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モノリア=テイル ——凍土の雛鴉達——  作者: 雀原夕稀
序章 今は眠りし、彼と私の邂逅は。
2/2

職員室にて

「——これは問題では無いですか!」


 そんな怒声が場に響く。声を上げた三十代の男は額に青筋を浮かべながら、苛立たし気に机を叩いている。周りにいる者達は彼の様に大声を上げる訳では無いが、男の声に賛同するように頷いている。


 彼らはグラシア=フリオ学院の教師の一派、その中でもこの学院では主流派に属する者達だ。

 教師内で派閥とは言うが、ようは教育方針の違いだ。名前にグラシアと付くように、元来魔導学院というのは国——ここの場合は凍土国家グラシアが管理するもので、その教育方針などを定めるのだってグラシア国政府だ。

 ただし王都ならばともかく、それ以外の学院で管理を実際に行っているのは代理者——各地の領主。故に、地方の学院の場合だとその地の領主や配下の貴族の影響が大きく、学院の在り方も当然だけど変わるもの。


「あの厄介者達が原因で、多くの生徒が迷惑を被ることになったのです!奴らに対して厳正な処罰を下し、身の程を分からせてやらなくては!」


 中でも、この学院の在り方はどうも歪だ。他の地域と比べても、過激というか選民的というか。


 その原因は、間違いなくフリオ領主や貴族の考え方にある。彼らの思想は古臭い、とまでは言わないにしても他に比べると()()()()。そしてこの国にある王都を含む四つの大都市の中で、最も辺境に位置するこのフリオの学院では、その領主たちの力が強いのだ。

 学院に勤める教師達も多くは彼らの思想に賛同する者達だし、だからこそ()()()()()()()()鹿()が幅を利かせることにもなっている。


 むろん、そうでない教師だっている。こうして見ていても、騒ぐ教師陣を不愉快そうに睨んでいるのも何人かはいる。けど、彼らが声を上げることは無い。上げたところで、潰される事が目に見えているから。なにせ、向こうには領主が味方に付いているのだ、勢力が違い過ぎる。

 つまり、今学院は彼ら領主派閥の教師陣のやりたい放題になっている訳だ。......()()()()()()()()()ね。


 そんな彼らが今騒いでいる原因は今朝の一件。始業式から大勢の生徒が遅刻したことについてだ。その生徒達の中には領主のバカ息子がいたからか、教師達によって成績上は遅刻なしになったようだ。それでも、大都市にある学院周辺に人目が無いはずも無く、既に噂として広がっているらしい。

 別に遅刻程度、大した噂になるとは思えないけど、それでも恥をかかされたと例のバカ息子を始めとした一部の生徒が騒いだらしい。そしてその恨みを向けられることになったのは、()()()その原因とされている〈鴉〉と呼ばれる落ちこぼれクラスだ。


「学院長、彼らは底辺共に恥をかかされたのですぞ!しかもよりによってノブロ様にまで!これは、決して許される事ではありません!」


 という訳で、教師陣がこうして騒ぐ事態になっている。彼らからすれば〈鴉〉を大勢の前で叩ける絶好の機会だし、今回の事態に対処しなければ領主や貴族から何を言われるか分かったものじゃないので当然の行動だろう。

 彼ら教師陣が直訴しているのはこの学院のトップである学院長を務める壮年の男性。むろん彼も領主派閥の教師なので、普段なら彼らの考えに二も無く賛同するはず、......()()()


「わ、分かりましたから......、とにかく、今は落ち着いてください」


「落ち着け!?何を言っているのですか、学院長らしくもない!」


「そ、それは......」


 ところが、今日の学院長は普段とまるで違う態度だった。彼らを宥めるばかりで許可を出そうとはしない。それを問い詰められても、口ごもるばかりでまともに答えようともしない。その態度に騒ぐ教師たちは増々苛立ち、他の教師たちは普段との違いに怪訝そうな目を向ける。

 まあ、それも仕方ない。この学院の長を勤めるという事は、領主との繋がりも大きいという事になる。その学院長がこんな煮え切らない態度なのは、おかしく見えるに違いない。


 けど、()は知っている。何故、学院長があんな風になっているのかを。そもそも俺がここにいるのはそれが理由だから。全ての原因は、この学院にあるけどね。




「——はぁ、馬鹿らしい」




 なので、そろそろ介入するとしよう。もう少しで来るだろうし、いい加減うるさくて敵わない。


 職員室の端で座っていた俺が声を上げると、教師たちの目が一斉にこちらに向けられる。まるで、()()()()()()()()()()()()()かのように。その理由に思い至ったらしい教師も数人いるようだけど、多くの者は困惑した表情をしている。唯一俺がいることを知っていた学院長は、顔を青ざめさせているけど。


「......なんだお前は。服装からして部外者だろうが、何故ここにいる」


 一人の教師——先程集団の先頭で怒鳴っていた三十代の男性教師がこちらを睨みつけながら近寄ってきた。俺の背格好からして明らかに未成年だからか、下に見ているのが丸わかりだ。それをマズいと思ったのか、学院長が慌てて割って入ってきた。


「彼は、王都から()()()()()()()お客人です。失礼な態度は、どうか控えてください」


「「「!?」」」


 その言葉に、場が驚愕に包まれる。どう見たって生徒と同じ年代にしか見えない俺が客人など、信じられないのだろう。そして数人の敏い教師は、今の紹介で俺がどうしてきたのかを悟ったらしく、顔を強張らせていた。

 だが大半の——主に領主派閥の教師達は、驚きはしつつも態度を変えることは無い。客人とはいえ、たかがガキと侮っているのだろう。目の前の男性教師もそのようで、高圧的な視線を向けてきた。


「......へぇ。それで?王都から来た客人が、何故こちらの話に口を挟んできたのか、聞かせて貰っても?」


 こちらを見下ろしながら威圧的な態度を隠そうともしない教師。普段からそうやって生徒に接しているのかも知れないけど、俺からすれば怖くないどころか滑稽に見える。思わずため息を零せば、その態度が気に入らなかったのか額に青筋が浮かんだ。どうやら煽りへの耐性も無いらしい。

 それで、どうして口を挟んだのか、だったっけ。いい加減うるさいから、とか色々と理由はあるけど、そもそもの話。


「生徒の話を聞いてなかったのか?もう一人、見知らぬ男がいたって」


 遅刻の責任を問うなら、それはあの二人では無く俺に言うべき話。俺からすれば、あの程度で気圧されたあいつらの未熟さこそが原因なのだ。

 俺の言葉に、教師達は話に出ていた男が俺だとようやく気付いたらしい。学院長が言った客人という言葉も忘れたのか、忌々し気に顔を歪めながらこちらによって来る。それと比例するように学院長の顔がどんどん青くなる、どころかもう白くなりつつある。


 ......っと、ようやく来たか。予定より遅いだろうが。


「お前が......」


 目の前にまで来た例の男性教師が、こちらに怒鳴りつけようと口を開きかけた時。




「——カカカッ、何やら騒がしいの?」




 そんな言葉と共に、職員室の扉が開く。


「なんだ!今こっちは大事な話を......。......は?」


 話の腰を折られた教師は苛立たし気に入口へと振り向き、その声の主が()()を理解して絶句した。いや彼だけではない。この場にいる者達ほぼ全員が、同じ表情を浮かべていた。唯一驚いていなかったのは、事前に来ることを知っていた俺と学院長くらいか。......学院長は、顔面土気色だったけどね。

 入ってきたのは十人ほどの集団で、蒼と白を基調とした制服に身を包んでいる。そしてその先頭に立つのは、髭を胸元まで伸ばした老齢の男性。老人とはいえ、ピシッと伸びた背筋や見ただけでがっしりしていると分かる体つきから、実際の歳よりも若く見える。


「おう、先に来ておったか。待たせて済まんの」


「いや、問題ない。久しぶりに会えたしな。向こうは気付いてなかったけど」


 老人は、驚愕する教師達を気にも留めず、気軽に俺へと声を掛けてきた。そう、その老人こそが俺が今日学院に来た理由。彼に呼ばれたから、俺はここに足を運んだのだ。


「なんじゃ、気付いておらんかったのか?まあ、数年は会っておらんかったから仕方が無いかの。この前も呼びはしなかったからのぉ」


「色々あるから、落ち着いてから話すと言ったのはそっちだろうが。......正直、あの様子じゃ大変どころじゃなさそうだけど」


「あの子はそういう話をしてくれんからのぉ......。もっと頼ってほしいんじゃがなぁ?」


 周囲も気にせず、世間話を交わす俺と老人。そして教師達はそれを見て、ようやく俺が彼らの一行であると気付いたらしい。それも、その先頭に立つ老人と近しい関係だとも。


「......そろそろ、本題に入られては?」


「お?おお、そうじゃったな、うっかりしとったわい」


 老人の後ろに立つ集団の内一人が、注意するように彼に声を掛けた。老人も本題を思い出したのか、話を打ち切る。......というか、俺も悪いな、これ。老人に声を掛けた人に謝罪の意を示すべく頭を下げる。向こうは気にするなというように手を振っているけど、次は気を付けないとな。


「......何故、あなたがここに」


「——何故、じゃと?」


 教師の誰かが、声を絞り出すようにそんな問いを零した。それに対し、老人は呆れたようにため息をついた後、その雰囲気を一変させる。

 先程まで俺と話していた時の好々爺じみた柔らかい表情は身を隠し、代わりにその体から身が凍えるような武威を発する。場を凍らせるような気に、教師達の顔が一斉に青ざめた。

 

 ......流石、というべきか。現役を退いてなお、未だ衰えは知らないらしい。

 

 老人が教師たちを睥睨する。その眼に、絶対零度の凍てつきを宿して。



「決まっておろうに。——やりすぎたからじゃよ、お主らが」




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