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#1





 かつて騎士団の一員として、騎士団長の右腕であった男がいた。


 魔物が人より強くあった弱肉強食の世界で、人を魔物から守るために戦う力を持った騎士。時には山奥の洞窟へと遠征に行き人に害を成す巨大生物と戦い、時には海水浴に興じる人々を襲う海洋生物と戦う。

 騎士団がいればこの国は平和だ。と、その存在が平和の象徴となった集団、『リーデルス王国アミナス騎士団』。

 その騎士団のトップであるダリウス・オーランスの名は《守護神》の二つ名と共に人々に知られている。

 そして、必ず彼の名のあとにはもう一つの名が語られた。


 エリス・ノーヴァック。


「なんか恥ずかしいからいらない」


 と素直に証言し二つ名を受け取らなかった、唯一二つ名の存在しない騎士団の有名人。

 ダリウス・オーランスの、かつての右腕だった男が。





「──久しいな、エリス」


 定期的に行われる健康診断の帰り道。

 現役騎士達を最優先でと自身の番が巡ってきたのは太陽も沈みきり、月が堂々と自分の姿を晒している頃だった。

 騎士団を引退、とまでは行かずとも半ば辞めたような曖昧な状況で現役騎士たちに会うのもなかなか気が引けて、皆が寝静まった深夜に呼び出されたにもかかわらず、どこかに安堵が浮かんでいるように思う。

 誰もいない宿舎を歩き、唯一虫の声に鼓膜を揺らされる。その静けさがストンと心の中に落ちていたから。


 唐突に聞こえた男の野太い声に、エリスはビクリと方を揺らした。


「……なんだ、団長様か」

「会いたくなかった、というような顔をしているな」

「できることなら、こんな顔をして会おうって気持ちが整ってるときが良かった」

「好きな相手と一つのきっかけを経た思春期みたいな思考だな」

「三十路のおっさんが四十間際のおっさんにかよ。ヤメロよ」


 雑に捨てられるくらいの笑いと共に自身の口角が上がったのをエリスは自覚した。

 理由も曖昧に騎士団と騎士団長の隣から姿を消したため、気まずいという気持ちがあったのは事実だ。人のいる時間を避け部屋から出ていたエリスの生活に、それはハッキリと現れている。

 ただそれでも。

 曖昧なまま私語の空間を作らなかった申し訳無さを持ったままでも、久々の友との会話が楽しかった。


「レイリックから時々前線に出ているという話は聞いているよ。いつまで経っても鉢合わせないから不思議に思っていたら、故意に避けられていたことも」

「報告義務でも課されてんのかアイツは」

「お前が連れて来た騎士だろう。親しい事くらい知っていたし、交友が続いていることくらいなんとなくわかった。なら聞くしかないだろう」

「なにその"そこに山があったら登るでしょ"みたいなの……」

「それほど当たり前に、お前の心配をしたんだ」

「……そうかよ」


 小さく吐き捨てるようにエリスは言った。

 二つ名を恥ずかしいからと拒んだ男は、こう言った直接投げかけられる心配にも羞恥を感じる。

 冷たい風が身体を撫で、通り過ぎていった。


「……で、用件は」

「エリス、休暇申請をしていないだろう」

「……あぁ、確かに」

「騎士団に顔を出さなくなったとはいえ、お前はまだアミナス騎士団の一員だ。定められた数の休暇を与えなくては俺が叱られてしまう」

「でもなぁ、今じゃ毎日が休暇みたいなもんだし」


 他の団員が目を覚ます前に起床し、誰にも会うことなく街に出る。

 そして街の人々が困っていれば手を差し伸べ共に歩む。

 騎士団に任されることのない比較的安全な仕事を《冒険者》に斡旋するギルドからの要請があれば戦いに赴くこともあるが、騎士団の任務に比べれば数も少ない。

 一応所属したままの身で、その程度のことを"仕事"だと言うのはなんだか気が引けた。


「これもまたレイリックから聞いたのだが」

「伝書鳩なの? アイツは」

「ギルドに所属する冒険者達の助っ人をしているそうじゃないか。《ルジュエ》というパーティでは、指導者をしているとか」

「プライベートチクられまくりじゃねえか」

「街の人々の為に、という点では間違いなくお前は働いている。だから、休暇だ」


 ルジュエ、というパーティの指導者になったのは孤児院のためにお金を稼ぐ年長者のお願いに押された結果である。

 街の人々の手伝いをするのは、仮にも自分が人々を救う立場、騎士だからだ。

 エリスにとって当たり前のことをしていたに過ぎない。きっと、休暇申請を経て得た休暇だとしても、街に出るならば人々の手伝いをするし、ギルドから要請があれば戦いに出る。

 ルジュエに呼び出されれば死なない方法を教えに行くだろう。


「別にいいよ。これまでのところに適当に使って埋めといてくれ」

「そう言うと思ってな、休暇申請を明日で出しておいた」

「明日?」

「そうだ。決まった予定もないのだろう?」

「レイリック情報か?」

「いや、これは予想だ」


 明日か。

 と小さく溢して初めてダリウスから視線を反らしたエリス。

 空に浮かぶ小さな月は、この邂逅の唯一の目撃者だ。騎士たちの憩いの場である庭園を照らす明かり。

 この月がいつまでも『夜に浮かぶ』という在り方を変えられないように、ダリウスが言った「明日は休暇」という言葉も変えられないのだろう。

 昔から休むことについては口うるさかった男だ。


「わかったよ。明日は俺、非番な」


 頷いたダリウスに、エリスはそれだけか? と尋ねる。


「街に出てはいつものように無意識に働くのだろう。どうだ、明日の訓練に顔を出すというのは」

「それ休暇か?」

「参加しろとは言っていないだろう。お前がいれば、団員も緊張感を持つだろうからな!」

「俺もなんか嫌なんだけど」

「それに明日はレイリックが訓練教官だ。俺も出るし、居ないときに急に姿を見せろと言われるよりはマシなんじゃないか?」


 訓練に顔を出す。

 団員と顔を合わせる。

 逃げるように姿を消した男が?

 唐突に怖くなった。


「まあ無理にとは言わないが、となるとレイリックにまた聞く時間をとるしかないな!」

「わかった行くよ。だから聞くのやめろ。自分で報告する」


 団員からどう思われるのか、という心配よりもレイリックがダリウスに何をどこまで喋ってしまうのか、という心配のほうが勝ったエリスは即答した。

 つまらない上にどうしようもなくどうでもいい話で釣られてしまった訳ではあるが、このままだとどうして騎士団を去ったのかなどという非常に聞かれたくないことを聞かれる恐れがあった為致し方ない。

 二年か、もしかしたら三年にもなるかもしれないほど間があいた団員たちとの対面の機会は、唐突にやってきた。










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