2-7 糸作り1
本日もよろしくお願いします。
「ミニャ、今日もお風呂入る?」
ご飯が終わり、朝の会が終わろうという時にミニャがそう問うた。
『ネコ太:ミニャちゃんはお風呂が気に入ったの?』
「うん! 楽しかった!」
どうやら気持ち良さよりも、賢者たちやアヒルさんと遊んだのが楽しかったらしい。
『ネコ太:それじゃあ夕方に入ろうね?』
「わーい! モグちゃん、今日もお風呂に入れるって!」
「モモグ!」
夕方の近衛隊の競争率が跳ね上がった瞬間だった。
ついでに、昨日のくのいちたちみたいにミニャと一緒にお風呂に入りたい賢者もおり、木製人形の製作が急かされる。
そんな朝の会が終わり、各々がお仕事を始めた。
本日の注目のお仕事は、ミニャと一緒に行なう糸作りである。
ミニャがお部屋から廊下へと出る。
お家の中に廊下があるのが珍しいのか、ミニャのお気に入りだ。
賢者たちが活発に行き来しており、ただの土造りの廊下なのに活気のようなものがあった。賢者たちにとっても、それはテンションの上がる光景だ。
「なにしてるのー?」
入り口の近くに賢者たちが集まっているので、ミニャは尋ねてみた。
『チャム蔵:おー、ミニャちゃん。ここにお仕事部屋を作るんだ』
「お仕事のお部屋?」
『チャム蔵:そう。最初は倉庫にするつもりだったんだけど、ちょっと予定が変わったんだ』
「へー! あっ、それ、ミニャが朝の会で言ったヤツだ!」
どうやら朝の会で発表した内容を覚えるようになってきたらしい。
『チャム蔵:そうだよ。まあこっちは俺たちがやるから、ミニャちゃんは新しい仕事をやってごらん』
「うん、ミニャ頑張る!」
ミニャはふんすと気合を入れて、玄関から外へと出た。
お庭には、ミニャの腰くらいの高さの物干しが2本あり、その間になにやら見覚えのある樹皮が干されていた。
「ほえー」
ミニャはそれを見て、昨日の夕方はこんなものなかったぞと、ちっちゃな頭でチキチキと考えた。
「これなぁに?」
『ネコ太:これはコルンの木の樹皮だよ。これから糸が作れるんだって』
「はえー、糸かー」
『ネコ太:ミニャちゃんは糸を作っているところは見たことがある?』
「うん! 村のおばちゃんとかお姉さんとかおばあちゃんがやってた。草を取ってきてねー、川の近くの小屋で何かするの。小屋の周りはすんごい臭いんだ」
『ネコ太:へー』
さすが村育ち。ネコ太にもわからない糸作りの工程の一部を知っていた。
『カーマイン:小屋の周りが臭かったのなら、腐敗を利用して繊維を取り出していたのでしょう。植物の繊維は他の部分よりも硬いので、腐敗させると繊維だけ残るんですよ。この工程が臭かったと聞きます』
糸作りの責任者であるカーマインがそう教えてくれた。
それを理解できたのは賢者たちだけで、ミニャにはわからぬ。
そこで、簡単に繊維がどういうもので、物が腐敗するとどうなるのか教えてあげた。
「はー、だから動物は骨だけ残るのかー」
狩人の娘だけあって、植物よりも動物の死体の方が想像しやすかったらしい。
これによって、ネコ太とカーマインの『影響制限:伝授』が10点ずつ上がった。
『伝授』はミニャに何かを教えたり、発想を促したりすると上がり、いまのところ『生産』のようにガンガン上がるタイプの影響制限ではなかった。しかし、本格的に勉強を教え始めたらその限りではないかもしれない。
さらに、最近はモグに何かを教えても『伝授』が上昇すると判明した。この先、ミニャの周りがどうなるかわからないが、人が集まるようなら決して無視できない要因となるだろう。
森林教室が終わり、カーマインが説明を開始した。
『カーマイン:さて、ミニャさん、今日はみんなで糸を作ります』
「はーい!」
ミニャは元気に手を上げてお返事した。
『カーマイン:ここに干してあるのは、昨晩から煮込んで乾かしたものです』
「ふんふん」
『カーマイン:じゃあミニャさん、これを一枚降ろしましょうか』
「わかった!」
ミニャは干された樹皮を一枚降ろした。
それを土塁の近くにある木までみんなで運んだ。
『ネコ太:ミニャちゃん、それじゃあ図鑑を開きましょう』
ミニャは近衛隊に教わりながら『図鑑』を開き、そこから『コルンの糸作り』のページを開いた。
最初の方は樹皮の下処理方法で、後半部分はミニャがこれから手伝う内容だ。樹皮をどのようにするか絵で説明されており、ミニャにもわかりやすくなっている。
「ふむふむ。こっちが外樹皮でこっちが内樹皮?」
『タンポポ:そうだよー!』
ミニャはコルンの樹皮の裏表を学び、説明に書かれている通りにみんなと一緒に作業を開始した。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
【図鑑】→【加工物】→【コルンの糸作り】
執筆者 カーマイン
執筆日 20XX年3月31日
1、『素材の準備』
1:コルンの樹皮は新しくなくてはならない。倒れてから時間が経過している木から採取した樹皮は、糸作りには向かない。この時間の制限は不明。半年ほど経ったであろう倒木の樹皮は使い物にならなかった。また、真っ直ぐに育たなかった木や枝の節がある部分は、この後の作業でかなり使いにくい。
2:灰汁の上澄み液からアルカリ性水溶液を作る。
2、『樹皮を煮込む』
1:大鍋にコップ1杯程度の上澄み液を加え、常温の状態からコルンの樹皮を入れて火にかける。
2:1時間に一度お湯を捨て、手順2-1から3回繰り返す。その際に水温は樹皮の温度と同じ程度から投入する。樹皮と水温が大きく離れていると、その後の作業に影響を及ぼす。
3、『樹皮を乾かす』
1:光か風属性の乾燥の魔法を使う。火属性の乾燥は不可。火属性の乾燥を使うと樹皮が横に裂けてしまう。
4、『外樹皮から内樹皮を剥ぐ』
・
・
・
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
こうして賢者たちが用意してくれた樹皮を使って、お仕事開始。
まずは距離が離れた2本の木に外樹皮の両端を留める。この時、内樹皮が上に向くようにして外樹皮だけをピンと張る。
『ネコ太:ミニャちゃん、石でここをトントンってして』
「よーし、トントン! トントン! ト、トントン!」
ネコ太が押さえている木の釘の頭をミニャがトントンと叩いた。
器用さが発展途上な幼女の手から己の頭よりも大きな石が振り下ろされて、釘を押さえるネコ太はドッキドキ。
釘打ちが終わり、2本の木の真ん中で外樹皮がピンと張られた。
するとどうだろう、濡らした本を乾かしたように、ヨレヨレとした皮が何枚も重なっているのが肉眼でもわかるようになった。これが内樹皮だ。
外樹皮が留まっている木の出っ張りに座ったカーマインが説明した。
『カーマイン:コルンの樹皮は、何時間も煮るとこのように繊維の層が浮かび上がります。ミニャさん、ここから一枚だけめくってみてください』
「うんとうんと。こう?」
ミニャはちっちゃい指でちんまりと内樹皮を摘んでみた。
『カーマイン:ミニャさん、それだと3枚くらい摘んでいますね。よーく見てください。もっと薄くなるはずです』
「うんとうんと。ホントだ!」
ミニャは素直に観察して、内樹皮を一枚だけ摘んだ。
『カーマイン:いいですね! それでは丁寧に剥がしていってみましょう』
ミニャが内樹皮を剥がしてみると、樹皮の横幅そのままの姿でまるで半紙のように薄い皮が剥れ始めた。
「ふぉおおおっ! にゃんだこれ!」
『カーマイン:ミニャさん、そのままゆっくりと向こう側まで剥がしてみましょう』
薄皮を持ったミニャが移動すれば、皮はどんどん剥れていく。
そんなミニャの足下をモグが短い足でちょこちょこついていく。
「あっ!」
途中で端から斜めに破れてしまった。テープが斜めに切れてから真っすぐに切れ始めてしまうことがあるように、ミニャが剥がす薄皮も切れ込みが繊維の変な列に乗って切れ始めてしまった。
『ネコ太:大丈夫だよ。こういう作業は失敗しやすいものなんだから』
「わかった!」
肩に乗ったネコ太がフォローして、ミニャは真剣な顔で続けた。
最後まで行くと、幅約25cm、長さ3mほどの薄皮が取れた。薄さは0.5mmくらいか。途中で破けて斜めになってしまったが、十分に良い結果と言えよう。
「ふぉおおおお、布ができた!」
『ネコ太:まだ布じゃないよ。これじゃあ薄すぎるからすぐ破けちゃうよ』
「そだった。これから糸を作るんだ。でも凄く綺麗!」
ミニャが言うように、薄皮はクリーム色でなかなか綺麗な色合いだった。
ミニャは自分の服の上から薄皮を肩に掛け、やや顎を上げてお澄まし顔をした。新聞紙で服を作るキッズみたいなものだろうか。
オシャレはモグや近くの賢者にも提供され、これから始まるオシャレ革命の日の出の様相。
これには賢者たちも癒し成分が供給過多。心に収まりきらなかった癒し成分はほっぺの綻びとして放出していく。
一方、樹皮の反対側にいるカーマインはポツンとしていた。
存分にキャッキャすると、ミニャはカーマインの下へ戻った。
『カーマイン:ミニャさんが剥がしてくれたその薄皮を細かくすると糸の素ができます。ミニャさんはこれから、この樹皮を同じように1枚1枚剥がしていってください。できそうですか?』
「ミニャねー、こういうの得意!」
という自己申告を受けたので、ミニャに任せることになった。
『カーマイン:ミニャさん、ひとつ注意があります。この薄皮はどういうわけか木の根元側からしか綺麗に剥がれません。つまり、こっちからあっちへ向かって作業してください。逆側からだと剥がれませんからね』
「ふーん。わかった!」
下処理がされた樹皮は3枚あり、他の2枚は賢者たちが行なう。サイズが小人なので地面に葉っぱを敷いて行なわれた。木に留めたのはあくまでもミニャの背丈に合わせてのことである。
賢者たちは2人1組で薄い樹皮を持ち、反対側まで剥がしていく。それを樹皮1枚につき5組ずつで手際よく行なった。
ミニャは真剣な顔で薄皮を剥がしていき、1枚が取れると職人のような目つきで出来栄えを観察した。そして、うむと頷くと、足元にあるツル籠の中に入れていく。職人系幼女だ。
ミニャは歩幅があるので、賢者たちよりも効率良く仕事が進んだ。
ふいに、ミニャを守る護衛たちがウインドウに表示しているチャットルーム『護衛チャット』にサバイバーが書き込んだ。
≪サバイバー:ヘビが出た。退治してくるよ≫
≪ネコ太:マジでございますか!? みんな、サバイバーが抜けるから、警戒を強めて!≫
護衛チャットはその名の通り護衛用のチャットルームだ。
スレッドとは違って以前の書き込みを読み直すには向いていないが、ほぼ余計なことは書かれずに連絡事項だけを速やかに伝えるため、護衛たちは常に開いていた。
ミニャのそばから離れたサバイバーが、あっという間に10mほど離れ、水のナイフでヘビの首を一閃する。そこに慈悲は一切ない。
速やかにミニャの護衛に戻ったサバイバーと入れ替わりで、氷属性と光属性の賢者がやってくる。
氷属性は死体鑑定、光属性は葬送魔法を使うためだ。
■賢者メモ 死体鑑定■
『ドングリヘビ』
・ミニャにとって、毒性なし、薬効あり、食用可。
・滋養強壮が強すぎるため、基本的にミニャには食べさせない方が良い。疲労時に20gほどをスープにして食べさせる程度が良い。また、皮は非常に消化に悪いため食べさせてはならない。
■・■・■
名前からしてドングリを食べていそうなヘビだが、それはそれ。疑わしきはデストロイだ。
それよりも珍しく活用方法が鑑定結果に出た。
【129、北海道:ニーテスト、コイツはどうする? 薬効が高そうだよ】
【130、ニーテスト:家の近くまで運んでくれ。トマトンたちが捌いて、氷室に保管しておいてくれる】
【131、北海道:わかった。食材というか薬みたいなものらしいから、扱いに気をつけさせてね】
というわけで、2人の賢者でヘビを持って帰還。
すると、ミニャがそれを目ざとく発見してズビシと指さした。
「ドングリヘビだ!」
『ネコ太:ミニャちゃん知ってるの?』
「うん、お母さんが村のおばさんによくあげてた!」
『ネコ太:へ、へえ!』
「でもねーえ、ミニャ食べたことないんだ。美味しいのかなぁ?」
『ネコ太:たぶん、お薬だったんじゃないかな? 美味しいのだったらお母さんもミニャちゃんに食べさせてくれたと思うよ』
「はえー……そうかも!」
ネコ太は鑑定結果を知らなかったが、ヘビなので精力剤になりそうだなと予測して、気まずい想いをした。
とまあこんなふうにボディーガードされているとは知らずに、ミニャは一生懸命に薄皮を剥いでいく。
賢者たちは1枚あたり10人5組で行なっているが、ミニャのほうが早い。さすがに「こういうの得意」と言うだけある。
40分ほどでミニャの樹皮からは薄皮が取れなくなった。
『ネコ太:ミニャちゃん、とっても早い!』
『タンポポ:わぁ、あっちなんてまだ終わってないよ!』
「にゃふぅ! ミニャ、こういうの得意なんだもんねっ!」
ミニャはドヤッとした。
『ネコ太:じゃあ頑張ったミニャちゃんはオヤツにしようね』
「にゃんですとっ!」
ミニャはぴょんとジャンプした。
しかし、すぐにまだ皮剥ぎをしている賢者たちを見る。
ミニャは、んーっと目をつぶると、クワッとした。
「ミニャ、まだいい!」
『ネコ太:えっ!』
「みんなと一緒に食べる!」
『ネコ太:あ、あわっ! こ、これが我々の失った心の光……!』
母親がご飯を作っているのにポテチを食べていた自分の中学生時代よりも遥かに偉い!
『カーマイン:それじゃあミニャさん、この樹皮をくるくると巻いてくれますか?』
「わかった!」
カーマインに言われて、ミニャは薄皮を取り終わった外樹皮をくるくると巻いた。
この樹皮もすでに研究されており、細かくして木くずと混ぜてお香にすることで、虫よけの煙を焚くことができた。
また、煮出した灰汁も防虫作用があるのだが、こちらは保管方法がないので断念だ。石で容器を作ることも可能だが、石は吸水してしまうため液体の長期の保管には向かないのである。
ミニャから遅れること10分ほどで、賢者たちの作業も終わった。
従事した賢者たちはヘトヘトだ。樹皮の長さは3mとはいえ、小人サイズだと割と馬鹿にならない距離なのだ。
賢者たちの作業が終わったので、みんなでおやつの時間にした。
やはりいつものプッチン苺だが、最近は氷属性で冷やすことでちょっぴり美味しくなっている。
ミニャはみんなでプッチン苺を頬張り、ニコパと笑うのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




