4-38 後半の会談
本日もよろしくお願いします。
領主館での滞在は4日間ということになった。
1日目は、お買い物や前半の会談を。
2日目は、本来なら後半の会談を終えて午後には帰路に就くはずだったが、1日目の深夜に始まった水蛇襲撃の対応や諸々の処理にグルコサ側はかかりきりになってしまった。
領主は夜からでも会談はできたものの、キッズなミニャに無理をさせられないので延期。
ミニャンジャ勢としては比較的のんびりできた2日目だが、賢者たちにとって非常に有意義な時間でもあった。領主館の書庫を見させてもらったのだ。
状況が変わったため賢者たちも作戦会議がしたかったので、書庫で情報を得られ、会談が延期になったのはありがたかった。
そして、3日目。
後半の会談が行なわれようとしていた。
「さて、此度の件でミニャンジャ村には世話になったが、ミニャンジャ村に対してのグルコサからの要求は前回の会談で話したものと変わりはない」
グルコサの要求は水利権など生活に必要なことが主なので、いくら世話になったと言っても変えようがない部分だった。
「前回はこちらの要求を承諾してもらった形になったが、本日はミニャンジャ村の要求を聞きたい」
ミニャは背筋を伸ばして、キリリとした。
賢者たちは前夜の定例会議で方針を決めたものの、どうしても上手い方法が思いつかなかったことがひとつあった。
やる気満々なミニャの代わりに、クラトスが前に出た。
クラトスは討伐戦の最中に領主への連絡役になっていたので、そのまま交渉の席にも出ることとなっていた。
『クラトス:始める前にご報告があります。それを申し上げる前にひとつお聞きしたいのですが、大岩礁地帯はどなたの領地なのでしょうか? 風土記を読ませてもらいましたが、この点についての明言がなかったのでお尋ねしたく』
「大岩礁地帯はサーフィアス王国のものだ。尤も、踏破はされていないし、管理を任された領主もいないがね。ゴレモニアとの国境となる目印の西側に大岩礁地帯があるので、王国の領土に入っているというだけのものだね」
『クラトス:そ、そうなのですか……』
「しかしだ。水蛇のアジトだった島の周辺はどこの国の領土でもない」
『クラトス:むっ、それはどういうことですか?』
「あんな島があったとは我々も知らなかったから大岩礁地帯をまるまると王国の版図に収めていたが、あの島が発見された以上は話が変わる」
それを聞いたクラトスはハッとした。
ミニャはよくわからないけど、むむむっ!
察しが悪い系の賢者は『どゆこと?』とスレッドにポチポチ。
「あの島の約束の石板は誰も持っていないのだ」
約束の石板とは女神様から賜る開拓許可書であり、滅茶苦茶強いカードである。
「サーフィアス王国はかつてほぼ全てが女神の森だった。湖の向こうにある王都も、王都をさらに南下して山を越えた町も、当然、このグルコサも含め全てだ。初代国王が約束の石板を賜り、少しずつ広げていった歴史がある。そんな中で、あの島は今まで発見されていなかったゆえに、誰も約束の石板を持っていない。これはゴレモニアも同じだろう。維持管理ができるかは別にしても、持っているならとっくの昔に領土権を主張している」
それを聞いた賢者たちは、ウキウキした。
「あの遺跡で何か見つけたかね?」
領主はニヤッと笑って聞いてきた。
領主もどうやらあそこが遺跡だと考えているようだ。
賢者たちからこの件を一任されたクラトスは、頷いた。
『クラトス:ダンジョンシードを手に入れました』
「まことか!?」
フキダシを読んだ領主が思わず身を乗り出す。
ミニャはピョンとお尻を浮かしつつ、むむむっ!
昨日に書庫へ入らせてもらって様々な知識を得たわけだが、そこで賢者たちはダンジョンについての知識も手に入れていた。
曰く、『ダンジョンとは女神パトラがこの世に生ける者すべてに与え給うた宝である』とのこと。
魔力溜まりからできるわけでも、魔王が生み出すわけでもなく、明確に女神から授かるのだそうだ。
ダンジョンを正当な手段で手に入れる方法は以下の2つである。
1つ目は、よく信奉された女神の祭壇で、その地域の支配者が願い出ることによって賜ることができる。この願いが聞き届けられるかは女神の御心によるもので、町を栄えさせたいからといっても簡単に貰えるものではない。特に近隣にダンジョンがある地域はまず貰えないと思って間違いない。
2つ目は、『ダンジョンシード』を使用することである。
ダンジョンは所持者が死ぬと、1か月後にダンジョンシードへと姿を変える。
このダンジョンシードは次代にふさわしい人物、通常は支配者の後継者などへ自動的に受け継がれて、ただちに再度設置される。
この継承は条件をつけて封印を行なうこともできた。当然、封印は所持者が生きている間に行なわれるものであり、継承者が現れなければ永遠に封印され続ける。
つまり、ミニャが手に入れたアレは、継承者を『女神の使徒』に設定されたダンジョンシードだったわけである。
この本はダンジョンの運用方法や、ダンジョンを持つ町との交易方法などを解説した為政者向けのものだったが、賢者たちには大変に素晴らしい内容だった。
『クラトス:ニャロクーンというものを知っていますか?』
「いや、生憎と知らないな。それが前任者か」
『クラトス:そのようです。アジトの1階、賊たちが牢屋に使っていたエリアの奥は崩落しているのですが、その崩落の先にダンジョンシードの封印がありました。封印の内容は、女神の使徒に譲るという内容のものでした。今もその文言が刻まれた石碑が遺されています』
「女神の使徒を後継者に……なぜまた、そんな受け継がれにくい封印をしたのか」
領主は腕組みをして難しい顔。
今度はミニャや賢者たちが言葉を待つ番だった。
しばらくして、領主は考えをまとめたのか口を開いた。
「確認だが、それは水蛇あるいは攫われた者たちに一切関わりがないものだね?」
『クラトス:はい、誓って』
「であるならば、我々がどうこう言えるものではない。前任のダンジョン所持者からミニャ殿が正当に受け継いだ物だ」
それを聞いた賢者たちはホッとした。
たとえそれが未発見の遺跡であっても、他国の領土の中にある遺跡から物を勝手に持っていったら盗掘である。これを許す国は地球上におそらくないだろう。賢者たちだって、日本国内でそんなことが起こったとニュースで見れば普通に怒る。
もし、領主が権利を主張するのなら、賢者たちは差し出してもいいと結論していた。理由としては、現状でサーフィアス王国とことを構えても絶対に勝てないからだ。
それなら、女神の祭壇でミニャンジャ村専用のダンジョンを願い出た方があと腐れがないと考えたのだ。
領主はルールを守って対応してくれたので、賢者たちはホッとしたわけである。
「ちなみに、ダンジョンの名称はわかるのかね?」
『クラトス:最強女神の修羅道です』
「……っ!?」
領主や同席する執事たちが息を呑んだ。
本曰く、ダンジョンの深さは、入り口にある石碑に書かれた名称を見れば知ることができるという。
その名称は必ず『〇〇女神の××道』という形で名付けられている。
○○と××は各10通りの単語があり、各単語には数字を当て嵌めることができる。○○は10の倍数、××は1ずつ刻んでいく。そうして○○と××に当てはめられた数字を乗算することで、ダンジョンの深さは正確に求めることができる。
書庫にはサーフィアス王国の風土記もあったのだが、その本によると王都のダンジョンは『覚醒女神の八聖道』といい、『覚醒』で50、『八聖道』で9の450階層。
他にもサーフィアス王国には、わずか10階層しかない『よちよち女神のお散歩道』や、240階層で終わる『荒ぶり女神の修行道』がある。
同じ名称のダンジョンは存在し、階層が少ないダンジョンは特にダブりが多い。逆に上位の単語を有するダンジョンはレアになっていく。
また、本には確認されていない組み合わせも記載されていた。
そのひとつが『最強女神の修羅道』。
『最強』と『修羅道』の組み合わせは最上位で、計算上は1000階層もある伝説のダンジョンである。
「私の記憶が確かなら、そのダンジョンは1000階層だったと思うが」
『クラトス:はい、名称から算出される値としては1000階層で間違いありません』
「そうかぁ……」
領主は再び考え始めた。
ミニャンジャ村は1000階層もあるダンジョンを手に入れたが、本曰く、ダンジョンは100階層あれば十分なのだそうだ。
というのも、100階層まで降りられる人間がごく一部であることと、100階層以降で手に入る物が飛びぬけて良い物になるわけではないかららしい。
これは過去の女神の使徒たちが数百階層まで探索しているので間違いない。よって、100階層より深く潜るのは修行以上の意味は薄い。
賢者たちが読んだ本は為政者向きのものだったので、300階層から1年に一度の頻度で物を持ち帰って市場を賑わせる6人組よりも、1~60階層から高頻度で物を持ち帰る1000人の方が遥かに経済を発展させるという評価だった。
もちろん数百階層を降りる人物の戦闘力は町の防衛に向いているものの、こういった人物は半ば世捨て人になっており、肝心な時にいない場合が極めて多く、当てにはならないと言及されていた。
また本にはこんな一文もあった。
——1000階層までたどり着けた者は女神パトラに会うことができるとも言われているが、誰一人として真偽を確かめた者はいない。
まあ当然の発想と言えよう。
「女神様は1000階層まで来る者を待っているのかもしれんな」
領主がそう呟いた。
それは賢者たちも考えていたことだった。
ミニャが出現した場所からほど近い場所にあった忘れられた最上級ダンジョンの封印。これはあまりにも出来過ぎだ。
となると、女神はミニャにこの封印を解かせて、再び設置してほしかったのではないかと考えるのは普通だ。
領主は思考を切り替えるように少し首を振り、ミニャに顔を向けた。
「賢者殿を召し抱えるミニャ殿に言うことでもないと思うが、ダンジョンの管理はしっかりしてほしい」
「はい!」
『クラトス:肝に銘じます』
全部知っているということを前提にお願いをされてしまったが、賢者たちがこの言葉の意味を理解できるのは前日に調べたからだ。
本曰く、ダンジョン内に出てくる魔物が外に出てくることはない。しかし、外の魔物や獣が出入りすることはできた。
どのダンジョンも浅い層は弱い魔物で構成されるが、外部の魔物や獣が入り込んだ場合は、予期せぬ事故が起こりやすい。当然、そういった存在が外部へ出た際には甚大な被害をもたらす可能性が生じるのだ。
前置きの報告が長くなったが、2回目の会談が始まった。
予定していたミニャンジャ村からの要求の中には、水蛇への共同の警戒態勢というものがあった。賢者たちは水蛇のアジトは大岩礁地帯にあると最初から睨んでいたので、最も強くお願いしたかった事項でもある。
この件は解決してしまったわけだが、大岩礁地帯の警戒は止めるわけにはいかない。ゴレモニアが使用すれば、ミニャンジャ村の東の水域でバチバチ始めるからだ。
サーフィアス王国とゴレモニアのどちらが良い国なのかは、賢者たちも本当のところはわからない。
だが、少なくともサーフィアス王国は奴隷を許していないわけで、水蛇と人身売買で商売をしていたであろうゴレモニアよりも心証は遥かに良かった。
「うんとうんと。大岩礁地帯の東へ向かう航路の警戒をお願いしたいです。それが無理なら、船が通れないように封鎖したいです」
ミニャちゃん陛下がキリリとお願いした。
「その点については任せてほしい。あの島は今後、王国の水軍が使用することになるだろう。あの島の約束の石板も手に入れたいからね。もしも管理者が置かれないのなら封鎖はこちらで行なうので安心してほしい」
ミニャは「んっ!」と賢者たちを見た。
クラトスが頷いたので、ミニャはニコパと笑った。
「あと、しばらくグルコサの町から色々な物を買いたいです」
「それはもちろんかまわない。承諾しよう」
ミニャは「おー」と小さく喜び、次の要求をするべくカンペを読む。
「まだ準備ができてないんだけど、いつか住民さんの募集をしたいです」
ミニャンジャ村はまだ受け入れ段階に入っていない。
少なくとも水路ができてから村を大きくしたいというのが賢者たちの総意だった。
「許可しよう。ただし、あまり大人数を持っていかれても困るので、人数は制限させてもらうよ。他の町でも募集する場合は、都度、そこの領主と話をしてもらいたい。なんなら紹介状も書こう」
「ありがとうございます!」
「それと、ゴレモニアでは住民の募集をしないでもらいたい。ゴレモニア人の割合が増えると、ミニャンジャ村は王国の潜在的な敵として見られる可能性が高くなる」
「うんとー。わかりました!」
んふーとミニャは賢者たちを見た。
【700、名無し:ずいぶんあっさりと許可したな。人の国外流出とかこのくらいの文明なら死活問題だと思うけど】
【701、名無し:ミニャちゃんの天使パワーだろ。恩も相当売ったし】
【702、名無し:いや、この領主はそこら辺を切り離してドライに考えていると思う。たぶん、ゴレモニアで募集されるより良いって考えじゃないかな。王国が断れば、ゴレモニアから人を呼ぶしかなくなるわけだし。そうなると、水利権がどうなるかわからない】
【703、名無し:言われてみればそうか】
【704、名無し:でも、サーフィアス人が増えると、実質サーフィアス王国みたいにならん?】
【705、名無し:そこは仕方ないだろ。他に募集できる国とか俺らは知らんし】
賢者たちもミニャちゃん陛下の会談を見守りながら、スレッドであれこれ議論する。国会中継とかは一切見ないのに。やっぱり被写体は重要なのである。
「あとあと、この前にも言ったけど、準備ができたら貿易をしたいです! んっ!」
ミニャはキリリとしながら言った。
貿易がどんなものなのかは朧気な模様。
「ミニャンジャ村はダンジョンを有することになるからね、こちらとしてもお願いしたいところだ。時に、ダンジョンを探索する者はどうするつもりだね?」
「うんとうんと。賢者様にしばらく入ってもらいます。あとは、ダンジョンに入りたい人のための貸家も作るつもりです」
ミニャは自分でそう読んだのに、内容を理解して「おー」とウキウキした。家が増えるのが嬉しいのだ。
「なるほど。それなら冒険者を数人、先んじて連れていくかね? ほかのダンジョンとの違いを調査するのは重要なことだよ」
ミニャは「どうしゅる!?」とクラトスを見た。
クラトスはスレッドをサッと読み、ミニャに指示。
「お願いします!」
「連れていくのは許可しよう。しかし、交渉は私ではなくミニャ殿がやるといい。私が声をかければそれは領主命令だ。それはあまり健全ではないだろう」
それのどこが悪いのかミニャはわからなかったが、とりあえず頷いておいた。
「それと、これは私からのお願いなのだが、クレイをミニャンジャ村に置いてもらえないだろうか?」
来た、と思った賢者たちは腕まくりした。完全に父親気分。
当の本人は首を傾げた。
「クレイ君をですか? なんで?」
「修行かな。ダンジョンを持つ町がどのように作られ、女神の使徒がどんな歴史を刻むのか、それを間近で見せてやりたい」
「ふむふむ?」
「他の子供たちと同じように扱ってくれてかまわないし、使えないようなら送り返してくれても、罪を犯したなら首を刎ねてもかまわない。事故で死んでしまってもミニャンジャ村を責めることはないと誓おう。もし面倒をみてくれるのなら教育費や宿代として月に大判金貨1枚を支払おう。もちろん、支度金も用意する」
貴族に耐えられるかわからない村生活をさせる代金として月に大判金貨1枚。これは水利権を守られた時と同額だ。妙である。まあ賢者たちは答えを知っているわけだが。
女神の使徒の能力は子孫に遺伝する。
書庫の本曰く、属性魔法や生活魔法以外の特殊魔法は、全て元を辿れば女神の使徒に行きつくそうな。例えば、『人形使い』や『召喚士』もそれに該当する。
つまり、クレイをミニャのそばに置いて、いい感じになってほしいと思っているのだ。
ドライな賢者たちは、普通にクレイは良物件だと思っていた。
大貴族の次男坊でイケメン、妹想いだし、民のために貴族の務めをしっかり行なう教育もされている。両親も今のところ良い人たちだし、兄と妹もまともである。ミニャと一緒でスポーツも好き。こんなのが小学校にいたら、バレンタインデーは荷車が必要になるレベルである。
それにクレイを置いておけば、他のサーフィアス貴族からの牽制に使える。
一方、父親面な賢者たちはプンプンである。
まだ早いとか、政略結婚なんてダメ絶対を押し出しての反対である。自由恋愛をし始めたら絶望するくせに。
結果、この件はミニャに決めさせた。
「うん、いいよー!」
とても軽かった。
父親面の賢者たちは「知ってた」と絶望した。
というわけで、クレイ用と冒険者用の貸家が緊急で作られることになった。
明日の夕方前には帰るので、2軒くらいはいける。
そんなふうにいくつかの取り決めを行ない、ミニャと領主の初めての会談は終わった。
ミニャンジャ村とグルコサの町はまだ出会ったばかりなので、おいおい調整されていくだろう。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




