強かった。ゆるくウェーブのかかった赤い髪をひとつにまとめ、しわのないシャツにカーディガン、夜にそぐわないサングラスを掛けている。ちぐはぐなファッションをしているが、立ち振る舞いや所作、言葉選びは育ちの良さを感じられるものだった。


「あんたも毎度よく飽きないね。オレの握った冷や飯ってそんなに美味い?」

「最高だ。ミコトから貰った食べ物で不味かったものなどひとつもないよ」

「あーそお。そりゃ光栄です」


 ミコトとルジェドとの初接触はもう半年前のこと。当時ミコトから見た第一印象は最悪だった。ルジェドから向けられた最初の第一声は『こんばんは。どうかそのおにぎりを買い取らせてもらえないかな』だったからだ。毎晩講義後に、人目から隠れるように暗い広場で自炊弁当を食べている姿を認識されていた時点で癇に障った。苦学生であるミコトは己を馬鹿にしているのかと内心腹が立ったが、話をしていくうちに『世間知らずの坊ちゃん』という印象が日に日に強くなっていき――大概のことは気にならなくなってしまった。何より、ルジェドという人物は謎が多く、端的に言って変人だった。


「ところでさ。血と金を交換してくれる場所があるって噂、知ってる?」

「……物騒な噂だねぇ。そんな話、どこで聞いたの」

「別に。この前電車乗ってたらそんな話をしてる連中がいたから」

「悪シュミな話だなあー」


 電車で聞いたというのは嘘である。この話はミコトが夜のバイト中、店にきた客が話していたのだ。


「海外の映画で、医療用の献血をするとお金がもらえるっていうのは観たことあるけど。流石に今の日本じゃあ、ないんじゃナイ?」


 ルジェドが美味しそうにおにぎりを頬張りながらそう答える。冷えた白米は不思議と甘く、包まれた鰹節は風味豊かにルジェドの口内に広がった。


「そう。……まあ、別にどうでもいーんだけど」

「え、なに。もしかして興味あるの?」

「そんなんじゃねーし。てかオレもうバイト行くから、ゴミはちゃんと捨てとけよ」


 手元のおにぎりを口に詰め込み、ミコトはベンチから勢いよく立ち上がる。するとすかさずルジェドがミコトの服の裾を掴んだ。


「ぐえっ。んだし」

「コレ、おにぎり代」


 白くしなやかな指先が、五百円玉を差し出す。鈍い光を放った硬貨にミコトは眉間に皺を寄せた。


「あのさあ。何度も言ってっけど、金はいらねーって言ってんだろ」

「材料費かかってるでしょ。これくらいたまには受け取ってよ」


 ルジェドが甘く微笑む。サングラスのせいで表情は読み取れないが、その厚い唇は機嫌よさげに上がっている。


「このお金で、次のおにぎりにはステーキとか、天ぷらを入れてきて!」

「オレはあんたのシェフじゃねーぞ?」


 斜め上のルジェドの要望に、ミコトは内心半ギレになりつつ、半笑いで躱した。


 友達との間に金のやり取りは作りたくない。そんな言葉がミコトの喉元まで出かかる。だが、その答えをぐっと呑み込み、一歩踏み出した。


「あんたみてーな、しみったれた大学生から金が取れるかよ。さっさと帰ってマス掻いて寝ろ」


「ミコトはつれないなあ。バイト、気を付けていってらっしゃい」


 遠ざかっていくミコトの耳に、ルジェドのあっけらかんとした声が響いてきた。




『友達』という存在を作らなくなったのはいつからだったか。ミコトにとってはそんなの思い出すまでもない。だが、思い出さなくていい。

 夜の繁華街を抜け、赤い看板が下げられた店の奥に入っていく。そしていつものロッカーに、いつもの制服。丈の短い黒のベストに同じ色のホットパンツ、極めつけに蝶ネクタイとうさぎの耳を着け、薄暗いラウンジへ繰り出した。


「ミミちゃん、今日も可愛いねぇ」

「ヤナセさん、ご指名さんきゅー。今晩もよろしくどーぞ」


 大学のあと、夜の店である男版バニークラブへバイトに行くのが日課だった。

 ミコトは昔から異性同性関わらず好意を持たれることが多く、その特性を『武器』にできる仕事は肌に合っていた。

 だが、女性相手の仕事は気が引けた。女性と話すとなると会話に気を遣うが、同性である男が相手であればだいぶ気が楽だ。母親と暮らした記憶がほぼなく、かつ異性と親密な関係になったことがないミコトからしてみれば、女性との会話は未知の世界でしかない。それどころか、どことなく女性に対して畏怖の感情すら抱いている。比べて、男性であればある程度粗相をしたとしても許されるという根拠のない自信があった。


「ミミちゃんは本当に肌きれいだねえ。イイものばっかり食べてるんでしょ?」

「まあ、それなりに」


 近所の八百屋でたたき売りされている、色が黒ずみ始めた野菜を適当に煮込んで食べている。あれは栄養価がそれなりに高いだろうな。と内心思い耽る。


 男相手の水商売は内容の割に稼ぎが良い。適当に相槌を打ち、度々降りかかるセクハラをあしらっていればいいのだから。


(そういえば最後にルジェド以外とメシを食ったのっていつだったか……じいちゃんばあちゃん、か)


 ふと、父方の祖父母の姿がミコトの脳裏によぎる。10代の頃、東京でひとりなんとか生きていたミコトを、遠く離れた愛媛の実家に連れ帰ってくれた。そんな2人への孝行がしたくて、良い職に就こうと大学へ進学したが――


(正直、今は生活していくのだけで精一杯だ)


 学費ももちろんだが、それよりも今は借りている部屋の更新が近い。その更新費用のことを考えると、自然とラウンジに出る回数も増えていた。


(どうすっかな。この人から聞いた血を売れる場所があるって話が本当なら、どうにかできるかもしれねーけど)


 目前でご機嫌に酒を飲む男を見やる。この『ヤナセ』という男は一昔前のギラついたファッションをした男で、羽振りの良い常連客だ。月に何度かラウンジに訪れてはミコトを指名する。比較的綺麗な飲み方をするのでミコトは嫌いではなかったが、スマホでのメッセージのやり取りがやたらとしつこい点は苦手だった。


(この前海外旅行に誘われた時は、避けるのめんどかったなー。正直トークでやり取りはしたくねえけど、血売る話は聞き出したい)


「ミミちゃん。この前話した旅行の件だけど。マジメに俺とどっか行かない?」

「旅行ねえ。海外だっけ?オレ、パスポートとか持ってないよ」

「だいじょうぶ!そう言ったのもフォローするに決まってるじゃん!」

「そー。……ところでさ、前に話してたあの『血の話』だけど」


 言いかけたその時、ふと、ヤナセを挟むようにして座るキャストが目に留まった。




不定期連載になります。

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