5章閑話 シゲンの旅7
本日もよろしくお願いします。
シャーリィと4人の少女たちは、逃亡初日の夜を賢者たちが作った秘密工房の中で休憩していた。グライン領がある半島は西側沿いが崖になっているが、その崖の中に作られた穴倉だ。
そこでは料理人の賢者がご飯を作って待っており、それを食べると久しぶりに安心して眠ることができた。
翌朝。
シャーリィは光量が落とされた秘密工房の中で目を覚まし、そこに父シゲンの姿がないことに心配した。
「賢者様。お父さんは大丈夫でしょうか?」
他の子がまだ眠っているようなので、小声で問う。
『ハナ:はい、大丈夫ですよ。お父様はとても器用で強い人ですし、私たちもついていますので』
「お父さんは残って何をしているのですか?」
『ハナ:他の子には秘密にしてくださいね。シゲンさんはグラインの町で暗躍しています』
「え」
『ハナ:あなた方や開拓地の奴隷を逃がすためにいろいろしましたから、グラインの人たちは混乱しているんです。だから、シゲンさんは人の心を誘導するために残っているんですよ。下手をすれば暴動になっちゃいますから』
「でも、ゴレモニア人のためにそこまでしてあげる必要はあるの?」
『ハナ:ゴレモニア人が全て悪いわけではありませんよ。あなたたちをもてなしてくれたメイドさんたちも、あなたたちに憐れみを覚えている様子でした。権力者が国民の考え方を誘導することはよくありますし、メイドさんたちのように勤め先のトップの頭がおかしいことも程度の差はあれ稀によくあることです』
「……」
『ハナ:お父様はとても責任感が強く、優しい人ですね。立派な人です』
そのコメントを読んだシャーリィは頬を綻ばせた。
5人の逃亡の旅は日に5kmほどと緩やかなペースで行なわれた。その上で一切歩く必要がないため、楽なものだ。
緩やかなペースの理由は、開拓地のメンバーの移動を優先したからだ。52人もいるため賢者たちの負担も大きく、早いところこちらを済ませたかったのだ。
5人の待機時間は必然的に長くなり、その際には賢者たちが作ったゲームで遊ばせた。賢者たちと一緒に居れば安全とわかっているのか、キャッキャである。
開拓地の52人サイド。
最初の数日を1部屋7人程度の秘密工房で過ごしつつ、移動を続けていた。
これらの秘密工房の製作には、シゲンとの行きの旅で増やし続けてきた人形たちが大いに役立った。高確率で同じ道を通るとわかっていたため、そのフォロー用に増やした人形だ。尤も、奴隷を使った開拓計画は寝耳に水だったので、方針が決まった後はかなり頑張ることになったが。
元奴隷たちが旅のリーダーをフェザーではなく、賢者と意思疎通ができるその妻のシルビアだと思い始めた頃には、グラインの冒険者たちが普段は踏み入らない領域まで移動できた。
そうすると、フライの魔法で移動を開始する。影潜りよりもフライの方が速いので、旅路は一気に加速した。
ちなみに、フライは重量制限がきつく今まではリュックを持って移動することすらもできなかったが、土属性の賢者がレベル3になることで新たに覚えた魔法によってこの重量制限問題を少し緩和できるようになっていた。
町からの観測が難しくなった頃には地上で休憩を行ない、52人は賢者たちが仕留めた獣の肉料理などで腹を満たした。
元奴隷たちが当初考えていた逃亡生活は非常に過酷なものだったが、フタを開けてみればその旅路は太るくらいに快適なものだった。
そして、逃亡生活15日目。
シゲンは9日で終えた往路だが、やはり人数が多いだけあってその倍近い時間がかかっていた。それでもその日の夜、ついに待望の時がやって来た。
賢者からその知らせを聞いたシルビアは目を丸くして、ポロポロと涙を流した。
「ど、どうしたんだ、シルビア?」
フェザーが慌て、同じ焚火を囲う元奴隷たちもリーダーの涙に不安そうにした。
シルビアはゴシゴシと涙を拭い、心配して抱き着いてきた娘に微笑むと、全員に向かって言った。
「王国の迎えの船がすぐ近くまで来てくれています。長い旅が、やっと終わります」
そう告げられた一行からは歓声が上がらなかった。
これまでの不安と恐怖の日々から解放されたことを実感し、一緒に旅してきた仲間たちと肩を貸し合って泣いた。そんな彼らの体の間には、この旅でずっとお世話になってきた美少女や美男子のフィギュアたちが挟み込まれていた。
15日間一緒に頑張ってきたので、賢者たちも彼らの旅の終わりを心の底から祝福した。
水蛇たちが使っていた大岩礁地帯は、当然、ゴレモニアの水域に入るルートもある。今回の救出作戦にはそれが使用された。
30mほどの大崖の下には6隻の高速船。
崖の下には小さな浜辺があり、元奴隷たちは影潜りでその浜辺に運ばれると、そこからフライの魔法で船まで近づいた。
元奴隷たちを迎えてくれたのは、サーフィアス王国の水軍の服を着た兵士たち。
「よく頑張ったな!」
元奴隷たちはお礼を言える者もいれば、感無量で頷くだけしかできない者もいた。
『ブレイド:こんばんは、ジール隊長!』
「賢者殿。この度の同胞の救出、なんとお礼を言ってよいか」
『ブレイド:はははっ、お礼は我らが主とシゲンさんに言ってください』
救出部隊にはジール隊長の姿もあった。
これからグルコサに向かうので、賢者からの覚えがいいジール隊長が救出部隊に選ばれたのだろう。
それぞれの船に元奴隷たちが乗せられ、船は大岩礁地帯のルートを辿り、元水蛇のアジトがある水域へと向かう。
このルートの元アジト側の出口には木製の砦が建設中で、夜なのでさすがに作業はしていないが、それらの資材を見るだけでもシルビアたちは安心感が増していく様子だった。
元水蛇のアジトには寄らず、船はそのままサーフィアス王国側のルートを通り、王国側の水域へと入った。そして、朝日が昇る頃にはグルコサの町に到着するのだった。
グルコサの軍港にはマリーやこの52人の縁者が数人いた。
マリーは軍船から下船したギルバートを抱きしめて迎え、無口な息子は声を出さずに涙を流していた。
「人形様、ありがとうございます……っ! ありがとうございます……っ!」
感動の再会もそこそこにマリーが言うので、賢者は律義なことだなと思いつつ、執筆する。
『良かったね、ギルバート君。お母さんを大切にね。マリーさん、シゲンさんと交わした約束、たしかに守りました。どうかお幸せに』
その紙を渡すと、マリーとギルバートは深々と頭を下げる。
賢者はピッと手を振って、クールに去るのだ。
「賢者しゃまー! やだぁ、行っちゃやだぁ! うぇえええんえんえんえん!」
この旅の最年少者であるクレアが賢者とのお別れに号泣した。シルビアとフェザーがそれを窘めるが、5歳なので仕方ない。
『ネムネム:小さいのにいつもニコニコしてよく頑張ったね。ご褒美をあげちゃおう!』
こうなることがわかっていたので、賢者たちは短い船旅の間に綺麗な石でペンダントトップを作っていた。それに紐を通し、クレアの首にかけてあげた。
「ぴぇえええんえんえんえんえん!」
もっと酷いことになった。
そして、他の人形たちと共にジール隊長の船に乗り込むと、ミニャンジャ村へと出発した。
人形たちは、走り始めた船の甲板から、この旅を一緒に頑張ってきた52人に向かって大きく手を振った。
「ありがとうございました!」
「この御恩は一生忘れません!」
シルビア以外とは正確に意思疎通ができなかった人形だが、励ますようにいつも傍らにいてくれた存在とのお別れに、元奴隷たちもたくさんの感謝をこめて手を振った。
夏の朝の始まりを彩る白い雲と青い空の下、クレアの大泣きする声がいつまでも続いた。
グラインがある程度落ち着いたので、シゲンは娘たちを追って移動を始めていた。
シャーリィたちが逃亡を開始して19日目、明日には娘たちに追いつくという夜にシゲンは賢者たちに言った。
「賢者様。私はとても恥知らずな約束をしました」
『グラタン:へ?』
料理人のグラタンは始まりの賢者だが、外務向きではないし、これといって口が上手いわけでもなかった。ハードボイルドで粋な返しが必要な話の気配を感じ取り、あわあわである。
『グラタン:そ、それはどういうことでしょうか?』
「この命を賭して御恩をお返しするという約束です。しかし、この旅の中であなた方の凄さとそんなあなた方を眷属とする女神の使徒様の凄さを何度も見てきました。私は王国でもそれなりの冒険者だという自負がありましたが、私は身の程をわかっていなかった」
『グラタン:え。い、いえいえ、そんなことないと思いますけど?』
グラタンは『助けてぇ!』とスレッドに書き込んだ。スレッドでは見物勢がニヤニヤしながらクソの役にも立たないことを書き込んでいる。
「私は使徒様が作る村で何かお手伝いできることがあればと考えていました。しかし、よくよく考えるとそれは恩返しではなく、多くの者が憧れる場所に住んで働くという、私に得しかないことなのではないかと思ったのです」
『グラタン:ととと、とりあえず、コジュコジュが焼けましたよ!』
「ありがとうございます」
グラタンはともかく、他の賢者たちはシゲンの悩みは一理あると思えた。
旅を始める前のシゲンは、娘の救出を手伝ってもらう代わりに将来性の高い職場に就職するという約束を取り付けた形になっているのだ。本人からすればそれはとても図々しく、赤面ものだろう。
とはいえ、シゲンは相当に強い。優秀な冒険者が欲しいミニャンジャ村にとってぜひ欲しい人材である。
「それでも私と可能なら娘をミニャ様の村の末席に加えていただけるでしょうか?」
シゲンは真剣な眼差しをグラタンに向けた。
『グラタン:い、良いと思いますけど!』
グラタンが勝手に決めてしまったが、賢者も異論はないし、ミニャもシゲンが来るものだと思っていた。
グラタンからの返事を読んだシゲンは、ホッとした様子で深々と頭を下げた。
52人の移動手段がフライへと変わると、影潜り要員が大量に余るのでシャーリィたちの旅路も一気に速くなった。52人が船に救助されると、もっともっと速くなる。なにせ、52人を運んでいたフライ要員の全てをシャーリィたち5人に回せるのだから。
そして、逃亡が始まって20日目の昼、シャーリィの旅にシゲンが追いついた。
「お父さん!」
タックルするように抱き着いた娘の頭を撫でるシゲンは、他の4人の少女たちに微笑んで安心させた。
娘たちに追いつくため、シゲンはここ数日をほぼ寝ずに移動し続けていた。賢者たちの魔法で疲労こそ回復しているが、微笑むその顔にはさすがに疲れの色があった。
「シャーリィ、それに君たちも。よくここまで頑張ったね」
「賢者様がご飯を用意してくれたから、全然大変じゃなかった!」
「賢者様と一緒にピューンって飛んで移動したの!」
「ほう、そうか。それは楽しい旅だったね」
「うん!」
シャーリィに続いて、ミニャと同い年のイヌミミ少女が尻尾をブンブン振って報告する。シゲンとは救助された際に少ししか顔を合わせていないのに、大変に人懐っこい。
そんな5人は、20日前に比べるとちょっと肉がついていた。先行した52人と同じ現象だ。
「さて、みんな聞きなさい。君たちの長い旅もいよいよ終わりに近づいている。あと少しでサーフィアス王国の迎えの船が来るポイントだ」
それを聞いた5人はパァッと顔を明るくした。
「迎えが来る時間は夜になる。それまでに近くまで移動してその時を待とう」
シゲンと少女たちは最後の道のりをフライで飛んで向かった。
かなり余裕を持って到着し、その場で最後の休憩を取る。
そして、やってきた迎えの船に救助され、数日前に運ばれた52人と同じようにサーフィアス王国へと帰還するのだった。
グルコサに帰還したシゲンは、領主館に来ていた。
「シゲン・アルスター。今回の君の功績に対して、王国は準男爵の位を用意している」
グルコサの領主ディアンが、そう告げた。
賢者たちに手伝ってもらったとはいえ、ゴレモニアに拉致され奴隷にされた大勢の民を連れ帰る大金星をあげたからだ。
シゲンは少し考えた。
準男爵として活動した方が、ミニャの役に立つ可能性があるのではないかと。
だが、主を2人持つわけにはいかないし、片方の主、この場合は国王を騙すわけにもいかない。それに今回の件でもしミニャに危険が迫った場合、その近くにいなければ意味がない。
「大変光栄な話ですが、それを受け取るのは道理ではありません」
そう答えたシゲンの真っ直ぐな瞳を見つめ、領主はふっと笑った。
「まあそう言うと思ったよ。では、金銭でその功績を称えよう。好きなように使うといい」
「謹んで頂戴いたします」
シゲンは今回貰った金の大半をミニャンジャ村に寄付することになる。
元々高名な冒険者なので貯えはかなりあるので貰った全額を渡そうと思ったのだが、さすがに全部はミニャや賢者が受け取らなかった。
シゲンとシャーリィ、そして4人の少女を乗せた船がミニャンジャ村へ向かう。
この4人の少女は身寄りがなく、ミニャンジャ村で受け入れることになったのだ。他にも52人の元奴隷たちの中で移住を希望する者が後日に来る手筈になっていた。以前のグルコサでの会談で話し合った移住民の募集を、今回の58人で使わせてもらったのだ。
港に着き、整備された大崖の階段を上る。
そろそろ夏が終わろうという空の下、木漏れ日が賑やかに踊る石畳の小道をエルフの親子と4人の少女たちはワクワクしながら歩いた。
「お父さん、ミニャ様はどんな人かな?」
「これだけ多くの賢者様に好かれているんだ。素晴らしい人だろう」
シャーリィの質問にシゲンが答えると、足元をちょろちょろしている賢者たちはピョンピョンと跳ねて同意した。
それを見たシゲンがイケメンスマイルで微笑むと、やがて賑やかな笑い声が小道の先から聞こえてきた。
その声を聞いた娘たちが希望に瞳を煌めかせる様子を見たシゲンは、万感の思いを込めて賢者たちに言った。
「賢者様、本当にありがとうございました」
ピョンピョンしていた賢者たちは顔を見合わせると、全員揃ってニャンのポーズで応えた。
こうして、悲しみ渦巻く水蛇のアジトから始まったシゲンと賢者たちの長い旅は、希望に溢れたミニャンジャ村に辿り着いて終わるのだった。
『5章閑話 エルフのシゲンと賢者たちの奴隷救出大作戦 完』
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