4章閑話 水蛇の最後2
本日もよろしくお願いします。
4月28日18時。
夕日が湖の彼方で燃える時間に、グルコサ水軍と王国水軍合わせて30隻の船団は賊のアジトへ向けて出陣した。
船に乗っている人形はフィギュア30体と石製人形50体。そのうち賢者が宿っているのはフィギュアの15体のみ。
さすがに討伐軍の司令官と賢者たちが意思の疎通ができないのは問題なので、ミニャに頼んでフォルガの目にもフキダシが見えるようにしてあげた。これにフォルガは大変感激した。
大岩礁地帯の航行ルートの入り口まで来ると、賢者たちはライトの魔法を駆使しつつ、船団をゆっくりと先導していく。
大岩礁地帯はサーフィアス王国の身近にある秘境だ。身近なのに長年秘境だったというのはそれなりに理由がある。シンプルに船で入るのは頭がおかしいくらい入り組んでいるのだ。
『ロッコウ:ここで45度左へ前進。白銀君、マーク』
『白銀:マーク、了解』
ロッコウはガーランドの船に忍び込み、大岩礁地帯のルート図を描いた賢者だ。
今は先頭のジール隊長の船に乗り、指示を出していた。
指示を受けた白銀は光の球を空中に浮かべ、その光を目印にして後続の船は進路を変えるポイントを把握し、向かう方角自体は前の船の船尾に合わせる。
『ロッコウ:カーマイン君、速度半分まで下げ、告知』
『カーマイン:ジール隊長、速度を半分まで下げてください』
「速度半分! 下げろー!」
「速度半分! 下げろー!」
あるポイントではジール隊長や船員に声を張り上げてもらい、徐行をさせる。
注意ポイントまで差し掛かると湖の中にライトの魔法が入れられ、兵士たちは水の中で猪の牙のように突き出した岩礁を目撃することになった。
こういった岩はやろうと思えば排除することもできたが、賢者たちはしなかった。もしそれをやるにしても、まずはありのままの航路を体験してもらってからだ。
踏破する苦労を誰も知らないルートをこっそりと開拓するのは、他者から見れば何もしていないに等しく、尊敬も報酬も生まれない。
「うーむ。これほど複雑なルートを一発で解析してしまうとは……」
船団の中ほどを進むフォルガは、畏怖するように呟く。
王をしていた人物がこれを見てなにを思うのか、賢者たちはドキドキした。
やがて水面から出ている岩礁がなくなるが、ここからが本番。
岩礁は見えていなくとも、水面下に変わらずあるのだ。
その話が周知されている兵士たちの顔は真剣だ。
賢者たちは水の中にライトの魔法を入れ、さらに『水中移動』で水中に隠された目印を探す。
列を成す船団には大勢の兵士がいるにも拘わらず、聞こえるのは指示や注意喚起の声のみ。雑談などしようものなら操舵者にぶん殴られそうな緊張感だった。
慣れていた水蛇ですら低速で航行していた場所なので、水軍はさらに慎重に船を進める。
たっぷりと時間をかけて難所を越え、岩礁が水面下にもなくなった頃には、賢者たちも兵士たちもみんなヘトヘトになっていた。
賢者たちは30隻中28隻の船団を無事に送り届けることに成功したのだ。
残り2隻は、最後尾で水路をじっくりと進み、目印となるブイを設置している。この2隻には施工チームとして作業用の石製人形50体たちが同行し、ブイの設置を手伝った。
賢者たちがいつまでも先導をするわけにはいかないので、これ以降はサーフィアス王国にブイの管理、あるいはさらに分かりやすい目印を作ってもらうことになる。
難所を抜けたので、これ以降はかなり長い間、岩礁がなくなる。
少なくともここからアジトの光は見えないので、二十数キロは岩礁のないエリアだ。
「空が明るくなるまでこの場で大休憩とする。各部隊長は作戦会議だ」
討伐隊は魔物を警戒して見張りを立てつつ、休憩に入る。
この数時間後の深夜3時、岩礁にいる賊たちに致命傷を与えるプレゼントが与えられるのだった。
「こ、これは……」
岩礁に閉じ込められた賊たちを見たジール隊長は、その有様を見て言葉を失った。
昨晩の作戦会議で敵の数と賢者たちの作戦概要を教えてもらっていたが、部隊長たちはあまり期待していなかった。
というのも、賢者たちはアジトの中にあった毒薬を使うということだったが、なにせ彼らが食べていたのは明らかに敵からの施しである。
我慢が利かない者は確かにいるだろうが、そういった者がまず食べるので警戒心がある者なら毒になどやられないと、作戦を聞いた部隊長たちは思っていた。
それがどうだろうか。まともに戦えそうなのはわずか4名だけだった。
その4名も岩礁の端で湖の中に入り、隠れているだけであった。当然、賢者たちがチクったので、ほとんど抵抗を見せることなく捕まった。
いったいどうすればこれほどの人数に警戒されることなく毒を盛れるのか……。
「逆らう者は斬り捨ててかまわん、捕縛せよ!」
フォルガの号令で兵士たちが岩礁に上陸した。
出発した当初は生き残りによる猛烈な反撃を考えていた兵士たちだったが、捕縛はゴブリンを斬るよりも簡単に行なわれた。
むしろ、異臭を放つ彼らを洗う作業の方がはるかに大変だった。こんなに臭いヤツらを船に乗せたくなかったのだ。
捕縛された賊から順番に、王国の治癒術兵や賢者たちから回復魔法が掛けられて毒が癒されていく。
嘔吐と腹痛が癒えても、体力と空腹は治らない。回復してもらった後も、やはり抵抗できる者は誰もいなかった。
「う、うわぁああああ!」
ふいに悲鳴が響き渡った。
そちらを見れば、タルのそばで兵士が尻餅をついていた。
賢者たちは、やっべと思った。そのタルの中にはホラーアーティストである髑髏丸が布に描いた渾身の生首絵があるのだ。
『髑髏丸:なんだこの力は……まるでみんなの怨念が俺に力を貸してくれているみたいだ……』
『ネムネム:少年漫画みたいに言うな』
『ビヨンド:それは集めちゃいけない力じゃね?』
『鍛冶おじさん:この絵にカラスが集まりそう』
作業中に同じ生産職からそんな総ツッコミを入れられた髑髏丸だが、ミニャのオモチャ箱の成長補正が働いていたのだろう。生首絵は余白に描かれたエフェクトだけでもおどろおどろしい。
オラオラ系だったガーランドの精神に最後の一撃を与えただけあって、応援にやってきた兵士たちも「ひぇっ」とか「うわっ」とか「こっわ」とドン引きの様子。
そんなハプニングがありつつ。
「これがあの火熊のガーランドか」
王国水軍の部隊長が厳重に捕縛されたその男を見て、引き気味に言う。
その部隊長はガーランドの顔を見たことがあった。まだ30代半ばだったはずだが、その男は髪をほとんど失い50や60歳くらいに見えるほど老け込んでいた。
だが、捕縛した賊も、協力してくれている賢者たちも、誰もがこれがガーランドだと言った。
「どうしたらこんなになるんだ……」
部隊長の呟きを賢者はジッと聞いていた。
ちょっとやりすぎちゃった感もあり、ミニャを危険視するかもしれない。賢者たちはフォローを入れることにした。
『竜胆:我々は霊視という魔法が使えます』
竜胆がフォルガとそのそばにいる側近に言う。
フォルガと同様にフキダシが見えるようにしてもらっている側近は、部隊長やフォルガの護衛たちにもわかるように通訳した。
「霊視ですか?」
『竜胆:はい。この世に留まる霊魂を見るための魔法です。通常の人間ならば、効果を実感するのは難しいのですが、強盗殺人を行なったような人間には極めて凶悪な魔法になります。みなさん、よろしければ霊視を体験なさいますか?』
「それは興味深いですな。ぜひお願いします」
フォルガがあっさりと言うので側近は止めようとするが、どうせ無駄だと引っ込んだ。
『竜胆:注意点として、霊視を行なうと幽霊が見えるようになりますが、幽霊の陰に隠れて相手の行動が見えにくくなります。ですので、護衛の方々には半数ずつ交代で使用します。こちらも注意しますが、急な攻撃などには十分にご注意ください』
霊視が使えるのは闇と光属性。竜胆は光属性なので、フォルガや側近、周りにいる兵士半数に霊視を使った。
「「「……っ!?」」」
霊視をかけられたフォルガや兵士たちは大量の幽霊に囲まれている賊たちを見て、息を呑んだ。
悪人に取りつく幽霊は自分を不幸にした者を指さして現れる。この指差しが解かれることは滅多になく、賢者たちもバルメイの目を塞いだ一回だけしか見たことがなかった。
そんな指さす幽霊たちだが、可哀そうではあるが物凄く不気味だった。
『竜胆:一番強いガーランドにはこの魔法を頻繁にかけ、最後にあの絵を見せて心を折りました。任務とは言え、こんな者たちに大切な兵士の命を懸けてもらうのは申し訳ありませんからね』
と竜胆は言い訳しておいた。
普段はこんなことしませんよ、全てあなたたちのためですよと。
言い訳ではあるが、真実でもある。
さて、賢者たちはこの数日間、ひとつの検証を行なっていた。
敵アジトで捕えている賊たちに憑りついている指差し幽霊との対話である。
どうやら、指差し幽霊は異世界人が言う『ゴースト』とは違うようだったからだ。これはガーランドやバルメイが倒せることを確信して攻撃をしたことからも明らかだ。
その対話で、賢者たちは極めて重要な事実を幽霊たちから聞くことができた。
『竜胆:彼らは自分の大切な者たちが自分と同じように不幸な目に遭わないよう、女神様に訴え、ああして現世に魂の一部を留まらせている特別なアンデッドです。通常のアンデッドとは違い、あなた方に危害を加えることはありません』
このシステムを幽霊たちも詳しくは語れなかったが、推測の助けにはなった。
つまり逆に言えば、訴えが受理されないような逆恨みでは幽霊は憑りつかないと、異世界と地球の多くの人を霊視で観察した賢者たちは結論付けた。
絶対に誰かに恨まれているであろう領主やフォルガに指差し幽霊がついていないのは、彼らの治世が真っ当な判断のもとで行なわれていたからだろう。
「そんなことが……」
竜胆の話を聞いたフォルガは、捕縛されたガーランドに憑りつく若い貴族に歩み寄った。
賢者たちはガーランドを警戒するが、もはやフォルガが近くにいることすら気づかずにブツブツと言いながら目を閉じている。
「お前はヘリング伯爵だな」
しかし、若い貴族、ヘリング伯爵はそれに一切応えない。
『竜胆:彼らにこちらの言葉は聞こえません。彼らと対話をしたければ別の魔法が必要になります』
「それを我々に掛けることはできますか?」
『竜胆:正確には死者本人に掛ける魔法となり、近くの者すべてに会話が聞こえます。ひとつ注意が必要なのですが、幽霊は本音しか喋ることができません。耳に良い話をするとは限りませんし、生きている者を不利にすることを言ってしまうかもしれないので、オススメはしません』
「……それでもお願いできますか? 拙者に無礼を働くといったことは全て許容しますので」
『竜胆:わかりました』
竜胆は近くの闇属性を呼び、ヘリング伯爵に『死者の声』をかけてもらった。
『竜胆:ヘリング伯爵、聞こえますか?』
フキダシで喋る竜胆の声を聞き、ヘリング伯爵はハッとしたように顔を上げた。
「ヘリングよ」
『あ……陛下……?』
ヘリングは指差しを止めて、両手を背中へと回した。むき出しの魂でも敬礼を行なうということは、本心から王国に忠誠を誓っているのがわかる。
「死してなおも家族と民のために悪を示し続けるその忠義、まことに大儀であった」
『……そのようなお言葉……私は父から頂いた立派な船を奪われ、王国に不幸を振りまく者たちに力を与えてしまいました。あぁ、情けない……情けない……情けない……』
「余が許す。この者らは王国が必ず極刑に処す。お前は安心して眠れ」
ヘリング伯爵はフォルガの言葉を聞き、涙を流した。
「何か家族に言い残すことはあるか?」
『……妻リリーエと娘リフィーナをいつまでも見守っていると……あぁ、可愛いリフィーナ……愛していると……臣下のルガイと商人ゴダンは水蛇と通じている……悔しい……悔しい……あぁ、リリーエ、これからだったのに……すまなかった……リリーエ……リリーエ……』
ヘリング伯爵は心に溢れてくる言葉を順に告げているようだった。
それを聞く兵士たちの中には目に涙を溜める者もいる。
「必ずお前の深い愛情を2人に伝えよう。そして、お前の無念は余の名に誓って必ずや晴らそうぞ」
フォルガの誓いを聞き、ヘリング伯爵はどこか安らかな顔で頭を下げた。
賢者たちはここで死者の声を解除した。
すると、ヘリング伯爵はまたガーランドを指さし始めた。
「……彼らはこのままなのですか?」
『竜胆:彼らは憑りついた者が断罪されるまでその役目を続けます。断罪された時、彼らの魂は行くべき場所へ旅立ちます』
これはグルコサ防衛戦で目撃した現象だ。
兵士に討伐された賊に憑りついていた指差し幽霊たちは、賊の死を見届けると、安心したような顔で兵士と賢者に頭を下げ、消えていったのだ。
その際には、冥府の鎖が生える暗い穴の中へと引きずり込まれていく賊の幽霊の姿も確認した。なお、速やかに冥府の鎖は機能したので、アンデッドが発生する条件というのはよくわからなかった。
「そうですか。ヘリングよ。もうしばらく耐えてくれ」
そう告げるフォルガの目には怒りが宿っていた。
ヘリング伯爵が告げた2人の名。ヘリング伯爵はそいつらにハメられたのだろう。
きっとこの国には水蛇と通じている人間はもっと多いはずだ。
本当の残党狩りはここから始まるのかもしれない。
冥府の鎖などの説明もしつつ、岩礁の賊たちの捕縛は終わり。
アジトへと到着した討伐隊は、すぐにアジト内部へとなだれ込んだ。
港で拘束されていた賊はその様子を見て、猿轡の中で必死に命乞いを始めるが、この場で聞き入れられることはないし、王都に着いても同じだろう。
反対に、囚われていた被害者たちは手厚く保護された。
被害者たちは泣きながら抱き合って喜び、最後まで面倒を見てくれた賢者たちに何度もお礼を言う。
このアジトは王国軍によって管理される。
アジトに7隻分の兵士が残り、残りの23隻は賊と被害者をグルコサや王都へと運ぶために出発した。財宝は置き去りだが、これから何度もこのアジトを往復することになる。
工作部隊が目印のブイを残してきたため、夜にならないと通れない水路はすでになく、賊の討伐と被害者の救出を完了した船団は夕方前にはグルコサに凱旋した。
国に帰れた被害者たちは喜びに泣き、賢者たちや兵士に何度もお礼を言う。
お礼の言葉を貰った賢者たちの中には、こんなふうに心からお礼を言われた経験がない者もいて、不器用な調子で照れた。
こうして、賢者たちはグルコサ防衛戦から続いていた大きな仕事を、たくさんの感謝の涙と共に終えたのだった。
読んでくださりありがとうございます。
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