EP01 それは、必然にして偶然
初の戦闘描写です。
一瞬ですが…
それではどうぞ。
青年の意識が覚醒する。しかし、目を開けてもぼやけた視界は薄暗いままだった。状況は判然としなかったが視界が暗い理由は頭を覆う感覚から察しがついた。
「ふぅ…」
ヘッドギアを外すと、青年の瞳に青い光が差す。眼球の奥に刺すような痛みを感じ目を細める。目の前に広がっていたのは、草原の淡い緑と空の深い蒼の二色の世界だった。風にたわむ草に反射する光の波が空気の流れを可視化している。その上には空。明るいはずなのに、果てが見えず重い色をしていて、吸い込まれそうな錯覚をしてしまう。青年はその色に心臓をつかまれたような圧迫感を覚え見入っていた。それはごくわずかな時間だったが、青年の体感ではとても長かった。
それでもしばらくして記憶の線がつながってくる。
「いや………どこだ…ここ?」
青年の脳が一気に回りだす、自分はどこにいるのか、遺跡にいたのではないのか、自分がどういう状況にあるのか。そうしてこれからとるべき行動を一気に頭の中で組み立て行く。
まずは所持品の確認、火器、弾薬、その他装備。調査用の観測機器含め身に着けていたものはほぼ全てそろっていた。
配給されたスマホで現在地を確認、GPS含めすべてシグナルロスト、現在地不明。ヘッドギアの視界記録器のアーカイブを見るが、閃光に包まれた後一定時間視界が白く染まった後しばらくして記録は途切れていた。同じように各種連絡手段も応答なし。
「屋外だぞ…衛星通信も効かないのか?」
そのあと少しでも手がかりを得ようと、調査機器で環境条件を調べる。気温湿度ともに温帯の春の陽気…今まで仮にも乾燥地帯にいたことを考えればこれだけでも十分おかしいが、それ以上に青年を驚愕させたのは大気中のアルケプティオ粒子の濃度だった。
「嘘だろ…閉鎖空間じゃないんだぞ…‼」
ここまでの数値は珍しいだろう。先ほどの遺跡内と同様の濃度であった。この開けた地形で風がよく吹いているこの状況でその数値はあり得ないものだった。あらゆる手を尽くしてもこれが尋常な場所でないことが分かるだけだった。
俺、もしかして死んだのか…。
あまりに唐突な景色の変化からそんな考えも出てくる。あの光によって自身は命を奪われ、今は死後の世界にいるのではないかと。しかし、各宗教のそれと符合するものではなさそうだし、夢を見ているような非現実感もない。
だがココが地球上のどこかにしろ、あの世にしろ、青年のとる行動は一つだった。
「戻らなきゃ…な…」
果たし切っていない任務に戻る努力をすること。それは自分は兵士であるという自負を誰よりも強く持っている彼には当然の判断だった。
そのためにも青年はあきらめず、現在地を推測するための手がかりを探す。周りを見わたすと少し先、太陽から割り出して東にそこそこ高い峰が見える。その反対方向には遙か遠方に見渡す限り広がる森林のようなものが見えていた。
こんなだだっ広い草原が残っていればそれなりの名勝としても通用しそうなものだが、もともと観光などとは縁遠い生活を送ってきた彼にそのような知識はなかった。
今、日本などは春である。気温湿度から言って、この場所も春の陽気だった。とすればここは北半球…
「………!」
そんな考察を青年が続けていると、ふと背後に気配を感じる。振り向いた視界には、背の高い草むらの中にいる黒い大きな影をとらえた。ぎらつく二つのまるい光が一瞬、見えた気がした。何かの獣だろう、距離は10mもない。
その影の動きに青年は本能で左の腰のホルスターから銃を引き抜く。相手も敵意を察しとびかかってくる。やはり大きな狼のようだった。その勢いからよけられないと悟った青年は…
発砲。
青年にとってはもう聞きなれてしまった破裂音が鼓膜に響く。急だったことと利き手である左腕の違和感で狙いは定まっていなかったが、距離が短かったため弾は胴体に命中する。少しひるむも勢いは落ちない。より大きく口を開き、その鋭い牙と殺意をむき出しにする。おそらく相手が狙うのは首元、それが分かっているなら受けてしまえばいい。
左腕を獣の口に手刀の要領で差し込む。すぐさま強固な顎は骨ごと嚙み砕こうとするがその腕を包み込むように装備されたプロテクターがそれを阻む。青年は勢いを殺せるように一緒に後ろに倒れこみ腹の下に潜り込む、と同時に空いている右手で右太もものナイフを引き抜き、腹を縦に裂いた。
「悪いな、まだ死ぬわけにはいかないんだ」
純粋な生存本能で襲い掛かったであろう獣にやさしく声をかけた。
致命傷は与えた、青年は血と臓物を浴びながらも冷静にナイフを手放し口と右前脚を抑えつつ、動かなくなるのを待つ。
数十秒たち何かが砕けるような音が聞こえ、獣の全身から光の粒子が発生するではないか、その上その粒子は左手のグローブの下に吸い込まれていく。青年は驚くも表には出さず、完全に動かなくなるまで獣を抑え続けていた
慎重に咥えさせていた腕を引き抜き死んだのを確認する。青年はそこでやっと息つき自分と周りの惨状を見つめる。周りの草花は獣の大きな体躯をめぐっていた血で赤く染まっていた。
「さすがに気持ち悪い…」
青年は急展開と肌にこびりついた粘り気に悪態をついた。血を見るのには慣れていた、だがここまでもろに浴びることは少ない。携帯していた水で洗い流そうかと思ったがそんな無駄使いが許される状況ではないだろう。
「あいつらは、いつもこんな…」
青年はとりあえず先ほどの左手の違和感を調べることにした。グローブを外し見たものは…
「なんなんだよこれ…」
手の甲に薄い青色の水晶体が埋まっていた。最初からそこにあったかのようになじんでいた。
「あいつと同じ…」
普通ならもう少し動揺するところであろうが、同じ事態になった友人を知っている。そしてその石の正体も察しはつくのだった。
さっきの光…アルケプティオ粒子なのかもしれない。
そう青年が推測するのもアルケプティオ粒子を吸収するときの感覚の証言を、彼が知っているからである。立証する手段はないがそれが正しいとすると手の甲の石はアルケプティオ結晶である可能性が高い。いつ埋め込まれたといえばさっき光に包まれたときであろう。
一体、俺に何が…
青年もパニックこそ起こさないが、次々起こる不可解な出来事で不安に駆られてしまう。しかし、なおさら行動を起こさなければとも思うのだった。
「とにかく同じ目に合う前にどこか安全な場所を探さないと…」
拠点の確保はサバイバルの基本、飲み水も手に入れないといけない。青年は川が流れていそうな山の方に向かおうと体を向けると。
「■■―」
呼び声と思える声が聞こえる。遠くから人影がすごいスピードで向かってくる。米粒大に見えた影はみるみる大きくなる。
青年は思わず銃を拾い構える。獣ではないだろうが速すぎる。
「■―■!■■■―■?」
目を凝らしてみてみるとそれは少女のように見えた。そしてあっけにとられている間に目の前まで迫ってきた。
青年は銃を下ろしていいものか迷っていると、さらに少女は声をかけてきた。
「■■■■■」
青年は聞き覚えのない語彙を何とか聞き取ろうとしていると
「うっ!」
唐突に青年の左腕から脳にかけて電流を流したような痛みが走った。文字通り何かが強引に脳へ流れ込んでくるようだった。膝に力が入らなくなりめまいがする。
「■■■ト、ホントニダイジョウブ⁉」
少女は頭を押さえよろめく青年に駆け寄って心配そうに声をかける。
「大丈夫…」
幸い痛みは一瞬で引き、反射的にだが返答することができた。そう、返答できた。
今、日本語を…?
青年は痛みは、今の事象に驚愕する。少女の言葉が理解できた。音は確かに違う、はずなのにその意味は日本語を聞くように理解できた。
「ソウ?ホントノホントニ?」
また、少女の言葉が理解できた。しかも相手もこちらの言葉を理解していると思える。言葉は違うはずなのに。
青年は、頭を振ってわずかに意識をはっきりさせる。何故か左手から流れた電流はイメージとして脳に刻まれたような感覚がする。ぼんやりとだが身を寄せる少女の姿を見た。その様相はかつて本で見た。中世ヨーロッパの狩人の姿のようだった。革製と思えるグローブやチェストガードを身に着け背には長弓、頭には羽帽子、その下の緑のドレスを含めて、少女版ロビンフットといって差し支えないであろう。
しかし、再び散漫となった青年の意識ではそれを分析する余裕はなかった。
「言葉、わかるのか?」
青年はうわ言のような声を出す。
「エ、ワカルケド…」
突飛なことを聞かれ、困惑する彼女を認識できていないのか青年はさらに問う。
「ここどこですか?」
「エエ⁉イマ、キクコトソレ⁉」
助けを乞うでも、彼女がだれか聞くでもなく、場所を聞く。そんなことよりも優先すべきことがあるのは明らかだった。
「イマハソンナコトドウデモイイ!フラツイテル・・・」
少女はこのまま問答するのは得策でないと判断した。
「トニカク、マモノガイナイトコロニイクヨ!」
少女は、目の焦点の合っていない青年と、彼の所持品と思えるものを抱え、いつも目印に使う場所へ向かった。
※
ぼやけていた青年の視界が解像度を上げる。お経のような言葉の連なりが耳に入る。そして目の前には水球があった。模様ではなく文字どおり球だ。
「ア、ヤ!」
その水玉を作り出している少女は、焦りだす。それを反映したように水球の表面が振動する。
バシャ
はじけた水が、青年の上半身にもろにかかる、血を洗い流す本来の意図は果たせなかったが気付けにはなった。
「なんだ!?」
青年は覚醒するとともに反射的に顔をぬぐう。何度か擦ってやっと目を開けると、輝くブロンドの髪が目に入った。
「メ、サメタ?ジブンガドウイウノカワカル?」
自らも水をかぶっても、気にも留めず不安そうな声をかけてくる。青年は顔をぬぐいながら記憶を辿る。視界には少女と他に草木と青い空、そして座り込んでいる自分が大木。遺跡で気を失って運ばれてきたと思うよりさっきの草原での出来事が夢でなかったと考える方が自然だろう。
頭の痛みはほぼ消え、頭もすっきりしてきた。
「あなたが介抱してくれたんですか?」
青年には頭痛が起こってからの記憶がなかった。あのままあそこにいたらどうなっていたか分からない。
「カイホウ?アンゼンナバショマデハコンダダケダケドネ。イマモチヲアラッテアゲヨウトシテシッパイシチャッタ…」
少女の言葉は、少し判りづらい気もしたが、助けてくれたであろうことは分かった。
「ありがとう、助けてくれて」
青年は気を支えにして立ち上がり礼を言った。
「ケガハ?」
「外傷はありません、頭痛も収まりました」
はっきりと受け答えできている姿に、少女も安心したようだった。
「ヨカッタ。…アア…アタシハ、アルメリア・ケッセル・ローゼンダール。アナタノナマエハ?」
ひとごこち着いたところで少女は名乗った。青年は立場上名乗っていいものかとためらったが、わけのわからない状況では少女を頼るしかない。何より助けてもらった相手にそんな無礼はしたくなかった。
「安藤才輝…です」
その出会いは誰が仕組んだわけでもない。だが一つの運命の中にあった。
楽しんでいただけたでしょうか?
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