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かげろうの村  作者: 壱崎ノル
第一章 夜明け
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第弐話 朧の寝床

狭い部屋に絶叫がこだまする。


反射的に上半身を起こし、目を見開いた。しかしぼやけて何も見えない。


感触から察するに、どうやらベッドの上で寝ていたらしい。


一旦落ち着き、呼吸をしようとしたが、口に何かがかぶさってそれを妨げている。


パニックになり、剥がそうとするが、頭の後ろできつく固定されていて取れない。


やっとの思いでロックを外し、半透明の医療用マスクを引き剥がして貪るように息を吸った。


新鮮な空気が肺を満たし、安堵に包まれる。


嫌な汗が頬を伝っている。悪夢を見た証拠だ。


寝転がり上布団に顔を埋めて深呼吸し、落ち着くのを待った。


どこかからか漏れ出た人工的な光が、薄暗い部屋に一筋の光の道を作っている。


埃が道に照らされ、雪のように輝いている。ぼんやりとそれを見ていると、なんとなく昔に帰ったような気がした。


こんな悪夢を見るなんて久しぶりだ。飛んだ不意打ちを喰らった。






............違和感。





この布団は、誰の物だ?


起き上がって服を確認する。身に覚えのない服だ。襟がそのまま胸の上でy字型に重なり、腰の辺りで紐で止められている。典型的な和服の軽装だ。その下には黒い密着型のインナーを着ており、薄いが保温効果はあるようだった。家にこんな機能的な衣服は無かったはずだ。膝の辺りまであるズボンにも、やはり見覚えはない。


低いノイズが漏れ出ている、ベッドの横の装置。引き剥がしたマスクが管で繋がっており、その他にも操作板や液晶などが見てとれた。加えて、目覚めた時から香る、ツンとする薬のような、どことなく不安を煽る匂い。



...病室だろうか?



なんらかの病気を発症し、意識がないまま病院に連れてこられたのだろうか?



しかし、すぐにそれは否定された。



病院にしては設備が異なり過ぎている。第一、この村の病院にこんな場所はなかったはずだ。幼い頃からよく世話になっているからよく知っている。


天井は鉄が組まれた頑丈な作りが剥き出しており、壁は白一色に染まっている。窓もなく、さながらシェルターのようだ。


それに......


やっと回復した視力で分かったのだが、自分のベッドの周りには、未知の文字と模様が描かれた大きな麻布が何枚も垂れ下がっている。


目のような模様がいくつもあり、本能が恐怖を訴え、思わず目を逸らした。


悪夢の余韻が重なり、呼吸が荒くなる。


布団に顔を沈めても、今回は全然落ち着けなかった。


心臓が早鐘のように打ち始めた。


さっきの悪夢とは違う恐怖の汗が、再び流れ始める。



恐怖が、本能が、その身を固まらせた。



・ ・ ・



五分が経過したが、何も起こらなかった。


このまま布団にくるまっているわけにもいかない。



兎に角、誰かに会って話を聞かなければ。身に覚えのない部屋に勝手に連れてこられた理由も問わねばならない。



布団を跳ね除け、床に降り立つ。


ひんやりとした感覚が裸足のあしに染み渡った。ろくでもない場所だ、履き物の一つすら置いていないとは。


奇妙な模様の麻布を(くぐ)ると、この何枚もの布で囲まれた空間は部屋の一部だったことが分かった。部屋の四方は二〇(メートル)ほどで、やはり頑丈そうな天井と無機質な壁が広がっている。




これで確信した。ここは、絶対に病室ではない。




正面の壁には浮き出たように目立った黒色を放つ電子錠付きの扉が設置されている。


他に外に出られそうな所も無い。とんでもなく怪しい雰囲気がぷんぷん出ているが、今はここを出るより他はなさそうだ。



近づくと、電子錠が自動で起動した。高い電子音が鳴り、黄緑色の光のテンキーが空中に表示された。


こんな怪しい部屋の解錠番号など知っているわけが無い。


しかし、どうしようかと悩んだのも一瞬、すぐにテンキーは引っ込み、代わりに黒い扉の上部の天井からの赤い光が頭と顔を覆った。


はくれの驚きも他所(よそ)に、赤い光は全身をスキャンし始めた。危険なものではないと割り切り、足をスキャンするまでじっとしておいた。今はこうするより他ない。


やがて赤い光も引っ込み、がちゃり、という音が響いて黒い扉がわずかに奥に開いた。


どうやら鍵は開いたらしい。


私を確認して。


なぜ自分で開いたのか、ということに関しては、もう深く考えないようにした。病室だろうとなんだろうと、一人で部屋にいる人が鍵を開けられなければ問題だろう。そういう配慮だと思い込んでおいた。




・ ・ ・




厳重な扉を出た先は、元の部屋よりもさらに無機質な、床壁天井白染の廊下だった。かろうじて、仄暗い空間を照らす照明が三つついているくらいで、他には何一つ設置されていない。


扉とほとんど変わらない幅の道がもう一つの黒い扉まで十(メートル)ほどまっすぐ続いている。


ただただ距離を取るためだけに作られたような廊下を進んで、もう一つの扉にたどり着く。


今度は全身のスキャンもなかった。この扉の前に居るということで認証を受けていることは分かっているからだろう。


ドアノブに手をかける。かちゃり、という軽い音がして、扉が薄く開いた。


この先も限りなく扉と廊下が続くのではないか、という馬鹿げた不安はすぐに吹き飛んだ。




それは幻想的で、あまりにも常識を外れた光景だった。


目の前に広がるのは巨大な円形にくり抜かれた空間だった。扉はギリギリくりぬきから少しずれたところに位置している。


くり抜かれた施設の幾つもの階層が、その断面をのぞかせている。それを数えるに、この扉がある場所は3階だということが見てとれた。


最上階も同様にして消し飛んでおり、綿雲がいくつか紺碧の空に浮かんでいる。


一階部分に当たる場所には草が多い茂っており、断面の柱を伝って無数の(つた)が上層階に向かってその腕を伸ばしていた。



一番目を引くのは、その草の中にある一つの鳥居だった。



青々とした碧色(へきしょく)の中に佇む紅の神物。それはさながら白い肌が流した血のようだった。



無色のコンクリートと相対的な緑と朱。


そこには神秘的な魅力があった。


破壊と神聖の只中にある静寂は人に根源的な安心をもたらす。


しばしの間見入っていたはくれだったが、はっと我に帰った。


この施設は、すでに機能していないのだろう。かろうじて電気の供給は続いているが、それも脆弱だ。しかも、見たところ自分が通ってきたところ以外の照明は起動していないようだった。


自分のためだけに施設は機能していたのだろうか?やはり、普通の施設ではないのか。



そんなことよりも。


唯一の道が非現実な方法で断たれている。


つまり、袋小路だ。


食糧もないただの部屋と廊下で構成された場所にいつまでも留まっているつもりもない。


しかし、この先へ進むには断面を覆っている蔦を降りるしかない。



大変心もとないが、今はこれしかない。



どこが良いだろうかと降り道を探す。足元から近くて()つ頑丈そうな蔦が絡まり合っているところを探すが、なかなか見つからない。


その時ふと、目の端が鳥居の奥の道に黒い人影を捉えた。


見間違いかと思ったが、やはりそこに立っている。身長は自分と同じくらいだろうか。



じっとこちらを見つめている。



奇妙な緊張と静寂が流れた。



唐突に、人影が口を開くのが見えた。しかし、何を言ったのかは分からない。その声はすぐにそれ(・・)にかき消されたからである。



轟音と共に、灰褐色の巨体がその円形の空から()()()来た。



「!?」


土埃が視界を覆う。空圧が髪を逆立たせる。


次第にその非現実は姿を現し始めた。


さながら、盲目の鯨。炎の紋を冠る(かんむる)空の(つち)


鎌首をもたげた巨体はゆっくりとその体をはくれに向けた。


口無き咆哮がはくれに向けて放たれた。



・ ・ ・



『攻撃』を避けることが思考にのぼるよりも早く、それははくれの軽い身体を勢いよく一瞬で吹き飛ばした。


脆弱な意識は一瞬で刈り飛ばされた。



次話は一週間以内の投稿の予定です。

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