5-26 女神の月1 朝
本日もよろしくお願いします。
『ヴィヴィ:ほ、本日から近衛隊に入ったヴィヴィです。よろしくお願いします!』
『アップル:同じく、今日からお世話になるアップルです。よろしくお願いします!』
『くのいち:うむ。近衛隊は大変な任務だから、ビシバシ行くからね』
近衛隊の厳しさを語る先輩賢者の背景では、ミニャの枕元で一緒に眠る近衛賢者や、専用ベッドでヘソ天して寝ているモグに抱き着いてすやすやしている近衛賢者の姿があった。この境地に到達する厳しさと言ったらもう……っ!
その視線に気づいたくのいちは、やれやれと新人たちをモグのところに連れていって、ケモケモシートを体験させてあげた。
『アップル:うわぁああ、もふもふ肉布団あったけぇーっ!』
『ヴィヴィ:あぁあああ……浄化されるぅ……』
どろどろに溶けそうな感じの2人を見て、くのいちはうむうむとした。特にヴィヴィに対して。くのいちも闇の福音の現代霊能力バトルを見ているので、ヴィヴィが傷心な子だとは知っていた。
とはいえ、二十歳を過ぎた賢者たちならいろいろな過去があるものだ。本体のことを語る賢者もいれば、語らない賢者もいる。それぞれの賢者の事情を知っていようがいまいが、付き合い方は変わらない。ヴィヴィに対してだって同じだ。
そんなくのいちはウインドウの時刻を見た。
『くのいち:ネコ太、そろそろ準備を始めようか』
『ネコ太:もうそんな時間か。りょうかーい』
ミニャの枕元でダラダラしていたネコ太は、時間を見て起き上がった。
近衛隊はミニャが起きる前からスムーズな朝が送れるように準備を始めるのだ。そんな活動を通じて、学生の頃、朝にお母さんがご飯を作ってくれていたありがたみを知る今日この頃。朝ご飯いらないとか言ってごめんなさい。
準備を始めようと賢者たちが動き出したその時であった。
まだ起きる時間ではないのに、ミニャがほえっと目を開けたのだ。
目を覚ましたミニャは、ねむねむ粒子を放出しながら押し窓を見る。
コルンの樹皮で作られた虫よけ芳香剤が揺れる押し窓からは、朝の陽ざしが室内に入り込んでいた。
「にゃぅううう……」
脳内子猫が冒険の書をニャウローディング。99%で入った謎の抵抗はふかふかベッドの寝心地によるものか。
「んーっ、朝っ!」
無事に100%となり、ミニャは賢者たちと一緒に作ったお布団の上をコロンと転がって、ベッドから脱出した。
「賢者様、おはよう!」
朝から元気いっぱい!
子供の頃の特別な日はこんなだったな、と賢者たちに思わせる高純度エネルギーである。
ミニャは押し窓の外を色々な角度から確認すると、むふぅと笑う。
「晴れてるね?」
『ネコ太:うん。今日はよく晴れているよ』
「にゃっふーい!」
元気いっぱいな幼女だが、さすがに普段から朝のお天気を一番に気にするお日様ガールではない。今日は特別なのだ。
そう、本日から2日間は女神の月なのである。
ちなみに、幸いにして女神の月は日本時間で土日であり、参加できる賢者は多かった。
「モグちゃん、朝だよー!」
「も、もぐぅ……」
ハイテンションビームを浴びたモグは、専用のミニベッドに顔を埋めて、まだ眠いアピール。
そのベッドの中では2名の賢者が絶賛サボり中。しかもこの2名、新人である。さっそくサボりが見つかってあわあわである。そんな2人を、眠たいアピールのモグが寝返りを打って、もふもふボディでふかふかベッドに圧し潰す。ホワイト任務がホワイトたる所以である。
これはダメだと諦めたミニャがててぇと洗面台に向かう。
『くのいち:ほら、2人共、いくよ!』
『ヴィヴィ:は、はいぃ!』
『アップル:柔らか空間なのに抜け出せぬぅ……っ! ヴィヴィさん、ひっぱってぇ!』
『ヴィヴィ:は、はい!』
近衛賢者の朝が厳しいものだと新人たちはさっそく叩き込まれた。
賢者たちはシャボンマッシュを水で溶いて洗顔の用意。ミニャは蛇口をひねって水を出し、賢者たちから教わった方法で顔を洗う。擦らず、泡で洗うのだ。
次に歯をムシュムシュと磨き、ガラガラッペ。
「シュクモクシーシー! シュクモクシーシー! ミンシュクミンシュク、シュクモクシーシー!」
ミニャが謎の呪文を口にしながら、尻尾をフリフリズンズンと家の中を移動する。ご覧の通り、ネコミミキッズのエネルギーは無尽蔵。
この謎の呪文は、いまも家の外で唱えられているものだった。
今は夏。そう、セミ……ッ! ヤツらの鳴き声である。女神の森に生息するシュクモクゼミというものだ。セミはクソうるさいが、ミニャがやるならカワイイと思う賢者たち。人は勝手である。
ミニャは自分でお布団を畳み、服を着替え始める。
本日は特別な日なので、グルコサで貰ったワンピースと若草色のロングベストだ。生産賢者が作ってくれた髪留めを賢者たちに付けてもらい、ここ最近みんなで作ったビーズアクセサリーの新作を首にかけ、お姉さん度はアップアップ!
賢者たちの間では、この日のために新しい服を作ろうという案もあった。領主や王、フォルガたちから贈られてきたものの中にはそれができるだけの布があり、作ろうと思えば可能である。しかし、子供の成長は早いので、布は冬服のために取っておこうということでお流れになった。
「モグちゃん、寝てるの? ミニャ、お外に行っちゃうよ?」
「も、ももぐぅ。もぐぅ……もぐぅ……」
もうちょっとらしい。別に具合が悪いわけではない。餌を獲る必要も外敵の心配もないので、完全に野性を失っているだけだ。
準備を整えたミニャは、お外に出た。
ドアを開けるとセミの声が一段階大きくなるが、ミニャにとってはワクワクを促進させるスパイスでしかない。賢者にとってはセミ爆弾が落ちていないか心配になる声。
「おはようございます。もうそんな時間ですか?」
朝練の素振りをしていたクレイが驚いた顔で言った。
「おはよう。ちょっと早く起きちゃった!」
「女神の月ですからね。スノーたちの家でも大騒ぎしてますよ」
早く起きちゃったのはミニャだけではなかった。
毎日自分で起きるスノーはともかくとして、いつもスノーに起こしてもらう双子兄弟やイヌミミ姉妹も、今日は自分でもぞもぞと起きてきた。
自分も準備を始めると言って家に戻ったクレイを見送ると、モグが家から出てきた。ミニャがお外に出たので寂しくなったらしい。
そんなモグを連れて、ミニャはスノーたちのおウチに突撃した。
村民さんが集まると、敷地内にあえて残されている木の陰で朝の体操。
それが終わると、晴れている日は毎朝行なっている女神像へのご挨拶へ向かった。
賢者たちはこの女神の社の周辺はあまり手入れをしていない。清掃や草むしりは子供たちの朝のお仕事として残しているのだ。賢者たちの担当は社の中の埃取りや上部の明かり取りギミックの点検くらいだ。
毎日草むしりしているので今日も短時間で清掃が終わり、みんなでお祈りをする。
「今日は女神の月です。あとでみんなと一緒に初めてダンジョンに入ります。見守ってください!」
「ください!」
ミニャに続いてルミーもキッズ式復唱をする。
『もしかして、この女神像でも生活魔法が授けられるのでは』と賢者たちは少し期待したが、そういうことはなく、女神像はいつも通りその場に佇み微笑んでいた。
お祈りを済ませると、村に帰ってご飯にした。
朝から全力でお祭り仕様ではない。
玉米ご飯、川魚の塩焼き、山菜たっぷりコンソメスープ、女神の恵みのお浸し。いつも食べているような普通の朝ごはんである。
けれど残念がる子供はおらず、自分で作ったお茶碗に盛られたご飯を美味しそうにモリモリ食べる。美味しいとみんなの表情が言っているが、イヌミミ姉妹などは尻尾が終始ブンブンである。この尻尾の運動によってどれほどのカロリーが消費されているのか。
ご飯を食べ終わり、食後の休憩。
その時間に、ミニャとクレイは湖まで行った。
本日はアメリアが来るのだ。
遊びに来るのではなく、生活魔法を覚えるためにミニャたちと一緒にダンジョンへ入るのである。実質、遊びに来るようなものだが。
お世話になっているので領主も招ければ良いのだが、女神の月にはグルコサの町でも祭りがあるため、基本的に領主ファミリーは忙しいようだった。
「アメリアちゃーん!」
「ミニャ様ーっ!」
と、いつも通りアメリアを迎える。
ジール隊長や護衛の兵士もダンジョンに入ってもらうので、そこそこの人数だ。
アメリアたちを連れて、ぞろぞろと村へと帰った。
いつもよりも大勢の前で、ミニャは朝の会を始めた。
「今日と明日は女神の月です。色々なイベントがありますが、走って転ばないようにしましょう!」
「「「はい!」」」
「このあとにまずはダンジョンに行くから、冒険者さんやジールさんたちの言うことをちゃんと聞きましょう!」
「「「はい!」」」
「じゃあみんな準備して、食堂の前に集合ねー!」
わーっと年少組が走り出し、年長組はそれを抑えるために走り、それらを心配した近衛賢者がさらに走る。3連鎖だ。
「アメリアちゃんはミニャのおウチに来て」
「わかりました。ちょっと行ってきます」
ジール隊長に許可を貰ったアメリアと一緒に、ミニャは自分の家に向かう。
「賢者様がアメリアちゃんにプレゼントがあるんだって」
「わっ、本当ですか!?」
アメリアにもネコミミヘルメットとリュックと水筒をプレゼント。
「ふわぁ、可愛いですぅ!」
貴族令嬢とはいえ所詮はキッズ。
ピンクでカラーリングされたネコミミヘルメットを見て、お目々をキラキラさせた。
というわけで、2人は準備を始めた。
アメリアは髪飾りを外してヘルメットを装着し、リュックを背負う。
「ミニャ様、どうですか?」
「わぁ、凄く似合ってる!」
「えへへ!」
アメリアはネコミミヘルメットを両手で押さえて、はにかんだ。
それから食堂の前に行くと、子供たちもぞろぞろと集まってきた。
食堂では料理番賢者によってそれぞれの水筒にハチミツ果実水が入れられた。さらにオヤツが入った包みが渡され、子供たちのワクワク感を刺激する。
『トマトン:これはモグちゃんのオヤツとお水入れね』
「わかった! モグちゃん、ミニャが持つからね」
「ももぐ!」
モグの飼い主であるミニャがそれを預かり、せっせとリュックに入れていく。
モグにも女神像へ参拝させてあげる予定なのだ。
『トマトン:みんな、これは女神様へのお供え物ね』
「大事!」
子供たちにはお供え物を手分けして運んでもらうのだ。
あまり物が入っていなかったリュックに荷物が多くなってきて、ミニャちゃん隊長の冒険ゲージはむくむくした。
すっかり準備が終わると、ミニャたちは少し重くなったリュックを背負って、大人が待っているダンジョン前へ。
「ほっほう。これは可愛らしいですな!」
ジール隊長にネコミミヘルメット姿を褒められて、アメリアはえへへとはにかんだ。
「荷物をお持ちします」
「え。あ、あの大丈夫です。自分で持っていきます」
貴族令嬢なだけあって兵士が荷物を持つと言うが、アメリアはそれを断った。子供たちはみんな背負っているし、せっかくもらったリュックなので背負いたいのだ。
ジール隊長もその意を汲んで、好きにさせてあげた。
ザインが言う。
「ミニャ様、ジール隊長、忘れ物はありませんか?」
「んー……大丈夫です!」
「こちらも問題ない」
グルコサ勢もお供え物を持参しており、そこそこの荷物を持っていた。
「それじゃあ行きましょうか。俺とバールが先導を、その後にミニャ様たち。よろしいですね?」
コーネリアやセラ、兵士たちの位置は言わないが、すでに大人たちで話し合ったあとだった。ちなみに、コーネリアとセラはイヌミミ姉妹の面倒を、兵士たちは後ろを歩くことになる。賢者たちは子供たちの周りをメインに全体に展開する予定。コーネリアはモグ用の背負子を背負っており、モグは王様行楽である。
「はい!」
ミニャの元気なお返事を聞いて、ザインは口角を上げて頷いた。
ミニャの初めてのダンジョン探索が始まろうとしていた。
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