4-22 ミニャちゃん軍出動 ★グルコサの町地図
本日もよろしくお願いします。
明日も投稿します。
『サバイバー:ミニャちゃん、乙女騎士を持って』
「ん!」
ミニャは、サバイバーの案内で近衛隊の乙女騎士を持った。
乙女騎士のフキダシをミニャは読み上げる。
「これよりミニャちゃん軍はお友達になったグルコサの町のために戦います!」
『クライブ:うぉおおお燃えてきた!』
『白銀:非道の限りを尽くす悪党どもめ、成敗してくれるわ』
『キツネ丸:さすがミニャちゃんだぜ!』
『ヨシュア:この命、ミニャちゃん陛下のために!』
声が出ないのをいいことに、フキダシがそこかしこで挙がる。兵士としては失格の烏合の衆っぷり。しかし、その士気はひたすらに高かった。
「近衛大隊はミニャと領主館の護衛をしてください!」
ミニャの号令に、近衛大隊に配属されている賢者たちがニャンのポーズ。
近衛大隊とは、一部の近衛隊と賢者たちで構成された部隊で総数は150人。
近衛委員会はとても多いので、全てがこの近衛大隊として活動するわけではなく、違う部隊にも配属されている。
「領主様。兵士さんを5人貸してください。賢者様は声が出せないの。だから、一緒に町を走って行動してほしいです」
「う、あ……わかった。ひとまず10人つけよう。この場ではそれ以上は用意できない」
呆気に取られていた領主だが、頭から困惑を振り払い、判断を下す。この危機的状況では、もはや手段など選んでいる暇はないのだろう。
「ありがとうございます! うんとうんと! それじゃあここは狭いから玄関まで行きます!」
ミニャはピョンとベッドから飛び降りて、「みんな、急げーっ!」とドアに向かって走り出す。
賢者たちもそれに合わせて大移動。ドドドドドドッと小さな人形が出すとは思えない音を重ねて走っていく。
「わんわん! わうーん!」
「ルミー、わおーんだよ!」
「わうーん!」
こいつぁ大変だと、ルミーとパインがまず走った。保護者のスノーが慌ててそれを追い、連鎖的にラッカとビャノ、エルフ姉妹、シルバラが続く。彼女たちを護衛していた人形たちもまた、いまではリュックの中から人前に姿を現していた。
廊下にいる兵士たちは津波のような人形の群れにギョッとして壁に背中を預け、大慌てでミニャたちの後を追う領主ファミリーと一緒に走り出す。
アメリアが玄関についた頃には、エントランスホールに人形たちが綺麗に整列していた。
幼少期より育まれてきた日本人の整列ヂカラが、いま、幼きアメリアの網膜にズドン! 小さな人形たちなのに、その光景はとんでもない迫力だった。
人形たちの周りには、別館に泊まっていたザインやセラ、コーネリアが兵士と共に待機している。
ミニャは階段の上に立ち、言う。
「1番隊から5番隊は軍師のライデンさんの指示で行動! 火事や悪い奴らをやっつけてください!」
ミニャの号令を受け、1番隊から5番隊の賢者たちは熱い気持ちを宿してニャンのポーズ。
『乙女騎士:ミニャちゃん! 領主さんたちに教えてあげてください! こっちから1番隊、2番隊——』
「領主様、兵士さん、こっちから1番隊、2番隊、3番隊、4番隊、5番隊です! こっちは近衛大隊さん! うんとうんと! 1、4、5番隊は港に、2、3番隊は火事をしているところに行ってくれます!」
乙女騎士の言葉を読みあげ、フキダシを読めない領主や兵士に教えてあげる。
近衛大隊と1番隊から5番隊。
そもそも、これらはグルコサの町が敵に回った際に、ミニャの周りで守護する隊と敵と戦う5つの隊に分けられた組織だった。こういった組織をあらかじめ作って置けば、クエストの参加条件にそれを明記することで、召喚される賢者のランダム性を無くすことができるのである。
この6つの隊が、想定とは違った相手に対してこれから使われようとしていた。
呆気に取られていた領主だが、ハッとしたように兵士たちに指示を出す。
「お前とお前は1番隊に、お前とお前は2番隊——」
指示を出された兵士は、すぐに人形たちの一番後ろに立った。
「民が驚かないように声を張り上げろ! 決して人形たちと敵対させるな!」
「「「ハッ!」」」
領主の指示が終わり、ミニャは続けて言った。
「セラさんは召喚獣を出してください。1番隊の何人かを乗せて、港に先行してほしいです」
「任されました。ただし、私が召喚できるのは2頭。1頭は私が乗ります」
「わかりました!」
「ミニャ殿、そういうことならば馬を出す! 他の隊の移動にも使ってくれ!」
「ありがとうございます! えっとえっと、それなら大きな袋をたくさん用意してください! 賢者様たちに入ってもらいます!」
「セバルス、大至急、馬と大袋を用意しろ!」
「ハッ!」
ミニャとセラ、そして領主のやり取りを終えたその時である。
ガンガンガンガンッ、ガンガンガンガンッ!
けたたましい警鐘が鳴り響いた。それは町の中にある数基の警鐘楼に伝播し、鳴らされていく。先ほど領主が、賊が来る前に鳴らさせるように命じたものだ。
だが、ここには電話などなく、早馬を走らせての命令にすぎない。命令を下してから、少しの時間が過ぎていた。
時を同じくして、スレッドに書き込みがあった。
【779、マッシュ:こちら城壁見張り隊! 北東に船影を目視! 5分もせずに来るよ!】
そう、敵襲の警鐘と実際に敵を発見したのはほぼ同時になってしまったのだ。
「領主様! 町から見えるところに船が来たって!」
「もう来たか……っ!」
ミニャの服の裾をアメリアがキュッと握った。
ミニャはそんなアメリアにニコリと微笑むと、すぅと一呼吸置き、宣言した。
「みんな、グルコサの町を守るよ! ミニャちゃん軍、出撃ぃーっ!」
なぜか両手に持った乙女騎士を天に掲げるミニャ。代わりに乙女騎士がビシッと指を前に突き出し、出撃のポーズ。
ミニャンジャ村とグルコサの町による共同戦線が開始された。
ミニャの姿を見つめる子供たちの目がキラッキラに輝いていた。
【800、ライデン:各隊は馬に乗る先行部隊を選抜! 港組は回復、光、雷、闇、火の順番に優先! 火事場組は回復、光、水を優先! 袋の中で賢者を入れ替えるので時間をかけずに選ぶでござる!】
【801、ライデン:選抜が終わり次第、ただちに持ち場へ移動! 時間との勝負でござる。行動開始!】
【802、ライデン:火属性は常に人物鑑定を行なうでござる。光と闇属性は常に霊視を行ない、冥府の鎖が巻き付いている者に注意を払うでござる。近衛大隊はそういった者を主殿と領主ファミリーには絶対に近づけてはならないでござる】
【803、ライデン:コーネリアが同行する隊はその動きに注意するでござる。コーネリアは人形使いなので的になりやすい。町に出る場合は複数人で護衛するでござる!】
ライデンの指示を読み、各員が己の役割を把握する。
『覇王鈴木:回復、光、水はすぐに前に出ろ!』
覇王鈴木が部下である2番隊のみんなに指示を出す。
すぐにオーダーの人員が前に出たが、少し少ないので闇と火を混ぜる。ざっくりと人数を確認すると、30人前後。用意された大袋に入るには少し多いが、なんとか入るだろう。
そうこうしていると、玄関の外で馬の嘶きが聞こえ、メイドたちが大袋を用意して賢者たちの前に姿を現す。
『覇王鈴木:お前らは袋に入って運んでもらえ! 残りは俺に続け! 火事場まで走るぞ!』
『賢者一同:はい!』
『覇王鈴木:先行部隊の指揮は水神王が執れ! 任せたぞ!』
『水神王:あ、ああ!』
『覇王鈴木:よし、先行組以外は出陣だ! 出発!』
覇王鈴木はテキパキと指示を出して、領主館から飛び出した。
どこの隊も同じように、即座に袋へ入る人員を決め、出発した。
サバイバー率いる1番隊、雷光龍率いる4番隊、エンラ率いる5番隊は港方面へ。
彼らは港へ行き、敵の上陸を阻止し、負傷した兵士を回復する。
火事場に向かうのは覇王鈴木率いる2番隊、チャム蔵率いる3番隊。
彼らは町の東で起こっている消火活動と回復を行なう。
そして、近衛大隊を率いるのは、サバイバーの師匠の一人であり元敏腕警察官のコウゲン。
近衛委員会60名と腕っぷしの強い賢者90名からなる部隊である。
1番から5番隊の各部隊は90人ずつ、近衛大隊のみ150名。
魔法レベル2に至った賢者が優先的に割り振られているが、賢者たちは魔力がなくなれば入れ替えが可能なので、新人賢者もどんどん交代することになるし、部隊関係なく入れ替えも行なわれる予定だ。
また、それぞれの部隊には忍者の技を受け継ぐネコ忍が割り振られていた。特に近衛大隊に多く配属されている。
行動を始めた賢者たちに、アナウンスが入った。
■■■■■■■■■■■■
【全体アナウンス:ニーテスト】
『件名:サバイバーがスカウトした集団』
報告が遅くなって悪いが、それぞれの隊にはサバイバーの師匠や同じ狩人集団を入れている。リーダーをやっているエンラやコウゲンの他にもそれぞれの班に3、4人が入っているので、凄そうなヤツがいたらそれがそうだ。アドバイザーや強ユニットみたいな感じで使ってくれ。
■■■■■■■■■■■■
【820、チャム蔵:おいおいおい。それなら俺がリーダーやる必要なくね!?】
【821、雷光龍:俺も!】
町を疾走しながらそのアナウンスを読んだチャム蔵や雷光龍は驚いた。
【822、ニーテスト:彼らはまだ入って数日の新人だ。お前らほど魔法にも異世界にも慣れてないんだよ。とにかくお前らがリーダーをやり、必要なら使え。助言もくれるはずだ】
ニーテストは、ネコ忍たちのお披露目をいつにするか迷っていた。
というのも、賢者たちはニートが非常に多く、凄い人たちが大量に入ってきたら、やる気をなくしてしまうのではないかと心配していたのだ。なにを甘ったれたことをと思うかもしれないが、彼らの扱いはそれだけ難しい。
だから、エンラやコウゲンなど数人を武術や狩りの教導者として紹介し、みんなに自信が宿るように修行の場を与え、あとのメンバーはひっそりと運用する程度でいいのではないかとライデンや八鳥村住民と相談して決めていた。
しかし、そうも言っていられなくなったので、事件の渦中だが公開した。
【823、チャム蔵:まあグダグダ言っても仕方ない。全部終わったら説明してくれよ!】
【824、雷光龍:ていうか、めっちゃ軽快に走ってる人たちいるわ】
町を走る雷光龍が見たのは、独特な走り方で疾走する謎の3人。
その視線に気づいたようで、一人の美少女フィギュアが、雷光龍に向かって額の上でピッと指を振る。
雷光龍は3、40代の鍛えられたオッチャンが入っているとなんとなく想像したが、中身は69歳のお婆ちゃんである!
■■■■■■■■■■■■
グルコサの町簡略図
大きな水路や大通りの他に、細かな水路や道がある。
高級住宅街、陸軍基地、水軍基地、火災発生現場の位置関係程度で考えてください。
紫の家はスラム、黄の家はスラムよりも良い家、赤い家はさらに良い家、青い家は高給取りのような感じです。
■■■■■■■■■■■■
ミニャと初めてコンタクトを取り、今回の重要人物となっていたジール隊長。彼は会談の終わりと共に、水軍基地まで戻ってきていた。
ミニャへの贈り物と注文の品が倉庫に集められており、現在はそれのチェックを行なっていた。すでに深夜の時間帯なので、残業だ。
一緒にこの任務に就いていたフェスはすでに帰宅し、明日の朝早くから注文の品の収集を再開する予定だった。
そんなジール隊長の耳に警鐘の音が届いた。
周りにいる兵士たちも同じようで、扉を開けて音のパターンを拾う。
「火事か! 火の出所を確認しろ!」
その指示で倉庫から飛び出した兵士が、外で叫ぶ。
「どこだ!?」
「町の外! 西の村だ!」
櫓に乗った兵士が質問に答え、それはそのままジール隊長に報告された。
「西の村か。まったく、賓客が来ている時に……」
警鐘は陸軍が対応を始めた音に変わり、ジール隊長たちは作業の続きを再開する。
しかし、そう間を置かずに再び警鐘が鳴らされた。しかも、今回は鐘の音の中に焦りが混じっているように感じる。
ジール隊長と兵士は顔を見合わせて、慌てて外に出る。
「ひ、東の町から火災発生! おそらくスラム街か猟師街!」
「なんだと!?」
櫓からの報告にジール隊長と兵士たちは動揺した。
「エルト!」
「は、はい!」
拉致事件で湖に投げ込まれ、今では水軍で見習いをしている少年エルト。
そんなエルトにジール隊長が指示を出す。
「兵舎に行って兵士を叩き起こせ!」
「わ、わかった!」
水軍に入ってから初めての緊急事態に、敬語を忘れるほど慌てたエルトは、兵舎へと走った。
「この場にいる者は消火活動に出動! サーロンが指揮を執って消火にあたれ! 私は起きた連中の指揮を執る! 行動開始!」
「ハッ!」
兵士たちはすぐに町の東へ向けて移動を開始した。
時を同じくして、兵舎に飛び込んだエルトは入り口にある木槌を手に取った。
『これが鳴ったらどんな時でも起きるんだ。わかったな?』
この兵舎に住めるようになって、ジール隊長から初めに教わったのがそれだった。入口に設置されているから最初に教わったというのもあるだろう。
「火事だーっ、火事だーっ!」
エルトはそう叫びながら、必死に鐘を鳴らした。
すると、10秒と立たずに兵士たちが部屋から飛び出してくる。
「何事だ!?」
「ひ、ひ、東の町が火事! えっと、す、すぐに外へ集合!」
「東の町が火事! 至急準備を整えて外へ集合! 急げ!」
エルトの不慣れな説明が、別の兵士によって訂正され、大声で伝えられた。
部屋から飛び出した兵士たちはその指示を聞いて、すぐに部屋へと入り、準備を始めた。
エルトは役目を終えたので、ジール隊長の下へ戻ることにした。
外へ出ると、ジール隊長が兵士と共に基地建物の中へ入っていく姿が見えた。エルトは報告するためにその後を追った。
「嫌な予感がする……」
ハチの巣を突いたように慌ただしくなった基地内で兵を待つジール隊長は、赤く染まった東の空を見上げて呟く。
水兵が著しく減っているこの時期に、西と東で立て続けに起こった火事。
西の村には陸軍と冒険者合わせて50人程度が向かったと推測できる。そして、西に向かった者らが戻るのにも時間が掛かるようなタイミングで、今度は東の町の中で火災が。
「伝令!」
「むっ?」
思考を巡らせるジール隊長の下へ、一人の兵士が駆け寄った。
「領主様より伝令です。急ぎ、クーザーの様子を確認せよとのことです」
「クーザーの? なるほど、この火災の首謀者がヤツらの仲間とお考えか」
「自分にはお考えはわかりかねますが、領主様はかなりお怒りの様子です。急ぎましょう」
「うむ」
ジール隊長は伝令の兵士と共に、基地内の牢屋へ向かった。
地下牢に続く扉の鍵を開けると、すぐに詰め所が。
詰め所に待機していた牢番に、問う。
「クーザーの様子は?」
「見回りの際には特に変わりありませんでした。もう数日で死ぬでしょう。外の騒ぎはなんですか?」
「火事だ。クーザーの確認をする」
「承知しました」
扉を開けると、地下へ続く陰気な雰囲気の階段が。牢番の兵士を先頭に、ジール隊長、伝令兵と続く。
「嫌な予感がしてたまらん。お前ら、抜剣を許可する。万が一に備えろ」
ジール隊長と2人の兵士は剣を抜き、油断なく地下への階段を降りていく。
下に辿り着き、ジール隊長は一層警戒して地下牢の並ぶ廊下を見る。
その時であった。
ジール隊長の腹からズブリと剣が生えた。
「がっ、なに……ぐが……っ」
悲鳴を上げる暇もなく、ジール隊長の横顔が殴り飛ばされ、ついで驚愕の顔を向ける牢番兵士の腹にドスッとナイフが突き刺さる。
「え、あ……そん……な……」
膝を突き、そのまま倒れ込む牢番兵士を一瞥し、伝令兵は軽薄な顔をした。
「あんたの嫌な予感ってのはすげぇな。自分の死を当てちまった。ははははっ!」
伝令兵……いや、伝令兵に扮した賊はジール隊長の腰から牢屋の鍵を奪い取った。
「それに対して今日の俺は良い予感しかしねえ。こうして鍵まで貰っちゃってさ。面倒くせぇ鍵開けをしなくて済みそうだ」
重犯罪者の牢の鍵は3つあった。
2つは数人いる隊長格が持ち、1つは総司令官が持っている。権限が低い者が開け閉めしていい種類の牢ではないので、牢番兵士が持っているような鍵ではなかった。
賊の男は、鍵をチャラチャラ鳴らしながら、その牢屋に近寄った。
「よう、大将。休暇はどうだった?」
「う……ぐ……これから……か?」
「おう。もうじきにパーティの始まりだ。もう外では愉快な焚火が始まってるぜ」
そんな軽口を叩きながら、ガチャリと扉が開いた。
「おいおい、丁重な扱いじゃねえか」
「い、いいから……外してくれ……」
魔法があるこの世界において、手が自由というのは拘束にならない。賢者たちは重い石で手足を拘束したが、それは奇しくもこの世界の対応に似ていた。クーザーは後ろ手で石の輪を嵌められ、さらに鉄の手袋を嵌められているのだ。
獄中死しても構わないという扱いで地べたに転がされ、食事もその体勢で与えられていた。
賊の男は鉄の手袋と足枷を外す。
「この石の輪はどうなってんだ?」
「そ、それに鍵穴はない。か、回復薬をく、れ……じ、自力で砕く」
「待て……チッ、誰か来た。この足音は……子供か? 始末してくる」
賊は何者かの気配を感じ取り、すぐに牢から廊下へと出る。
そこにいたのはエルトだった。
「え、エル……牢破り……伝えろ……っ」
血まみれのジール隊長を見下ろすエルトは息を呑み、ハッと廊下を見た。
そこには一つだけ開いている牢の扉。その前に一人の兵士が立っていた。
一瞬、味方かと誤認するも即座にその可能性を否定する。
エルトはすぐに階段を駆け上った。
そんなエルトの背中にドスッとナイフが深々と突き刺さり、薄い胸板から切っ先を覗かせた。
「あ……」
一歩、二歩と走るごとに、急激に足の力が失われていき、ついには階段に倒れ込む。
背中と胸から流れる血の感触をぼんやりと感じながら、エルトの目から涙が流れた。
やっとちゃんとした生活ができるようになったのに。
厳しいけれど、ちゃんと人として見てくれる人たちと出会えたのに。
吐き出された血の味は、エルトがこれまでに食べてきたどんな物よりも嫌な味がした。だからか——
「お、美味しかった……なぁ……」
——薄れゆく意識の中で、エルトはミニャと食べたアロイの味を思い出した。
「あ、あの子の……ためにも……い、い、行かなく……ちゃ……つ、たえ……なく……ちゃ……」
這いずりながら階段をひとつだけ登り、エルトの肉体は動かなくなった。
そして、ふいに軽くなった体で、エルトは夢中で走り出す。
『みんなに伝えなくちゃ……っ!』
読んでくださりありがとうございます。
素敵なレビューをいただきました。ありがとうございます!
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




