5ー1 ただいま!
本日もよろしくお願いします。
「そのままゆっくりと接岸してください」
「賢者様、ゆっくりゆっくりー!」
「ゆっくいゆっくい!」
賢者が操舵するお船の縁で、ミニャと子供たちがジール隊長の言葉を復唱する。
グルコサで大活躍したミニャは、領主ディアン・ランクスからお船を貰った。
この船は中古らしいが、まだまだ新しいもので、造られてから1、2年くらいしか経ってないのではないかと思われる。
操舵を覚えた賢者たちに船を任せ、ミニャたちはミニャンジャ村の船着き場に到着。
船縁にいるガキンチョ教官たちにジーッと接岸チェックをされながら、ゆっくりと船が桟橋に横付けされた。
「おー、上手!」
パチパチパチと子供たちから拍手が送られ、操舵した賢者はテレテレした。
桟橋に板が渡されると、まずはジール隊長が下船して子供たちが降りるのを補助してくれた。
『ネコ太:ミニャちゃん、お仕事の邪魔になっちゃうからみんなで上に行こう』
「うん!」
これから桟橋では荷下ろし作業があるので、ミニャたちは階段で大崖の上に登った。
「あっ、荷車がある!」
ミニャは今まで村になかったアイテムを目敏く発見した。
ミニャが大量のお土産を持って帰ってくることはわかっていたので、荷車が2台作られたのだ。これらの荷車はクーザーの船を解体した時に手に入れた木材を使って作成し、これで製材は全て消費してしまった形だ。
さらに、村までの道には車石が設置されていた。
車石とは鉄道が敷かれる前に日本各地で使われていた側道だ。石畳に車輪が嵌る溝を彫ることで、牛車や馬車、荷車などの運行を円滑にすることができた。レールほどではないものの、車石は先人の知恵と言える。
「おー……」
ミニャたちがカッコイイ単車を見るキッズのような目で荷車を観察していると、村の方からふわふわと空中を泳いでやってくるモグの姿が。
「ももぐぅ!」
「あー、モグちゃん! ただいまー!」
どうやら賢者にフライの魔法をかけてもらい、文字通り飛んできたようだった。
「もぐもぐぅ、もももぐぅ!」
「ごめんごめん、遅くなっちゃったね」
「もっ!」
ちょっと拗ね気味なモグだが、ミニャが謝るとすぐに機嫌を直した。
子供たちもただいまの挨拶をしつつみんなでもふもふしていると、一緒についてきたセラが言った。
「この子はもしかしてモグブシンですか?」
「そだよー」
「初めて見ましたね」
「ももっ!?」
モグは「何奴!」みたいな感じで立ち上がる。
「モグちゃん、これから一緒に住むことになったセラさん。このお兄さんはクレイ君、こっちはコーネリアさん、他にもいるけどお仕事してくれているから、またあとでね」
「もっ!」
ミニャは新しく仲間になる面々をモグに紹介した。ザインとバールは荷下ろしを手伝っているので、今はまだ崖の下にいる。
「よろしくね。モグちゃん」
「もぐっ!」
コーネリアの挨拶に、モグは体の横でパタパタと手を振って頷いた。
その愛らしい姿に、モフモフ耐性が無いクレイやコーネリアはデレた。意外にも召喚士のセラはそこまでデレた様子ではない。おそらく、動物への慣れもあるのだろう。
「モグブシン!」
「ふっわ、可愛い!」
さっそくモグが片手を上げたポーズを決めて、名前の由来となっているであろう不思議な鳴き声を上げる。コーネリアのテンションが上がった。
モグはコロンと背後に転がり、短い手をワタワタさせて、子供たちをキャッキャさせた。
「モグブシンは心を読む幻獣だと聞きますが、これがそうですか」
召喚士なんてやっているので、セラは物知りのようだ。
「え。じゃあ今のは心を読まれたの?」
「ええ、だから心の清い人にしか懐かないと言われてるわ。捕まえようとする大人や石を投げてくるようなクソガキの前からは、すぐに逃げてしまうそうよ」
「へえ、じゃあ私は清い心だから平気か」
そうこうしていると、荷運び人や兵士たちが荷物を担いで階段を上がってきた。
「ジールさん、賢者様が荷車を用意したから使ってください」
「これはありがとうございます。ではお言葉に甘えて使わせてもらいます」
荷物は相当な量だが、町を救った英雄なので荷下ろしの士気はすこぶる高い。
そちらはジール隊長に任せ、ミニャたちは一足先にミニャンジャ村へ向かうことに。
途中で女神の祠に帰還のご挨拶。
祠の天井裏にいる賢者がライトアップしてから、2名の賢者が祠の扉を恭しく開ける。光の中から現れた純白の女神と希少石で作られた花々の輝きに、初見となるクレイやコーネリアたちは平伏しそうな勢いだ。
「女神様、みんな無事に帰ってきました。ありがとうございます!」
それからミニャは心の中で、みんなで悪い人をやっつけたことやちゃんと領主と話せたことを報告した。スノーやクレイたちも熱心に祈っている。
たっぷりお祈りを済ませ、ミニャンジャ村へ。
「ミニャンジャ村には凄い祠があるんですね」
「女神の祠はいくつも見てきたけど、あんなに神々しいのは見たことありません」
クレイとコーネリアが口々に言う。
「賢者様が作ってくれたの。ねー?」
まあグルコサの町への牽制のために作ったわけだが。
「ジール隊長。これは凄いですね」
荷車を引く兵士がふと思ったことを言った。
しかし、ジール隊長は何のことだかわからなかった。
「何がだ?」
「これですよ、この溝。全然疲れません」
どうやら車石に感心しているようだった。
ジール隊長も車石の存在には気づいていたが、言われるまではあまり関心がなかった。
土を固めた程度の道だと車輪の轍が幾本もできて、それに車輪が乗ることで操作がよくブレる。ただの石畳でもちょっとした出っ張りで舵が取られてしまう。車石は決められた道しか行けないが、そういったことがないのだ。
知られざるミニャンジャ村のアイデアを心にメモしていると、元警察官のネコ忍・コウゲンがジール隊長に言った。
『コウゲン:ジール殿、せっかくなので女神様へご挨拶などいかがですか?』
そのフキダシを読んだジール隊長は、賢者たちの術中に嵌った。
「お前たち、この先に女神様の像があるんだ。入口で荷車を止め、参拝をさせてもらおう」
ミニャたちの参拝が終わって閉まっていた扉が、また賢者たちの手で開けられる。ゆっくりと開けるのがポイント。
祠の中が暗いと思っている彼らは、扉の隙間から零れる眩い光に目を奪われ、やがて姿を現した輝く女神像を見て震えることになる。賢者たちはエンターテイナーなのである!
「むむぅ、広くなっとる!」
「なっとぅ!」
ミニャはミニャンジャ村の面積が広がっていることにすぐ気づいた。ルミーもそれを真似してキリリ顔。
「こ、これがミニャンジャ村……」
王都にいた都会人のコーネリアはガクガクした。
やべえ所に来たと。
そう思うのも無理はない。
なにせ竪穴式住居に住んでいるわけだし。
賢者たちは恥ずかしくてしゅんとした。
だって道具が全然なかったんだもん。
そりゃ賢者たちだって電ノコみたいな魔法を使えれば普通の家くらいは建ててみせるが、精々あるのは魔力で作り出したノコギリだ。そんなもので丸太を製材していては、子供たちはずっと野宿生活である。
ではレンガで造ればどうかといえば、領主が見張りを出していたので、煙が出るレンガを焼けなかった経緯がある。
道具や資材を買い、煙もガンガン出せるようになったここからが本番とも言える。
コーネリアはそんな有様だが、意外にもクレイやセラは特に驚いていない。開拓村なら上等な部類と考えているのかもしれない。
「それじゃあ案内するねー。まずはこっちです!」
ミニャちゃん陛下はガイドさんに大変身。
広くなった村の用地には、謎の大穴が6つ空いていた。
周りには木材や石が大量にあり、子供たちは『ここに新しいお家を建てるんだな』とキュピン。
「ここパインたちのおウチ!」
「こっちはあたしのおウチだよ!」
パインやマールが自分のおウチを嬉しげに自慢し、賢者たちの自信も復活。
「ここがミニャのおウチです!」
ミニャがむふぅと自慢したのは一番大きなおウチである。
竪穴式住居にしては相当に立派だ。
とりあえず、どんな感じか見てもらうために、ミニャのおウチへと入った。
「へえ、良い家ですね」
セラがそう言い、ミニャは胸を張ってえっへん。
コーネリアも意外といいかもといった感じで内装を見回した。石パネルが綺麗に敷かれているため、外から見た印象よりもずっと清潔なのだ。
領主館のような立派さはもちろんないが、下手な安宿よりも過ごしやすそうだとコーネリアたちは思った。
続いて公衆浴場を案内すると、その広さや清潔感にセラとコーネリアは機嫌を良くした。
食堂やトイレだけでなくトロッコまで紹介したところで、ザインとバールが来た。
ジール隊長たちは、賢者の案内で倉庫へ荷物を運びこんでくれている。
「開拓村かと思って来ましたが、ずいぶん住みやすそうですね。それに見たことないもんもある」
やはり開拓村を想像してやってきたようだった。
見たことない物とはトロッコのことだろう。
引っ越ししてくる人たちが集まったので、ミニャは朝の会ならぬお昼の会を始めた。
「うんとうんと、明日みんなのおウチを作るから、クレイ君やセラさんたちも手伝ってください」
すると、クレイは目をキラキラさせた。
貴族とはいえ所詮は10歳のキッズ。秘密基地を作る感覚のようだ。
一方、大人たちは狼狽えた。
「さすがに家は作ったことねえな」
「私もありません」
ザインとコーネリアが言う。
「ルミーはちゅちゅったことあぅお」
「マジかよ、ちっちぇのに俺よりすげぇじゃん」
「わふぅ!」
ルミーがドヤっと煽ると、バールが驚いた。
他の子供たちも家作りに自信ありげ。
「うんとねー、だから今日はミニャのおウチに泊まってください」
「俺とバールは外にテントを張るのでいいですよ。女衆とクレイ様を泊めてやってください」
すると、ザインはそう言って断った。
冒険者なので野宿は慣れているのだろう。
「そーお? じゃあ、それで。あとねー、水が欲しかったり、明かりが欲しかったり、ケガを治してほしかったりしたら、近くの賢者様に言ってね」
昼の会を終え、セラたちは荷運びの仕事へ向かった。
一方のミニャたちは、接待のお手伝いを始めた。
人を雇ってでも荷物を運んでもらうのは大量に買い込んだ時点で確定していたので、接待をすることも決めていた。引っ越し業者にジュースを渡して労うような、アレである。
そのため、賢者たちが事前に鹿を一頭狩り、肉の準備をしておいた。
ミニャたちの任務は、サッと湯通しして一口サイズに切られたお肉を串に通すお仕事である。
お米を大量に買ってきたので炊いておにぎりでも提供したいところだが、この国の米は賢者たちが扱ったことのない玉米。
トマトンたち料理番の賢者たちは領主館の調理場の見学をさせてもらったが、それでも練習せずにいきなり大量に炊くのは無理だと会議の段階で断っていた。
荷運びが終わりそうになったので、串に通したお肉を外に作った焼き台で焼き始める。味付けは森塩と香草のスパイスだ。
サーフィアス王国は米文化だが、麦も作っているのでエールもある。それを仕入れてきているので、振舞うことに。
「少ないですけど食べていってください」
「これはお気を使わせてしまったようで申し訳ありません」
ミニャちゃん村長の接待ヂカラに、ジール隊長は恐縮した。
倉庫への搬入を終え、兵士や荷運び人たちがぞろぞろとやってくる。
一口大のお肉が連なった串焼きはなかなかに食べ応えがあり、みんな肉汁で唇をテカらせながら頬張っている。
肉を呑み込んだジール隊長が言う。
「これはもしかして苔鹿ではないですか?」
「うん!」
「「「苔鹿!?」」」
「「「おーっ!」」」
「道理で美味いわけだ!」
出された食材の名前を聞いた兵士や荷運び人たちが驚きの声を上げ、スレッドでは『あれ、また俺たちなんかやっちゃいましたか?』などと宣う賢者が現れた。
この森には緑色の鹿が結構な数いる。
まるで苔が生えているような綺麗な毛並みで、隠遁の魔法を使う魔物だ。
兵士たちの様子から、あまり出回らない食材なのだと賢者たちは気づいた。
「苔鹿か……コイツを狩るのは難しいんだよな」
ザインが言う。
「そうなの?」
興味を引かれたスノーが問うた。
「そうさ。コイツは人を見つけるとすぐに隠遁の魔法で森の緑に紛れちまうし、罠を察知する賢さもある。だから、コイツを狩るには丸1日木の上でジッと隠れているみたいな方法で、苔鹿の方から攻撃範囲に近づいてもらわなくちゃならねえんだ。俺も1回だけ狩ったが、二度とやりたくない仕事だな」
「へえ」
「あん時は3日掛かったからな」
ザインの説明に、バールが苦笑いしながら補足した。
するとザインが嫌そうな顔で反論する。
「お前が矢を外したからだろうが。アレがなければ半日で終わってた」
一方の賢者たちは、これを数時間で狩った。
ザインの話はあくまでも人間サイズなのだ。賢者は小さいため、あまり動かなければ人間よりもずっと見つかりにくいのである。
それに、生息数が大崖の下と上では全然違うのではないかと思われる。おそらく、冒険者がよく出入りしている大崖の下はかなり少ないのだろう。とはいえ、ミニャンジャ村が開拓を続ければ、この辺りの生息数も少なくなっていくかもしれない。
「それではミニャ様。また何かありましたら、いつでもグルコサにお越しください」
「はい。運んでくれてありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
子供たちから仕事のお礼を言われ、兵士たちは満足そうに帰っていった。
こうして、ミニャたちはミニャンジャ村に帰ってきた。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想ありがとうございます。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




