4-40 またね!
本日もよろしくお願いします。
領主館滞在、4日目。
この日が最終日だけど、ミニャのお仕事は終わらない。
朝ご飯を食べてちょっと休んでから、また領主と面会する。
本日は、グルコサ側がまとめてくれた条約の公文書にサインをするのだ。すでに賢者たちが隅々まで読んで確認してくれたので、あとはミニャがサインをするだけ。
ミニャは下書きの紙でペンの調子を確かめて、いざトライ。
ミニャはパトラシア言語と日本語のバイリンガルだが、文字を書くことはできなかった。どんな文字なのか知っているが、書くという出力手段に手が慣れていないのだ。
「くるんとやってぇ……ぴょん!」
賢者たちは名前だけは書けるようにしてあげたので、それを頑張って書いた。
全く同じ内容が書かれた公文書が2セット。
それをミニャと領主がそれぞれ持ち、保管する。
「では、取り決め通り、次は11月にまた会談を行なおう。それまでは今回決めた内容で付き合っていくことになるが、不都合があるようなら次の会談と言わずに協議しよう」
「ありがとうございます!」
毎年11月にはミニャンジャ村とグルコサの町の間で会談が行なわれる取り決めになっている。それは今年から行なわれる予定だ。それまでには村も発展しているはずである。
お昼ご飯を食べ、午後一番の時間。
ミニャと賢者たちは、アメリアの部屋に来ていた。
ネコ太から毎日3回の治療を受けていたアメリアの顔色は、日を追うごとに良くなっていった。
以前ミニャが言ったように、アメリアはこれまでとは比べ物にならないほどたくさん空気を吸えるようになり、今まで小食だったのにいつもの食事量では物足りなさを感じ始めた。
なによりも、暗がりに入って具合が悪くなることがなくなったのだ。鼻水は出ないし、体が痒くなることもなくなり、今朝のアメリアは人生で一番すっきりと目を覚ますことができた。
そして、今回の定期治療を終えたアメリアの健康鑑定の状態欄に『闇属性アレルギー』の名称がなくなり、代わりに備考欄に『闇属性アレルギー:6歳の時に完治』という記録が残された。
「ミニャ様、ネコタ様、ありがとうございます」
いつものようにそうお礼を言うアメリアへ、ネコ太が告げた。
『ネコ太:アメリア様。今回の治療でアメリア様を苦しめていた闇属性アレルギーは完全に治りました』
「えっ! ほ、本当ですか!?」
「わあ、ホント!?」
アメリアとミニャだけでなく、付き添いのアマーリエやメイドたちも喜びと驚きの表情。
「ミニャ様、ネコタ様。娘をお救いくださり、深く感謝いたします」
アマーリエが頭を下げると、アメリアやメイドたちも同じように深々と頭を下げた。
「ううん、いいよー。これで今度来た時はアメリアちゃんとも遊べるね」
「は、はい! こ、今後は……わ、私も一緒に縄跳びします! グズゥ!」
「うん!」
アメリアは言葉の途中で泣きだしながら、そう約束した。
ミニャはそんなアメリアの手を取って、ニコパと笑う。
アメリアはもう片方の手でグシッと涙を拭うと、花が咲いたように笑うのだった。
『ネコ太:アマーリエ様。次の会談がある11月くらいまでアメリア様の検診を続けたいと思います。賢者だけの滞在は可能でしょうか?』
「よろしいのですか?」
『ネコ太:はい。アメリア様は元々患っていた病を警戒して安静な生活を送ってきました。その病が治ったこれからは、今までよりも体を酷使する生活が始まるでしょう。ほどほどなら運動は悪いことではありませんが、体が慣れていない内は風邪などを引きやすくなります』
アマーリエもなんとなくイメージできたのか、頷く。
『ネコ太:別館にでもお部屋を頂ければ、そこに待機します』
「そ、そんな。私の部屋ではダメですか?」
アメリアが言った。
まだ6歳なので、動くお人形さんと一緒に過ごすというシチュエーションはドストライクなのだ。
『ネコ太:私たちもずっとここに滞在するわけではありません。あまりおそばにいると、離れがたくなってしまいますよ』
アメリアはシュンとした。
離れがたくなるのは賢者たちも同様なわけだが。
結局、領主館の別館に6体の希少石フィギュアが置かれることで決まった。2体ずつローテーションで使われる予定である。
暇な時は何をしようかなー、と賢者たちはさっそく作戦会議。大使館職員みたいなことをしようとは全く思わないヤツらである。
そして、いよいよミニャと子供たちが出発する時間になった。
「お世話になりました!」
「「「お世話になりました!」」」
ミニャのご挨拶に続き、子供たちも元気にお礼を言う。
向けられたのは、領主館で働く人たち。
メイドさんたちには何かとお世話になったので、子供たちの感謝の気持ちがちゃんと詰まったご挨拶だった。大抵は特に感謝せずに去っていくゲストを見送るだけなので、メイドさんたちも少し寂しそうな笑顔。
そんなメイドさんたちに、スノーに連れられたルミーとパインがとことこと近寄る。
「こえあげゆー!」
「みんなで作ったの!」
尻尾をパタパタ振る2人が渡したのは、2つのバスケット。
その中には、折り紙で作られた雪鳥が乗せられた色とりどりの造花が入っていた。昨日から今日まで子供たちはだいたい暇をしていたので、みんなで作ったのだ。
この世界は白か黄ばんだ紙しかないため、貰った絵具で花の表面が色付けされている。なお、客室でやらせるにはあまりにも怖いので、作業は青空の下で行なわれた。
「わ、私たちにですか?」
「はい。お世話になったお礼です」
スノーが言うと、パインとルミーが幼女ヂカラを全開にして笑う。
「ありがとうございました!」
「あいがとっました!」
元スラムの子を客室に泊めるということだったので、最初は部屋を汚されないか心配をしていたが、終わってみれば今までで一番良いゲストだった。
中には涙ぐむメイドもいた。仕事でこれほど感謝を実感できたことがなかったのだろう。
お別れを済ませ、みんなで馬車に乗り込む。
領主館から出発した馬車へ向かって、メイドたちは深々と頭を下げるのだった。
馬車は大通りを南下して水軍基地へと入った。
基地内には多くの兵士たちが正装で整列しており、馬車の道を作っている。その道の終わりには、ジール隊長やエルトの姿があった。
港には4隻の軍船が準備を整えてミニャたちを待っていた。あとはミニャたちが乗り込むだけのようだ。
馬車から降りたミニャに、領主が言った。
「ミニャ殿。こっちへ来たまえ」
「なぁに?」
賢者たちを連れて領主のあとについていくミニャ。
なんだなんだとその後についていく子供たち。ミニャや年少組はリュックの紐に手をかけ、揃ってランドセル児童の構え。
ちなみに、本日の護衛の賢者は50人で、町へ残す人形以外は人形倉庫へ収納されている。
領主が案内したのは、1隻の軍船だった。
出航しようとしている軍船には全てランクス家の旗がなびいていたが、この船には旗がなかった。
「ミニャ殿。この船は私からの気持ちだ。受け取ってほしい」
なんと領主はミニャに高速船を一隻くれるというのだ。
「はえー……」
『ネコ太:み、ミニャちゃん! 領主様がミニャちゃんにお船をくれるんだって!』
「にゃ、にゃんですと!?」
まさかこんなおっきな物をくれるとは思っていなかったミニャは、吃驚仰天!
ミニャはすかさず指遊びを始めた。
「こんなにおっきいのに、ホントにいいの?」
ミニャ的に大きさが重要らしく、ビビった。
「もちろんだとも。新造船でないのは心苦しいところだが、なにせ新品となると完成に3か月はかかる。ミニャンジャ村にはこれから船が欠かせない物になるだろう。中古でも良いのなら、貰ってくれるかな?」
ミニャはネコ太を見た。
ネコ太も正直貰っていいのかわからず、スレッドに目を走らせる。
賢者の頭脳たちが揃ってGOサインを出したので、ネコ太はミニャに頷いてみせた。
ミニャは指遊びを止め、覚悟を決めた。
「んっ、ありがとうございます! もらいます!」
領主は頬を上げ、頷いた。
子供たちが「わーい!」と船に乗り込み、賢者たちがジール隊長に船の使い方を教わり始めた。
ジール隊長とは2日目の昼過ぎに行なわれた慰問パレードで会ったが、その際には何度もお礼を言われた。
近くにはエルトや牢番の兵士もいるが、お礼はない。エルトとは市場見学で何度か話をしたが、通常なら一般兵がおいそれと口を利ける相手ではないのだろう。その分、ジール隊長からは2人分も合わせてお礼の言葉を貰った。
賢者たちが船の操縦の仕方を教わっている間に、お別れが始まった。
「それでは行ってまいります」
サバイバル村生活に今日から参加するクレイも、家族とお別れする。
「お兄様いいなー」
アメリアが羨ましがった。
今のところ寂しいという感情はないらしい。
「アメリア、俺はお勉強に行くんだよ」
「んー」
拗ねるアメリアだが、実際にアメリアが来たら3日くらいでホームシックになるだろう。
長男のソランが言う。
「ミニャ様。町を守ってくれて、妹を治療してくれて、本当にありがとうございました」
「ううん。アメリアちゃんが元気になって良かったね」
その隣に並ぶアマーリエもミニャに声をかけた。
「ミニャ様、またいつでも遊びに来てくださいね」
「アマーリエさんもいつかミニャンジャ村に遊びに来てね」
「はい。その時はどうぞよろしくお願いします」
2人とお別れをし、アメリアの番となった。
「ミニャ様、また来てくださいね」
「うん、アメリアちゃん。また遊ぼうね!」
「はい、今度は私も縄跳びが飛べるように練習しておきます!」
「おー! あっ、そうだ。じゃあこれあげる」
ミニャはリュックからいそいそと縄跳びを取り出した。
持ち手がデフォルメされた猫になっている縄跳びだ。
アメリアはそれを受け取って胸に抱えると、涙ぐんだ。
たった4日間の付き合いだが、アメリアにとっては初めてのお友達だったのだ。
「またね、アメリアちゃん」
アメリアは言葉が出ず、涙を拭きながらコクンと頷いた。
そんなアメリアの頭に領主の大きな手が乗る。
「ミニャ殿。今生の別れでもない。笑って別れよう」
「うん!」
「また来てくれ。グルコサはミニャ殿をいつでも迎えよう」
そう言って差し出された大きな手を、ミニャは小さな手で握り返した。
ミニャと賢者たちが船に乗り込むと、ラッパのような楽器が吹かれた。
「出航!」
ジール隊長の言葉を合図にして、4隻の船が港を離れていく。
手を振ってくれる領主ファミリーにみんなで手を振り返す。
港を離れていくと、ミニャたちは驚いた。
港中に多くの人たちが集まり、ミニャンジャ村へ帰るミニャたちを見送ってくれていたのだ。
「わぁ、いっぱい!」
『ネコ太:ミニャちゃんが町の人たちのために戦うって決めたからだよ』
「そうなの?」
『ネコ太:うん』
「そっかー。ミニャ、女神様から貰った魔法をちゃんと使えた?」
『ネコ太:もちろん。たくさんの人を幸せにしてあげられたよ』
「ホント? それなら良かった!」
『ネコ太:さあミニャちゃん、手を振り返してあげよう!』
「うん! まったねー!」
ミニャはお見送りをしてくれた人たちに向けて、大きく手を振り返すのだった。
こうして、ミニャの初めての遠征は終わった。
領主との会談を目的に始まったその遠征は、パトラシアの歴史にミニャの名前が初めて出てくる大事件へと発展した。
グルコサに滞在していた吟遊詩人たちは煌めく人形たちの大活躍を国中で歌い、小さな英雄の誕生が少しずつ世界に広がっていくのだった。
第4章 ミニャちゃん陛下と小さな英雄たち 完
これにて4章は終わりです。
閑話を挟んで5章を始めます。
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