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ミニャのオモチャ箱 ~ネコミミ少女交流記~  作者: 生咲日月
第4章

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4章閑話 水蛇の最後

本日もよろしくお願いします。


 4月27日月曜の21時、ミニャがグルコサに滞在して3日目——水蛇のアジト周辺の岩礁。


 26日の午前3時頃から始まった水蛇の地獄のキャンプツアーはすでに40時間を越えていた。


 賊たちは3つのグループに分かれていた。

 岩礁を跳び渡り、それぞれがある程度の距離を取って比較的大きな岩礁に陣取っている。


 2つは、ガーランドの船に乗っていた幹部と、別の船に乗っていた準幹部クラスをそれぞれリーダーにしたグループだ。


 そして、もう1つはガーランドのグループ。いや、それをグループと言っていいのか、ガーランドはボッチだった……。

 キャンプ初日の冒頭で、ガーランドは誰にも見えないイマジナリーゴーストと激戦を繰り広げるという、傍から見れば頭が狂ったとしか思えない行動を取ったため、その求心力はすでになかった。だが、その強さは未だ健在で、逆らえる者はいない。


 ガーランドは2つのグループに対して何かを要求することはなく、岩礁の虫やカニを焼いて黙々と食べていた。その目はギラギラし、まだ諦めた様子はない。


 豊富な水と岩礁にいる虫などを飲み食いし肉体的にはまだ多少の余裕がある賊たちだが、精神的には追い詰められつつあった。


 昨晩は霧と異常な冷気によって体を冷やし、そうかと思えば発狂したように泣き出す者が現れる。魔法の発動を感知できる者もいるので、これらが何者かの魔法によるものだとは賊たちもわかっていた。

 だが、それがわかったところで止めようがなかった。


「この腰抜け共が、いい加減に出てきやがれぇ! 卑怯だぞ!」


 こう叫ぶ賊の数はすでにめっきり減っていた。

 叫んでも何も出てこないし、なんなら怒るだけで体力が消耗するので相手の思うつぼである。


 幸いにして焚火が消されることはなかったので昨晩はやり過ごすことができた。

 しかし、今晩は? またあの寒さが訪れ、イラつくほど大声で泣きだす者が現れるのか?


 このままここにいては討伐隊がやってくる。

 そうかといって、討伐隊がやってこないと船が手に入る可能性はない。

 船を奪うだけの体力が残っているうちに討伐隊が来てほしいと思う心と、どうか来てくれるなと恐れる心がせめぎ合う。


 3つのグループに分かれたが、泣き叫ぶ者をぶん殴って黙らせることはあっても、争いは起こらなかった。討伐隊が来た時に人数が減っていては、船を奪うことが不可能になるからだ。


 しかし、争いもそろそろ起きるかもしれない。

 岩礁にいる生き物には限りがあり、この岩礁地帯にいる人の数は船4隻分と救助のために来た10人の60人。すでに食べる物は減り、空腹は始まりつつあった。

 どうにかして魚が獲れないか工夫するが、その努力は悉く失敗に終わった。まるで何者かが邪魔しているかのように。


 そんな彼らに、ひとつの奇跡が起きた。

 水中から泡と共に3つのタルが浮かび上がってきたのだ。破損した船から出てきたのだと理解し、全員が水辺に走る。


 船が沈んだのは岩礁と岩礁の間にある天然の水路だ。

 水路を挟んだ2つの岩礁。片方には1つのグループ、もう片方にはガーランドともうひとつのグループが。


 水路にいる謎の生物がタルに反応して水草のような触手を伸ばし、水面を叩く。


「や、やめろーっ!」


 賊たちの必死の悲鳴が運気を呼び込んだのか、その衝撃でタルは3方向に分かれた。

 ひとつのタルはすかさずガーランドが確保し、残りの2つはそれぞれのグループが確保した。


 それぞれが元々集まっていた場所に戻り、逸る気持ちを怒声に替えながらタルのフタを開ける。


「うぉおおおおおおお!」


「肉! 肉だ!」


 中には大量の干し肉が入っていた。

 これには賊たちも大騒ぎだった。


 おかしい……。


 しかし、そう考える者はある程度いた。

 なにせ彼らの船から出てきたはずのタルである。どんな物を積んでいたのかはある程度把握していた。

 見れば、別のグループも同じように干し肉が入っていたのだと窺える。そんな偶然はあるのか?


 だが、その疑問は口にしない。


「おい、てめえら! 勝手に手をつけるな! 均等に分ける。ほら」


「あ、ありがてぇ!」


 グループのリーダーが使えないヤツ3人に干し肉を放り投げると、彼らは何も考えずに夢中で貪り始めた。

 こんな商売をしている連中なので、警戒心の強い者が多い。彼らはその様子を鋭い目つきで見つめ、他にもいる無警戒の賊たちは早く自分もくれとリーダーを急かす。


 リーダーは毒見係にエサを与えたので、自分自身は干し肉を手のひらの中へ余分に隠しつつ、みんなに見えるようにゆっくりと1枚だけ取った。


「おい、あとはてめえが1枚ずつ配給しろ。余るようなら残しておけ。喧嘩するんじゃねえぞ」


 賢い者はまだ口にせず、時を待つ。干し肉を口にしたアホが毒で死なないか確かめるのだ。


 ガゴンッとガーランドが岩礁を割る音が鳴り響いた。

 ガーランドのタルには1枚だけ干し肉が入っていたのだ。


「舐めやがってよぉおおおっ!」


 激昂するガーランドの叫びが湖に轟く。


 大勢いる場所には数枚余る程度には大量に、1人だけの場所には1枚だけ、そんな都合のいい話はない。


 その疑いは正しく、全ては賢者たちが仕込んだことだった。

 アジトで調達したこれらの干し肉には毒など仕込んでおらず、ただの施しだ。そうする理由は、このままだと食人を始める可能性があるからだった。

 空腹状態では魔法が使えなくなる都合、彼らがいつ来るともわからない討伐隊と戦うには、何らかの方法で腹を常に満たしておく必要がある。その最も合理的な手段は、使えない仲間を殺して食うことであった。

 あらゆる犯罪に手を染めている彼らにそれをしない理由は、たぶんない。あるとするなら、異世界特有の法則や死生観がある場合だけだろう。


 そんなことをされたら賢者たちが参ってしまうし、賊の腹も満たされてしまうので、食人という一手は賢者たちにとって最もやってほしくないことだった。


 なお、この与える食料と時間はライデンが指示した。

 なにやら、ただ食人を防ぐだけではない様子。


 ガーランドがキレているので、まだ食べていない者の何割かは慌てて干し肉を食べ始めた。彼らからすればガーランドが何を見てキレたのかわからなかったわけで、奪われたらたまらないと考えたのだ。


 しかし、ガーランドはそうしない。

 2つのグループがガーランドを恐れているように、ガーランドもまた下克上を恐れていた。討伐隊の船を奪うという同じ目的で均等を保つ天秤を、マイナス要素で傾けるわけにはいかない。


 そんなガーランドだが、干し肉は食べない方針を取るようだった。

 干し肉をたくさんもらった他の賊と1枚だけのガーランドでは、安全性が全く違う。他の連中に毒が入っていなくても、自分にだけは入っている可能性が高いのだ。


 代わりに、干し肉が入っていたタルの継ぎ目にナイフで隙間を開け始めた。

 海川で遊ぶような子供時代を過ごした一部の賢者は、すぐに『カニ獲りをするのでは?』とピンときた。ロープの代わりに服を裂いて紐にし始めたので、その予想は正しそうだ。


 そんな工作を始めたガーランドには、初日から定期的に霊視が掛けられていた。

 この指を差すだけのゴーストに攻撃力がないとすでに理解しているガーランドは、初日のように暴れることはなく、ただ俯いて作業を続ける。

 その手は怒りか恐怖か、わずかに震えていた。


 作った罠が湖に入れられ、しばらくして引き上げられる。足掻くガーランドをあざ笑うかのようにタルの底は抜けていた。

 そして、岩礁に埋め込まれた肉片には何も集まってこなかった。


「笑うんじゃねえ……っ! 消されてえのか……っ!」


 ガーランドは拳から炎を噴出させ、ゴーストたちを睨みつける。

 ゴーストたちは笑ってなどいない。無表情でいつもと変わらずガーランドを指さしていた。


「……っ」


 ガーランドの手から炎が消え、下を向く。


 違う、目を逸らしたのではない。

 こんなザコ共に構っている暇はなく、自分は食べ物を探さなくてはならないのだと。




 28日——ミニャがミニャンジャ村に帰る日。


 朝6時。

 干し肉を口にした誰も毒に中ることがなかったので、警戒心が強い賊たちも干し肉を食べた。


 その2時間後の朝8時。

 再びタルが3つのグループに分け与えられた。


 やはり中には干し肉。

 2つのグループには大量に、ガーランドには1枚だけ。


「なんでこんなに干し肉が積まれてたんだ?」


「ちげぇよ。誰かが寄越してんだ」


「は? 誰が?」


「知るか」


 さすがに昨日よりも訝しく思う賊たちが多く出たが、特に何も考えていないアホは嬉しそうに食べた。


 やはり警戒心の強い賊たちはアホな賊たちの様子を見てから食べることにしたが、毒がない確信を得るよりも早く、その日の正午に再びタルが浮上した。


 入っていたのは同じ枚数の干し肉。


「このタルはアジトにあったもんだ……」


「んなことはもうわかってんよ」


 警戒心の強い賊たちはそう話し合うが、誰がなぜこんなことをしているのかわからない。警戒心が強い彼らの懐には干し肉が貯まった。


 一方のガーランドは干し肉を確認するだけでやはり口にせず、最初と同じように岩礁の虫を捕まえて食べ続ける。

 霊視の効果が切れても、その視線は上を向くことがほとんどなくなっていた。




 15時——グルコサに軍船が到着する少し前。

 そろそろ6時分の干し肉は安全だと警戒心が強い賊たちは判断した。


 持っているのは毒見が終わった6時分の干し肉と、毒見が不十分な12時分の干し肉。当然、混ざってしまわないように入れている場所は別にしていたが、それでもどっちがどっちだかわからなくなる賊が続出した。


 わからないのならギリギリまで我慢するという選択肢もある。しかし、彼らは空腹だと魔法が使えなくなるので、常にある程度は食べておかなければならない。


 一方、能天気な賊たちはピンピンし、早く次のタルが来ないか待っている。それだけなら良いが、なぜまだ干し肉を持っているヤツがいるのか疑いの目を向ける者まで現れ始める始末。


「なに見てやがる! 俺はてめえらと違って食わずに残してんだよ!」


「み、見てないっすよ……」


 無警戒な下っ端からそんな態度を取られ、警戒心が強い賊たちの多くが次第に馬鹿らしくなってきた。

 6時分と12時分の干し肉、どっちがどっちだかわからない。しかし、12時分でもすでにそこそこ時間が経っているので、間違えたとして大丈夫だと警戒心を下げて、干し肉を食べ始めた。




 18時——軍船団がグルコサから出陣した頃。


 再びタルが浮上した。

 今度は中に魚の塩漬けが入っていた。やはりグループには大量に、ガーランドには1匹だけ。


「こんなもんをポケットに入れるのか……」


「干し肉の在庫がなくなったんじゃねえか?」


「さすがにもう少しあんだろ。干し肉が切れたところなんて俺は見たことねえぞ」


「在庫を全部俺たちに寄越す理由がねえだろ」


「チッ、クソが。おちょくりやがって……」


「次は小麦粉でも入れてくるかもな」


 会話をして警戒心をなんとか保とうとする賊たちを嘲笑うかのように、無警戒の下っ端たちは魚の塩漬けにかじりつく。


「うめえうめえ!」


「だ、だんな! タルに残ってる塩を貰っていいっすか!?」


「俺も!」


 そんな能天気な声を聞き、賊たちの警戒心はどんどん崩壊していく。

 警戒している自分たちは疲れを溜め、無警戒なアホたちはまだまだ元気な様子。


 最初の干し肉は9時間近く様子を見ていたのに、今では3時間ほど待つだけで口にする者がほとんどになっていた。21時には寝始める時間だ。干し肉とは違い、うまそうな匂いをプンプンさせ、身が潰れてしまう魚を懐に入れて寝るのは無理だった。

 念のために火で炙るのはせめてもの悪足掻きか。




 29日3時——大岩礁地帯の夜にしか通れない難所を抜けた軍船団が大休憩をしている頃。


 数人の見張りを立てて多くの賊が寝ている時間帯に、タルが浮上した。

 まともな食べ物にありつけるチャンスなので下っ端は急いで起き、リーダーに言われる前にグループのタルを引き上げて持ってきた。


 中には塩漬けの魚。

 無警戒の下っ端はやはり夢中で魚を食べ、警戒を続けていた賊たちも睡眠欲に負けて魚にかじりつく。


 火で炙る者はわずか数名。

 そんな彼らも、もう時間を置くことはしなかった。


 そして、夏の太陽が湖を輝かせる朝の6時。

 ほとんどの賊が嘔吐と腹痛に苦しむことになった。


 無事なのはわずか数名とガーランドのみ。


 ガーランドはこの数日で風貌がすっかり変わっていた。

 悪の王と言わんばかりに邪気溢れる強面だったのに、今では頬がこけ、落ちくぼんだ目は常に下を向いていた。

 ガーランド自身は虫を探しているからだと自分に言い聞かせているが、ずっと自分を指さすゴーストの瞳から逃れるために無意識で下を向いていた。


 この場で唯一安全なのは、湖の水だけだ。

 毒を中和するために賊たちが湖に口をつけ、ガーランドもまた喉の渇きを潤すために口をつける。


 水を飲んだガーランドは、水路の中に沈む愛船の姿を見つめる。

 それはガーランドが毎朝行なっていたことだった。相棒を沈められた恨みを忘れないようにその姿を確認して、精神を保っているのだろう。


 思わず水の中に手を突っ込むが、波紋が生じて愛船の姿は消えていく。

 慌てて手を引っ込め、落ち着きなく指を噛んで愛船を見つめるガーランド。その瞳には、多くの仲間を従えて船首に立つ勇ましい自分の姿が映っていた。


 その時、愛船に空いた穴から泡と一緒にタルが転がり出てきた。


「あ……あ、あぁああああ!?」


 俺のために! 俺のために! 俺のために!


 ガーランドは相棒が見せた奇跡の献身に涙を流しながら、飛沫を上げて水面へと浮上したタルを必死になって手繰り寄せる。


 タルを岩礁に上げ、逸る心を隠そうともしない手つきでタルのフタを開けた。


 フタのすぐ下は1枚の白い布がピンッと張られていた。

 その布には、苦悶の表情を浮かべたガーランドの生首の絵が描かれていた。


「ひゃぁああああああああっ!?」


 愛船? 相棒?

 もし、この黒い船に魂があるのならガーランドのことをさぞ恨んでいることだろう。


 この大型高速船は、貴族家の旗艦となるために作られた美しい白い船だった。その栄誉ある役目をわずか2か月で奪われ、多くの人を不幸にする賊の乗り物へと堕とされたこの船が、その張本人のために奇跡を起こすはずがない。


 尻餅をついたガーランドの目に自分を指さすゴーストたちの顔が映る。嘲るわけでも同情するわけでもなく、ただ無表情に。その中には船の持ち主になるはずだった若い貴族の姿もあった。


 若い貴族の霊体をすり抜けて、ダークニードルが無防備なガーランドに突き刺さる。その瞬間、必死に閉じていた恐怖の扉が開いた。


 ガーランドは小さく蹲って頭を抱え、地面と体の間で悲鳴を上げ続ける。

 少しでも目を開けたら見えてしまう。ゴーストたちが指さす自分に巻きついた夜の水底よりも深い闇の色をした鎖が。

 その指の隙間から髪が一気に抜け落ち、湖を駆ける風が攫って行く。


 ガーランドに使われた魔法は、何回かの霊視とダークニードル1発だけだった。

 そして、賢者たちがガーランドの食事に毒を入れたのは、他と同じように最終日の一度だけであった。


 大半の仲間が食中毒を起こし、ガーランドの精神が壊れたことで、毒を受けなかった数名の賊の心も挫けた。


 ——6時30分。

 アジト周辺の岩礁を越えた水平線に、サーフィアス王国の水軍船団が姿を現した。


読んでくださりありがとうございます。


ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。

誤字報告も助かっています、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
う~ん、良き虐待。こいつらがやったことを思えば、当然過ぎる仕打ち。 神からの罰なら即死もとい1発消滅だろうけど、女神の使徒(の使い魔)たる賢者達は同じ人間。やられたら嫌なことを的確に行える知恵と義憤が…
ラィデンさんリアルでカルマ落ちしてないのがある意味凄い
軍師くん(ちゃん?)ライデンの中身が凄く気になります。 ここで勝手な個人の意見で書いてしまうとネタバレにつながるかもしれないので控えますが、色々妄想してニヤニヤしています。
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