遺伝
娘の3歳になる誕生日。
シティエールは、急いで仕事を終わらせ、帰宅を急ぐ。
今日は、メアリーが腕によりをかけてご馳走を準備すると言っていた。
自室のクローゼットには、数日前に隣町で購入した着せ替え人形が待っている。
去年もその前も誕生日プレゼントは贈っていたが、今年の初めの辞令でシティエールは昇進した。
よって今年は、今までよりも少し豪華な誕生日となる。
家が見えてきた。窓から灯が漏れていて、シティエールは、我が家に帰ってきた安心感を得た。
「何か…おかしい…」
…静かすぎる。
嫌な汗がじんわりと流れ、呼吸が荒くなった。
ドアを開けると、誕生日を祝う準備は何一つされていない。
そこには、真っ赤に腫れた瞼に涙を頬に伝わせながら眠るメイリーンと、その頭をさすりながら泣いているメアリーの姿があった。
「ど、どうしたんだ。」
荒い呼吸、ドクドクと鳴る心臓。
賑やかで楽しくなるはずだった家の雰囲気は、
ー悲しい、辛い、苦しい、怖い。
そんな負の感情がシティエールの片眼に伝わった。
「……だのよ」
「今、なんて…」
「受け継いだのよ、貴方のその眼の能力を。」
「……っ」
ーー昼間に突然、近所の子達と遊んでいたはずのメイリーンが目を袖で隠し、泣きながら帰ってきたのだという。
気持ち悪い、怖い、痛い、そう言って走り寄ってくるメイリーンの姿を見て…メアリーは何か引っかかる感じがした。
この子はどうして目を隠したまま走ってこれたのだろう。
メアリーの胸がざわつく。…まさか。
そう思い、「眼が痛いの?見せて。」とメイリーンの手を優しく掴んだ。
…っ!!!!
メイリーンの眼は、シティエールと同様、もしくはそれ以上の真紅の瞳になっていた。
シティエールは言葉が出なかった。
驚きは勿論あったが、それよりも後悔が強かった。
ーー自分の力が遺伝してしまう可能性は少なくなかった!!!だが、辛い思いをしたあの日々をメイリーンにも経験させてしまうことになるなんて。
生まれた時のメイリーンの瞳は、メアリーと同じく茶色であったため、どこか安心していた。
召喚者である自分だけの能力で、子どもに影響はないのだと。
「こんなことなら子どもなんて…、っ!!!」
そこまで言ったところで、メアリーはシティエールの頬を打った。
「馬鹿なこと言わないで!!それ以上言うなら私はここを出ていくわ。」
「だが、この力はあってはならないものだ。受け継ぐだけで不幸になってしまうものなんだよ。」
シティエールは、自分が経験した数々の絶望を思い出し頭を抱えた。
弱々しく見えるシティエールを奮起させようとするかのように、メアリーは大声で言う。
「昔にも言ったわよね、私は貴方の瞳、とっても綺麗だと思うわ。…不幸になんか、させない。私たちでメイを守っていくの!幸せに導いていくのよ!!!」
「…でも、君だって今泣いていただろう。」
「ええ、この子に待つ運命。たくさんの試練。それを思うととても辛い、変われるものなら変わってあげたい。でも、もう泣かない。泣かないわ。」
メアリーの目には、未だ涙が溜まっていたが、その目はもう前を向いているようだった。
…本当に君は強いね、メアリー。