4章閑話 旅の始まり 前編
本日もよろしくお願いします。
ミニャが領主館に滞在した2日目の夜のことである。
襲撃があってから昼を挟んで夜となったグルコサの方では、賢者たちもあまりやることがなくなったが、水蛇のアジトでは依然として仕事を続けていた。
仕事の内容は、水蛇への牽制と囚われていた人たちのお世話である。系統としては完全に真逆の活動だ。
トマトンたち料理番がご飯を作り、ミニャのお世話に慣れた近衛隊が寝具の洗浄を行なう。賊が使っていた布団には寝たくないだろうという計らいである。
そんな仕事を終えて、時刻も20時を回った頃。エルフ男性のシゲンが賢者たちに申し出てきた。
「人形様。お話があります」
対応した髑髏丸は、紙に文字をカキカキ。
『なんでしょうか?』
「私は製作中の筏を完成させ、完成次第、東へ向かいたいと思います」
『ちょっとお待ちください』
髑髏丸は慌ててスレッドで意見を募った。
ひとまず髑髏丸は場を繋げることに。
『ご息女を助けに行くということですね?』
「はい」
このシゲンというエルフは娘と共に捕らえられたが、反乱防止のために別々の牢屋へ入れられており、救出された時には娘の方が売られた後だった。売却記録から考えて、売られたのはつい最近のことだ。
『2、3日後にはグルコサから助けが来ます。それからサーフィアス王国を頼るのではダメなのですか?』
「それではきっと遅いでしょう。それに相手は大きな商会です。ゴレモニアはまともな調査などしないでしょう」
賢者たちはその予想は正しいと思った。
それで解決するならとっくに人攫いは廃業している。
スレッドではたくさんの意見が出て、やがてまとまった。
『わかりました。我々があなたの手助けをしましょう』
その文を読んだシゲンは、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。御恩は全てが終わったあと、我が人生を賭してお返しします」
再び頭を上げたシゲンは、本当に命をくれそうな目をしていた。
『まずは、他の人たちへあなたの口から説明してください。明日の朝、あなたがいなければ彼らはとても不安になるので、これは必ずやってください』
「それは……そうですね。黙って出て行くつもりでしたが、仰る通りです」
『我々は準備を始めます。あなたは他の方へ説明を』
シゲンは同じく捕らえられていた人たちの下へ説明に向かった。
彼らは個室を使わず、2階にある食堂に集まって休んでいた。
他の人たちは心配そうにするものの、シゲンの決断を受け入れた。
そんな中で、シゲンと同じように気づいたら家族が売られていた女性が、言う。
この女性の名前は、マリーといった。
「どうか私も連れていってください」
「マリーさん、それはできない。あなたの息子は私が探しましょう」
「で、ですが……」
「東へは話し合いに行くわけではありません。森や野を走って一刻も早く現地へたどり着き、場合によっては何十人も殺すことになります。これはそういう旅です。足手まといを連れていくことはできません」
「……っ」
マリーはたとえ殺しが行なわれる旅であってもついてきたそうだったが、足手まといとなると話は別だった。一刻も早く移動しなければならないのだから、文字通りマリーは足手まといだった。
「わかりました。ですが、どうか、どうかお願いします……っ」
調査に必要かと思って息子の名前はすでに聞いていたが、マリーは改めて息子の名前や年齢、特徴をシゲンへ伝えた。
「たしかに承った。見つけたあとはどこへ連れて行けばいい?」
「あ……」
マリーは仕事を探しに王都へ向かう際に乗っていた帆船ごと襲われた。現在捕らえられている人たちの4分1はその襲撃事件の被害者だ。
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591、ジャパンツ
ミニャンジャ村に来てもらおう!
592、平和バト
ミニャンジャ村が良いと思います!
593、名無し
ミニャンジャ村!
594、カーマイン
待ってください。それは私たちが勝手に決めて良いことではありません。ミニャさんの許可と領主様に話をしてからです。
595、名無し
じゃあひとまずグルコサで良いんじゃない? もしマリーさんがミニャンジャ村に移動するにしても、シゲンさんには連絡がつくわけだし。
596、カーマイン
私もそれが良いかと思います。
597、ニーテスト
では髑髏丸、グルコサにしてくれ。双方に連絡できると理由も添えてな。
598、名無し
それにしても殺しはまずいぞ。国際問題になったら大事だ。
599、名無し
そこは俺たちの力の見せどころじゃないか? エルフ奴隷なんてけしからんことをしている奴は精神を崩壊させてやろうぜ。
600、名無し
まだ時間はあるし、作戦を考えようぜ。
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賢者たちは相談し、髑髏丸はシゲンに紙を見せた。
『ひとまずマリーさんはグルコサで仕事をしながら待ちませんか? グルコサなら我々の仲間からマリーさんへ連絡ができます。他の町だとそれは少し難しくなります』
「わかりました。それでお願いします」
その提案をマリーも受け入れ、話はまとまった。
シゲンはみんなと別れ、賢者たちに連れられて1階の港へ向かった。
1階には相変わらず賊たちが転がされており、シゲンを見るなり猿轡の中で何事か騒ぐ。
シゲンは一瞬唇を噛むが、賊を無視して、水辺近くで働く賢者たちの下へ歩み寄った。
賢者たちは、高さ40cmほどのタルを改造していた。
そのタルの前には、どんどん物が運び込まれてくる。
『シゲンさん。これはあなたの荷物になります。不要な物は省いてください。必要な物があれば持ってきます』
運び込まれてきた物は、大きなリュック、外套、毛布、刃渡り30cmほどのダガー、ロープ5m、紐一束、弓用の弦10本、塩、調味料、玉米1kg、小鍋1つ、石鹸の粉200g、湖の地図、メモ用の紙の束、木炭チョーク、包帯、蝋500g、薪2kg、お金を少々。そして、予備の石製フィギュア1体。
それらを見て「問題ありません」というシゲンだが、どうにも急いているように感じる。
賢者たちは危なっかしいと思いつつも、足りなければ現地調達すればいいので納得し、荷物をタルの中へ入れていく。
『それではシゲンさん。服を全て脱いで、この中に入れてください』
「泳いでいくのですか?」
『はい。正確には我々が魔法をかけて、魚のように湖を移動します。ですが物は濡れます』
「そんなことが……承知しました」
シゲンはためらいなく服を脱ぎ始めた。
その間に、『水中移動』の魔法の仕様と、文字でのやり取りができない水中でのいくつかの決めごとを書いておく。
ミニャや子供たちの入浴時には異性の賢者が見る生放送には規制モードが入るのだが、シゲンの場合は一切そういうことがなかった。違いがあるとすれば、命にかかわる展開だからか。
超シリアスなわけだが、それはそれ。
パソコンの前の女性賢者たちは、自室のドアや窓、天井をササッと確認した。相手は娘を持つ父親だが、とんでもないイケメンなエルフ。
『ダメよ、シゲンさんは傷心なんだから! 不謹慎よ!』と必死に抗う女子たちだが、体は正直。逸らした顔が磁石に引き寄せられるようにチラッチラッと画面へ向く。ズボンに手をかけた時には生唾を呑んでいた。
シゲンは豹のようなしなやかな筋肉を持ち、男性賢者たちの印象だとスピードタイプ。
そんな男性賢者たちも、ちょっと目のやり場に困る。状況が状況だけに、スレッドでちゃかす言葉も書きにくい。
水中移動の仕様を読んでもらっているうちに、服を仕舞い、タルのフタをしっかりと閉める。水漏れがしないのを確かめたタルだが、万が一のために蝋で封もしておいた。このタルが再び開けられるのは、大岩礁地帯を抜けてからなのだ。
『ではシゲンさん。まずは大岩礁地帯をひたすら東へ向かい、女神の森へ入ります』
「わかりました」
『あとは彼らが案内するので、シゲンさんはこの荷物を運んでください。水の中ではロープを引く感じで進むと良いです。岩礁に行き当たった場合は、このタルをシゲンさんが運ばなければなりません。その時はお願いします』
シゲンは大きく頷き、タルを持ち上げた。
鍛えられた体だけにタルを持ち上げてもゆるぎない。
シゲンと共に行くのは、石製人形21体と新しく作られた石製フィギュア3体。
新しく作られた石製フィギュアは、救助の船が来た時に始まる対ガーランド戦へ向けて作られたものだが、船が来るまでまだ時間はあるのでまた作り直せばいい。
桟橋につくと、500mほど先の岩礁で賊たちが焚く焚火の光が見えた。
賢者たちが意地悪をして霧や吹雪の魔法をかけているので、あの火は賊たちにとって生命線だった。
シゲンはタルを静かに湖へ落とし、ためらわずに水へと入った。
時期は夏だが、さすがに夜の水は冷たかろう。
しかし、シゲンは一言の文句も言わずに賢者たちの魔法を待つ。
すぐに水中移動の魔法が使われ、シゲンは自分の体の変化を感じた様子。
『少し練習します。水に潜って息をしてみてください』
桟橋の上から、髑髏丸がそう書かれた紙を見せた。
シゲンは言われた通りに水中へ顔を沈めた。娘のことに夢中とはいえ、水中で呼吸するのはさすがに体が拒否する様子。しばらくすると、すんなりと呼吸を開始した。
「把握できました」
『これから湖にいる間は文字でのやり取りができません。先ほどの注意書きを思い出して、彼らの指示に従ってください』
「わかりました。何から何かまでありがとうございました」
『まだ礼には早いですよ。では、あなたの旅路に幸があらんことを』
シゲンは水に濡れた顔を引き締め、大きく頷いた。
人形をおんぶした人形たちが湖へと入り、水中移動を展開していく。
すぐにライトの魔法が湖の中に灯り、それを目印にシゲンと賢者たちは泳ぎ始めた。
桟橋に残された髑髏丸は、水中の小さな光とそれに向かって移動するタルを見つめる。
『髑髏丸:旅路に幸があらんことを、か……』
髑髏丸はそう呟き、女神様にお祈りするのだった。
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