5-23 領主からの報告
本日もよろしくお願いします。
日本でゴールデンウィークを懐かしみ、次の連休がいつだったかカレンダーを眺めて絶望する人が続出し始める頃、日本とは少し季節に差があるミニャンジャ村では、子供たちがもういくつ寝ると女神の月と指折り数え始めていた。
そんな夏のある日のこと、グルコサの町の領主館。
グルコサに滞在している賢者は、領主館の別館を使わせてもらっている。そのお部屋に数体の人形を置かせてもらい、色々な活動をしていた。
グルコサで活動する賢者の主な仕事は、治療後のアメリアの定期診断と町の人の生活の観察だ。異世界人の病気について調べたネコ太が使用したのもこのお部屋の人形である。
他に領主と話をすることも多い。内容はいろいろだが、多いのは隣国に赴いたエルフのシゲンの動向についてだ。下手をすれば戦争に発展するので、領主はかなり気にしていた。
アマーリエと話すことも多く、こちらはクレイの暮らしぶりが会話の内容だ。
さて、その日は生産属性の賢者であるリッドが工作をしていた。
木材と庭にある石を貰い、9×9の小さなマスが刷れる版画を作り、紙にペッタン。その枠の中にパトラシア言語で数字をいくつか書き込み、完成!
さっそくリッドはメイドさんに抱っこされて、ソランの下へ向かった。なお、抱っこされているリッドは美少女フィギュアに宿っているが中身は男子。ぬっくぬくで良い匂いで夢みたい。やっぱり自分は特別な存在になってしまったんだなと確信に至る。ばぶぅ。
「あれ、賢者様。どうなさいましたか?」
ソランはお部屋で読書をしていた。
『リッド:ソラン君にプレゼントがあります』
「わっ、ありがとうございます。なんでしょうか?」
『リッド:これです!』
メイドさんが運んでくれた10枚の紙の束を渡した。
「これは?」
『リッド:これはナンバーズという頭の体操みたいな遊びです。息抜きの時間に良かったらやってみてください』
ナンバーズは、18世紀には原型があったと言われる数字パズルだ。行と列に数字を被らせずマス目にいれていくのが基本ルールのゲームである。そこに独特のルールを組み込むことで推理の幅を増やしていったりする。
クレイにアメリアと、領主の子供に賢者たちはいろいろなプレゼントをしたが、ソランについては特に何もしてあげていない。たまに折り紙で一緒に遊ぶくらいだ。だから、若干インドア派の印象があるソランが好きそうなゲームを作ってプレゼントしたわけである。
というか、ソランはおそらく後継ぎ筆頭のはずなので、彼とは率先して友好関係を築いた方が良い。
『リッド:例えばここ。ここはこちらに1、こちらにも1があり、この辺りに1が入ると矛盾が生じてしまいます。ですから、ここに1が入るのが確定します』
「ふむふむ。たしかにそうですね」
『リッド:こんなふうにヒントを得て、入る数字を推理していくゲームというわけです』
ルールを理解したソランは、特段、楽しそうともつまらなそうとも感じ取れない表情。しかし、プレイし始めるとすぐに夢中になった。
『リッド:答えは作ってありますので、問題が解けたら誰かを僕たちの部屋に寄越してください』
「え、あ、わかりました」
『リッド:あと、面白くなかったら捨ててしまっても結構です。こういうゲームは人を選びますから』
すでに心はナンバーズに入り込んでいる様子。
10枚の紙には2つずつ問題があり、レベル1が3枚、レベル2が3枚、レベル3が4枚。練習、初級、中級と言った難易度だ。
もちろん、それぞれの答えは作成済みである。
また抱っこされて退室したリッドは、お部屋に戻ると言った。
『リッド:セティさんにも差し上げます』
メイドのお姉さんにも同じ問題を渡す。おっぱい代である。
「まあいいんですか? ありがとうございます」
メイドのお姉さんはニッコリ微笑むが、特段嬉しくはなかった。しかして、休憩時間にプレイしてみると一瞬で時間が消し飛んだ。
「はーん、なるほど。このどちらかに4が確定するから、こっちが4になるのか。ほうほう」
「あんた、それ何やってんの?」
「……え、あ? なんか言った?」
一緒に休憩している他のメイドが問うが、セティもまた心ここにあらず。
「それ何やってるのって聞いてるの」
「数字の遊びだって。賢者様からいただいたの」
「へえ」
「うーん? 詰まったわね……いや、でも……あー、そういうことか。え、私、天才じゃん」
ブツブツうるせぇ。
だが、推理テクニックを閃いて数字が入り、メイドのお姉さんは快感を覚えた。
「ちょっとやらせてよ」
「……え? ごめん、なに?」
「やらせてって言ってるの」
「やらせてって。そういうのじゃないから。一人用だから」
「いっぱいあるじゃん」
「いやいや、違うから。これはそういうのじゃないから。欲しかったら賢者様に言えば、たぶんくれるから」
すぐに賢者たちのお部屋にメイドさんが来た。
リッドはそれを予見しており、すでに準備万端。そのメイドさんにもプレゼントした。やり方を教えるために、抱っこしてテーブルに乗せてもらう。抱っこチャンスは小まめに拾っていくプレイスタイル。ばぶぅ。
その日の夕刻、賢者たちは領主に呼ばれた。
領主の担当は賢い系の賢者なので、クラトスが対応。
クラトスが領主の執務机の上に乗せられると、そこにはナンバーズの紙が置いてあった。たぶん、メイドさんが提出させられたのだろう。無念無念。
「ソランとメイドたちに遊びをくれたようだな。感謝する」
『クラトス:いえ。単なる暇つぶし程度のものですが』
「……ところで、レベル3よりも難しいのはないのかね?」
領主もやってみたらしい。
レベル3は中級だが、上級に向かうための推理テクニックに気づくための難易度みたいなものだ。軽い閃きがあれば大して難しくもない。
『クラトス:明日の朝にメイドへお届けいたします』
「やってみたら面白くてね。よろしく頼むよ」
『クラトス:それで本日のご用件は?』
「王都で、水蛇およびその関係者の処刑が無事に行なわれた。関係者の方はまだ一部だな」
話題の落差よ。
しかし、賢者たちはそろそろだろうという予感があった。王都に人が多くやってくる女神の月が目前に迫っているので、その前には始末するだろうと。
『クラトス:全てですか?』
「いや、クーザーと数名だけは残された。情報の収集に協力的な者らだな」
『クラトス:クーザーが。アイツもなかなか上手くやりましたね』
「二度の敗北で心が折れたのだろう」
『クラトス:水蛇の構成員については承知しました。協力者の家族などはどうなったのでしょうか?』
あまり聞きたくない内容だったが、これは聞いておかなければならないことだった。家族が逆恨みして復讐に来る可能性もあるのだから。
「水蛇の協力者は湖に面した町に潜伏している者らでね。中には商人や兵士をしていた者もいた」
滅茶苦茶大きな湖だが、結局は閉じた地域である。そんな場所で暴れ続けられただけあって、協力者は多くいたようだ。
「それら協力者の家族は国が保護した。王都の南、山を越えた先に町がいくつかあるのだが、その辺りで暮らさせることになるだろう。彼らは山を越えてこちら側に来ることが禁じられるので、もう湖を見ることはない」
『クラトス:なるほど。それは誰にとってもいいのかもしれませんね』
「ああ。そのまま元の町で暮らしたら被害者の家族に殺されてもおかしくない」
結構甘い沙汰だなとクラトスは思った。これが2、300年前の地球なら見せしめに一族郎党連座で死罪にする国もザラにあっただろう。犯罪者の末路を見せることで、犯罪への抑止力にするのだ。
ちなみに、山の向こうにある町村は別に流刑地ではない。
「貴殿らがアジトを制圧した折に、ヘリング伯爵の幽霊と出会っただろう? その件も解決した」
『クラトス:そうですか。伯爵の無念が晴らせて良かったです』
生配信を見ている賢者たちも、妻や娘を想って悲しむ伯爵の幽霊を思い出してしんみりした。とはいえ、貴族の家臣が協力者だったわけで、国の恥だろうからあまり深くは聞かなかった。
「アジトについてだが、あの場所に砦を築いて隣国への備えとすることで決まった。このルートをあちらの水軍が使うと面倒だからな。君らが調べてくれた航路を拡張することになるので、あそこら辺の水域に船の往来が増えると思うが、ミニャンジャ村の水域に作業の船が入ることはないので安心してほしい」
『クラトス:承知しました。皆と共有しておきます』
「うむ」
『クラトス:そうしますと、フォルガ剣大公陛下はそろそろこちらへ?』
「ああ。おそらく明日か明後日にはグルコサに到着するだろう」
『クラトス:やはりミニャンジャ村に滞在すると思いますか?』
「したいと言うだろうな。とはいえ、今回の名目は少し違ってね。あれだよ、水蛇の件でのお礼の大使として父が選ばれた」
『クラトス:前国王陛下が大使としていらっしゃるのですか?』
「王家に連なる者を派遣するのは確定事項だからね。下手な貴族を向かわせてミニャ殿に取りいっても困るのさ。まあ、選ばれたといっても、どうせ強引に自分が行くことにしたのだろうがね」
『クラトス:なるほど……使節団の訪問の件は承知しました』
「あー、それと倉庫の準備をしておいてほしい。もしくはウチの港の倉庫を貸すこともできるが」
領主はそう言って4枚の紙を机に並べた。
御礼品の目録であった。
『クラトス:これはまた、凄い量ですね』
「女神の使徒が戦利品の分け前を断ったという美談を聞かされては、王も奮発しないわけにはいかないのさ。こちらの2枚は剣大公、父からの贈り物だ」
『クラトス:こんなによろしいので?』
「王の懐から被害者への救済金も出したようだし、遠慮する必要はないよ」
ミニャが分け前を断った時に、賢者たちはどうせ贈り物に姿を変えるだろうという確信があった。その予想は正しく、多くの品を貰えるようだ。
これはフォルガもそうだ。以前会った時にグルコサ防衛やアメリアの治療の件を物凄く感謝していたが、やはり贈り物をしてきた。
「大使の件だが、慌てて準備をする必要はないよ。グルコサに留めておくこともできるからな」
『クラトス:それは失礼になりませんか?』
「そもそも、君らは使節団から正式に先触れが届いていないだろう? 先触れを出し、迎える準備を整えてもらい、お邪魔する。訪問する者はそれを承知で待つのが普通だ」
『クラトス:そうですか。しかし、こうして先んじて情報を頂きましたので、なるべく早くお迎えできるように善処します』
「そうかね? まあ、グルコサには君らもいるから、父も暇はしないだろうさ」
前国王の対応とかしたくないわぁ、とクラトスは思ったがフキダシには出さない。ネコ忍の誰かがやってくれないかなぁとも。
領主から貰ったこの情報は賢者たちの間ですぐに共有された。
翌日には予定通り、フォルガがグルコサにやってきた。
そして、領主が言った通り、フォルガは元気になったアメリアから教わった縄跳びを大人げなくビュンビュンしたり、ナンバーズを賢者から貰ったりして、本当に暇をせずに過ごすのだった。
領主からの報告を受けた翌日の朝、ミニャのおウチにて。
賢者たちは大使の件をミニャに報告した。水蛇が処刑された件は、もう少し大人になってからにしようということで決まった。
大使を迎え入れていいかをこれからミニャに許可を取るので、他に子供たちはいない。特にクレイはフォルガが大使と知ればテンションを上げてしまうだろうから、ミニャが自分で考える余地がなくなってしまう。
「大使ってなぁに?」
当然わからぬ。
しかし、近衛賢者たちも結構な数がわからぬ。大使ってなんだ。もちろん、言葉自体は聞いたことあるけれど、どういう地位の役職なのかはわからなかった。そういった賢者たちは、さっきまでキャッキャとしていたのに影を薄くした。
そんな中で学校へ行く前に朝のお仕事に来ていた女子高生が、ミニャに教えてあげた。
『ハナ:国は王様だけが動かしているのではなく、色々な人がみんなで運営しているんです』
「賢者様たちの委員会みたいな感じ?」
『ハナ:そう! そうです!』
ハナが説明し始めたので、気配を解放した近衛賢者たちはミニャの理解力の高さに感心し始めた。
『ハナ:国は他の国と仲良くするために、その国の代表者と色々なお話をしなければなりません。そういうのを外交交渉といいます』
「外交交渉!」
『ハナ:そうです。ミニャちゃんがグルコサの町に行って、領主様とお話をして、色々と決めたのも外交交渉です』
「にゃんですと!? ミニャ、外交交渉してたんだ!」
『ハナ:はい、とても立派でした』
驚愕の事実。
ミニャははえーと感慨深げ。
『ハナ:でも、ミニャちゃんは村でお仕事やお勉強があるし、毎回行けるとは限りませんよね?』
「うん。忙しいからねー」
ミニャは生意気にも腕組みをして、頷く。予定が詰まっていることがお姉さんっぽいと思う年頃。
『ハナ:そういう時はミニャちゃん以外の誰かがグルコサへ行って、領主様とお話をするんです』
「クラトスさんがやってるお仕事だ!」
ミニャもそういう認識。生放送を見ているクラトスは恐怖した。
『ハナ:そうですね。国も同じで、忙しい王様の代わりに外国へお話に行く外交官という人たちがいるんです』
ミニャは体を動かしながら「外交官!」とインプットとアウトプットを高速で行なう。ハナが頷き、影を薄くしていた近衛賢者たちもうむうむと知ったように頷く。
『ハナ:この外交官たちの中で一番偉い人が大使です。本当は特命全権大使というのですが、長いから大使と呼ばれますね』
「はー。にゃるほどねぇ。大使は偉い人」
ミニャは理解した様子。
『ハナ:というわけなんですが、大使さんがミニャンジャ村に来て、ミニャちゃんとお話をしたいみたいなんですが、来てもいいですか?』
「うん、いいよー。いつ? 今日?」
まるで近所の友達が来るみたいな軽いノリ。
『ハナ:今日ではないですね。お迎えするための準備をするので、何日かあとです。賢者たちで来てもらう日を決めていいですか?』
「うん、いいよー」
やっぱり軽い。
『くのいち:大変大変!』
その時、他の子供を起こす係だった近衛賢者が駆け込んできた。
「どした!」
真面目な話をしていたミニャの気が一瞬で散ってむむむっ。
お話も終わっているので、ヨシッ!
『くのいち:ビャノ君とラッカ君の乳歯がグラグラしてるの!』
「にゃんですと!?」
大使の来訪<キッズの歯の生え替わり。
ミニャンジャ村は平和であった。
読んでくださりありがとうございます。
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