4章閑話 フォルガ・スレイザー
本日もよろしくお願いします。
ミニャが村に帰った日の16時半過ぎ。
ミニャたちを送迎する船と入れ替わる形で、グルコサに多くの軍船がやってきた。
その数は遠征していたグルコサ水軍の12隻に加え、王家直属の水軍船籍30隻。
到着を告げる兵士の報告を聞いて、領主は額を抑えた。
「まさか父上がいらっしゃるとは……喜んでいいのやら頭を抱えればいいのやら」
『クラトス:大変失礼ながら、領主様の御父君と申しますと先代のフォルガ国王陛下ではございませんか?』
一緒に聞いていたクラトスが問う。
森守伯のこの領主は現王の弟である。つまり、普通に考えれば父親は先王ということになる。
書庫の本によると、先王の名前はフォルガ・サーフィアス。退位したことでフォルガ・スレイザーを名乗り、剣大公という地位についている。
「その通りだ。王位を退き、王都のダンジョンに入っていた。おそらく丁度ダンジョンの外に出ていたのだろう」
『クラトス:ええ?』
「サーフィアス王家は代々そんな感じだ。子供がある程度育ったら王位を継がせ、自分は剣の道に戻る。剣王から受け継ぐ血が剣を求めるのさ。だから歴代の王は退位すると特に職務を持たない剣大公になって、日がな剣を振って過ごす」
『クラトス:なるほど……そうしますと、今回の目的は我らが主ですか』
「そうだろうな。死にかけの湖賊なら白竜騎士団が出れば済むし、王族が指揮することはない。まあ、父上なら財宝を横領する心配がないのは救いだな」
白竜騎士団というのは王都直属の水軍のことだ。陸を守るのは黒竜騎士団となる。
『クラトス:重ね重ね失礼を承知でお尋ねしますが、主と会って危険はありますか?』
「勝負を挑むといったことはない。王家の人間は女神様への畏怖や女神の使徒に対する憧れが強いからな。よほどのことがない限り、ミニャ殿になにかすることはないだろう。単純に会ってみたいのだろうね」
『クラトス:それなら良かったです』
「いや、良くはないよ。たぶん、会えば、ミニャンジャ村に住みたいなどと抜かし始めるだろう」
『クラトス:それは……』
「ミニャンジャ村の発展はこれからだろう? そうなると、女神の使徒が作った村の開拓初期のメンバーだ。生まれた時からできていた王国を継ぐのよりも面白いじゃないか。しかもミニャンジャ村には伝説のダンジョンが作られるわけだし、住みたいと言わないはずがない」
『クラトス:するしないはともかく、拒否権はありますか?』
「なかなか難しい質問だね。ミニャンジャ村は王国所属ではないのだから、もちろん拒否権はある。しかし、拒否した場合、まず確実に父上はグルコサにずっと逗留するだろう。私は一応息子だからね。それが私は凄く嫌だ」
全然難しい話ではなかった。領主が個人的に嫌なだけらしい。仕事場に親が来るのが嫌なのはどこも同じなのだろう。
『クラトス:拒否した場合に貿易制限などは?』
「それを理由に制限する町はあるかもしれないが、グルコサはしないし父もそれは望まないだろう」
『クラトス:そうですか……と。お話し中に申し訳ありません。門から馬車が入ってきたようです』
庭にいる賢者がそう教えてくれた。
領主は、「そうか」と頷き、執事にドアを開けさせた。普段は兵士やメイドがノックして入室の許可を得るので、それだけ特別ということだろう。
「個人的には、ミニャンジャ村に逗留させる価値のある人物だと思う。父一人いるだけで、王国でちょっかいをかける者はいなくなるだろう。それに父はダンジョンを90階層近くまで潜っている。調査メンバーとしても優秀だ」
ちなみに、ザインたちは60階層クラスらしい。
『クラトス:90階層となるとかなりお強いですね』
数百階層あるダンジョンはザラに存在するようなので、正直、90階層がどのくらいの強さなのかクラトスにはわからなかった。なので、そう言って相手の反応を見ることにした。
「お世辞はいらんよ。王になってしまえば剣に触れる時間がとても少なくなる。公務を放って剣ばかり振っているような無責任では下の者も困るからな」
どうやら元国王は公務をしっかりと務めるまともな王だったらしい。
領主の口ぶりからして、90階層クラスは強いが一騎当千とはいかないのだろう。実際に、書庫の本によると100階層以降を探索する者もいるらしいので、その予想は当たっているはずだ。
そんな先王を村に迎えるのはとてつもないメリットだが、まずは会ってみないとわからない。なによりも村に入れるかはミニャが決めることだ。
しばらくすると、廊下から足音が聞こえてきた。
領主が立ち上がったところで、開いたドアから初老の男性が入ってきた。
白髪を後ろで結び、若い頃はさぞモテたであろう顔立ちで、体は細身ながら溢れんばかりの生命力を宿している。その腰には地味な鞘の長剣が佩かれていた。
「ディアン! 町が襲われうぉおおおおおおお!?」
何事かを言おうとした先王だが、領主の執務机に立つ希少石フィギュアを見て、テンションを爆発させた。
人形が動くこと自体は驚かないところを見ると、王都へ伝令に行った兵士はある程度のことを伝えたのだろう。
「こ、これは失礼を。しかし、なんと神々しい……!」
『お初にお目にかかります、フォルガ剣大公様。私は女神の使徒ミニャの眷属がひとり、クラトスと申します』
クラトスはあらかじめ書いておいた文章を見せた。
「これはご丁寧に。改めまして拙者はフォルガ・スレイザー。以前は王などやっておりましたが、今ではただの剣士です」
領主はタメ口なのに、フォルガは敬語だった。
賢者の賢い枠に分類されるクラトスだが、さすがに元国王相手ではどうしていいかわからず、激しく誰かに交代してほしかった。
「この度はグルコサ防衛の助太刀、感謝の言葉もありませぬ」
フォルガへの対応にクラトスは胃にダメージを受けつつ、すぐに返答を書こうとした。
すると、領主が言った。
「クラトス殿、メイドに通訳させるかね?」
『クラトス:お願いできますか?』
2人がそんなやりとりをすると、フォルガは目を見開いた。
「お前はクラトス殿とやりとりができるのか」
「ええ、ミニャ殿にそうしてもらいましたからね。シャロン、通訳して差し上げろ」
領主はメイドにそう命じた。
「侍女まで!?」
「この屋敷のほとんどの者は意思疎通ができますよ」
「ぬぅ……!」
フォルガは捨てられた子犬のような目でクラトスを見た。フキダシ設定を弄れるミニャは、現在、やっと村に帰って楽しんでいるので、残念ながらこの視線はスルーされた。
領主が言う。
「それよりも陛下が総大将ですか?」
どうやら剣大公の敬称は閣下ではなく陛下らしい。賢者たちはこの辺りのルールがよくわからないので学んでいく。
「むっ。ああ、そうだ」
「でしたら、早いところ段取りを決めましょう。こうしている間にも民が救助を待っていますから。それに、彼らを救助することでミニャ殿の負担も減ります」
領主がそう言うと、フォルガは先ほどまでの小物っぽさから雰囲気を一転させた。覇気のような重圧を纏い始めたのだ。
「水蛇のアジトの場所がわかったそうだな」
「ええ。大岩礁地帯の中にあります。ミニャ殿と賢者殿が調べてくれました。セバルス」
領主が命じると、執事のセバルスが資料を持ってくる。
フォルガは椅子に掛けて、それを読み始めた。
「これはまた……」
資料を作ったのは賢者たちである。
ネコ忍のロッコウが作ったルートの詳細やアジト内部の地図、岩礁にいる賊たちの状態やアジト内にいる被害者の名簿と、どれもこれも高い精度の情報だった。
大勢の賢者が頑張ってこの資料を作ったが、このクエストは非常に旨かった。
というのも、防衛戦が始まった25日の23時から、お仕事ポイントの獲得条件が特別仕様になったのだ。パソコンの前にいる賢者も『交代要員の自宅待機』という仕事をしていると見なされ、現場で働いている賢者ほどではないが多くのポイントを得られた。
そして、資料を作るために地球とパトラシアにいる賢者双方の力が必要だったので、地球にいる賢者は待機状態と資料作りの2つのポイントを得ていたわけである。
なお、この特別仕様は27日の12時を以て終了となっている。町が安定したと判断されたからだろう。
それはともかく。
資料を読み終えて、フォルガが言う。
「夜にしか通れない場所があるということだな。ならば、準備が整い次第、すぐに出よう。そのポイントを越えてから大休憩をとり、夜を明かす。アジト周辺にいるという残党の討伐は朝に行ない、被害者の救助は昼といったところか」
「それが良さそうですね。わかりました」
「王軍は20出す。残りの船はグルコサで捕らえている賊を何割か、先んじて王都へ連れていこう」
どうやら賊たちの裁きは王都で行なわれるようだ。
グルコサで処刑の嵐が吹き荒れないことに、賢者たちとしてはホッとした。
「それでは、グルコサからは10で」
それからいくつかの段取りが決まり、領主から質問があった。
「賢者殿たちからは何かあるかね?」
「頼んでおいた浮きは準備できていますか、と仰せになっております」
メイドがフォルガにもわかるように通訳する。
「ああ、大量に用意した。抜かりはないよ」
今回の作戦は、今後誰でもわかるようにルート上に目印を置かなければならない。そのために、賢者たちは浮き、いわゆるブイを用意するように頼んでいた。この町は罠漁をするので、用意には困らなかった。
そして、最後にフォルガから重要なことが聞かれた。
「財宝があるということですが、ミニャ様の取り分は決められておられますか?」
領主もそうだが、フォルガもここら辺はしっかりしていた。
クラトスは胸を張って答え、それをシャロンも何故か胸を張って通訳した。
「我が主は取り分を辞退いたしました、と仰せになっております」
「む? それはまたなぜ……」
「水蛇による被害に遭った方々やその御遺族の救済に充ててほしいというのがミニャ様の御意思です、と仰せになっております」
「な、なんと……っ!」
シャロンからの通訳を聞いたフォルガは、体を震わせた。
このままだと平伏しそうな勢いなのを見て取ったのか、領主が言う。
「では、そのように。そうだ、陛下、出陣の前にアメリアに会っていってください」
「あ、ああ。アメリアか、そうだな。調子はどうだ?」
「すっかり完治しました」
「なんだって?」
「ミニャ殿と賢者殿が治してくれたのです」
「なんと! 眷属様、いや賢者様ですな。賢者様、孫娘の病を払っていただき、深く感謝いたします」
クラトスはメイドのシャロンに通訳してもらい、礼に応える。
「そのお気持ちたしかにいただきました、主も大変喜ぶことかと存じます、と仰せになっております」
シャロンがすらすらと通訳するので、先ほどからフォルガは何度も羨ましそうにした。
「拙者の方からも日を改めまして、お礼をさせていただきます」
フォルガのその言葉を予見していたように、すぐさまライデンから返答の文章がスレッドに表示された。クラトスはそれをシャロンへと伝えた。
「すでに領主様から十分な報酬を、そして、アメリア様からはとても大切なものをいただきましたので、これ以上はいただき過ぎにございます。ですから、そのお気持ちだけありがたく頂戴いたします、と仰せになっております」
クラトスのフキダシを読みあげるシャロンと領主は『アメリア(お嬢様)があげた物なんてあったか?』と考えた。
当然、フォルガは全くわからない。
というか、王様だっただけあって贈り物を断られた経験がないようで、ちょっと傷ついた印象。
「すまない。私は知らないのだが、娘は何かミニャ殿に贈り物を差し上げたかな? 貰ってばかりだったように記憶しているのだが」
領主の質問に、クラトスはドキドキしながら答える。
その言葉を読んだシャロンは口元を両手で押さえ、領主は声を上げて笑った。フォルガは完全に置いてきぼり。
「な、なんと申されているのだ!?」
「あ、アメリアお嬢様からは元気になった笑顔と友情をいただきました、主はそれを何よりも喜んでいました、と仰せになっております……っ!」
スパーンッと肉を叩く音が室内に鳴り響いた。
フォルガが自分の太ももを引っ叩いたのだ。
「このフォルガ、感服いたしましたぞ!」
好感度が爆上がりした。
実際のミニャはこんな気の利いたことは言えないが、領主からの報酬を喜び、アメリアと友達になれてとても喜んでいるのは事実。
一方、ライデンは、目先の金品よりも強さと発言力を持つ男の信頼を得る方が優先だと判断した。そのためにクラトスに気障なセリフを言わせたが、これが予想以上に領主やフォルガの心に刺さった様子。
これで色々な風除けになってくれるのなら、下手な金品を貰うよりも得になろう。というか、断っても形を変えてお礼が贈られてくる可能性は十分にある。好きな子に贈り物をしちゃうのは地球人も異世界人も変わらないだろうから。
「これが女神パトラ様に愛される魂か……っ! なんと、なんと美しきかな!」
フォルガは言葉の勢いのまま椅子から立ち上がり、足をガクガクさせてやっぱり座った。
【710、名無し:この爺さん、ミニャちゃんに会ったら嬉死するんじゃないか?】
【711、名無し:ちょっと俺たちに似ている気がする】
【712、名無し:ミニャちゃんのグッズ売りだしたら無限に金出すんじゃね?】
【713、名無し:ていうか、これだけ好意的だと、女神の使徒と敵対するかもしれないと考えていた領主は死ぬほど胃が痛かったんじゃないかな?】
【714、名無し:国内の崇拝対象だし、たしかにそうかも】
【715、名無し:早いところジール隊長と会って友好的な姿勢を示してあげたのは神対応だったのかもね】
スレッドではそんなことが話された。
以前の領主は、いなくなった8人のスラムの子供が女神の使徒になり、グルコサに復讐に来る可能性を非常に警戒していた。貴族たちの大親分にこれだけ崇拝されている存在を敵にしてしまったら糾弾は必至だし、当時の領主は相当きつかっただろう。
それからフォルガは領主ファミリーと会い、元気になったアメリアを見て相好を崩した。完全にお爺ちゃんの顔である。
「ところで、クレイはおらんのか?」
「クレイはミニャンジャ村へ勉強に行かせました」
「そ、そうか」
フォルガは、クラトスやアメリアと遊んでいた賢者たちをチラッと見た。村にめっちゃ行きたそうな顔だ。
『王も職務から離れたら普通の人なんだな』とスレッドに書き込まれる。
賢者たちは王に対して、感情を殺して統治するイメージがあった。あるいは感情フルバーストで暴政を敷くか。引退したあともそんな性質が継続するものだと思っていたのだ。
だが、フォルガはたまに元王の表情を覗かせるものの、普段はアイドルオタクみたいなただの強そうな爺さんだった。
賢者たちはそんなフォルガとの出会いを終え。
フォルガ率いる王軍とグルコサの水軍は、夕暮れの中、グルコサから出陣した。
この船団には、アジト攻めのためグルコサに残されたフィギュアたち30体と作戦に必要な石製人形50体が乗り、この作戦に協力する。
いよいよ水蛇最後の時が近づいていた。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




