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<序章>:~運命の子~であり、~運命を覆す子~

 

 ここが、本当のプロローグとなります。


 ヒーローを目指す者の物語。ご覧ください。






ーーー創世歴2263年・4月21日ーーー




 ある病院の分娩室前、男の子の元気な産声が響く。


「お父様、元気な男の子ですよ~~!!おめでとうございます!」


 部屋の前で待っていた30代前半の男性が、その吉報を聞くや否や眼鏡を外し、体を震わせて歓喜の涙を流す。

 その号泣振りには周囲の看護師が心配するほどであったが、彼が喜びのあまりに流しているのだと知り、相当嬉しかったのだろうと理解し、取り敢えず落ち着かせながら喜びを共有する。


 少し時間が経ち、入室許可が出ると、男性は一目散に妻と我が子が眠るベッドへと向かう。


「テセアラ、……ありがとう……。僕に……、私に、子どもを…………授けてくれて……!」


 ベッドに眠るミドルロングヘア―の女性は、前髪の上側にリボン付きのカチューシャを飾り、左隣には夫婦の初の我が子が眠っている。

 テセアラと呼ばれた女性は、歓喜の涙を流しつつ感謝の言葉を述べて近付いてくる夫へ柔らかな笑みを見せた。


「ティアック君……、泣き過ぎだよ~。嬉しいのは分かるけれど、流石に凄い顔になっているから……」


 テセアラは夫・ティアックの泣き顔に冗談交じりのコメントを返しつつも、彼がここまでの表情をする<理由>には気付いている……否、知っている。


……彼の、ここまで歩んだ時間は決して楽なものではなかった。

 彼の積んできた苦労はあまりにも重く、簡単に報われるものではなかった。

 特に、女性が極めて優位になっている「女尊男卑社会」では、尚更。


 その苦労を身近で、半ば強引に同棲生活にまで持ち込んで10年以上見てきているから。


 体を起き上がらせて、近くのハンカチで涙が止まらないティアックの両目を優しく拭い取る。


「歓喜の涙でも、もう泣き止んで、ティアック君。……私達の子が、あなたに抱かれるのを待っているよ?」

「……うん……」


 漸く落ち着いたティアックはテセアラに促され、目を開いた赤ん坊に恐る恐る手を伸ばしつつ、その右手が我が子の小さな手で覆われて「抱き上げるのを許された」のを理解し、そっと背中から両腕で掬い上げ、ゆっくり、ゆっくり……抱き上げる。


「<待っていた>よ……。そして、産まれてきてくれて……ありがとう……!」


 抱き上げた我が子は、3キロと少しくらいの重さ。

 運動が得意ではない彼でも十分に抱き上げられる。……故に、儚い命。


「……そうだ、テセアラ。……名前、だけれど……」

「……うん」


 テセアラの、母親の眠るベッドへとそっと降ろし、ティアックが恥ずかしそうに頬をポリポリ搔きながら話題を変える。


「予め、相談していた訳だけれど……、男の子の名前として考えていたものがあるんだ」

「……ん、……どんな名前が出てきたかな……?」


 ベッド上で我が子と共に、視線をティアックに向けるテセアラ。


 背広を左腕に掛け、ゆっくりと呼吸をしてティアックは口を開く。


「この子には、みんなを導き、時にみんなから助けられながら進む存在……船の<帆>の様であってほしいと思っているんだ……。帆は、他国の言葉で<Sail(セイル)>という」


 セイル、という名前。

 響きも良く、意味合いとしても上手く釣り合った名前だと、テセアラは納得した。


「セイル……、いい名前だね。……ぼうや、今日から君の名前は<セイル>だよ~~。よろしくね、セイル……」


 我が子は、セイルと名付けられ、この日<セイル・ツクモ>が誕生した。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 







ーーー創世歴2273年・6月18日ーーー


 


 セイルは両親の愛を一身に受け、時に厳しく、時に優しく、様々な経験を積んで、聞き分けの良い子へ健やかに育っていった。


 そんな彼は、母親の髪型と父親の髪色を受け継ぎ、優しい心を持つ少年となり、その中で一つの夢を抱くようになる。


ーーー<英傑になりたい>……と。


 母・テセアラの若かりし頃の英雄譚を聞かされ、尚更、彼はこの思いを捨てることが出来なかった。


 何故ならば、セイルにとって英傑とは、「選ばれることさえあれば誰にでもなれる」人々を救う正義のヒーローという認識だった。


…………あの時が来るまでは。


 そして、両親がついぞ打ち明けることが出来なかった、世界の残酷な現実を……。




 6月18日の夕方。


 学校の初等部が終わり、生徒は皆、帰路へと着く頃。


 セイルもまた、いつもと変わらず両親の元へ学校であったことを色々と嬉しそうに話してくれる……筈だった。

 

 その日は、いつもと違って土と泥にまみれ、顔や身体にも擦り傷や打ち身跡もあった。


 ティアックは研究者、テセアラは非常勤の学校教師であり、この日はたまたま自宅にいたので彼の異変に気付くのは早かった。


 そんなボロボロの姿で涙ぐむセイルの姿は、……二人にとって、とても辛いものであった。


 急いで傷の手当てをし、お風呂で体を綺麗にしてから、事情を本人に確認することにした両親。

 入浴中、ティアックは二人風呂でセイルに女性には聞き辛いことがあるかもしれないと思って、優しく説明を求めたが、セイルは口をつぐんだまま。結局、風呂上がりに居間で再度説明を試みることになった。


 そして、二人に優しく促されてセイルから漸く開かれた言葉は……、


「…………おとうさん、……おかあさん……。どうして……!」


 涙をボロボロと落とし、悔しそうな、そして悲しそうな感情を一気に吐き出していくセイル。




「…………どうして、<英傑>は……女の人にしか、なれないの……!?……ねえ、…………どうしてなの…………?」




「遂にこの時が来てしまった」と、二人は頷くことなくセイルの言葉を飲み込み続ける。


 事情を聞いてみると、こういうことだ。




 今日この日、セイルのクラスでは「将来の夢」に関する授業があり、現実の事情抜きでどんな仕事に就きたいか、どんな存在になりたいか……ということを聞かれたのだという。


 この時、セイルは堂々とこの時、<英傑になりたい>と宣言したという。


 若かりし頃の母・テセアラが、「英傑の経験者の上、伝説的な活躍をした英雄であった」という話もセイルの目標として拍車をかけることになった。


<英傑>とは、いわば国や宗教に捉われることなく、世界平和の為に戦う「選ばれし防衛者」のこと。


 英傑になれば、この世界で神と呼べる存在「御柱(みはしら)」の代行者・神託者から力の加護を受けることで超人的なパワーと魔力を以て、力を行使することが出来るようになる。


 そしてそのバック故に、選定が非常に厳しく、通常の軍隊以上に少数精鋭を強いられる存在。

 世間からもアイドルの様に注目される上に競争率が非常に高く、選定対象にとっては「憧れ」且つ「花形」と言ってもいい。


……だが、この宣言は生徒全員どころか、担任にすら爆笑されることとなった。


 セイルはこの瞬間まで、知らなかったのだ。


<英傑>になれるのは、「中等部以上の女性であること」が絶対条件だということをーーー


 この時、セイルは大激怒し、その事実を知らなかったことを馬鹿にした男子女子を問わずに殴り合いの喧嘩にまで発展してしまった。この時、セイルの学年の教室がベランダでなく直接中庭に出られる階だったのが仇となり、文字通りの泥沼の争いとなったのだとか。


 なお、これで一番の問題なのは、担任はこの問題を第三者視点できちんとした言葉でフォローすることなく「生徒と共に爆笑してしまった」という事実。セイルの味方をしてくれた生徒がこの事実を教員側へ報告したことで、後日厳罰に処されることになったのは別の話。


 最終的に第三者側視点の教員が間に入ったことで、侮辱した生徒側が6・セイルが4の有責による喧嘩両成敗で片が付いたものの、セイルにはベットリとしこりが残ってしまった。(授業監視の為のカメラでも判定され、明らかに真っ先に侮辱した側且つ普段から他生徒へいじめを行っていると報告を受けている人物が中心となっていたことが原因となるので、セイルにも暴力を振るった非はあるが名誉を傷付けられたのに変わりはない……という判定となった)




 全てを聞いたティアックとテセアラは、敢えて打ち明けなかった事実のせいでここまでなってしまうとは思ってもみなかった。

 危機感は持っていた筈だったのだが、「今まで幸せ過ぎて」危機感が薄れてしまったということだろう。


……否、ティアックは分かっていた。

 

 いつかは「必ず受け入れなければならない現実」という試練として、セイルには課さないといけなかったのだが、ここまでの状況にまでなったのは流石に罪悪感が残った。


 この時、女尊男卑社会且つ、英傑が女性にしかなれないというルールを絶対と思っている世間一般であれば……この「女性にしかなれないという疑問」を、


「女性にしかなれないのだから、仕方無いだろ。そういうルールなのだから」と、更に叱りつけるか。

 もしくは、

「女性にしかなれない以上、違う道を探してみようよ」と、論点をずらして誤魔化すか。


 のどっちかになるだろう。


 だが、テセアラもティアックもそのどちらかの答えを取ることをしなかった。


「…………セイル、……ごめんね。

 現役の英傑だった私達にはそのルールを覆すことが出来なかった。そして、ティアック君と一緒で、セイルの夢を、私達には否定することが出来なかった。

 弱い私達を……許して……」


 今ある現実を受け入れた上で、セイルを抱きしめて、涙ながらに彼へ謝罪するテセアラ。


「お母さん……。お母さんは、……悪くないよ。悪いとしたら……、それは……」


 まさか涙を流して詫びられるとは思ってもみなかったセイルは、慌てて取り繕ってテセアラを慰めようとする。


 そこにティアックの助け舟が入る。


「それは、……世界のシステムそのものである<神託者>、そして……<御柱>こそが本当に悪い存在だと、言うべきだろうな」


 ここで驚いたのはセイルだ。


「……え?……お父さん、どういうこと?御柱様も神託者様も、この世界にとっては地球の意思そのもの……神様、なんだよ?そこまで悪いって……!?」


 セイルの驚きとは真逆に、先程まで泣いて謝罪していたテセアラもティアックの言葉には静かに同意をしている。


「……セイル。……英傑にこそなれないが、セイルの夢を<本当の意味で叶える方法>を父さんは作れる。

その為には、学校で今学んでいる<御柱が至上の固定観念を捨てる必要>が出てくるが…………、これから言うことを守ることは、……出来るか?」

「お父さん、…………それって、どういうこと……?」


 頭に疑問符が浮かび続けて混乱しているセイルは、自分が尊敬する両親の片割れ・ティアックから思わぬ提案を聞き、動揺する。

 その動揺するセイルに、ティアックは矢継ぎ早に<提案>を続けていく。


「色々と分からないことはあるかもしれないが、……まずは聞いてくれ。

 お前は確かにみんなが言う通り<英傑にはなれない>、だが、その代わりお前が本当に望む<世界を守るヒーローになる>ことなら、父さんの力を添えて可能なんだ。

 その為には、言うことを守ることが前提条件だ。

 一つは、あと5年……いや6年待ってほしい。セイルがヒーローになる為の力を、父さんはその時までにそれを用意すると約束しよう」

「……グス……、……本当に?」

「ああ……。<男と男の約束>だ。…………二つ目、その時が来るまで、心身共に鍛錬を怠らないこと。これは普段セイルが遊び半分でやっている訳ではないから、分かるはずだ。いつものスタンスを崩さない様にという念入れだ。……三つ目、これが肝心だ。…………ヒーローになる為の力について、父さんが許しを出す時が来るまで<一切口外しない>こと」


 ティアックは、約束という形で「ヒーローになる為の力」を提供すると言う。

 セイルは、世界の根幹をひっくり返すような発言をする父に驚きはするが、父の言っていることが間違っているとは到底思えなかった。そして、御柱・神託者の間近にいた英傑経験者である母ですら、父の言葉を理解している。


「僕は、本当に<ヒーローになれる>の、お父さん?」

「ああ、してみせる……。その為には、ヒーローの力は時が来るまで隠さないといけない。……もし、それがバレてしまえば、父さんと母さんはただでは済まないだろう。……勿論セイルも。

……ここは<落伍者達(ドロップアウター)>が中心で済む町だから、そこまで通報することに興味を持つ輩はいないだろうが、秘密は時が来る時まで隠すに限る。

…………セイル、どうだ?……出来るか?」


 話を最後まで聞いたセイルの顔に、既に悲しみの涙は消えていた。


 そこにいたのは、絶望に満ちた少年・セイルではない。




 新たなる決意と目標を手にし、強い思いを秘めて改めて「ヒーローになること」を目指す少年・セイルが……そこにいた。


「うん……!なるよ……。なってみせるよ……!

僕は神に選ばれることなく、自分の意志で<ヒーロー>になってやる……!!」













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー










 そして、少年・セイルの決意表明から時が経ち……


ーーー創世歴2280年・4月3日ーーー




 あの日から、幸も不幸も経験した。


 およそ2年前、最愛の母・テセアラが天へ旅立った。


 母が最期に息子へ残したのは、「カッコいいヒーローになってね。……セイルは、私の、自慢のカッコいい息子だよ」……という、応援の言葉だった。

 この時は父・ティアックも号泣した。男二人、満足のいくまで、泣いて、泣いて、泣き続けた。


「男だから泣いてはいけないなんてルールは無い。男らしくないなどとほざくのは、一方的な相手の言い訳や価値観でしかない。

……だから、泣きたい時は、しっかり泣き明かせば良い。今日は父さんも、彼女を愛している男として、しっかり泣き尽くす。

……そうしたら、また……目的の為に歩き続けよう、セイル」


 父のこの言葉は、男女の価値観を語る上で大事な言葉であり、それが自然に出せた父を、殊更セイルは尊敬することとなった。




 母の死去を受け止め、男二人、願いを叶える為に努力と奔走を再開し、遂にこの日が来た。


 ジパニア地方特有の樹木<サクラ>の樹が、花吹雪を以て、新年度を迎える生徒達を出迎える頃。


 4月3日は、入学式。


 だが、セイルは別の学校からの転入生となるので、新入生でなく「転校生として」ラ・ピュセル・アカデミーへとやってきた。



(遂に来た……。<英傑>の総本山、ラ・ピュセル・アカデミー。…………ここから、僕と父さんの悲願が叶う……!)


 

 とは言え、セイルは転校生の身。

 これからの情報を仕入れる為にも、まずは受付を探さなければならない。


 自分が編入するクラスを知らない以上、誰かに尋ねなければいけないのだが……、

 セイルが一先ず行動を起こそうとしていたところ、


「どうしたの、君?見ない顔だけれど……、新入生はまず玄関のクラス表からだろうし……転校生の方?」


 右のサイドポニーにウェーブをかけた、ラフな着こなしをしている女子生徒が声をかけてきた。




ーーーこの出会いこそ、全ての始まり。


 ヒーローを目指し、希望と共にやってきた少年。

 英傑に選定されず、失意の中でそのやり切れなさを発散できず、苦しんでいる少女。


 英雄となる落伍者達が、集い、力を得、根幹を覆す逆転の物語。




ーーーヒーローに条件などいらない。強い決意と覚悟と共に、勇気を持って理不尽に立ち向かう者。それこそが、ヒーローだ!!ーーー





       第1部・<Dropouters Elegy(落伍者たちの哀歌)>







 天地です。


 今後更新がいつ出来るのか未定ではありますが、気が向いた頃に更新していこうと思います。


……まずは体を治すことが優先なもので……(汗)

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