7-21 賢者たちの巣立ち 前編
本日もよろしくお願いします。
賢者たちはニートが多い。
スカウトが始まったことでその割合もだんだん低くなってきたが、平日昼間に活動できる即戦力としてニート枠というのはある程度用意されていた。……即戦力とはっ!?
8月に入って、そんなニート賢者の一部にいよいよ巣立ちの時が近づいていた。
ある日の夜、ミニャの家の居間にて。
ソファに座って絵本を読んでいたミニャの下へ、ぞろぞろと賢者たちがやってきた。
「なにごと!」
この時間にこんなにぞろぞろとやってくるのは珍しいので、ミニャがネコミミをピンとさせて興味を示した。
覇王鈴木が代表して言う。
『覇王鈴木:ミニャちゃん。お願いがあるんだけどいいかな?』
「むむむっ、なぁに?」
『覇王鈴木:ここにいる賢者たちに、頑張れーって応援してあげてほしいんだ』
「えーっ、なんかと戦うの?」
『覇王鈴木:えーっと、なんというか、その、ここにいる賢者たちはみんな、仲直りしたいんだよ』
ニートを終わらせるために応援してほしいとは言えずに、覇王鈴木はそう言った。
「はえー、仲直りかー。仲直りするのは勇気が必要だもんね」
ミニャは腕組みをしてうんうんとお姉さんぶった。
「よし、じゃあミニャ、頑張って応援する!」
ぴょんとソファから降りたミニャは、部屋の隅に掛けてあるボンボンを手に取った。
ミニャちゃん陛下のスーパーライブがいま始まる!
「賢者様が仲直りできるようにぃー、願いを込めてぇー、にゃにゃにゃにゃにゃー……」
そんな口上を述べながらボンボンをシャラララと振って頭上に掲げ、ピタリと静止。そして、一気に踊り始める。
「頑張れ頑張れ、賢者様! ふぅ! フレーフレー、賢者様! ふぅ! 賢者様が仲直りできますように、頑張れ頑張れ、賢者様!」
ダンス部だったユナとアオが入ってきたことで、なんだか日増しにキレを増すミニャちゃんダンス。
いつもなら一緒になってズンズンとお祭り騒ぎで踊る賢者たちだが、今日ばかりは静かにその光景を目に焼き付けていた。
賢者たちは、自分の人生と仲直りする。
始まりの賢者ヨシュアは20歳のニートである。
イジメられて高校を中退し、心に深い傷を負った賢者だった。
その後に始めたアルバイトでも上手くいかなかった。高校の経験でヨシュアは人間不信になっており、普通の人ならなんとも思わないような注意でも頭が真っ白になって、パフォーマンスを酷く低下させてしまうようになっていたのだ。
負の連鎖に入り、全ての自信を無くしたヨシュアは、部屋に引き籠るようになってしまった。
そんなヨシュアはミニャと出会ってたくさんの勇気を貰い、子供たちの人生から多くのことを学び、友人の賢者と一生懸命働いたり修行したりして、心を治していった。
それでも家族と一緒にご飯は食べられなかった。落ちこぼれの自分が今さらどの面を下げて食卓に座ればいいのかわからなかったのだ。
いまも階下では家族が夕飯を食べており、ヨシュアはその気配を感じながらウインドウで過去動画を眺めていた。
内容はもちろん、ミニャの応援動画。
これからけじめをつける賢者たちのために頑張って踊ってくれた動画だ。
それを見終わった頃には良い時間になった。
ヨシュアは最後に、ひとつの動画を開いた。
『ううん、みんなヨシュアさんはすんごく頑張ってたって言ってた! だから、いっぱいありがとうございます!』
それはお魚獲り班をしたヨシュアが失敗した際に、ミニャが言ってくれた言葉。ヨシュアがもう一度立ち上がるきっかけになった大切な思い出だ。
この動画を見ると、ヨシュアは何度だって立ち直れるような気がするのだった。
動画を見て、ヨシュアは「行こう」と呟いて自分を奮い立たせた。
夕飯が終わった気配を感じて、ヨシュアは部屋から出た。
トントントンと階段を降りる音を聞いたのか、階下から聞こえる雑談の声が止んだ。
居間のドアを開くと、そこには母親と父親、そして1つ年上で大学生の兄の驚いた顔があった。
「父さん、母さん、それに兄さん。久しぶりだね」
「よ、ヨシアキ? ……本当にヨシアキか?」
父親が喉から絞り出したように言った。
この数か月、家族はヨシュアの顔を見ていなかった。
部屋の前に置かれた食器と下着だけが、ヨシュアの生存を知らせていたのだ。
だから、ネットやテレビで報じられているような、風呂にも入らず垢塗れで、淀んだ瞳をして痩せ細った息子を想像していたのだ。
それなのにどうだろうか。
髪は後ろで結べるほど長いものの綺麗に整えられ、瞳は生気に溢れて輝き、体は身長こそ低いが細マッチョ。引き籠る前よりもビシッとした姿の息子がそこに立っていたのだ。
「う、うく……」
その姿を見ただけで母親は涙ぐみ始め、ヨシュアを若干怯ませた。
「とりあえず、座れ」
父親に言われて、ヨシュアは兄の隣に座った。
「部屋で筋トレでもしていたのか?」
「まあそんなところだよ」
兄が言うのでヨシュアはそうはぐらかすと、家族に向かって頭を下げた。
「父さん、母さん、兄さん。今までごめんなさい」
下げた頭の先で、母親の鼻をすする音が聞こえた。
こんな時、男親や兄弟はダメなもので言葉が出なかった。
「ヨシアキ、もうご飯は食べたの?」
母親はそう言って心配した。
その言葉を聞いたヨシュアの目頭がグッと熱くなった。
自分はなんて贅沢なのだろうと、親を失ったミニャや子供たちを想う。
「うん。食べたよ。美味しかった。あとで食器を持ってくるよ」
息子の返事に、母親は唇を震わせながら笑った。
ヨシュアはひとつ大きく息を吸って言った。
「僕は3日後に家を出るよ。仕事が見つかったんだ」
引きこもりだった息子のいきなりの言葉に、全員が驚いた。
「い、家からは通えないの?」
「東京なんだ。住む場所ももう決まっているんだよ」
「でも……でも、1人で大丈夫なの?」
「やめないか」
心配する母親を父親が止めた。
せっかく外へ羽ばたこうとしているのに、それを止めてどうするのかと。
「僕はもう大丈夫だよ、母さん。今まで本当にありがとう」
その言葉を聞いた母親は、ついに顔を両手で覆って泣き出してしまった。
ヨシュアはグッと腕で涙を拭うと、父親に向き直る。
「僕、もうネットで仕事を始めているんだ。これ、初めての給料で……服や髪を整えるために少し使っちゃったけど……今まで迷惑をかけたから」
そう言って茶封筒をテーブルに置いた。
明らかに20枚以上は入っている厚みだ。
父親はそれを見下ろすと、テーブルの上で押してヨシュアに返した。
「これから一人暮らしを始めるのだから、なにかと入用になる。これは自分のために使いなさい」
「でも……」
「たくさん稼げるようになったら、美味い物を食べさせてくれ。それでいい」
父親の温かい言葉に、ヨシュアはコクンと頷いた。
「それで何の仕事を始めるんだ?」
「ごめん。それは契約で言えないんだ」
「家族にもか?」
「うん」
ヨシュアはこう答えたが、どうしても無理な時はいくつかの返答が用意されていた。カスミ製薬や八菱のグループ企業内の臨時事務のバイトなどだ。
なお、平社員がリーダーをして作っているミニャンジャ村開拓記の制作チームの一員という隠れ蓑は、後々面倒事になる可能性があるので使われない。ミニャンジャ村の名前を出す場合は、最強女神教団の一員と胸を張って言えという感じである。
ヨシュアはこれ以上心配を掛けられないと思い、この方法は使わなかった。
ここで今まで黙っていた大学生の兄が顔をハッとさせた。
ネットで稼いでおり、中身が全部1万円札なら2、30万円はありそうな金をポンと出せる職業。
「お、お前、まさかVtuberになったのか!?」
家族にも契約で言えない職業なんて、報復があり得るような警察の特殊な部署などでもない限りはないだろう。となると、契約で言えないというのは恥ずかしさから出した嘘。Vオタの兄はそう推理したのだ。現代っ子ならではの推理である。
ヨシュアはこれを好機とみて、「ち、ち、違うよ」とあえて不審な返答をしておいた。
これにより、毒気を抜かれた父親は深く追求するのをやめた。兄がそういう例を出したので、最近では契約で言えない職業もあるだろうと考えたのだ。ニートだった息子が大金を持ってきたので、その信憑性を後押しする。
一方の兄は、こいつぁ一大事だと、その夜、数あるVtuber事務所の新人を片っ端から調べるのだった。
いつもの団らん。
夕飯の席に座る父はサラリーマン、母は水族館のショップ店員、妹は女子高生。そして、自分はニート……っ!
ここは鈴木家である。
鈴木家の夕飯の賑やかしはテレビ画面に映されたニコチューブの動画である。テレビ番組とは決別した家庭なのだ。
最近は女子高生の妹が見つけてきた不思議な動画が流れるのが常である。それはネコミミの幼女と小さなお人形がわちゃわちゃと森を開拓する動画である。
「ミニャちゃんは今日も可愛いわねぇ」
「俺はルミーちゃんが可愛いな。昔の七星もこんな感じで舌ったらずだった」
などと洗脳され始めているとは知らない両親。
「どうしたの、そわそわして」
覇王鈴木の隣に座る妹ホクトがそわそわしながら夕飯を食べているので、母親が怪訝な顔で尋ねた。
「べ、別にぃ?」
下手か。
覇王鈴木は内心で溜息を吐き、言った。
「母さん、父さん。飯を食べ終わったら話がある」
それを聞いた父親は味噌汁が気管に入ってむせた。
ついに息子が働く気になったのかと。
予兆はあった。毎日トイレや風呂場を掃除するようになり、挙句の果てにショッピングモール立てこもり事件で犯人一味をぶっ飛ばすほどの活躍をした。そう、社会復帰はもう秒読み段階だったのだ。
これにより、そわそわしながら食事をするのは両親の番になった。このあと、衝撃的な話が待っているとは知らずに。
夕飯が終わり、食器が片付けられたテーブルにはお茶が4つ。
シリアスな空気感なのに、テレビではミニャンジャ村開拓記が音量を控えめにされてまだ流れていた。なぜか、息子と娘がこの動画を消させないのだ。
「父さん、母さん。まずは今まで心配をかけてごめん」
覇王鈴木はそう言って頭を下げた。
母親は息子の雰囲気が変わったことを随分前から気づいていて覚悟はできていたが、それでも改めてこう言われて、思わず涙ぐんだ。
「……働く気になったのか?」
父親が遠慮がちに尋ねる。
「というよりも、すでに収入を得ているんだ」
「……ということは、昼間にバイトに出ていたのか?」
自分たちがいない間に家の中に閉じこもっていたと思ったら、こんな回答である。父親は少し嬉しそうとも、困惑しているともいえる表情でそう問うた。
覇王鈴木は覚悟を決めて、言った。
「バイトじゃないよ。俺は……とある宗教団体の幹部をしているんだ」
「ウェイウェイウェイ。ストップストップ」
父親は手で息子の発言を止め、母親は涙を引っ込めてから再び涙ぐんだ。両親の顔には心配を通り越して絶望の色が見える。
「しゅ、宗教団体の幹部? 冗談だよな?」
「いや、本当なんだ」
「いやだって……お前、家にいたじゃないか。ハッ!? 昼間に勧誘されて、のこのこと……っ!?」
昼下がり、家のインターフォンを押す話し上手で優しそうな勧誘員の美女と、まんまとその罠に引っかかってしまった息子の姿を想像して、父親は頭を抱えた。
覇王鈴木は切り口が悪かったと思い、説明を始めた。
「始まりは数か月前、そう3月28日のことなんだけど」
「やめてくれ、聞きたくない!」
父親は耳を塞いだ。
覇王鈴木は人に賢者の成り立ちを説明したことがない。想定よりも反応が悪いので、助けを求めるように経験者である妹を見た。
そのアクションで、父親は表情を驚愕の物に変えた。
「お、お前は七星も巻き込んだのか!?」
ガタリと立ち上がり、拳を握って震わせる。
子供に手を上げる父親ではなかったが、こればかりは看過できなかった。
「こんのバカモンが!」
喧嘩もしたことのない父親の剛腕が覇王鈴木に向けられる。
覇王鈴木はそれを顔色ひとつ変えずに、パシッと掴んだ。ビクともしない息子の手に、父親は『なにこれぇ?』と恐怖した。
「兄貴、そこは殴られておきなよ」
「いや、ニートだったことで殴られるのならいいけど、教団の件は別に悪くないんだから殴られるのは嫌だよ」
ちょっと前まではギスギスしていたのに、ホクトと覇王鈴木はとっても仲良さげ。
そんなホクトはやれやれと席を立ち、テーブルから少し離れた。
「パパ、ママ。見てて」
ホクトはそう言って2人の注目を集めると、手の中に水の剣を出現させた。
それを見た両親ははえーっとした。
「あたしと兄貴は最強女神パトラ様を奉じる最強女神教団の一員なの。その役目は——」
ホクトはそこで言葉を切り、テレビを指さした。
「異世界パトラシアで暮らす女神の使徒ミニャちゃんのために働くこと」
両親は揃ってテレビと娘へ顔を向けて見比べる。
「女神様とミニャちゃんから魔法の力を与えられた存在は賢者と呼ばれるの。そして、あたしは水の賢者、ホクト!」
ホクトはもう片手に水の剣を出現させ、二刀をサッと振るってポージング。
「そして、俺は始まりの賢者。たぶん、幹部の中でも上級幹部の一人ということになるのかな」
覇王鈴木はそう言いながら席を立って、ホクトの隣に立つ。
「ミニャちゃん軍2番隊隊長。雷の賢者、覇王鈴木」
そう名乗りを上げた覇王鈴木は雷のロングソードを出現させて、構える。
兄妹が魔法武器を構えて、親の前でバーンッ!
両親はポカーン!
「ショッピングモール立て籠り事件で俺が犯人をぶっ飛ばせた理由。そして、俺がもう一度立ち上がれたきっかけ——父さん、母さん。話を聞いてくれるか?」
真剣な顔でそう告げた覇王鈴木の言葉に、両親は茫然とした顔でコクコクと頷いた。
こうして、鈴木家の家族会議は大きな混乱から始まった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想とても励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




