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かげろうの村  作者: 壱崎ノル
第一章 夜明け
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事象記録-黒霧

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東亜、日本国。



発展した技術と人口の減少により、日本各地に点在する大小様々な村は、過疎化の道を稲妻のようになぞっていた。


東京区・大日本中央都市部・大阪区をそれぞれ仕切る巨大山脈群『荒間(あるま)山脈』『鼈甲(べっこう)山脈』の周辺では特に顕著で、荒間山脈北東に位置する袮千乎(にいちか)村、その周辺でも例外ではなかった。


南東部に荒間山脈をたたえ北西部に阿仁良(あにら)平野を構えるこの村は都市部からもさほど遠くはない距離に位置しており、アクセスは悪く無い。帰って来ようと思えば、磁動車を使えば一時間もかからずに最寄りの都市部からこの村に帰還することは可能である。


ーーしかしこの村が今疎遠されている理由は、一般的な過疎化とは全く別の問題からだった。



・ ・ ・



12/13【『黒霧』都市部被害者二千名超過】-鼈甲(べっこう)新聞社、朝刊見出し


各報道社はこぞって、黒塗り白文字の大見出しでその怪奇現象を大々的に取り上げた。


戦争の危険がほぼ消滅し、覇権国家がその手を休めているおかげで彼ら報道社は暇を持て余しており、重箱の角を突くような政治批判とテクノロジーの進歩について専門家の見聞を長々と乗せたりしていた時期。


彼らにとってこの摩訶不思議な事件は目の前に吊り下げられた良い匂いの餌のごとく一斉に食いついた。



放送番組表を一ヶ月以上独占し、見るものを戦慄させたそれのお陰で、袮千乎(にいちか)村の知名度は驚くほど急激に伸び上がったのだった。


ーー触れたものを分解し、致命的に破壊する謎の浮遊気体。通称、『黒霧』が最初に確認されたのは西暦に表して2047年の事だった。



事は、一人の業務配達社員が配送任務終了後、祢千乎村から出てすぐの公道でトラックの一部ごと上半身を喪失して死亡していた事件から始まった。



警視庁は人為的事件の可能性として調査を開始したが、情報が増えれば増えるほど、その可能性がないという事実が濃密になっていくだけだった。


日は経ち、この事件が例を見ないほど高難易度な迷宮入りとして扱われ始めた頃、祢千乎村周辺で不可解な死亡事件が相次ぐようになり始める。



そしてその一週間後、事態は急加速することになる。



・ ・ ・


目撃者の証言を統合すると、以下のような光景が阿仁良(あにら)都市部で見られたことになる。


祢千乎(にいちか)村の位置する祢千乎山の方角から、蟲の群れのようにも見える黒い霧のような流動的な何かが、微かに見えたり見えなかったりしながら徐々に近づいてくる。その後、それとの距離が百米 メートル を切ったあたりで突然はっきり見えるようになった。


その霧はまず住宅街の屋根に触れると、空中で溶かすようにして触れた屋根を消し去ったという。


時系列上で計算すると、高層ビルの破壊は最初の住宅街の破壊から数えてわずか二分後だった。


霧は地面近く、高くても十米付近を漂っていたため、その厚さは薄かった。そのため、ビルはだるま落としのように中間部を破壊されることとなり、上部が地面に落下して大惨事を引き起こした。


しかし最も多かった被害は、直接の人間の死亡だった。


朝どきだったため、外出している人が少なく異変に気付きにくかったことも要因の一つとして挙げられている。


朝食か、あるいはまだ寝ていたかもしれない...多くの犠牲者は、建物と霧に挟まれ逃げ場をなくし、そのまま死亡していくケースが多かった。



その犠牲者、実に二千人。



霧は周囲とくらべ常に黒く見えたことから、『黒霧』と呼ばれるようになった。


その惨事の原因を突き詰めて行った各機関は、祢千乎村のある秘密に触れることとなる。




・ ・ ・




無神論者の詰め合わせのような当時の日本。


そこに各機関が口を揃えて投げ込んだ爆弾的事実、それは日本のみならず海外までも衝撃波を轟かせた。


黒霧は、怪奇現象でも超科学現象でも無かった。


それは、一柱の気まぐれが生み出した吐息に過ぎなかったのである。




曰く、神と呼ばれるものは、実在した。




祢千乎村の住民らが大昔より語り継いで来た、遙な畏れ。



名は、荒虞珠(アグス)



村の守護神にして、唯一神である。



その存在が、公に確認されたのだ。



・ ・ ・



荒虞珠(アグス)は本来、祢千乎(にいちか)村を守護するだけの、限定的な能力を持つ神として崇拝されてきた。


故に、祢千乎村の住民らも、凄惨な死亡被害が荒虞珠によってもたらされたと知った時、その驚きを隠し切れる者は少なかった。


荒虞珠は確かに、守護神だった。


しかしそれは、まさに刃を連ねて形作った盾だった。


村に手出しし、害をなすものを徹底的に破壊し尽くす。その恐怖をもって、荒虞珠は守護神たりえたのである。住民たちは、遙な言い伝えよりこぼれ落ちていたその事実を、やっと思い出したのだ。



その破壊の力が、荒虞珠の意図しない方法で村の外界に漏れ出した。



その漏れ出した力は、黒い霧をかたどって波のように拡散され、阿仁良都市部を破壊したのである。


拡散距離が広がると共にその威力も下がって行き、阿仁良都市部を全て通過した時点で黒霧はその効力をほとんど失っていたため、他の都市に被害が及ぶ事はなかったが、重大なインフラ破壊と建物の倒壊により、災害級の事件として後世に認知されるようになった。




この事件以降、黒霧の発生はぱたりと止んだ。しかし、祢千乎村周辺から離れようとする者は後を断たなかった。




祢千乎村、中央病院で冥蓮義成の一人娘・冥蓮はくれが誕生したのは、この事件から実に一年後のことである。




数奇な運命と交錯する事象。




村は静かに、時を待っている。





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