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かげろうの村  作者: 壱崎ノル
第一章 夜明け
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第三話 零吉



・ ・ ・



最初に回復したのは嗅覚だった。


最初に目覚めた部屋と同じ、ツンとする薬の匂いが鼻腔を刺激する。悪夢と、謎の模様の麻布の記憶が脳裏に閃き、反応的に(ぬる)い恐怖が蘇る。


と同時に、ここが家ではなく訳のわからない非現実である事も思い出した。


それから次々に記憶が蘇り、そして最後の記憶ーー空を飛ぶ灰褐色の鯨に吹き飛ばされたーーを思い出した。


すぐに、回復した視覚と聴覚で本能が危険、すなわちあの浮遊鯨を捜した。あいにく手足は負傷してすぐには動かせなかったため、顔を動かすことになったが。


幸い、それらの感覚は危険を認知はしなかった。


ぶちぬけた天井が随分と近くにあった。心地のいい風が吹き抜けている。


おそらく、最上階の一階だけ下にいるのだろう。日光で温まったコンクリートの熱が背中越しに伝わってくる。



...しかし、視覚が次に()()を発見したので、脳は混乱に陥った。



ーーまったく、なんだというんだ。



問題は私の膝下であぐらをかいて座っている、そいつである。



人型。


でも人間じゃない。



多分、というか明らかにロボットだ。でなければ、鉄色の顔に義眼が、それもバツ印のついた単眼が(はま)っているわけがない。口と思しきパーツも見てとれた。


着物と袴を着たロボットなんて今まで見たことはなかったが、今こうして目の前にいるのだからその存在は認めよう。


何とか起きあがろうとして手をつくと軸にした腕に鈍痛が走った。


見ると、二の腕に血が滲んだ包帯が乱雑に巻かれている。調べてみると額や足にも傷があったようだが、全て応急処置は為されていた。目が覚めた時に嗅いだ薬の匂いは、この処置のものだろう。


傷の具合を見ていると、そのロボットは唐突に話しかけてきた。



「...冥蓮はくれ、で合ってるか?」



どうして私の名前を、と驚いたりはしなかった。このくらいの事にはもう驚かない。


...不気味ではあるが。


別に間違っていないのだから否定はしない。軽く顎を動かして、合っているということを伝えた。



「そうか...」



そういうと彼はまた顔を背けた。


聞くだけ聞いておいてその反応はなんだと言いたくなるが、状況を見たところ、襲われた私を看病してくれたのも彼らしい。近くのコンクリの柱の近くに応急処置に使われたと思われる一式が転がっているのをみるに、そうなのだろう。


恩人に失礼な態度を取るわけにはいかず、ただ相手の反応を待つしかなかった。




沈黙は、下の階からの地響きにより破られた。


と同時にあの咆哮が聞こえた。


戦慄の光景が蘇り、思わず震えた。



「歩けるか」



彼は立ち上がってそう聞いた。


負傷していない方の足を軸に、なんとか立ち上がってみる。


隙をついた足裏の痛みが目を細めさせた。が、歩ける事には歩けるだろう。


私の様子を見た彼は頷いた。



「それでは、帰ろうか?」



意味ありげに問うてくる。


私はその真意を汲み取れぬまま、また頷く他無かった。



・ ・ ・



背を向けた彼はコンクリの欠片が散乱する中、まっすぐに一つの非常出口へ向かった。非常出口と分かったのは、お馴染みの緑のマークが光っていたからだ。


日当たりが良かったのは私が倒れていた場所だけのようで、他の場所は天井が日光を遮ってとても暗い。その分、非常出口の常時灯は視線を引きつけた。


ノブを捻る。しかし、ドアは耳障りな擦れる音を立てただけでびくともしなかった。


舌打ちに似た音を出し、彼はもう一度ノブを強く握った。



「...どいてろ」



指示通り、二、三歩後ずさる。


どうするつもりなのだろう、と思ったのも束の間、彼は凄まじい速度でドアノブを引っ張って後ろに振り切った。


何かが軋む音がしてドアがノブを頂点に山形に変形し、その刹那、鋼鉄のドアは破壊音と共に空を切って(はるか)後方へ吹っ飛んでいった。


ドアは何度かコンクリの地面を跳ね、金属が擦れる音を立てて回りながら停止した。


原型など留めてはいなかった。


唖然とした。


なんだこいつは。まるで化け物だ。



「ほら、さっさと行くぞ」



今の事が何でもないかのように、平然と落ち着き払っている。ロボットだから感情がないのだろうか。


逆らう理由もなく、彼の後を追って碧のランプの点る出口を目指す。内から見た外は明るく、暗さに慣れた目には白光一色にしか見えなかった。



・ ・ ・


風が空を切る音が耳元で聞こえる。



「落ちないように気をつけろ、分かってると思うが即死だ」



分かっていると思うが、などと言われなくても分かっている。


この出口は、垂直な壁の断面についた階段の踊り場に設置されていた。


壁は高さ40(メートル)ほどで、所々ひびが入っている以外は何もない、まさに絶壁である。


それに付けられたこの階段も錆びており、おまけにその構造は鉄の板を等間隔に壁に刺していったようなもの。要するに、足元から下の景色が見える。


手すりは一応両側にあるものの、大変心許(こころもと)ない。


更に高所特有の強い風が吹いていて、バランスを取るのが難しい。負傷した体なら尚更だ。


...これを下まで降りろという。


なんの恐怖体験だ、さっさと家に返してくれと叫びたいところだが家に帰るためなのだから仕方がない。


気休めにしかならない手すりを伝い、恐る恐る降りていく。


幸い彼が下方に居てくれているので、万一こけてしまったとしてもあの怪力で捕まえてくれるだろう...


そう信じることで無理矢理安心し、少しずつ高度を落としていった。



降りながら景色を見ているうち、この場所が自分が住む村であるということに確信が持てた。


地形が同じなのだ。道も、川も、森も林も。全て、私の村と同じ。


大きな安堵が、自然と溜息となって漏れた。


やっと、いつもの場所に戻ってこられたような気がした。非日常から抜け出せたような。


そして、地形が分かった上でもう一つ理解できたことがある。それはこの施設の正体。



絶壁、謎の設備、そして鳥居...根拠は十分に揃った。



この村の中心部にて統括所。



ここは白双対特別研究所、通称『白双研(はくそうけん)』である。



・ ・ ・



恐怖の階段最後の一歩。


土を踏み締める感覚をこれほど喜んだことはなかった。



「家はこっちの方角で合ってるな?」



彼が作られた指で森の向こうを指す。


私は頷く。本来知っているのはロボットのそっちじゃないか、という突っ込みは抑えた。



「...質問して良い?」



歩き始めようとする彼に掠れ気味の声で尋ねる。


そういえば、施設内で目覚めてから声を発したのは初めてだ。ひどく久しぶりな気がする。実際は目覚めてから数時間しか経ってないのに。


「何だ」


彼は顔だけこちらに向けた。まるで興味がないと言うように。


「...あなたは、誰?」


それが先か、と呟いてから彼はこう言った。



「俺は、義成(ぎなり)の製作した人型自立機械(アンドロイド)の一体だ」



『義成』...


その名前には聞き覚えがある。


自分の顔よりよく見た人物。私を育て上げた、最も親しい存在。



冥蓮義成ーーー父だ。



...父が、このロボットを作った...?


確かに今まで父の作った機械に触れたことはあったし、その機能性に驚いたことも二度や三度では無い。しかし、ここまで知性を備えた人型自立機械を、それも何体も作っていたとは初耳だった。


彼は続けた。


「初号だってことでうまくは作れなかったのか、今まで表立って(おもてだって)使われることは無かったがな。識別名は『零吉』だ」


『零吉』...


初代を冠する名。いかにも父が好きそうだ。



「ほら、質問は済んだだろ。行くぞ」



全然済んでいないし、何ならここからが一番聞きたかったことなのだが...


歩き始めた彼を二度も止めるのは、流石に気が引けた。


そんな零吉も我が家を目指しているらしい。この時刻、父はもう仕事に出ているはずだ。普段の私なら、とっくに学校に行っているような時間。そんな時に家に戻って何をしようと言うのか。



聞きたいことはどんどん増えるばかりだ。



・ ・ ・



ーーー思えば零吉との帰り道、色々と奇妙なことの兆しはあった。



木々を塗って飛行する生物、以前よりも広がっているアスファルトの亀裂、増えた廃屋、広がった森林。



雲の隙間に見えた何かの列、川の上を這う何か、そして見かけぬ人影。



それらの違和感は、全てここに還っていたのだ。




...我が家は(つた)に絡まり、埋もれていた。



標識は掠れ、扉はずり落ち、屋根は剥げ、窓は割れていた。



ただ、人の住まなくなった我が家を前に立ち尽くすしか無かった。



零吉はこう語った。




『十二年.........それがお前の、()()()()()()()()





9/19 一部誤字を訂正しました。

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次話投稿は一週間以内の予定です。

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