5章閑話 クラスチェンジの検証
本日もよろしくお願いします。
女神の月が無事に終わり、賢者たちのジョブ検証が本格的に始まった。
今までの賢者たちの魔法の検証は、ミニャの川の近くにある旧拠点で行なわれていた。魔法の実験は予想外の危険が伴うので、原則ミニャの近くでは行なえないのだ。
しかし、ダンジョンが使用できるようになったので、最近は専らダンジョンで行なわれるようになっていた。魔物もいるし、とても良い実験場であった。
ダンジョン7階。
そこには砂岩小僧という一種のゴーレムが出てくるので、賢者たちの良い修行場になっていた。魔法の検証もここで行なわれた。
『乙女騎士:ウインドシールド!』
ミニャちゃん近衛隊の隊長格をやっている乙女騎士も本日は検証に参加中。
乙女騎士は名前が騎士なのにクラスチェンジしたのは【メイド】だった。
近衛委員はあまり敵を倒す機会がないが、警備をよくしているので【騎士】や【魔法騎士】が出た。同じく【メイド】もミニャのお世話を毎日しているので、全員が出ている。
一方、【〇〇の戦士】や【〇〇の魔法使い】は正当進化のジョブだと思われたが、敵を倒さなければ出てこないという条件があるようだった。なので、このジョブが出ている近衛委員はネコ忍の修行をしている女子だけであった。
さて、乙女騎士が使用した風の盾だが、魔法レベル1では小盾くらいの大きさで、魔法レベル2になることで1m程度の大盾に変化した。
これが【メイド】にクラスチェンジしたことで、1.5m四方程度までカバーできるようになった。
『乙女騎士:これでミニャちゃんはもちろん、子供たちもまとめて守れますね』
乙女騎士は防御性能の上昇に大満足。
『くのいち:えい、ダークボール!』
くのいちは名前が忍者っぽいのに、なったのは【メイド】である。賢者の名前はあてにならないのである。特に始まりの300人の賢者は。
そんなくのいちが放ったダークボールは、魔法レベル2と変わらない性能だった。
ボール系の魔法はレベル1を基準に、魔法レベル2になると1.3倍くらいの威力になる。クラスチェンジした賢者たちは魔法レベル3に該当していると思われるが、威力の上昇は見られなかった。しかし、これはあくまでも【メイド】の話。
『幻魔:ふむふむ。【メイド】は防御に優れていると。【騎士】と性能が似ているな』
【騎士】系と【メイド】は魔法の性能が似ていた。【騎士】や【魔法騎士】もまた、攻撃魔法の性能が増さないのだ。しかし、【メイド】よりも【騎士】系の方が魔法盾の耐久度が上という結果になっている。
一方、例えば【〇の戦士】や【〇の魔法使い】は、シールドが魔法レベル2の性能のままだが、ボール系の魔法の威力が上がっていた。
こういったことから、明らかに差別化が始まっているのがわかる。
ただ、【メイド】や【騎士】系のように魔法の性能が被っているジョブがかなりあり、その違いはなんなのか。
『クラトス:やはり、成長補正の違いだろうな』
『乙女騎士:メイドの成長補正ってなんでしょう』
『くのいち:ホスピタヂカラじゃない?』
『乙女騎士:ホスピタヂカラ……』
ホスピタヂカラはともかくとして。
『クラトス:成長補正だと結果が出るまでに時間がかかるんだよな』
『くのいち:成長補正くらいは教えてくれても良さそうなものだけどねぇ』
『クラトス:まあ、自分の成長率がわかるのは一種のチートだからな』
世の中の人は自分の才能に気づかずに努力をしているものだ。努力できるかはともかくとして、どんな才能があるのかわかるのはとんでもないイニシアチブだ。
『クラトス:それでもできることはある。第1陣には手遅れかもしれないが、第2陣以降にはデータを残せるだろう』
というわけで、成長補正があるかどうかの検証を始めた。
『クラトス:それでは平和バト、準備はいいか?』
『平和バト:はい!』
『クラトス:では、手を鳴らしたらダッシュだ』
速力の検査である。
平和バトは【忍者】なので、きっと足の速さに補正がかかるだろうという安直な考え。
クラトスが手を鳴らすと同時に、平和バトが走り出し、生放送を見ている外部班の賢者5名がストップウォッチを押す。ゴール地点には別の賢者がおり、その生放送も見ている5名の賢者が、平和バトの通過と同時にストップウォッチを止めた。
何m走なのかは不明だが、5名による測定結果は大体12秒前後だった。
『平和バト:速かったですか?』
『クラトス:どうだろう。あとで陸上選手の動画で見比べてみるよ』
他にも石を持ち上げたり、反復横跳びをしたり、ネコ忍に徒手空拳の演武を見てもらったりして、データを蓄積する。
『クラトス:よし、こんなものでいいだろう。君はこれから毎日同じようにデータを取るからな』
『平和バト:わかりました!』
つまりは能力測定を続けて、成長補正を検証するわけである。
もちろん1人だけではなく、多くの賢者がこの検証に参加した。同じジョブも複数人用意してデータの信頼性を上げるのも忘れない。
初日のお役目が終わった平和バトは、みんなと一緒に新魔法の調査に入った。
『平和バト:胡桃沢さんは何か見つけました?』
『胡桃沢:あ、ハト君』
そう話しかけたのは【治癒術士】になった胡桃沢。
『胡桃沢:うーん、見つからないんだよねぇ。やっぱり患者さんがいないと難しいかも』
『平和バト:じゃあ外で活動しているリランさんたちに期待ですか』
『胡桃沢:そうなるかなー。あ、でもハト君が発見した遅延回復は私たちも使えたよ』
回復属性は使える魔法を見つけるのが難しい。
患者を見つけるもしくは鑑定系の魔法で『この病は回復魔法で回復できる』みたいな文言を見つけなければ、新魔法を発見できなかった。
回復属性仲間と情報交換を終え、今度は忍者仲間の下へ行く。
『平和バト:サバイバーさん、何かわかったことはありますか?』
『サバイバー:やあ、ハト君。とりあえず、ニードル系の魔法の速度と効果が上がっているみたいだね』
『平和バト:ニードル系ですか……』
ニードル系は特殊な効果を持つ針を飛ばせる。しかし、回復属性にニードル系の魔法はない。ヒールニードルなんてないのだ。
サバイバーは聞きたいのがそういうことではないと気づき、平和バトにも使えそうな魔法を教えた。
『サバイバー:あとは壁に貼り付けるようになったよ。これなら君もできるんじゃないかな?』
サバイバーはそう言うと、壁をヤモリのように登った。
周りを見ると【忍者】になった賢者たちがみんなやっている。賢者は忍者になるとヤモリになるのだ。チートなボルダリングである。
『おーっ!』と目をキラつかせた平和バトはさっそく真似をした。
すでに知っている魔法なのですんなりと発動し、壁をするすると登れるようになった。
■賢者メモ 魔法鑑定■
『吸盤の術』
・忍者の魔法。壁や天井に貼りつける。
・重力の影響は受ける。
■■■■■■■■■■■■
『平和バト:忍者っぽい!』
キャッキャする平和バトの横に、サバイバーが壁と垂直になって立った。
そんなサバイバーの真似をして立ち上がろうとするヤモリが続出するが、重力の影響は受けるので、体に凄まじい負担が掛かって落ちそうになる。まだサバイバーの域には至っていない。
『サバイバー:あとは【忍者】だけではないけど、気配察知を魔法でできるようになったね。ただ、各属性で気配の察知の仕方が違うようだから、回復属性の気配察知は自分で探してごらん』
『平和バト:おー、そんな魔法が。やってみます』
そんなふうに、平和バトはサバイバーから教えてもらいながら回復属性以外のいくつかの魔法を習得した。
『平和バト:あとは攻撃魔法ですね』
『サバイバー:何か考えてきたかい?』
『平和バト:気功みたいなのが使えるんじゃないかなって思いました』
『サバイバー:じゃあ見ていてあげるから早速やってみようか』
近くに現れる砂岩小僧は賢者たちの実験台にされてしまっているので、少しダンジョンを歩いてバトル開始。
ネコ忍の修行では徒手空拳で身のこなしを学ぶ。
最近では属性武器も解禁されたが、回復属性に属性武器は存在しないので、平和バトはずっと徒手空拳だった。
そんな修行を受けていたので、平和バトは自分よりもずっと大きな敵に対しても恐れずに突っ込んだ。
振り下ろし攻撃を回避して、パンチを繰り出す。
しかし、魔法は発動しない。
『平和バト:しゅ、集中できない』
『サバイバー:じゃあ手伝ってあげようか』
『平和バト:お願いします!』
サバイバーは砂岩小僧の前に出ると、ひらりと攻撃を回避する。
攻撃を受け持ってくれたので、平和バトは新しい魔法をイメージするための余裕ができた。
『平和バト:んーっ、荒れ狂う生命力を送り込んで内部から破壊する! えいっ!』
物騒なことを言いながら中学生がパンチ!
しかし、普通のパンチ。
『平和バト:回復属性の効果を反転させて体を崩壊させる! えいっ!』
やはりエグイことを言いながらパンチ!
しかし、普通のパンチ。
『平和バト:うーんと……君の回復機能を封じる! えいっ!』
思いついた効果を想像しながらパンチ!
すると、何かが発動した。
『平和バト:何かが発動しました!』
『サバイバー:いいね。あとで鑑定してもらおう。まだあるかもしれないから続けて』
サバイバーはたまに攻撃を加えてヘイトを稼ぎながら、平和バトの実験に付き合った。
『平和バト:あとなんだっけ』
平和バトはメモ機能に思いついたことをメモしてきたので、それを見て順番に実験した。
その結果。
『平和バト:やーっ!』
パンチが砂岩小僧の体を破壊した。
その魔法の正体は、自分の体の活性化。
『サバイバー:よし、良い感じだね。さっそく誰かに鑑定してもらおう』
『平和バト:はい、ありがとうございました!』
というわけで、光属性の賢者に魔法鑑定をしてもらった。
■賢者メモ 魔法鑑定■
『回復阻害』
・接触した対象に再生効果を阻害する魔力を放つ。
『身体強化』
・肉体を活性化する魔法を自分にかける。
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『サバイバー:身体強化の魔法は発見されていなかったが、武闘派の回復属性が使えるのか』
『平和バト:やったー!』
ちなみに、パトラシア人は身体強化の魔法を使う人が割といる。『筋肉』という属性があるのだ。他にもミニャが持つ『獣属性』や『剣王の魔法』の使い手も使える。
何はともあれ、【忍者】を選択した少年が喜んでいるのでサバイバーも満足だった。
地上にて。
本日は女神詣に引き続き、珍しくニーテストが召喚されていた。
目的は自分が就いたジョブについての検証だ。
ニーテストはレアジョブに就いていた。
というか、パトラシアで活動する機会が全賢者で一番少ないので、それしか出現していなかった。
【ミニャ補佐官】
このジョブが現状で出現しているのは、ニーテストと工作王のみ。
おそらく召喚統括委員会で仕事をしていると就けるようになるジョブなので、新しく委員になった竜胆などもそのうち出現するはずだ。とはいえ、クラスチェンジはクラス1には戻れず、クラス2にも変更できないため、竜胆が就くことはないだろう。
「あー、ニーテストさんだ!」
『ニーテスト:よう、ミニャ』
「今日はどうしたの?」
ミニャの中でも珍しいキャラという位置づけ。しかし、ただのレアキャラではなく、いつも自分のためにいろいろしてくれているという認識もあった。
『ニーテスト:新しい魔法が使えるかもしれないから、実験に来たんだ』
「おー。ミニャも魔法使えるんだ!」
ミニャはえっへんと胸を張った。
「見ててね? んー、賢者様たちの疲れよー……飛んでけー!」
ミニャがネコミミをピコピコさせて、覚えたばかりの賢者を回復する魔法をビャーッと放った。
すると、ミニャの近くにいる賢者たちが一斉に光り輝いた。この魔法はエリア回復魔法なのだ。
ところがどうしたことだろう。
魔法をかけられた賢者たちが一斉にガクリと膝をつくではないか。
「にゃんですと!?」
疲れを回復する魔法を放ったはずなのに、ミニャは吃驚仰天。
やっつけてしまったのか!?
『ニーテスト:大丈夫だ。ちゃんと効いている』
そう、賢者たちは萌え死んだだけである。それを証拠に、ミニャを心配させないために萌え死んだ賢者たちは元気に跳ね始めた。お薬が決まっている様子だ。これにはミニャもピョンピョンである。
さて、ニーテストがミニャのそばで魔法の実験を行なうのは、【ミニャ補佐官】の字面的に、ミニャのそばで発動する魔法がありそうだからである。
平和バトのように思いついた魔法をメモしてきたので、それを見ながら上から順に試してみた。もちろん攻撃的な魔法が放たれる要素のない実験だ。
4つ目で魔法が発動した。
「にゃんだこれ!?」
ミニャと周りにいる5人の賢者が一瞬だけ光ったのだ。
『ロリエール:おー、それはミニャちゃんが安全に過ごせる魔法ですぞ』
「わぁ、しゅっごー」
魔法鑑定をしたロリエールが教えると、ミニャはニコパと笑った。
実際に効果はその通りだが、ロリエールとニーテストは隠したことがあった。
■賢者メモ 魔法鑑定■
『尊い犠牲』
・ミニャが大きなダメージを受ける時、5人の賢者を犠牲にしてその攻撃から1度だけ守る。
・犠牲になった賢者はデスペナルティ状態になる。
・犠牲になる賢者はランダムか術者による指名によって選ばれ、あらかじめ魔法をかける必要がある。
・指名された賢者が召喚されている間は効果が継続し、術者が帰還しても効果は消えない。
・ミニャに対して重ね掛けできる回数に制限はなく、魔法をかけた組の順番に犠牲になる。
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検証が難しすぎるからか、かなり詳しい性能が知れた。
ニーテストはその詳しい性能を今の時点ではわからなかったが、自分がかけた魔法なので誰かを犠牲にすることだけは理解していた。
だから、言葉にしないロリエールの目での訴えも理解できる。自分を優先的に犠牲にしろと。
ニーテストはオーケーと言うように頷いてみせた。
なんにせよ、極めて有用な魔法が手に入った。
あとは定例会議で運用方法を相談しなくてはなるまい。
なお、この魔法をかけるために異世界で活動する機会が増えるので、ニーテストはちょっと嬉しかった。
ニーテストは他にも覚えた魔法がないか調べたが、特になかった。しかし、魔法の発見は難しいので、有用な魔法が1つ見つかっただけでも大金星と言える。
数日が経ち、クラトスが始めた能力測定の検証の数値が表面化し始めた。
ジョブによって、伸び方が大きい記録が現れたのだ。
ミニャのオモチャ箱は賢者に成長補正を与えるが、それにプラスして何かしらの能力をさらに増加させるという結果だ。ちなみに、マイナス補正を得たという結果は表面上ない。
全ての賢者に普通にかかっている成長補正を基準値にすると。
例えば、中二病な賢者たちに人気な【忍者】は、素早さと近接格闘術に成長補正がかかり、その他は基準値という結果になった。
他にも、筋力が上がるジョブ、器用さが上がるジョブ、知力が上がるジョブとどんどん発見されていく。
これは大きな発見であると共に、第2陣の賢者たちの頭を大いに悩ませることになる。
こうして、お前らすぐに就職しろと言いたい人材が増えていく。
しかし、ニートな賢者たちの永久就職先はハイパー企業ミニャちゃんカンパニーなのである!
読んでくださりありがとうございます。
なお、昨日14日に少しだけ別の話が公開されましたが、それは次回から公開します。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




