3-14 解体
本日もよろしくお願いします。
時は少し遡り、ミニャと出会いたての前回のおウチが完成した日のこと。
ゴブリンが討伐されてミニャの安全が確保されたので、サバイバーがフラリと森へ出かけ、初めてのコジュコジュを仕留めてきた。
鑑定が行なわれて食用可とわかり、さっそくコジュコジュの解体が行なわれることになったのだが。
「鳥さんの羽根を毟るの? ミニャすんごい得意なんだよ!」
拠点からピョコンと顔を出したミニャが得意宣言。
「こうやってねぇ、こうやってぇ……こうやってぇ! にゃしゅっ、にゃしゅしゅってやるの!」
ミニャは一度やったことを得意という子供らしいところがあるが、実際に羽根毟りはすんごく得意だった。
羽根毟りは鳥をお湯に何度か潜らせてから行なうのが一般的だが、ミニャはそういった手順もしっかりと知っていたのだ。
「お母さんと一緒にやったんだ!」
むふぅと得意げなミニャ。小さなお手々に羽根を掴み、ワイルドさマシマシ幼女である。
しかし、さすがにまだ子供なので刃物で捌くのは任されなかったようで、内臓の処理はサバイバーに任された。
だが、解体の仕方も母親からしっかりと学んでいたようで、サバイバーのナイフの動きに合わせて、賢者たちに教えてあげていた。
幼女がキャッキャと解体の仕方を説明するのに合わせて、お人形さんが内臓を取り出していく。それはまるで地獄の教育番組のよう。
——と、そんな過去動画をパソコンで見た新人賢者が一人。
「ミニャちゃん陛下すげぇ……。よーし、俺だって!」
『龍王丸:お、おえ……お、おぇえええええええ!』
ネコミミ幼女のワクワク暗黒教育番組で予習をしてきたのに、龍王丸は生で解体シーンを見て吐けない体でえずいた。完全に名前負けパターンの賢者である。
しかし、それも無理はない話。
コジュコジュはニワトリを少し小さくしたくらいあるので、賢者たちからすれば軽自動車くらいの大きさに見えるのだ。そんな物から特大の内臓がボロンと出てくればクラクラもする。なによりも、龍王丸は魚ですら捌いたことがないので、耐性は皆無だった。
それは龍王丸だけでなく、他にも数人があわあわしている。
『サバイバー:ああ、いい感じだ。上手くなったね』
『ブレイド:そう? それならいいんだけどな』
『覇王鈴木:まあこんだけデカイ生き物を教材に使わせてもらうんだから、真剣にもなるよな』
『ブレイド:それはあるね』
一方の先輩たちは余裕があった。
不真面目だからニートになるとは限らないのだ。
元々、鳥の解体ができる賢者はサバイバーだけだった。
サバイバーから教わって料理番のトマトンたち数名が解体を覚えたのだが、相手は非常に大きいので補助をする人員が毎回多く用意され、その関係で解体を覚えた賢者は増えていった。覇王鈴木たちもそんなタイプだ。
洗浄、血抜き、羽根抜き、毛焼きとテキパキ行なわれ、肉の解体も上手いものだ。
『トマトン:はい、レバーもオッケーです』
『ブリザーラ:わかったっす!』
内臓がバラされると、ジョブ料理人たちの料理鑑定で部位ごとにチェックがされ、オッケーが出るとすぐに氷属性によって冷凍保存される。
こうやって鳥さんはミニャちゃん陛下の食卓に上がるのだ。
そんな解体が行なわれているのは、新拠点から南東へ30mほど入った場所に作られた穴の中にある解体専用施設だ。入り口は狭いが穴の内部は広く、人形用の洗浄室も完備されている。さらに、穴の周りにはルミーナ草を大量に植えて魔物避けに。
『サバイバー:さて、それじゃあアルミラージの解体をしようか。ウサギの解体をしたことがある人はいるかい?』
『百太郎:体験という程度だが、海外で参加したことがある』
『サバイバー:百太郎さんだけか。うーん、さすがにこの大きさを2人ではキツイかな』
『百太郎:やはり皮剥ぎかね?』
『サバイバー:ええ。皮さえ剥げれば、後の工程は巨大なだけでそこまで難しくないはずです。苦労するのは皮剥ぎですね』
『覇王鈴木:指示をくれればなんでもやるぞ』
『トマトン:うんうん。異世界料理人として獣の解体は避けては通れないからね。覚えたい』
『サバイバー:オーケー。それじゃあ、まずは血抜きから始めようか』
アルミラージは通常のウサギの一回りは大きく、賢者たちからすればたとえ本体で見たとしても相当大きく感じただろう。殺してすぐに水属性が出せる洗浄水で綺麗に洗われているため、小麦色の毛並みは艶々で全体的に立派な見た目だった。
滑車から垂れるロープにアルミラージの後ろ脚を結び、みんなでロープを引く。
ウサギと言えば大福みたいなまん丸さを想像しがちだが、後ろ脚がピンと伸ばされたウサギはなんだか違う生き物のようにも見えた。
サバイバーはロープに釣り下がったアルミラージの首を掴み、水のナイフで首筋の頸動脈を切った。
本来なら、生きたまま頸動脈を切った方が効率は良い。しかし、賢者たちはむしろ死んでいた方が効率的だと発見していた。
というのも、賢者たちの魔法の中には、生きている状態の動植物に対してほとんど効果がない魔法がいくつもあった。
たとえば、生産属性や他多数の属性が使う『乾燥』系の魔法。天日干しや風乾など様々な乾燥を短時間でしてくれる便利な魔法だが、これが生き物に対して使えるのなら、特定の種族に対して特効クラスの近距離攻撃になる。だが、これは生きている者にはまったく効果がなかった。
賢者たちはこれこそが属性への耐性、あるいは魔法へのレジストなのだと考えている。
しかし、死ぬことによってそのレジスト機能が失われるのか、効かなかった魔法も通用するようになるのだ。
血抜きの作業にも、そんなふうに生きている時には使えなかった魔法が使用された。
それが水属性の『液体操作』である。
触れている液体を操作する魔法なのだが、生きている動植物には全く効かない。しかし、死体になれば話は別で、頸動脈から流れ出る血に使うと、体中の血を短時間で引きずり出すことが可能だった。
魔法による血抜き——賢者式血抜きである。
冗談みたいにジャージャーと流れ落ちる血。
その血は床の溝を伝って排水穴へと流れ、地中深くに落ちていく。
覇王鈴木が柄杓で血を受け止めて、石の瓶に注いでいく。研究のために少量を残しておくのだ。最終的には骨なども捨てずに残すつもりである。
覇王鈴木はそんなふうに慣れているが、今日が初参加の賢者はフラフラする者も多数。この中からは狩猟組をドロップアウトする賢者もいるだろう。
『サバイバー:辛かったら無理をする必要はないよ。仕事には向き不向きがあるけど、このクエストはその最たるものの一つだろうからね。ここでは無理でも、君らが活躍できる場所は絶対にある。ミニャのオモチャ箱の懐はとても広いからね』
サバイバーは本心からそう言い、覇王鈴木たち先輩陣もそれは同意見だった。
解体作業ができない程度のことで賢者の良し悪しなんてわからない。ゴブリンの死体処理でフラフラした賢者は多数いたが、そんな彼らの中にはいまでは大活躍している者も大勢いるのだから。
血抜きが終わると、サバイバーは他の水属性と一緒に床の血を洗い流した。
『サバイバー:お待たせ。それじゃあ皮剥ぎをしていこうか』
コクリと頷く一同に、サバイバーはちょっと待つように言い、作業台に移されたアルミラージの解体を始めた。
『サバイバー:まずはこうして四肢の関節から下を切り落とす。問題は角だけど、今回はコイツも最初に切ってしまおう』
角は30cmほどもあるので、とても邪魔だった。
トマトンが魔法でノコギリを作り、ギコギコして切り落とした。
『トマトン:すんごく硬い』
『覇王鈴木:槍になるかもな』
『ブレイド:こんなでかいの誰が使うんだよ。俺たち以外には子供しかいないんだぜ』
『百太郎:地球での伝承を持ち出していいかわからんが、一角獣の角は昔から霊薬の材料とされた。シカの角も漢方になる。だから、私としては保管しておくべきだと思う』
『闇の福音:それがいいだろうな。とりあえず、異世界検証委員会に渡しておこうぜ。町へ遠征したら使い道も見つかるかもしれない』
角は保管されることで決まり、皮剥ぎが続く。
『サバイバー:それじゃあここからはみんなの力も借りようか。まずは股を開く。左右から足を持って広げてほしい』
『百太郎:それでは私が左を押さえよう』
『覇王鈴木:じゃあ俺は右を』
ぞろぞろと賢者たちがアルミラージの体を押さえる。
『サバイバー:動物の解体で何を置いても気をつけなくてはならないのは、雑菌で肉を汚染することだ。排泄物は天敵。十分に注意して刃を扱わなくてはならないよ』
そんなふうに美少女フィギュアによる暗黒教育番組が始まった。なお、見れば喜んで参加したであろうネコミミ幼女はみんなとスヤスヤである。
皮を剥ぎ、生き物の表皮の下に隠れている肉が姿を現していく。
意外にもここで怖気づく賢者はいなかった。きっとホラー系のサブカルチャーの影響だろう。
しかし、内臓の抜き取りに入るとあわあわする賢者が続出した。やはりコジュコジュの時と同じで、巨大生物の内臓はビジュアル的にクルものがあった。
『サバイバー:ん? この臓器はなんだろう? 百太郎さん、動物の臓器は詳しいですか?』
『百太郎:いや、人並みだ。臓器を見た回数で言うなら間違いなく君の方が上だろう。何かあったのかい?』
『サバイバー:肺と肺の間に硬い臓器があります』
『覇王鈴木:魔法世界の生物だし、魔力袋的なアレじゃない?』
『サバイバー:いや、それならコジュコジュにもあるはずだけど、アレにはなかった。アルミラージ特有のものなのかな?』
『闇の福音:魔石が入ってるんじゃない?』
『サバイバー:魔石か。鉱物説もあるけど、魔物にないとは限らないか……』
『覇王鈴木:まあとりあえず残しておこうぜ』
『サバイバー:そうだね。解体を続けようか』
わからないことはわからない。サバイバーは首を振ってレクチャーを再開した。
すっかり解体が終わり、場所は食堂の調理場。
お肉は調理場の隣にある倉庫から続く氷室に保管されるので、運び込んだのだ。
『サバイバー:みんな、お疲れ様』
整列した賢者たちは、グロッキー状態の者もいれば、途中から慣れて率先して手伝った者もいた。サバイバーはそれでいいと思いつつ、続ける。
『サバイバー:解体作業はささやかながら役得がある』
そう言ったサバイバーはピッと指さした。
そこでは火が熾され、なにやら料理が始まる予感。
『サバイバー:アルミラージは子供たちに一番に食べてもらいたいから無理だけど、コジュコジュの串焼きを食べていってほしい』
『『『新人賢者一同:おーっ!』』』
大人が30人いれば鳥一羽分では足りないが、賢者たちは人形の体なので小さく切られた肉片だってお口いっぱいレベルの大きさだ。
楊枝サイズの串に通されたコジュコジュの肉がどんどん焼き上がり、参加した賢者たちに配られていく。
実際に口に含むことはできないが、肉を光に還しながらの疑似的な食事をする。
口の中に広がる濃厚な野性の味に、これが生命の味なのかと、二十年以上生きて初めて気づいた賢者もいた。
狩りから解体と同じ冒険をしたからか、先輩も新人も関係なく和気藹々とした雰囲気。顔が見られず、フキダシという形式なのが、人見知りのニートたちにも優しい環境だった。
『覇王鈴木:よう、ホクト。どうだ?』
『ホクト:あ、覇王鈴木さん! 凄く美味しいです! こんなに美味しい鳥肉初めて食べました!』
『覇王鈴木:それは良かったな』
『ホクト:はい!』
『覇王鈴木:怖い目に遭ったし、楽しめたならいいんだ』
覇王鈴木はそんな心配をして話しかけていた。
せっかく素晴らしい体験をしているのに、トラウマを作ったら可哀そうに思えたのだ。
そんな気遣いを感じ取り、ホクトは言った。
『ホクト:あのあの、こういうことを聞いちゃダメかもしれませんけど、覇王鈴木さんもニートなんですか?』
『覇王鈴木:え。あ、ああ、うん、そうだよ』
本当に聞いちゃいけない質問だった。
対面している人物にニートと胸を張って言えるほど、覇王鈴木は恥知らずではなかった。
『ホクト:そっかー。同じニートなのに全然違うな。あたしにもみんなにも気を使ってくれるし』
『覇王鈴木:知り合いにニートでもいるのか?』
『ホクト:はい、まあ』
『覇王鈴木:いい奴なら連れてきてもいいんだぞ。まあ、自費というか自分のポイントで招待することになるけど』
『ホクト:うーん、それはいいです。やっぱり、覇王鈴木さんや他の人はニートと言ってもちょっと違いますし。きっと、アイツはみんなに迷惑かけますね。この前もみんなが寝ようっていう時間にドッタンバッタンやって騒ぐし』
『覇王鈴木:あ、あー、そういう系か。ニートをやっていても遠慮しないヤツはいるからな』
『ブレイド:はははっ、やっぱりニートは忍び足スキルを覚えてなくちゃな』
2人の会話にブレイドが笑う。
『覇王鈴木:違いない。世の中のニートの多くは息を殺して生きてるんだよ』
多くのニートは後ろめたさや情けなさを抱えながら生きている。それはみんなが寝静まった夜の廊下の歩き方にも表れるのだ。
『覇王鈴木:ホクト。上手く言えないけどさ、きっかけがあれば、もう一度立ち上がれるヤツは結構いると思うよ』
『ブレイド:俺もそう思う。俺たちは奇跡みたいなきっかけに恵まれたから偉そうなことは言えないけど、それでもきっかけはきっかけだしな』
『ホクト:そんなものですかね』
『覇王鈴木:そんなもんだよ。だけどまあ、ホクトが楽しむのが一番だ。他の人のためにこの夢のような世界をホクトが楽しめなくなるようなら、呼ぶのはやめた方がいい。女神様ショップが解放されるまで時間があるだろうし、ゆっくり考えればいいよ』
『ブレイド:お前、まともだな!?』
『覇王鈴木:ちょっとだけだよ?』
『ブレイド:知ってる』
『ホクト:あははっ、まあ考えておきます』
その返答を読んで、覇王鈴木とブレイドは「あ、これは呼ばないヤツだ」と察するのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




