第十七話 銃口
向かいのビルの土煙の中から祿菟が現れたと思った瞬間、その部下達は矢津千と私たちに向かって発砲した。
暗い視界の中にいくつもの星が一瞬輝いたかと思うと、少し遅れて乾いた爆発音が届き、直後に自分のすぐ横のコンクリでちゅいん、という跳弾音が響いた。
それから立て続けに超至近距離を弾が通過したが、その音を認知する頃には私はがっしりしたものにつかまれて宙に浮いていた。
零吉が私を抱いて跳躍したのである。
その高度はよく分からないが、隣のビルの三階分はあったということは理解できた。
彼は先ほどのより少し低い、付近の建物の屋上に緩衝噴射をしながら着地した。
発砲はなおも続き、まだこちらを狙う銃口もある。二、三発の弾が近くの壁を破壊するのを見たかと思うと、彼はもう一度跳躍した。
ーーしようとした。
彼の背が白く光ったかと思うと、ぐん、と横向きの力がかかり、二人まとめて吹っ飛ばされた。
・ ・ ・
「ーーーオラァ!!!」
発砲の直前、矢津千はすでに動いていた。
目にも止まらぬ疾さで駆け抜け、祿菟の部下たちの背後に回り込んでいた。
引き金が引かれる頃には、左端の一人は、ごちゅ、という何かが砕ける音を出しながら、背を反らして二つ折りになっていた。
その隣の者が、標的が消えていることに気づいた瞬間、そいつは矢津千の拳と頭をすげ替えられていた。
二人の男が液体と共に地に伏し、そして二度と動かなくなると、ようやく彼らは銃口の向きを変えた。
しかしその動作は緩慢で、やはり弾は掠りもしなかった。
数名は変わらずはくれと零吉に照準を合わせていたが、やはりその弾は当たる事はなかった。
彼らの弾は殺傷を目的としておらず、むしろ生かしておくことを前提に設計されていた。
生物は死ぬよりも、生きながら死ぬ方が何かと使いやすいからだ。
故に、その速度は普通の銃と比べるとお粗末なもので、それに伴い命中精度も落ちていた。はくれらが被弾を免れた要因の多くは、それにあった。
矢津千の場合は違った。
いくら弾が遅かろうと、至近距離で撃たれると話は違う。弾は回避不能の剣と化し、十数もの銃口に睨まれた相手は即座に蜂の巣になるだろう。
しかし彼は、撃たれる前に相手を倒す。彼がしたのは、超速と攻撃力を兼ね備えたものにだけ可能な、『雑な戦闘』だったのだ。
祿菟はしばらく上からその様子を見ていた。
四人目の部下が血の海に倒れた頃、彼は懐から黒く光る鉄球を取り出し、無造作に投げた。
数米落ちた所で鉄球は展開し、流動して一本の円錐形になった。変形が完了するとともに底面から青白い炎が噴き出し、その体を急激に加速させた。
彼が『啖雷針』と呼ぶこの兵器は、事前に補足した対象に向かって直線的に超加速する。
その過程で対象が位置を変えたとしても、即座の軌道修正が可能だった。正確に相手を追尾し、雷の一撃を食らわせる、彼の十八番である。
円錐はまっすぐ、二人の元へ向かっていった。
闇夜に紛れた超高速の黒い飛来物。
避け切れるはずもなく、それは機械の体の上で爆ぜた。
その光を見届けると、男は大きく跳躍した。六人目を屠った矢津千が、目を見開いて私を睨んでいる。直後、彼へ走り出し、彼らの元へ急いでいるのが見てとれた。だが、今はそんな事はどうでも良い。
空を切りながら、懐からそれを取り出し、照準を合わせた。
・ ・ ・
金属音を立てながら、彼は私を抱えたまま数米転がった。
「...怪我は?」
彼は起き上がってすぐに言った。
「私は大丈夫...けど背中が」
「俺は機械だ。痛みはほとんどないから気にするな」
彼がいい終わるか終わらないうちに、あの男が自分達を追いかけて跳躍しているのが目に入った。
その両手に持った二丁の拳銃ーー思うに、彼の専用装備だーーの銃口をしっかり私に定めていた。
やはりあの冷たい笑みで、私たちを諭し、蔑み、睨んでいた。
その一瞬は一分にも一時間にも引き伸ばされたように感じられた。
ーー零吉が庇うと同時に、その弾は閃光と共に、音を超える速度で私の左肩を正確に貫き通した。




